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「まさか、曲芸団の公演と重なるなんて、ラッキーですね。
あ、ほらほら!ドラゴンがいますよ!!」
温泉地として有名な、レーゼンベルド。
その広場には、サーカスの一団が公演に訪れていた。
巨大なテントの中が彼らの舞台だ。
今は公演前で、広場にはお披露目のためなのか多種多様な動物や魔物の入った檻が置かれ観客の目を楽しませていた。
「エル様、ダメですよ。危ないですって」
「平気平気」
キラキラした瞳で檻の中で眠るドラゴンを見ている。
楽しそうなエルの横には、初めて間近で見るドラゴンに興味津々なカイウェルの娘が居た。
幼い娘も目を輝かせている。
その横には世話役の女性が微笑ましそうに佇んでいる。
そんな娘をカイウェルは、まるで穢らわしいものから守るように、エルから引き離し抱き上げる。
目は口ほどに物を言う、というのは本当らしい。
カイウェルの眼差しは、エルを信用していない。
なんなら、次の瞬間には娘すら手に掛ける可能性を案じていた。
「とって食いやしませんよ。
離宮でも馬車でも、陛下はご無事でしたでしょ?」
視線は眠り続けるドラゴンにやったまま、エルはカイウェルにそう言葉を投げた。
ちなみに、その陛下――ジンはすぐ隣の、別の魔物が閉じ込められている檻を興味深く覗いている。
カイウェルは、娘に見せないように苦々しい表情を作る。
そう、それはその通りだった。
周囲の反対を押し切って、ジンはエルを娶った。
そして、エルはジンに危害を加えることは一度として無かった。
「…………」
不信感を隠そうともせず、カイウェルはやはりエルを睨みつける。
そして、
「あの書類だが。
たしかに、人選に偏りがあるようだ。
他の令嬢も候補として推薦しておこう」
それだけ言った。
「おや、もう目を通されたんですか。
仕事が早いですね。
ありがとうございます」
カイウェルは、やはりふんっと鼻を鳴らして別の檻へと移動して行った。
空気を読んで黙っていたルカが口を開く。
「エル様はドラゴンがお好きなんですか?」
仕事に関してはなにも聞けないので、当たり障りのない話題を出す。
「食べると美味しいからね」
「食べられるんですか?」
「うん、尻尾のステーキとかね。美味しいよ。
実家の方だと毎年秋に襲来するから、それを狩るお祭りがあったりするし」
「へ、へぇ」
さすがにここまで来て、食の話題になるとは思っていなかった。
そこに、声が掛かる。
「おや、面白い会話をしていますね」
エルとルカがそちらを見る。
そこには、団員らしい青年が立っていた。
じぃっと、エルはその団員を見る。
「あ、初めまして。
このサーカスで雑用をしている者です。
そのドラゴン、凄いでしょ?
俺が捕まえて調教したんですよ」
団員がルカにむかって、そう挨拶をする。
「このドラゴンを、貴方が?!
凄いですね!!」
ルカが驚く。
一方、エルは納得しているようで。
「なるほど~」
そう返すだけだった。
「あはは、ありがとうございます。
誉められることは中々無いので、どうでしょう、お礼にお茶でも。
そこの屋台のものになりますが、奢りますよ、お嬢さん方」
その提案には、エルの顔が笑みに変わる。
「いいの?!」
普段、基本的にエルはルカ以外には敬語なのに、それが外れてしまう。
「もちろん」
言いつつ、団員はエルの腰へと手を回そうとして、気づいたジンによって止められる。
ルカには手を出そうとしていない。
「失礼、妻に何か用でも?」
ジンは団員の手首を掴んだまま、ギリギリと締め上げる。
それをニコニコと、なんてことないように笑顔で団員は受け止める。
「妻?」
団員が不思議そうに、エルへ訊ねる。
エルが微苦笑を浮かべて、頷く。
「いろいろあって結婚したんだ」
と、団員が今度はジンを見て、パァっと顔を輝かせた。
その表情に、ジンは思わず力を緩める。
「そりゃおめでたい!
