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マウント取ってタコ殴りすることには定評あるんだぜ?知ってたろ??

裏話10

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 ウスノは俺の双子の兄だ。
 生まれつき体が弱かった。
 そして、十歳でこの世を去った。
 それでも長男だったから、皆ウスノのことを可愛がった。
 仕方がなかったと今なら思える。

 子供は放ったらかしたら死んでしまうくらい、弱い生き物だから。
 そんな普通の子供よりも、ウスノは弱かった。

 最悪の思い出が、記憶が思い出されたかと思うと、気づいた時にはこの数日間の記憶が一気に蘇ってきた。
 頭がガンガンに痛んで、目が覚めたのは夜中だった。
 頭痛から来る吐き気に襲われて、トイレで隠れて吐いた。
 家政婦さん達や、その日は何故か泊まっていたブランに生徒会長は、ぐっすり眠っていたのか起きてくる気配がなかった。
 吐きながら、思い出したのはウスノが死んだ日のこと。
 五年前の、あの日のこと。
 その原因。
 たしかに俺のせいだった。
 ウスノが死んだのは、俺のせいだ。

 始まりは、三歳の時のことだ。
 俺が、家に帰った日のことだった。
 外の話をした。
 それを聞いたウスノは、外に出たいと駄々を捏ねた。
 駄々をこねさえすれば、皆が言うことを聞いてくれる。
 それをウスノは知っていた。
 だから、俺もそれで動くと思ったらしい。
 俺は、それを拒絶した。
 だって、ウスノは体が弱いから。
 外にはいけない。
 一緒には遊べない。
 俺とは違うんだから。
 そう、言い含められていた。
 俺は、それを守った。
 それだけだったのに。

 そしたらどうなったか?
 ウスノがなんと言ったかはわからないけれど、きっと自分にとって都合のいいことを報告したんだろう、俺はその日、酷い折檻を父親から受けた。
 骨は折れてたと思う。内臓もやられてた。
 血を吐いて死にそうになっている俺に、父親は何度も何度も誓いをたてるよう言ってきた。
 謝罪を要求してきた。
 俺は、必死に謝った。
 死にたくなかったから。
 頑張って、謝った。
 頑張って、誓った。
 俺は、楽しそうにしてはダメだし。楽しい話をしてはダメだった。
 ウスノやタケルが風邪を引けば、薬だ何だと皆が二人を心配する。
 でも俺が咳のひとつもしようものなら、父親から、祖父母から睨まれた。
 気が抜けない。
 咳すら出来ない。クシャミだってそうだ。
 楽しいことを、楽しいと素直に口にすることすら許されなかった。
 それでも、長男に仕えろと言われた。
 なんでも言うことを聞けと言われた。
 
 『ウスノが外に出たいと言っても?』

 確認するように聞いたことを薄ぼんやりと覚えている。
 その前後のこともよく覚えている。
 腹を蹴られて意識が飛んだのだ。
 ウスノはいい子だから、そんなことは言わないと怒鳴られた。
 ウスノは長男だから、グズなお前とは違うと怒鳴られた。
 そして、母親のことも父親は詰った。
 不吉な双子を産みやがって、と詰った。
 その場に母親はいなかった。
 たしか、タケルが熱を出して掛かりっきりになっていたはずだ。
 父親は、俺が不吉なんだと言いたかったんだろうと思う。
 どうすれば良かったのか、未だにそれはわからない。
 不吉だから、お前がいるから家が傾く、不幸になる。
 お前がいるから、ウスノの体が弱いままなんだと怒鳴られたことを今でも鮮明に覚えている。
 
 殴られるために帰ったようなものだった。
 父親の気が済むまで殴られて、痛みで動けずにいる所に母親がやってきたのだ。
 ぐったりしてる俺を見つけて、母親が言った言葉も、俺はきっと忘れないと思う。
 この頃の母親も育児ノイローゼ気味だった。
 その事情を話せば、きっと赤の他人はこういうのだろう。
 悪気はなかった。疲れていたんだ、と。

 でも、俺は未だに忘れられずにいる。

 「そんなに痛いの??」

 父親に殴られた傷も痛かったし、母親からのその言葉も何故かとても痛かった。
 少しだけ、助けに来てくれたんだと期待していた三歳の俺は、生まれて初めて【絶望】を知った。
 そう、そうだ。
 この時初めて死にかけるくらいの暴力を振るわれたんだ。
 俺を引き取る事になっていた龍神族の爺ちゃんも、まさかここまでのことを子供に、血の繋がった子供にするなんて考えていなかったんだろう。
 だから、初めて俺の両親に、祖父母に怒りをぶつけた。
 二度とこの家には近づけさせない、と、俺が言わされた言葉をそうと知らずに言ってくれた。
 正直にいってしまえば、その光景がただ怖かった。
 ちなみに、そこから数日間の記憶が無かったりする。
 ノームには、山で遊んでいたと聞かされた。

