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何度、現実に打ちのめされても、それでも僕を救ってくれた物語

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目覚めると、午前八時を過ぎていた。
いつもなら始業に間に合うか否か、と焦るところだが冒険者学校には行っても行かなくてもいいのだ。
しかし、下宿での朝食の時間は決められている。
午前七時から八時半までだ。
あと三十分のうちに食堂に行かなければ、僕は朝食を食べ損ねてしまう。
さすがに、それは避けたかった。
僕はのそのそとベッドから這い出すと、身支度を整える。
その時に、ふと気になって身分証カードを確認してみた。
僕に与えられたギフト、【スレ民】が昨日と同じように記載されている。
試しにギフトを使ってみた。
すると、昨日と同じようにあの掲示板が僕の目の前に表示された。
ダメ押しで、鞄を開ける。
そこには、昨日手に入れた鍵と賞金が詰まっていた。

「夢じゃなかった」

不思議な感覚だった。
でも、その感覚を消し去る音が響いた。

くぅきゅるるる~。

僕の腹の虫が鳴いたのだ。
食堂に向かった。
冒険者学校に通う、下級生達とすれ違った。
軽く挨拶をする。
遅刻するからか、走って下宿を出ていく。
食堂に入ると、出勤時間に余裕のある社会人たちが食後のコーヒーを飲んで寛いでいた。
その手には、新聞。
一面の見出しには、大神殿のスコアボードが更新されたことが書かれていた。

「あ、おはようパーシヴァル君」

スーツ姿のお兄さんが声を掛けてきた。
なんだかんだとオヤツをくれる人だ。

「おはようございます。
フィンさん」

挨拶を返し、席につく。
そこには朝食が用意されていた。
今日はトーストと目玉焼きだ。
あとスープ。

「アーサー君とジェニーちゃんはここを出ていくんだって??
知ってた??」

フィンさんが話題を振ってくる。

「いいえ」

「そっか。
……さびしくなるね」

普通はそうなのだろう。
でも、どこか安心している自分がいた。
けれどそんなことを馬鹿正直に、言えるわけはない。

「そうですね」

「おや、実はそうでもない??
仲良さげだったのに」

「そうみえます??」

「見える見える」

傍から見れば、そう見えていたのだろう。

「……アーサーとジェニーは陽キャで、僕は陰キャですから。
二人は気を使って声をかけて来てたんだと思いますよ」

「そうなの?」

「たぶん、ですけど」

「そっかー。
そうそう、今日にも荷物まとめに来るんだってさ。
ところで、この新聞に出てるパーシヴァルって、君の事だったりする?」

僕はトーストにイチゴジャムをたっぷり塗りつけ、一口齧った。
それを噛んで飲み込むと、答えた。

「違いますよ。
同じ名前の別人です」

「そっか、てっきり君が最初に鍵を見つけたんだとばっかり」

「なんでそう思ったんですか??」

「え、んー、だって、少なくともこの王都で君ほど真面目に何年も謎解きに挑戦してる子、見た事ないもの」

それはいくら何でも、勇者を研究している専門家に対して失礼なんじゃなかろうか。
大貴族達は、それこそ勇者の研究をしている専門チームを、冒険者とは別に囲っている。
僕なんかより、勇者を研究している人達は山のようにいる。

「……買い被りすぎですよ。
僕の知ってることは、皆知ってます。
なにより、僕の知ってることは嘘も含まれてたりしますから」

「えー、そうかなぁ。
だって、ほら、勇者の仲間たちの名前だけじゃなく、勇者がテイムしたモンスターの種類まで全部覚えてたじゃない。
普通の人はそんなこと知らないよ?」

勇者はモンスターをテイムできた。
でも、これも館長のくれた小説から得た知識だった。
なんなら、テイムしたモンスターの名前だって載っていた。
後になって調べてみたら、他の初期資料の中にも勇者のテイム能力や、仲間にした魔物についての記述を見つけることができた。
でもたしかに、冒険者学校の授業ではここまで突っ込んだ内容はやらない。
むしろ、ほかの仲間について教わる。
後に【剣聖】のギフトを与えられていたことが判明する、人狼種族の青年についてとか。
ギフトを与えられる前から【聖女】と呼ばれていた少女の事とか。
あと空だって自由に飛べた【大魔導士】の少年のこととか。
そして、勇者を含めた四人について徹底的に教わるのだ。