新婚さんってことですよね?
なおさら是非、奢らせてください!!
ジュースになりますけど、いいですよね?」
団員は心の底から、ジンとエルのことを祝福しているようだ。
「やった!!」
いつもと違うエルの雰囲気に、ジンとルカは顔を見合わせる。
そして、ジンの拘束を解いて団員が屋台へ向かっていく。
「知り合いか?」
「さっき話したばかりですよ」
ジンの質問にエルは簡単に答えた。
程なくして団員が三人分の搾りたてジュースをもって戻ってきた。
「はい。結婚おめでとう!」
そう言って、まずエルにジュースを渡す。
「ありがとう!!」
笑顔でエルがジュースの入ったカップを受け取る。
次に団員は、ジンにもジュースを渡す。
「ほら、新郎さんもおめでとう」
「……あ、ありがとう」
戸惑いつつもそれを受け取る。
その受け取ったジュースを、エルがそれとなくジンの手から取り、一口飲む。
「あ、皆同じ味か」
ジンにカップを返しつつ、そんなことを口にした。
「ま、好みがわからなかったからさ」
最後にルカにもジュースを渡す。
「はい、お世話係の人もどうぞ」
「すみません、ありがとうございます」
ルカも受け取って、一口含む。
「この味って、エル様のご実家から送られてきた果物の味に似てますね」
ジンも、一口飲んでみる。
梨の味がした。
「梨のジュースですよ。珍しいでしょ?」
「それにとても冷たい。美味しい」
ルカが感動をそのまま口にした。
「魔法の応用です。これもこっちの大陸だと珍しいでしょ?」
ただジンは、その団員をすこし疑わしげに見つめる。
やがて、
「商人か?」
そう訊ねた。
「いいえ。言ったでしょ?
雑用係です。普段は冒険者やったりしてますね」
どうにも食えない男だと、ジンは思った。
エルが何故かこの男に懐いているのも、気に入らない。
「ねぇねぇ!あとでもっと話を聞かせて!」
ジンの機嫌が急降下しているのに気づかず、先にジュースを飲み干したエルが団員にそんなことを言い始めた。
ジンはジュースを一気に飲み干すと、そのエルの腕を掴んで引っ張っていく。
慌ててルカもジュースを飲み干すとカップを団員に渡して、二人を追いかける。
「ありがとうございました!」
主人たちの分のお礼を言うのも忘れない。
そんな三人を見送って、団員は呟いた。
「若いっていいなぁ」
その表情は、やはり笑顔だ。
エルとジンのことを心から祝福しているのがわかる、優しい笑顔だった。
そして、とあることを思い出して呟いた。
「注意するの、忘れてた」
しかしすぐに、エルなら大丈夫かと思い直した。
ルカは主人二人を見失い、オロオロと探し回る。
そんな二人は人気のない、木箱の積まれたテント裏にいた。
それなりの重さがある木箱を背もたれに、ジンはイラつきをぶつけるかのように、深い口付けを彼女に施す。
「んー!!んっ、ンんっ、はっ。
ジンさん、ここ、外!!」
「お前、夫以外に体を触れさせようとしたな」
「服越しじゃないですか!」
「やっぱり許してたか」
「だ、だって!
まさか、ここで、会えるなんて思ってなかったんですもん!」
「そして、知り合いだった、と。
それを隠していた。
おい、答えろ。あれは誰だ?」
「い、言えないです」
「ほう?」
「たぶん、仕事中だから」
「それをわかっていて、体を触らせようとした挙句。
夫の前でいちゃつこうとした、と」
「あの人は、私たちを祝ってくれました!!
呪いの品じゃなく、普通のジュースでしたけど!
