上 下
45 / 50

45

しおりを挟む
 とりあえず、順番に書き綴ることにしよう。
 まずは、それなりの時間が経過した現在であっても、伝説と呼称される動画企画についてだ。

 と、その前に、これを読んでいるのは誰なんだろう?
 
 見ず知らずの誰か、なのか。
 それとも知っている誰か、なのか。
 
 お兄ちゃん、お兄ちゃんは見ていますか?
 読んでいますか?

 あたしの人生の一部を。
 あたしの人生の転換期を。
 貴方が居なくなってからの、家族の日々を。

 この時期があって、それから何度かお兄ちゃんとの道が交わって。

 そして、今があります。
 大人になりました。
 あたしは、大人になりました。
 お兄ちゃん、もうすぐ、あたしは――……。

 いいえ、止めておきましょう。
 きっとお兄ちゃんは、全て知っているのでしょうから。
 だから、待っています。
 きっと、お兄ちゃんが来てくれることを信じて待っています。
 これを書き終えた後、あたしには人生の短い夏が来るのでしょう。
 それが待ち遠しくもあり、怖くもあります。
 今更、こんな過去の記憶を記録することに意味があるのか、無いのか。
 でも、うん、楽しかった子供の頃の思い出。過去の自分。
 今に至るまでの、自分。
 それを、書き残して、また何年かして読み返した時にこんなこともあったね、とあの人と、そしてタマ達をもふもふしつつ笑いあえたらきっと楽しいと思うのです。
 
 ひょっとしたら黒歴史になって、押し入れの奥に封印するかもしれません。
 それでも、それは未来のあたしの話。
 現在いま大人である自分あたしは、ただこうして書き記すことが楽しくて仕方ありません。

 さて、話に戻りましょう。
 そろそろ、読者諸君も退屈しているだろうから。



 夏休みも過ぎていき、とうとうその日がやってきた。
 動画企画、その撮影本番の日だ。
 場所は、プロの魔物使いテイマーの試合でよく使われている施設だ。
 名前を書けば、知っている人ならあぁ、あそこね、となる場所である。
 
 さて、その場所に行くのもまずは自転車で駅に行って、それから電車に乗り込んで、といつものパターンで向かうつもりだった。
 しかし、企画のことを知っていたジーンさんから連絡があったのだ。
 自分も行くから迎えにいく、と。
 
 「知らない人、それも男性の車になんて怖いので乗りたくないです」

 失礼かとも思ったが、実際夏休みにそういったトラブルが起きて秋か、遅くても冬休み頃に高校を中退せざるえない人の話を聞いていたこともあって、あたしは断ろうとした。
 ちなみに、電話での連絡だった。
 と、それを横で聞いていたばあちゃんが、代わってほしいとジェスチャーする。
 お、あたしの援護をしてくれるのかな。
 そう期待して、あたしが自分の携帯をばあちゃんに渡すと、ばあちゃんは挨拶もそこそこに、

 「モンスターの先生、ご迷惑でなければこの婆も一緒に連れて行ってくれませんかねぇ」

 なんてことを言い出した。
 ばあちゃん?!

 ジーンさんはそれを快諾する。

 「ありがとうございます。なんせ孫の晴れ舞台ですからねぇ。
 冥土の土産にちゃんと観ておきたいなって思ってまして。
 はい、はい、あ、はい。ありがとうございます。
 それで、あ、ちょっと待ってください」

 そこでばあちゃんがあたしを見て、自室に行くように言ってくる。
 なんか大人の話をするようだ。

 「変なこと言わないでよ?」

 「大人の話に口を出すんじゃないの」

 あたしの抵抗虚しく、ばあちゃんからそう返された。
 しかし、いったいなんの話しだろう?
 あ!
 もしかして【言霊使い】についてかな?
 それならあたしも聞きたいんだけど。
 しかし、あたしは結局居間を追い出されてしまった。
 仕方ないので自室に行って、ゴロゴロする。
 ゴロゴロしていると、タマとツグミちゃんが遊んで遊んでーとばかりに寄ってきた。
 ヒィはいなかった。
 たぶんどこかの部屋で昼寝でもしてるはずだ。

 (それにしても……)