「君はさ、勇者のことが大好きなんだと思ってたから。
だから、今回の鍵を最初に手に入れたのも、なんなら聖杯を見つけるのも君だと思ってたんだけど」

「物凄く期待してたところ悪いですけど、僕、学校の成績下から数えた方が早いんですよ。
武器を使う授業なんて、剣が手からスポ抜けたこともあったくらいですから」

「んー。
俺も、義務教育は受けてきたから知ってるけど。
基本、聖杯探しに武器の扱い方って関係なかった気がしたんだけど違ったっけ??」

違わない。
あくまで聖杯探しは謎解きが中心になっている。

「でも、現実を見てくださいよ。
聖杯を探してるのは、屈強で優秀な冒険者達ですよ?
僕を見てください。
こんな貧弱の陰キャ、正反対の存在でしょう?」

「卑屈も過ぎると心を病むよ」

「……そうですね、気をつけます。
でも、ありがとうございます。
そう言って貰えるのも、悪くないですね」

フィンさんとの会話はそこまでだった。
仕事に出かけていった。
僕も朝食を食べ終えて、部屋に戻る。
ちらり、と誰でも読めるようにと置いてある朝刊をみた。
【パーシヴァルはどこの誰?】というタイトルが踊っていた。

「…………」

パーシヴァルなんて名前をもつ人物は沢山いる。
その中で、本物にたどり着くことは難しいはずだ。
だって、スコアボードに載ったということはそれだけ優秀で才能溢れる人物だと思うはずだ。
僕とは正反対の、アーサーやジェニー、SSSランク冒険者のような超超超有望な人材だと思うはずだ。
だから、僕は名乗り出るつもりは欠片もなかった。

部屋に戻ると、僕はギフトを使って掲示板を目の前に表示させた。
僕の建てたスレを見ると、次のスレを建てるよう書いてあった。
どうやらスレッドは、千以上は書き込めないらしい。
僕は回顧録を手に、昨日と同じ手順を踏んで新しく掲示板を建てようとして、ふと気づいた。

「あ、手帳買ってない」

昨日、誰かが書き込んでいた聖杯日誌、メモ。
それを用意していなかった。
しかし、昨日ノコギリを買ってしまったからお金がもう無かった。
諦めるか、と考えた矢先。
愛用している、古い鞄が視界に入った。
中身は朝食前に確かめてある。
僕はその中から、銀貨を一枚手に取る。
千年前の硬貨かと思っていたが、どうやら現代のお金のようだ。
これなら、普通に使える。

もしかして、運営委員の人達が硬貨のデザインが変わる度に交換したりしてたのかな。
そうじゃなければ、説明がつかない。
でも、使えるならそれでいい。
僕は財布にその銀貨一枚を突っ込んで、手帳を買うために下宿を出たのだった。
出る時に、視線を感じた気がした。
見れば、冒険者なのだろう。
屈強な男たちのグループと、逆にほっそりした男女が混じっているグループがそれぞれ下宿を見ていた。

(怖いな、なんだろ?)

エマさんに言うべきかなとも思ったけれど、すぐにそのグループにアーサーとジェニーが合流しているのが見えた。

(そういや、引っ越すんだもんな。荷物取りに来たのか)

ほんの数分前の、フィンさんとのやりとりを思い出して、僕は納得した。
そんな事より今は手帳である。
目指すは、小学校の時からお世話になっている書店だ。
文房具も売っている。
それこそフィンさんみたいな人達がよくここで手帳等を購入しているのだ。
書店は、商店街の出入口近くにある。
この時間なら、そんなに混んでいないだろうと思っていたのだが、珍しく人集り、というか行列が出来ていた。
列の整理をしているのは、この書店の先代店長だったおばあさんだ。
今は息子に店を任せて、隠居しているはずだった。

