上 下
52 / 78

52

しおりを挟む
 さて、その日の夜。
 もうひと騒動あった。
 
 「おい、おい起きろ」

 深夜、ウカノ兄ちゃんに体を揺すられ起こされた。
 もう酔いは冷めたのか、夕食時のような感じでは無かった。

 「なに、兄ちゃん。
 俺、明日ダンジョン攻略行くから朝早いんだよ?」

 そう呟きながら目を擦り、体を起こす。
 あ、欠伸でた。
 そして、俺はウカノ兄ちゃんと、魔法で明るくなった部屋を見た。
 見た瞬間、一気に目が覚めた。
 暗殺部隊の方々が、ウカノ兄ちゃんによって血祭にあげられていた。
 部屋中が猟奇事件の現場のように血の赤で凄惨に染まっている。
 その後継に絶句する。
 絶句している俺にウカノ兄ちゃんが、首根っこをひっつかんでいた人物を高々と掲げるようにして見せてくる。

 「これ、お前の知り合いか?」

 黒装束をどす黒い血に染めた、ぐったりとした、暗部総隊長タナトスさんだった。
 
 「わぁぁぁああああ!!??
 タナトスさぁぁあああん??!!」

 俺が叫ぶと、タナトスさんが虫の息で返してくれた。

 「ごほっ! げほげほっ!!
 あ、シンさんお久しぶりです。
 お兄さん、お強いですねぇ」

 血、血ぃ!!
 血吐いた!!
 
 あわあわする俺に、ウカノ兄ちゃんがやっちまったぜみたいな顔をして頭をかいた。

 「なんだ、ほんとに知り合いだったんだな」

 そこから、回復薬を引っ張り出したりして暗殺部隊の人たちの手当てをする。
 よかった、まだ【妖精王の涙】残ってて。
 息を吹き返した人もいた。
 そして、部屋の掃除をしながら話を聞いたところ。

 タナトスさんたちはウカノ兄ちゃんを勧誘に来たのだそうだ。
 昼間の曲者事件があり、その曲者を難なく退治した人物を調べたら俺の兄だということがわかった。
 曲者事件の手際の良さと、俺の兄ということもあり暗殺部隊では満場一致で勧誘するということになり、こうして会いに来たのだという。
 しかし、ウカノ兄ちゃんが強盗、それもかなり質の悪い強盗だとタナトスさん達のことを勘違いしてしまい、血祭にあげてしまったというのだ。

 まぁ、うん。
 あれだ。
 気配消して、部屋の中に侵入しようとする人たちのことを怪しいと思うな、というほうが無理がある。
 普通は強盗かなにかだと思うよな。

 草刈り鎌を出さなかっただけ、まだ話を聞く気があったのだとは思う。

 「お兄さん、本当にカタギの人?」

 部隊員の一人にそう話しかけられる。

 「えぇ、先日まで実家でトマトとキュウリとスイカ作ってた、普通の農民ですよ」

 タナトスさんとウカノ兄ちゃんがお互いの非を認めて、頭を下げあっている。
 その横で、他の部隊員の人たちが俺に言ってくる。

 「右ストレートで顔面陥没なんて初めてだよ、俺」

 「私なんて、喉掴まれたかと思ったらすぐ握り潰されたよ」

 「こっちなんて、気づいたらめっちゃ綺麗な花畑にいたんだぞ」

 「そりゃお前、素手で心臓貫かれてたからなぁ。
 あんな身体強化なかなかお目にかかれないぞ」

 「自分なんて目潰しだぞ目潰し。
 失明覚悟したのに、シンさんの薬でなんとかなったから良かったよほんと。
 あと目潰しってめっちゃ痛いのな」

 あの、なんかホントすみません。

 「トマトとキュウリとスイカ作ってる人が、総隊長ボコボコにするって。
 もう自信なくすなぁ」

 部隊員の誰かがそんなことを言って、他の隊員の面々が盛大な溜息を吐いた。
 まぁ、そりゃそうだろうな。
 だって農民で中年のおっさんに返り討ちにされるって、完全に物語の中の話だしなぁ。