 生々しく思い出される古い記憶に、吐いて吐いて、吐き続けた。

 ウスノには、死ぬまでこの日のことを詰られた。
 お前のせいで、両親が怒られたのだと詰られた。

 ウスノが死んだ日。
 十歳のあの日。
 ウスノと俺の関係は続いていた。
 ウスノが外の話を聞きたがったからだ。
 だから、請われると話をしに実家に帰った。
 あとは、農繁期の時とかに帰っていた。
 シルフィーのおばちゃんも一緒だった。
 ノームも一緒だった。
 だから、酷く殴られるなんてことはあれきり無かったけど。
 その日、ウスノは俺とノームが山へ行くのを見かけて追いかけたらしい。
 ずっと寝たきりで、体力なんて無かったのに。
 それでも、俺を追いかけて山に入って、死んだ。
 魔物に食い殺された。
 その断末魔の悲鳴を、俺とノームは聞いた。
 そして、駆けつけた時には遅かった。
 食い荒らされたウスノだった物が散らばっていた。
 幸い、頭だけは無事だったけど恨めしそうなウスノの瞳が俺を見ていた。
 母親が泣いて、父親が怒った。
 祖父母も泣いていた。
 唯一、タケルだけが俺のことを心配してくれた。
 タケルはウスノのことをあまり好きでは無かった。
 横柄な態度を嫌っていたし、場合によってはタケルのことすら父親に言いつけて叱らせていたほどだ。

 胃が空っぽになって、それでようやく落ち着いた。
 口をゆすいでベッドに戻って、でも眠れやしなかった。

 嫌なことを思い出して、そして、バグ幼児退行っていたこの数日間のこともしっかり記憶に残っていて、別の意味で絶望した。
 なんならその前の記憶喪失になっていた期間のことも、しっかり覚えてる。


 担任が口を開いた。

 「それで、なんで戻ったことをアイツらに言わない?」

 俺は返した。

 「ブランも、生徒会長もいい人だからですよ。
 これ以上、迷惑は掛けたくないんですよ。
 でも、お礼のひとつくらいしておかないと、気分悪いじゃないですか」

 「それで?」

 「???」

 「そのためだけに外に出たがったのか?」

 「まさか。あの糞賢者を、ちょっと殴ってこようかなって思って。
 二槽式洗濯機壊されたし。主に二槽式洗濯機を修理できないほど滅茶苦茶に壊されたし。
 今回のことで畑手入れ出来なくて荒れてるの確実だし。
 ぜってぇ、ぶっ殺す、じゃなくて、殴るって決めてんですよ。
 あ、生徒会長へのお礼はそのついでです」

 「つまり、迷子になるつもりだった、と」

 「まぁ、今日のつもりは無かったですよ。
 外に出ても大丈夫って思わせて、油断したところでちょっと家出するつもりだっただけだし。
 先生が見逃してくれるなら、話早いんですけどね」

 「迷惑にはならなくても心配はするだろ」

 「そうだろうなぁ、アイツら、いい人たちだから」

 そう、外の世界で悪友たちの次に俺を俺として認めてくれた人達だから。
 きっと心配してくれるんだろうな。

 「おかしな話ですけどね。
 俺、心配されるの慣れてなくて照れ臭いんです。
 でも、すごく嬉しかった。
 だから、アイツらに迷惑かけたくないんですよ」  

 「歪んでるな」

 「あはは」

 「あと、俺への迷惑はなんとも思ってないのが、腹立つ」

 「だって、先生は大人だし?
 迷惑かけても心痛まないし」

 言う俺を担任はじっと見つめる。
 この間、ノームはずっと黙ったままだった。  

 「糞ガキが」

 「それとも、慕って欲しいですか?」
 
 「いいや、全然」

 「で、結局見逃してくれるんですか?」

 「んー、まぁ、見逃してもお前の動向わかるし。
 掲示板の【底辺農民】ってお前のことだろ」

 「チェックしてたんすか?
 マメだな、あんた」

 「偶然だ」

 「偶然、ね」

 「お人好しが過ぎるのも問題だぞ。
 お前、取り押さえにきたスレ民のために喉切ったのは本当だろ」

 「だから?」

 「一般人として、言っておく。
 他人のためにそこまでしても、何も返ってこないぞ」

 「アハハ、そうですね。
 でも、善意の見返りなんて最初から求めてないから、別にいらないです。
 返ってこなかったところで痛くも痒くもないし」

 「そうか。じゃあついでにこれも言っておこうかね。
 お前、ここに帰ってくる気あるか??」

 「賢者をぶっころ、じゃなかった、殴った後って意味っすか???」

 「そうだ」

 「帰るしかないですよ。
 農高には帰れないし、実家には、ウスノのこと思い出して気分最悪な今は帰りたくないし。
 ここくらいですよ、俺が帰れるの」

 「そうか」

 短く言うと、担任は生徒会室の窓を開けた。
 
 「んじゃ、適当にアイツらには言っておくから、行ってこい」

 「え」

 いいの?

 「こういうのは、早いか遅いかの違いだろ。
 そもそも大人、責任者ってのはそれを果たすためにいるんだよ。クソガキ。
 ま、これで責任追求されて解雇になれば、俺も晴れて無職生活を謳歌できるからな」

 あ、結局自分のためか、この人。
 ノームを見れば、とても楽しそうだった。

 「あんた、やっぱりクソだな」

 俺はそう口にして、窓から飛び出した。
 そんな俺の背中に糞担任の声が届く。

 「クソガキには言われたくねーよ」

 
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