「おはようございます」

僕は列の最後尾に立つと、おばあさんに声をかけた。

「あらぁ、久しぶりねぇパーシヴァル君」

おばあさんが僕の名前を口にすると、一瞬並んでいる人達ががザワついてこちらを見てきた。
でも、僕をじろじろと品定めするかのように見たあと、残念そうに視線を外す。

「なにかあったんですか?」

僕は気にしないように努力して、おばあさんにこの行列について訊ねてみた。

「あら、ニュース見てない?
ほら、聖杯探しが進展したでしょう?」

「あー、はい。
僕と同じ名前の人が、最初の鍵をみつけたとか」

「そうそう、それね。
それで、刺激を受けたらしい子達が関連書籍を買いに来てるらしくて。
でもねぇ、そんなに在庫がある訳じゃないし。
って、ごめんなさいね。
パーシヴァル君は、何を買いにきたの?」

この書店で購入できる書籍は、少しずつ手に入れている。
おばあさんもそのことを知っているから、今更僕が勇者関連の書籍を購入しにきたわけではないと考えたらしい。

「就活が本格化するんで、手帳を買いに来たんです」

僕は適当な理由をでっち上げて、説明した。
嘘ではない。
おばあさんは、特に疑うことはなかった。
むしろ、それなら、と一旦店の中に引っ込んだかと思うと、すぐに手帳をもって戻ってきた。

「うちで取り扱ってるのは、昔からこれだけだから。
銀貨一枚ね」

ここで精算してくれるようだ。
たしかに、目的が書籍で無いのならこの方が合理的だ。
僕は財布から銀貨を1枚取り出すと、おばあさんに渡した。
手帳を手に入れると、僕は列から外れて来た道を戻る。
僕が立っていた場所が、後ろに並んでいた人に詰められていた。
それどころか、人はどんどん増えているようだった。
そして帰路についたのだが。
周囲を見れば、昨日より人が増えていた。
冒険者が多い。
あちこちに防具と武器を身につけてた人達がうろついている。
ここは勇者が興した国であり、その中心地だ。
だから、昔からこの地のどこかに聖杯があるのだろうとは言われていた。
昨日のこともあって、手がかりを求めに冒険者が集結しつつあるのだろう。
そこでふと、自分がいま大金を持ち歩いていることを思い出した。

「大丈夫、大丈夫。
僕は貧乏な学生。
お金なんて持ってるようには見えない、大丈夫大丈夫」

ボソボソと自分に言い聞かせる。
傍から見ると、不気味なことこの上ない。
コソコソと犯罪者の気分で、僕は下宿に急いだ。
とくにお金を盗られることもなく、下宿に帰ってこれた。
僕は、部屋に駆け込もうとして気づいた。
ドアノブが壊されていた。
扉が半開きになっている。
嫌な予感がした。
僕は扉を開け、自室を見て、愕然とした。
荒らされていたのだ。
部屋の中が荒らされていた。
僕の部屋は、元から汚部屋だった。
それでも、なんというのだろう。
本は床に平積みにしていたけれど、乱雑にはおいていなかった。
でも、いまは。
机やベッドがひっくり返されていて、明らかになにかを物色した形跡があった。

僕は顔を真っ青にして、エマさんの元へ駆け込んだ。
エマさんは僕の話を聞いて、部屋に来ると僕よりも顔を青くしている。

「なにか盗まれたものある??」

エマさんは声を震わせて確認してきた。
僕は荒らされた部屋の中を確認した。
僕が長年、ちょっとずつ買い集めた勇者関連の書籍が消えていた。
壁のあちこちに貼っておいた、聖杯探しのための考察メモが全て剥がされ消えていた。
幸いと言うべきか、館長さんからもらった小説と回顧録は、鞄に入れていたから無事だった。
賞金も同じように無事だった。
壁に飾っておいた、勇者パーティの肖像画も破かれていた。
これもお小遣いを貯めて、ようやく買えたものだった。
僕の全てが、この部屋に詰まっていた。
僕の人生が、この部屋の中にあった。
大好きな物も、大切なものも、全部詰まっていた宝箱のような部屋だった。
それが荒らされ、踏みにじられていた。
エマさんはすぐに警察を呼んでくれた。
犯人について、エマさんは心当たりがあるらしかった。
僕が手帳を買うために下宿を出てすぐ、アーサーとジェニーが自分たちの荷物をまとめる為に戻ってきたらしい。
それは、僕も知っている。
下宿から出た時に、その姿を見たからだ。
それぞれがこれから所属するクランの人達と一緒に、下宿にきたのだ。
それから、ドッタンバッタンと少々騒がしく荷物を纏めて出ていったらしい。