 「兄ちゃん、盗賊退治とかよくしてるんで、たぶんその所為です。
 ほんとすみません」

 俺も謝る。
 すると、今度はタナトスさんが苦笑しつつ返してきた。
 お面してるから顔は見えないけど。
 苦笑しているのはなんとなくわかった。

 「いえいえ、こちらこそ。
 まさかこんな洗礼を受けるとは考えていなかったので」

 言った後、タナトスさんはウカノ兄ちゃんに向き直り、再度勧誘する。

 「それで、前向きにこの話を考えていただけたらな、と」

 ウカノ兄ちゃんが返す。

 「ありがたいお話ですが、すみません。
 今回は、縁が無かったということで」

 言った後、さすがに悪いと思っていたのかウカノ兄ちゃんがこんなことを言い出した。

 「そうだ。昼間の侵入者なんですが。
 どこの誰か、というのはわかりましたか?」

 「それは、ちょっと」

 さすがに機密だからか教えられないのだろう。
 しかし、ウカノ兄ちゃんは頭をぽりぽりかきながら、こんなことを言い始める。

 「なら、ちょっと弟と話をさせてください。
 シン、今日の曲者事件、話したじゃん?」

 「え、あ、うん」

 「あれな、たぶんだけど」

 「なに、まさかまた王族暗殺未遂事件?」

 「うーん、それよりももっと根が深いかも。
 いや、複雑かも」

 「どゆこと?」

 「あの侵入者な。
 たぶん魔族側に雇われた間者だ。
 人間だったけどな、まとわりついてた臭いの中に魔族の臭いがあったから」

 魔族、という単語に暗殺部隊の人たちの空気が一気に張り詰める。
 
 「へぇ、そうなんだ。
 でも、町に潜入して情報収集じゃなくて城に潜入してたってのは、よくわかんないけど怖いね」

 「たぶん、暗殺も目的だったんだろうけどなぁ。
 殺気があったし。
 あの場には他にも王族がいたし。
 誰を殺そうとしてたのかは、ちょっとわからないけど」

 そこで、ウカノ兄ちゃんは言葉を切って、タナトスさんを見た。

 「まぁでも、俺が助けたお姫様は魔族領に友好の証としてお嫁に行くってことらしいし。
 その辺で魔族側にごたごたがあったのかもな」

 部隊員の一人が、タナトスさんへ声をかけた。

 「総隊長!」

 タナトスさんが、お面越しにウカノ兄ちゃんを凝視しているようだ。
 ウカノ兄ちゃんはと言えば、あのヘラヘラしたいつもの笑みを浮かべていた。
 やがて、タナトスさんが言ってきた。

 「本当に、お二人とも勿体ないほどの魅力的ですね。
 だからこそ、振られてしまってとても悲しいです」

 ウカノ兄ちゃんが、やっぱりヘラヘラ笑いながら返した。

 「ありがとうございます」

しおりを挟む
感想 79

あなたにおすすめの小説

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

【無双】底辺農民学生の頑張り物語【してみた】

一樹
ファンタジー
貧乏農民出身、現某農業高校に通うスレ主は、休憩がてら息抜きにひょんなことから、名門校の受験をすることになった顛末をスレ立てをして語り始めた。 わりと強いはずの主人公がズタボロになります。 四肢欠損描写とか出てくるので、苦手な方はご注意を。 小説家になろうでも投稿しております。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

悪役令嬢の騎士

コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。 異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。 少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。 そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。 少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

喰らう度強くなるボクと姉属性の女神様と異世界と。〜食べた者のスキルを奪うボクが異世界で自由気ままに冒険する!!〜

田所浩一郎
ファンタジー
中学でいじめられていた少年冥矢は女神のミスによりできた空間の歪みに巻き込まれ命を落としてしまう。 謝罪代わりに与えられたスキル、《喰らう者》は食べた存在のスキルを使い更にレベルアップすることのできるチートスキルだった! 異世界に転生させてもらうはずだったがなんと女神様もついてくる事態に!?  地球にはない自然や生き物に魔物。それにまだ見ぬ珍味達。 冥矢は心を踊らせ好奇心を満たす冒険へと出るのだった。これからずっと側に居ることを約束した女神様と共に……

魔法使いと皇の剣

1111
ファンタジー
かつて世界は一つだった。 神々が大陸を切り離し閉ざされた世界で 魔法使いのミエラは父の復讐と神の目的を知る為 呪われた大陸【アルベスト】を目指す。 同じく閉ざされた世界で〔皇の剣〕と呼ばれるジンは 任務と大事な家族の為、呪われた大陸を目指していた。 旅の中で、彼らは「神々の力の本質」について直面する。神とは絶対的な存在か、それとも恐れるべき暴君か。人間とは、ただ従うべき存在なのか、それとも神を超える可能性を秘めたものなのか。 ミエラに秘められた恐るべき秘密が、二人を究極の選択へと導いていく。

処理中です...