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 エリィさんは、俺が新人の頃お世話になったお姉さん冒険者だ。
 師匠とも言える。
 十三歳でクソ親父に出稼ぎと称して家を追い出された俺は、それでもなんだかんだ憧れていた冒険者になった。
 けれど、まさかこんなに農民に対する差別と偏見が酷いとは思っていなかった。
 登録するのに苦労し、登録したあとも農民だからとろくな依頼を斡旋させてもらえず。
 仕方ないので、細々と薬草採取をしたり、それだけでは実家への仕送りには到底足りないので、農業ギルドから依頼を受けてなんとか生活していた。
 冒険者ギルドでは白い目や冷たい目で見られていたし、ある程度安定した収入を得られるようになっても、部屋すら満足に借りることは出来なかった。
 農民は収入が低い。それで審査に落ちてしまうのだ。
 仕方なく、農業ギルドで知り合ったギルドマスターに相談して下宿先を紹介してもらえた。
 その下宿先に居たのが彼女だった。
 当時、彼女はすでにトップレベル冒険者としての頭角を現し始めていた。
 俺が新人だと知るや、色々世話を焼いてくれたのだ。
 まぁ、エリィさんと一緒にいるというだけで、結構やっかみもあったが。
 それもいい思い出だ。
 後で知ったが、彼女には俺と同い年の弟がいたらしい。
 でも、残念なことに幼い頃にお空へ旅立ったとか。
 どうにも俺をその弟さんと重ねてしまい、世話を焼いてくれたようだ。
 
 今、彼女は下宿を出て、自分の家を買い、今をときめく冒険者としてバリバリと働いているのだが。
 お互い忙しかったからか、同じ冒険者ギルドを利用しているにもが関わらず顔を合わせることはほとんど無かった。
 ちなみに俺は、下宿先のご飯が美味しいのと色んな人達がいてしかも俺が農民だからと白い目で見ない人達ばかりだから居心地が良すぎてそのまま住み続けている。
 差別や偏見はたしかにあるけど、下宿先あそこの人達はいい人ばかりで嫌な事があっても癒されるのだ。
 
 「なるほどな。思っていた以上に酷いな」

 冒険者ギルドでのトラブルは、ひとまずなんとかなった。
 場所を近くの喫茶店に移して、俺はエリィさんに何があったのかを説明した。

 「もう慣れました」

 「いやいや、慣れちゃダメだろう?」

 「慣れるしか無いんですよ。
 これはもうどうしようもない事ですから」

 「そうは言ってもな。せめて元仲間たちからされたことに関しては、被害届を出したらどうだ?」

 「あはは、どうせ受付で握りつぶされます。
 それに、そもそもその証拠が出てきませんもん。
 鑑定しても、ね?」

 幻術、幻影でそもそも元仲間達を騙していたのだ。
 つまり、俺自身は暴行を受けてはいない。

 「ただ、ちょっと性格悪いかなぁとは自分でも思うんですが」

 「?」

 「ほら、農民に出し抜かれたって知ったアイツらがどういう反応するかはちょっと楽しみだったりします」

 何しろ、殺したと思った奴が実は生きていたのだ。
 それも、自分達より弱くて無能とされている農民がだ。

 「いい性格してるな、相変わらず」

 エリィさんも楽しそうに笑ってくれた。
 この人も貴族の令嬢ながら、中々いい性格をしている。
 ちなみに、彼女が冒険者をしているのは修行らしい。
 父親から二十歳まで強さを磨き、ついでに世の中を見てこいと言われて家を叩き出されたのだとか。
 彼女には他に姉がいて、その姉たちが他の有力貴族へと嫁入りして実家に尽力している。
 エリィさんは末っ子だったのと、才能があったこと、その他もろもろのことを考えて、彼女の父親は外へ出したということらしかった。

 「あはは、いい子ちゃんでいたら生きていけないですからね!」

 「たしかにな。
 しかし、お前の方が早く戻ってきたことになるのか」

 「えぇ。そりゃそうですよ。
 あれ? 話してませんでしたっけ?」

 「何をだ?」

 「いや、俺、転移魔法使えるんですよ。
 俺そもそも歩くの好きだし、元仲間連中には言っても信じて貰えなかったんで、一度話しただけで終わりましたけど」

 ちなみに、俺の実家がある田舎じゃみんな使える。
 広大で多すぎる畑と田んぼへの移動、そしてその中の道を延々と歩かなければ行くのが大変なお隣のお家へ回覧板を持っていくのにとても重宝するのだ。

 「あー、言ってたなぁ。
 そういえば。
 そうそう、思い出した。
 たしか私が新人でそれを使えるとなると、悪い人にも利用されるから言いふらすなって注意したんだった」
 