そして、僕が帰ってきて盗みが発覚したというながれだ。

警察は、すぐにその二人と、一緒にいた各クランの者達を窃盗で逮捕しようとした。
でも、捜査はその日のうちに打ち切られた。
どうやら、各クランを囲っている大貴族から圧力があったらしい。
形だけの事情聴取をされて、それで終わりだった。
怒って、騒いだら、こっちのことを逮捕するぞと脅された。
そして、午後九時過ぎ。

「……エマさん、すみません。
借りてる部屋なのに、こんなことになって」

「いいの、気にしないで。
それより、大丈夫??」

下宿の食堂にて、僕とエマさんは顔を付き合わせていた。

「……だめ、みたいです」

泣くのを必死にこらえた。
でも、声が震えているのが自分でもわかった。

「すみません、もう寝ます」

荒らされた部屋は、捜査が打ち切られたからもう使えるのだ。
部屋に入る。
まだ荒らされたそのままの状態だった。
僕は、せめて寝床だけでも確保しようとベッドを整えた。
そこにゴロンと横になる。
涙が溢れてきて、枕をぐしょぐしょに濡らした。
アーサーとジェニーが、僕のことを見下しているのは知っていた。
自分たちの引き立て役のために、傍に置いておいたのも、知っていた。

記憶がよみがえる。

いつかの冒険者学校。
いつかの放課後。
二人が教室で、僕のいない場所で、僕のことをなんて言っているのかたまたま耳にしたことがある。
陰口だった。
自分たちのために利用しているんだ、ということを口にしていた。
皆が皆、僕のことを話の種にしてゲラゲラと笑っていた。
ショックで悲しくて、少しだけ悔しかった。
僕はその日も下宿にさっさと逃げ帰って、そして――。

悲しい思い出が嫌でも蘇ってきていたのに、その後のことを思い出して、僕はガバッと起き上がった。
瞼を擦って、涙をふく。
ランプに火を灯して、僕は鞄の中に入れっぱなしにしていた小説を取り出した。
現代語訳の、一番古くて、一番勇者の近くにいた人が書いた小説。
そして、つい最近貰った、僕だけにしか読むことの出来ない回顧録。
そのオリジナル。
僕に与えられたギフトが記載されている、身分証カード。
そして、次の鍵への道標が書かれている紙。

「いつだって、そうだった」

僕はそれらを見て小さく呟いた。

「いつも、そうだった」

僕に辛い現実が降りかかる度、それを忘れさせてくれたのはいつだって、この宝探しで、勇者の冒険譚だった。
今まで僕を救ってくれた本たちは、奪われた。
でも、全部じゃない。
館長さんがプレゼントしてくれた、小説と回顧録は手元にある。
それに、なにより、この現状を聞いてくれる人達がいるのだ。

「大丈夫、まだ、大丈夫」

僕は自分に言いかせながら、ギフトを使用した。
掲示板が現れる。
僕はすぐに、スレ立てをした。
歪む視界を何度も擦って、僕は現状を書き込んだ。
そんな新しいスレを、僕は祈るように見つめていた。
なにせ、深夜だ。
皆、寝ているかもしれない。
でも、もしかしたら起きているかもしれない。
だって、向こうには二十四時間、ずっと営業している店があるのだ。
つまり、こんな時間でも起きて活動している人達が一定数存在するということだ。
僕は、待った。
誰かが書き込んでくれるのを。
反応を待った。
多分、時間にしたら数十秒くらいだったと思う。
でも、僕にとっては永遠に近い時間だった。
反応があったのだ。
名前を確認すると、【考察厨】さんだった。
反応が嬉しかった。
また歪む視界を、僕は何度も擦って、掲示板と向き合った。
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