 あたしはツグミちゃんを膝に乗せてブラッシングしながら考える。
 動画企画の日まであと数日だ。
 ツグミちゃんと、ヒィ。
 この二匹を元の飼い主達と引き合わせて本当にいいのだろうか?
 二匹がそれぞれ元の飼い主の下へ戻りたいのなら、あたしとしてもそうしたい。
 ただ、これはあたしの勝手な想像だけれど、現状だけを見るならこの二匹は役立たず扱いされ、捨てられたのだ。
 ツグミちゃんとヒィが、リリアさんやエリスちゃんのところへ心の底から戻りたいと願っていても、あたし個人としては戻したくない。
 それは、きっと不幸なことになるからだ。

 【魔物使い】適性というか、能力のお陰で、ある程度なら意思疎通は出来る。
 だから、あたしは気持ちよさそうにブラッシングされているツグミちゃんに訊ねてみた。

 「ねぇ、ツグミちゃん。
 ツグミちゃんは、エリスちゃんの所に戻りたい?
 このままだと、エリスちゃんが新しく育てた子と戦うことになるんだよね。
 戻りたくなくても、戦いたくないなら出さないよ。どうする?」

 あたしの問いかけに、ツグミちゃんはブラッシングの途中だったけれど体を動かした。
 あたしはブラッシングしていた手を止める。
 それと同時に、ツグミちゃんがあたしの腹に前足を置いて、後ろ足は床につけた状態、伸びをするようにしてあたしの胸元へ頭をすりすりと擦り付けてきた。
 そして、一声、ここにいる、出る。とばかりに鳴いた。

 「ピィー」

 「そっか」

 あたしの勝手な解釈だ。
 でも、ツグミちゃんから嫌な感じはしない。
 だから、予定通りツグミちゃんを使うことに決める。
 でも、ヒィはどうだろう?
 と、今度は背中に軽い感触があった。
 体を動かして確認したら、ヒィだった。
 いつから居たのかはわからない。
 でも、ヒィはあたしの事を真っ直ぐ見つめてくる。
 あたしは聞いてみた。

 「ヒィ、今の話聞いてた?」

 「キャウッ!」

 鳴いて、頷く。

 「どうする? ここまできてアレだけど嫌ならお留守ば……」

 ばごっ!
 あたしの言葉を遮るように、ヒィは頭突きをかましてきた。
 なんなんだ、お前。

 「留守番は嫌?」

 ヒィが首を縦にぶんぶん振った。
 その目には、なにか強い意志のようなものが宿っていた。
 元の飼い主をぎゃふんと言わせてやる、みたいなそんな負けん気だ。

 「そっか、わかったよ。じゃあ二匹とも使う。
 それでいいね?」
 
 ヒィとツグミちゃんが並んであたしを見た。
 そして、力強く頷いて見せた。
 あたしはそんな二匹をわしゃわしゃとめちゃくちゃに撫でてやった。
 それを見ていたタマが、交ぜて交ぜてーと乱入してくる。
 そんな時、ちょうどばあちゃんの電話が終わったらしく、携帯を取りに来いと呼ばれた。
 取りに行くと、すでに通話は切れていて、ばあちゃんも一緒に行くことになったと改めて言われたのだった。
 そして、携帯を受け取りながらこう思った。

 どうせなら、元の飼い主達を許せるか? そう聞けば良かった。

 でも、とりあえず試合には出てくれるみたいだし、これ以上聞くのは野暮かもなぁ。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

闇の錬金術師と三毛猫 ~全種類のポーションが製造可能になったので猫と共にお店でスローライフします~

桜井正宗
ファンタジー
Cランクの平凡な錬金術師・カイリは、宮廷錬金術師に憧れていた。 技術を磨くために大手ギルドに所属。 半年経つとギルドマスターから追放を言い渡された。 理由は、ポーションがまずくて回復力がないからだった。 孤独になったカイリは絶望の中で三毛猫・ヴァルハラと出会う。人語を話す不思議な猫だった。力を与えられ闇の錬金術師に生まれ変わった。 全種類のポーションが製造可能になってしまったのだ。 その力を活かしてお店を開くと、最高のポーションだと国中に広まった。ポーションは飛ぶように売れ、いつの間にかお金持ちに……! その噂を聞きつけた元ギルドも、もう一度やり直さないかとやって来るが――もう遅かった。 カイリは様々なポーションを製造して成り上がっていくのだった。 三毛猫と共に人生の勝ち組へ...!