それでも、初めて私、棘のない悪意のない【おめでとう】をもらったんです!!」
叫んだエルは、泣き顔だった。
また初めてみる顔だ。
ジンには、戦場でも離宮で暮らしている時も、一度として見せたことのない顔だ。
そんな顔をさせたのが、あの団員だと思うとさらにイライラしてくる。
けれど、それ以上に彼女が意外と傷ついていたことも分かった。
誰にも本心から祝われない。
邪魔者扱いされ、死を願われている。
それでも、偽装だからと、仕事だからと言ってジンに尽くしてくれてきた。
それでも、笑ってくれていたから。
てっきり平気なんだと思っていた。
さらに最近は、ジンをちゃんと受け入れてくれるようになった。
嫌いじゃないと、そう言ってくれた。
だから、自分と同じ想いを抱いてくれていると、そう思っていたのだ。
「………っ、悪い。頭を冷やしてくる」
「ま、待ってください!
私は貴方の護衛でっ」
「お前は俺の妻だろ!!」
「っ!!」
思いっきり怒鳴られ、八つ当たりの拳は頑丈な木箱へと振り下ろされる。
「ごめ、なさ、い」
小さい、本当に小さい子供のような怯える声が、エルから漏れた。
ハッとして、ジンはエルを見た。
そこには、まさに怯えているエルの姿があった。
カタカタと体を震わせている。
そこにあるのは、ジンへの恐怖だ。
「あ、その」
初めてだった。
なにもかもが、初めてだ。
彼女が何かに恐怖する顔なんて見たこと無かった。
だから、ジンはどうしていいかわからない。
心が手に入らない。
エルの心はどうしたって手に入らない。
だと言うのに、あの団員はそれを手に入れている。
それが、たまらなく羨ましくて憎い。
歩き出したジンの後を、少し離れてエルも着いていく。
しかし、振り返れない。
彼女の顔が見れない。
泣いていた。
なら、その涙を拭えばいいだろう。
でも、その涙はあの団員の罵倒を悲しんで流されたものだとわかった。
わかったからこそ、振り返ることが出来なかった。
「あ、いたー!!
探しましたよ!!」
そこにルカが現れる。
息が切れていることから、だいぶ探し回ったと見える。
「エル様、どうかされましたか?」
「なんでもないよ」
背後でのやり取り。
声だけなら、普段通りだった。
エルは、涙声ですらない。
あ、ほらほら!ドラゴンがいますよ!!」
温泉地として有名な、レーゼンベルド。
その広場には、サーカスの一団が公演に訪れていた。
巨大なテントの中が彼らの舞台だ。
今は公演前で、広場にはお披露目のためなのか多種多様な動物や魔物の入った檻が置かれ観客の目を楽しませていた。
「エル様、ダメですよ。危ないですって」
「平気平気」
キラキラした瞳で檻の中で眠るドラゴンを見ている。
楽しそうなエルの横には、初めて間近で見るドラゴンに興味津々なカイウェルの娘が居た。
幼い娘も目を輝かせている。
その横には世話役の女性が微笑ましそうに佇んでいる。
そんな娘をカイウェルは、まるで穢らわしいものから守るように、エルから引き離し抱き上げる。
目は口ほどに物を言う、というのは本当らしい。
カイウェルの眼差しは、エルを信用していない。
なんなら、次の瞬間には娘すら手に掛ける可能性を案じていた。
「とって食いやしませんよ。
離宮でも馬車でも、陛下はご無事でしたでしょ?」
視線は眠り続けるドラゴンにやったまま、エルはカイウェルにそう言葉を投げた。
ちなみに、その陛下――ジンはすぐ隣の、別の魔物が閉じ込められている檻を興味深く覗いている。
カイウェルは、娘に見せないように苦々しい表情を作る。
そう、それはその通りだった。
周囲の反対を押し切って、ジンはエルを娶った。
そして、エルはジンに危害を加えることは一度として無かった。
「…………」
不信感を隠そうともせず、カイウェルはやはりエルを睨みつける。
そして、
「あの書類だが。
たしかに、人選に偏りがあるようだ。
他の令嬢も候補として推薦しておこう」
それだけ言った。
「おや、もう目を通されたんですか。
仕事が早いですね。
ありがとうございます」
カイウェルは、やはりふんっと鼻を鳴らして別の檻へと移動して行った。
空気を読んで黙っていたルカが口を開く。
「エル様はドラゴンがお好きなんですか?」
仕事に関してはなにも聞けないので、当たり障りのない話題を出す。
「食べると美味しいからね」
「食べられるんですか?」
「うん、尻尾のステーキとかね。美味しいよ。
実家の方だと毎年秋に襲来するから、それを狩るお祭りがあったりするし」
「へ、へぇ」
さすがにここまで来て、食の話題になるとは思っていなかった。
そこに、声が掛かる。
「おや、面白い会話をしていますね」
エルとルカがそちらを見る。
そこには、団員らしい青年が立っていた。
じぃっと、エルはその団員を見る。
「あ、初めまして。
このサーカスで雑用をしている者です。
そのドラゴン、凄いでしょ?
