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 さて、その日の夜。
 もうひと騒動あった。
 
 「おい、おい起きろ」

 深夜、ウカノ兄ちゃんに体を揺すられ起こされた。
 もう酔いは冷めたのか、夕食時のような感じでは無かった。

 「なに、兄ちゃん。
 俺、明日ダンジョン攻略行くから朝早いんだよ?」

 そう呟きながら目を擦り、体を起こす。
 あ、欠伸でた。
 そして、俺はウカノ兄ちゃんと、魔法で明るくなった部屋を見た。
 見た瞬間、一気に目が覚めた。
 暗殺部隊の方々が、ウカノ兄ちゃんによって血祭にあげられていた。
 部屋中が猟奇事件の現場のように血の赤で凄惨に染まっている。
 その後継に絶句する。
 絶句している俺にウカノ兄ちゃんが、首根っこをひっつかんでいた人物を高々と掲げるようにして見せてくる。

 「これ、お前の知り合いか?」

 黒装束をどす黒い血に染めた、ぐったりとした、暗部総隊長タナトスさんだった。
 
 「わぁぁぁああああ!!??
 タナトスさぁぁあああん??!!」

 俺が叫ぶと、タナトスさんが虫の息で返してくれた。

 「ごほっ! げほげほっ!!
 あ、シンさんお久しぶりです。
 お兄さん、お強いですねぇ」

 血、血ぃ!!
 血吐いた!!
 
 あわあわする俺に、ウカノ兄ちゃんがやっちまったぜみたいな顔をして頭をかいた。

 「なんだ、ほんとに知り合いだったんだな」

 そこから、回復薬を引っ張り出したりして暗殺部隊の人たちの手当てをする。
 よかった、まだ【妖精王の涙】残ってて。
 息を吹き返した人もいた。
 そして、部屋の掃除をしながら話を聞いたところ。

 タナトスさんたちはウカノ兄ちゃんを勧誘に来たのだそうだ。
 昼間の曲者事件があり、その曲者を難なく退治した人物を調べたら俺の兄だということがわかった。
 曲者事件の手際の良さと、俺の兄ということもあり暗殺部隊では満場一致で勧誘するということになり、こうして会いに来たのだという。
 しかし、ウカノ兄ちゃんが強盗、それもかなり質の悪い強盗だとタナトスさん達のことを勘違いしてしまい、血祭にあげてしまったというのだ。

 まぁ、うん。
 あれだ。
 気配消して、部屋の中に侵入しようとする人たちのことを怪しいと思うな、というほうが無理がある。
 普通は強盗かなにかだと思うよな。

 草刈り鎌を出さなかっただけ、まだ話を聞く気があったのだとは思う。

 「お兄さん、本当にカタギの人?」

 部隊員の一人にそう話しかけられる。

 「えぇ、先日まで実家でトマトとキュウリとスイカ作ってた、普通の農民ですよ」

 タナトスさんとウカノ兄ちゃんがお互いの非を認めて、頭を下げあっている。
 その横で、他の部隊員の人たちが俺に言ってくる。

 「右ストレートで顔面陥没なんて初めてだよ、俺」

 「私なんて、喉掴まれたかと思ったらすぐ握り潰されたよ」

 「こっちなんて、気づいたらめっちゃ綺麗な花畑にいたんだぞ」

 「そりゃお前、素手で心臓貫かれてたからなぁ。
 あんな身体強化なかなかお目にかかれないぞ」

 「自分なんて目潰しだぞ目潰し。
 失明覚悟したのに、シンさんの薬でなんとかなったから良かったよほんと。
 あと目潰しってめっちゃ痛いのな」

 あの、なんかホントすみません。

 「トマトとキュウリとスイカ作ってる人が、総隊長ボコボコにするって。
 もう自信なくすなぁ」

 部隊員の誰かがそんなことを言って、他の隊員の面々が盛大な溜息を吐いた。
 まぁ、そりゃそうだろうな。
 だって農民で中年のおっさんに返り討ちにされるって、完全に物語の中の話だしなぁ。

 「兄ちゃん、盗賊退治とかよくしてるんで、たぶんその所為です。
 ほんとすみません」

 俺も謝る。
 すると、今度はタナトスさんが苦笑しつつ返してきた。
 お面してるから顔は見えないけど。
 苦笑しているのはなんとなくわかった。

 「いえいえ、こちらこそ。
 まさかこんな洗礼を受けるとは考えていなかったので」

 言った後、タナトスさんはウカノ兄ちゃんに向き直り、再度勧誘する。

 「それで、前向きにこの話を考えていただけたらな、と」

 ウカノ兄ちゃんが返す。

 「ありがたいお話ですが、すみません。
 今回は、縁が無かったということで」

 言った後、さすがに悪いと思っていたのかウカノ兄ちゃんがこんなことを言い出した。

 「そうだ。昼間の侵入者なんですが。
 どこの誰か、というのはわかりましたか?」

 「それは、ちょっと」

 さすがに機密だからか教えられないのだろう。
 しかし、ウカノ兄ちゃんは頭をぽりぽりかきながら、こんなことを言い始める。

 「なら、ちょっと弟と話をさせてください。
 シン、今日の曲者事件、話したじゃん?」

 「え、あ、うん」

 「あれな、たぶんだけど」

 「なに、まさかまた王族暗殺未遂事件?」

 「うーん、それよりももっと根が深いかも。
 いや、複雑かも」

 「どゆこと?」

 「あの侵入者な。
 たぶん魔族側に雇われた間者だ。
 人間だったけどな、まとわりついてた臭いの中に魔族の臭いがあったから」

 魔族、という単語に暗殺部隊の人たちの空気が一気に張り詰める。
 
 「へぇ、そうなんだ。
 でも、町に潜入して情報収集じゃなくて城に潜入してたってのは、よくわかんないけど怖いね」

 「たぶん、暗殺も目的だったんだろうけどなぁ。
 殺気があったし。
 あの場には他にも王族がいたし。
 誰を殺そうとしてたのかは、ちょっとわからないけど」

 そこで、ウカノ兄ちゃんは言葉を切って、タナトスさんを見た。

 「まぁでも、俺が助けたお姫様は魔族領に友好の証としてお嫁に行くってことらしいし。
 その辺で魔族側にごたごたがあったのかもな」

 部隊員の一人が、タナトスさんへ声をかけた。

 「総隊長!」

 タナトスさんが、お面越しにウカノ兄ちゃんを凝視しているようだ。
 ウカノ兄ちゃんはと言えば、あのヘラヘラしたいつもの笑みを浮かべていた。
 やがて、タナトスさんが言ってきた。

 「本当に、お二人とも勿体ないほどの魅力的ですね。
 だからこそ、振られてしまってとても悲しいです」

 ウカノ兄ちゃんが、やっぱりヘラヘラ笑いながら返した。

 「ありがとうございます」

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