 「そうですよ!
 まぁ、言ったところで悪い人にすら信じて貰えなかったんで杞憂だったってことですけど」

 そこで注文したお茶が運ばれてきた。
 二人してそれぞれのカップに口をつけ、しばし会話が途切れる。
 やがて、エリィさんが訊いてくる。

 「それで、これからどうするんだ?」

 「どうするも何も、冒険者続けますよ。
 まぁ、冒険者ギルドからの依頼は暫くは安いドブさらいとか、薬草採取になるでしょうから。
 並行して農業ギルドからの依頼を受けようかと思ってます。
 むしろ、俺みたいな農民出身の冒険者は農業ギルドからの依頼を受ける方が多いので」

 「そうか。
 農業ギルドからの依頼というと、お前と初めて受けた依頼は度肝を抜かれたぞ」

 お陰でいい経験になったが、とエリィさんは楽しそうに笑いながら言った。

 「そうですか?」

 「そうなんだ!
 中堅に片足を突っ込んだ冒険者と、ド新人冒険者二人でまさか災害級SSSランクのモンスター討伐なんて普通受けないし、自殺しに行くようなものなんだからな!
 あれは、英雄とか呼ばれる本当にひと握りの冒険者が束になって掛からないと倒せないとされてるモンスターなんだからな!!」

 あぁ、なるほど。

 「でも、俺の故郷だと危険度Aランクのドラゴン一人で狩ってもドベ扱いでしたし。
 それよりちょっと強いだけのSSSランクなんて、腰の曲がった村のばあちゃんじいちゃんでも倒せてましたよ?」

 「お前の故郷は色々おかしい」

 「まぁ、農家や田舎の常識は世間の非常識って言いますからねぇ。
 ちなみに、夏から秋にかけてランク問わずドラゴン含めたモンスター達が、畑の作物狙って大量に来るもんだから狩るの大変でしたよ。
 そうじゃなくても、カラスやタヌキとか普通の害獣にも気をつけないといけないし」

 ちなみに、いっそのことその狩りを祭りにしちゃおうってなって、今や知る人ぞ知る、マイナードラゴン狩り祭りとなっていたりする。
 ドラゴンの解体ショーなんて、近隣の村や街の人達がきて見物するくらいだ。
 そこまで話した時、エリィさんの顔が真顔になった。
 
 「ま、まさか! お前が来てから夏から秋にかけて下宿の食事で出ていた、普段貴族でも滅多に食べることの出来ないドラゴン肉の希少部位のステーキは……」

 「あ、はい。ウチの家族総出で狩ったやつです。
 下宿先の人達は、お世話になってる人達だからってことで、珍しい希少部位中心に母が送ってくれたんですよ。
 まぁ、家にあっても食べきれないんで他の親戚にも送ってるとは思いますけど」

 「……なるほど。母上殿にはよくお礼を言っておいてくれ」

 「ええ、もちろん」

 そこでエリィさんは、少し恥じらうように顔を赤らめて俺へ言ってきた。

 「そ、その、代金は払うから!
 時期が来たら、そして、もし、その肉が手に入ったら、図々しいとは思うが、その分けて貰っていいだろうか?」

 「ええ、良いですよ。
 その時になったらお知らせします」

 エリィさんの顔が華やいだ。
 一応、あとで実家に手紙書いておこう。
 転移魔法で帰れなくはないけど、むしろすぐ帰れるけど、帰ったら帰ったで親、色々五月蝿いし。
 この前の年始だって、帰ったら結婚まだか、恋人は出来たか、なんなら見合いをするかってうるさかったし、煩わしかったからだ。
 
 「楽しみにしてるからな!」

 ついでに野菜と、母特製の漬物や干物も送ってもらおう。
 エリィさんには、本当にお世話になったし、恩も返しきれてないし。
 一人暮らしだから、食事事情がちょっと心配だし。

 「えぇ、楽しみにしてて下さい」

 「それにしても、ようやく合点がいった。
 業者並みにお前のモンスターの解体が上手かったのはそれが理由だったんだな」

 「あはは、田舎じゃ色んなことをやらされるんですよ。
 でも、俺の解体はまだまだ下手くそって言われてましたけどね」

 特に、親父に。
 都会育ちの男親はどうか知らないが、田舎の親父という人種は絶対自分の子のことを褒めない。
 むしろ、貶してくるのが普通だ。人によっては家事に関してだけは、全部嫁さん任せで料理だけは出来ないってのもざらである。
 俺は家を出ることを前提に母と祖母に叩き込まれたおかげで、下宿先でも、自室の掃除くらいならなんとかやっていけてるので感謝しかできない。
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