俺が捕まえて調教したんですよ」
団員がルカにむかって、そう挨拶をする。
「このドラゴンを、貴方が?!
凄いですね!!」
ルカが驚く。
一方、エルは納得しているようで。
「なるほど~」
そう返すだけだった。
「あはは、ありがとうございます。
誉められることは中々無いので、どうでしょう、お礼にお茶でも。
そこの屋台のものになりますが、奢りますよ、お嬢さん方」
その提案には、エルの顔が笑みに変わる。
「いいの?!」
普段、基本的にエルはルカ以外には敬語なのに、それが外れてしまう。
「もちろん」
言いつつ、団員はエルの腰へと手を回そうとして、気づいたジンによって止められる。
ルカには手を出そうとしていない。
「失礼、妻に何か用でも?」
ジンは団員の手首を掴んだまま、ギリギリと締め上げる。
それをニコニコと、なんてことないように笑顔で団員は受け止める。
「妻?」
団員が不思議そうに、エルへ訊ねる。
エルが微苦笑を浮かべて、頷く。
「いろいろあって結婚したんだ」
と、団員が今度はジンを見て、パァっと顔を輝かせた。
その表情に、ジンは思わず力を緩める。
「そりゃおめでたい!
新婚さんってことですよね?
なおさら是非、奢らせてください!!
ジュースになりますけど、いいですよね?」
団員は心の底から、ジンとエルのことを祝福しているようだ。
「やった!!」
いつもと違うエルの雰囲気に、ジンとルカは顔を見合わせる。
そして、ジンの拘束を解いて団員が屋台へ向かっていく。
「知り合いか?」
「さっき話したばかりですよ」
ジンの質問にエルは簡単に答えた。
程なくして団員が三人分の搾りたてジュースをもって戻ってきた。
「はい。結婚おめでとう!」
そう言って、まずエルにジュースを渡す。
「ありがとう!!」
笑顔でエルがジュースの入ったカップを受け取る。
次に団員は、ジンにもジュースを渡す。
「ほら、新郎さんもおめでとう」
「……あ、ありがとう」
戸惑いつつもそれを受け取る。
その受け取ったジュースを、エルがそれとなくジンの手から取り、一口飲む。
「あ、皆同じ味か」
ジンにカップを返しつつ、そんなことを口にした。
「ま、好みがわからなかったからさ」
最後にルカにもジュースを渡す。
「はい、お世話係の人もどうぞ」
「すみません、ありがとうございます」
ルカも受け取って、一口含む。
「この味って、エル様のご実家から送られてきた果物の味に似てますね」
ジンも、一口飲んでみる。
梨の味がした。
「梨のジュースですよ。珍しいでしょ?」
「それにとても冷たい。美味しい」
ルカが感動をそのまま口にした。
「魔法の応用です。これもこっちの大陸だと珍しいでしょ?」
ただジンは、その団員をすこし疑わしげに見つめる。
やがて、
「商人か?」
そう訊ねた。
「いいえ。言ったでしょ?