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~

遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」 戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。 周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。 「……わかりました、旦那様」 反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。 その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。

異世界マフィアの悪役次男に転生したので生き残りに励んでいたら、何故か最強の主人公達に溺愛されてしまった件

上総啓
BL
病弱なため若くして死んでしまったルカは、気付くと異世界マフィアを題材とした人気小説の悪役、ルカ・ベルナルディに転生していた。 ルカは受け主人公の弟で、序盤で殺されてしまう予定の小物な悪役。せっかく生まれ変わったのにすぐに死んでしまうなんて理不尽だ!と憤ったルカは、生存のために早速行動を開始する。 その結果ルカは、小説では最悪の仲だった兄への媚売りに成功しすぎてしまい、兄を立派なブラコンに成長させてしまった。 受け要素を全て排して攻めっぽくなってしまった兄は、本来恋人になるはずの攻め主人公を『弟を狙う不届きもの』として目の敵にするように。 更には兄に惚れるはずの攻め主人公も、兄ではなくルカに執着するようになり──? 冷酷無情なマフィア攻め×ポンコツショタ受け 怖がりなポンコツショタがマフィアのヤバい人達からの総愛されと執着に気付かず、クールを演じて生き残りに励む話。

完結【清】ご都合主義で生きてます。-空間を切り取り、思ったものを創り出す。これで異世界は楽勝です-

ジェルミ
ファンタジー
社畜の村野玲奈(むらの れな)は23歳で過労死をした。 第二の人生を女神代行に誘われ異世界に転移する。 スキルは剣豪、大魔導士を提案されるが、転移してみないと役に立つのか分からない。 迷っていると想像したことを実現できる『創生魔法』を提案される。 空間を切り取り収納できる『空間魔法』。 思ったものを創り出すことができ『創生魔法』。 少女は冒険者として覇道を歩むのか、それとも魔道具師としてひっそり生きるのか? 『創生魔法』で便利な物を創り富を得ていく少女の物語。 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※カクヨム様にも掲載中です。

最強と言われてたのに蓋を開けたら超難度不遇職

鎌霧
ファンタジー
『To The World Road』 倍率300倍の新作フルダイブ系VRMMOの初回抽選に当たり、意気揚々と休暇を取りβテストの情報を駆使して快適に過ごそうと思っていた。 ……のだが、蓋をひらけば選択した職業は調整入りまくりで超難易度不遇職として立派に転生していた。 しかしそこでキャラ作り直すのは負けた気がするし、不遇だからこそ使うのがゲーマーと言うもの。 意地とプライドと一つまみの反骨精神で私はこのゲームを楽しんでいく。 小説家になろう、カクヨムにも掲載

【完結】騎士団をクビになった俺、美形魔術師に雇われました。運が良いのか? 悪いのか?

ゆらり
BL
 ――田舎出身の騎士ハス・ブレッデは、やってもいない横領の罪で騎士団をクビにされた。  お先真っ暗な気分でヤケ酒を飲んでいたら、超美形な魔術師が声を掛けてきた。間違いなく初対面のはずなのに親切なその魔術師に、ハスは愚痴を聞いてもらうことに。  ……そして、気付いたら家政夫として雇われていた。  意味が分からないね!  何かとブチ飛でいる甘党な超魔術師様と、地味顔で料理男子な騎士のお話です。どういう展開になっても許せる方向け。ハッピーエンドです。本編完結済み。     ※R18禁描写の場合には※R18がつきます。ご注意を。  お気に入り・エールありがとうございます。思いのほかしおりの数が多くてびっくりしています。珍しく軽い文体で、単語縛りも少なめのノリで小説を書いてみました。設定なども超ふわふわですが、お楽しみ頂ければ幸いです。

ゲロトラップダンジョン-女騎士は適量とペースを守って酒なんかに負けたりはしない!-

春海水亭
ファンタジー
女騎士ノミホ・ディモ・ジュースノーム(20)は王命を受け、ダンジョンの攻略に挑む。 だが、ノミホの屈強なる精神力を見込まれて赴いた先は、 すえた吐瀉物と濃いアルコールの臭いが立ち込めるゲロトラップダンジョンであった。 ノミホは先人が残した嘔吐マッピング機能を利用して、ゲロトラップダンジョンの攻略を開始する。

処理中です...