雑用係です。普段は冒険者やったりしてますね」
どうにも食えない男だと、ジンは思った。
エルが何故かこの男に懐いているのも、気に入らない。
「ねぇねぇ!あとでもっと話を聞かせて!」
ジンの機嫌が急降下しているのに気づかず、先にジュースを飲み干したエルが団員にそんなことを言い始めた。
ジンはジュースを一気に飲み干すと、そのエルの腕を掴んで引っ張っていく。
慌ててルカもジュースを飲み干すとカップを団員に渡して、二人を追いかける。
「ありがとうございました!」
主人たちの分のお礼を言うのも忘れない。
そんな三人を見送って、団員は呟いた。
「若いっていいなぁ」
その表情は、やはり笑顔だ。
エルとジンのことを心から祝福しているのがわかる、優しい笑顔だった。
そして、とあることを思い出して呟いた。
「注意するの、忘れてた」
しかしすぐに、エルなら大丈夫かと思い直した。
ルカは主人二人を見失い、オロオロと探し回る。
そんな二人は人気のない、木箱の積まれたテント裏にいた。
それなりの重さがある木箱を背もたれに、ジンはイラつきをぶつけるかのように、深い口付けを彼女に施す。
「んー!!んっ、ンんっ、はっ。
ジンさん、ここ、外!!」
「お前、夫以外に体を触れさせようとしたな」
「服越しじゃないですか!」
「やっぱり許してたか」
「だ、だって!
まさか、ここで、会えるなんて思ってなかったんですもん!」
「そして、知り合いだった、と。
それを隠していた。
おい、答えろ。あれは誰だ?」
「い、言えないです」
「ほう?」
「たぶん、仕事中だから」
「それをわかっていて、体を触らせようとした挙句。
夫の前でいちゃつこうとした、と」
「あの人は、私たちを祝ってくれました!!
呪いの品じゃなく、普通のジュースでしたけど!
それでも、初めて私、棘のない悪意のない【おめでとう】をもらったんです!!」
叫んだエルは、泣き顔だった。
また初めてみる顔だ。
ジンには、戦場でも離宮で暮らしている時も、一度として見せたことのない顔だ。
そんな顔をさせたのが、あの団員だと思うとさらにイライラしてくる。
けれど、それ以上に彼女が意外と傷ついていたことも分かった。
誰にも本心から祝われない。
邪魔者扱いされ、死を願われている。
それでも、偽装だからと、仕事だからと言ってジンに尽くしてくれてきた。
それでも、笑ってくれていたから。
てっきり平気なんだと思っていた。
さらに最近は、ジンをちゃんと受け入れてくれるようになった。
嫌いじゃないと、そう言ってくれた。
だから、自分と同じ想いを抱いてくれていると、そう思っていたのだ。
「………っ、悪い。頭を冷やしてくる」
「ま、待ってください!
私は貴方の護衛でっ」
「お前は俺の妻だろ!!」
「っ!!」
思いっきり怒鳴られ、八つ当たりの拳は頑丈な木箱へと振り下ろされる。
「ごめ、なさ、い」
小さい、本当に小さい子供のような怯える声が、エルから漏れた。
ハッとして、ジンはエルを見た。
そこには、まさに怯えているエルの姿があった。
カタカタと体を震わせている。
そこにあるのは、ジンへの恐怖だ。
「あ、その」
初めてだった。
なにもかもが、初めてだ。
彼女が何かに恐怖する顔なんて見たこと無かった。
だから、ジンはどうしていいかわからない。
心が手に入らない。
エルの心はどうしたって手に入らない。
だと言うのに、あの団員はそれを手に入れている。
それが、たまらなく羨ましくて憎い。
歩き出したジンの後を、少し離れてエルも着いていく。
しかし、振り返れない。
彼女の顔が見れない。
泣いていた。
なら、その涙を拭えばいいだろう。
でも、その涙はあの団員の罵倒を悲しんで流されたものだとわかった。
わかったからこそ、振り返ることが出来なかった。
「あ、いたー!!
探しましたよ!!」
そこにルカが現れる。
息が切れていることから、だいぶ探し回ったと見える。
「エル様、どうかされましたか?」
「なんでもないよ」
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声だけなら、普段通りだった。
エルは、涙声ですらない。
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