王立学園の清掃委員会

一樹

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 放課後。
 無駄に金をかけて広げた学園の敷地内。
 いわゆるエリート校ではあるものの、どんなに煌びやかに見える場所にも陰はあるものだ。
 昔は部室棟として使われていたらしいが、今では見向きもされていない別棟には、とある委員会の部屋が割り当てられていた。
 しかし、そこは不良と一般的に呼称される生徒の溜まり場となっていたのも事実である。

 「それじゃ、約束は守ってもらいましょうか」

 語尾にハートマークでも付けていそうな弾んだ声。
 少し乱れた黒髪。
 いつもなら野暮ったい、あるいは一部の女子生徒からキモイと揶揄される前髪をかきあげる。
 現れたのは、血のような真っ赤な瞳だった。
 歳の頃、十五、六ほどの少年は血に倒れ伏した屈強な男たちを冷めた目で見て、それから猿山の大将であり、今は失禁して可哀想なほどガタガタと身を震わせている青年を見た。

 「何なんだよ、お前?!」

 「あー、俺のことは内密にお願いします。
 まぁ、覚えていればの話ですが」

 「や、やめっ」

 ゆっくり、そして穏やかに黒髪の少年は言って、この彼にしてみれば先輩にあたる上級生、青年の頭を片手で鷲掴みにすると、校舎の壁へ叩きつけた。
 皮膚が裂けて、血が飛び散る。

 「ぎゃっ!」

 「あなたの事は、念入りに痛めつけるように言われてるんですよ」
 
 「ご、ごべんば」

 「残念ながら、謝罪をすべきは俺じゃないですよね?」
 
 時間にして数分であったが、その一方的なリンチは続いた。
 やがて、午後6時を告げる鐘が鳴ると少年の暴力はピタリと止まった。

 「あーあー、汚れちゃったじゃないですか」

 やれやれと言わんばかりに、少年は自分の服を見る。
 汚れてもいいように、学校から支給されているトレーニングウェアを着ていたのだが、見事に赤く染まっていた。
 しかし、こんなことは日常茶飯事なのでちゃんと着替えを用意してある。
 別の袋に入れてきて持ってきたそれに着替える。
 顔に着いていた血も拭き取って、かきあげた前髪を手ぐしで下ろして梳く。
 それから、昔、大事な友人に貰った首から下げている御守りに、服越しに触れる。
 それは、紫色の小さな石のついた指輪である。
 落としていないことと、今日も怪我なく過ごせたことに感謝する。
 念の為にいつも持ち歩いている姉から貰ったコンパクト、その鏡で変なところはないかチェックする。

 「よしっ!」

 鏡には、どこからどう見ても完璧な地味少年が写っていた。
 危ないから、と着替えを入れていた袋に仕舞っておいたメガネケースを取り出して、かける。
 これで、エリート学校として有名すぎる王立学園、その生徒としては不似合いな身分である百姓出身の地味一年生、ロビン・ランピオンの完成である。
 今回は、生徒会へ、いや風紀委員会へ通報したほうがいいだろう、前髪の下に隠れた赤い瞳にどこか楽しそうな色を浮かべて、彼は足取り軽く風紀委員会の執務室がある本棟へ向かった。
 

 その翌日。
 昨日と同じ時間、入学からほぼ無理やり押し付けられた清掃委員会の仕事に従事するため、ロビンは、用具室から竹箒など掃除道具を片手に中庭にやってきた。
 中庭には、この学校創設以来生徒たちを見続けてきた女神像がたっている。
 昼休みならいざ知らず、放課後はこの場所に生徒はほとんどこない。
 しかし、今日は違った。
 その女神像に熱心に祈りを捧げる女子生徒がいた。

 (邪魔はしない方がいいかな)
 
 それは滅多にない光景だが、彼が女神の使徒として仕事をした翌日にはよく見る光景だった。
 物陰に隠れて、少女の祈りが終わるのを待つ。
 小さく、か細い、でも感謝の言葉が少女の口から紡がれ、ロビンの耳に届く。

 「女神様、ありがとうございます。
 御使い様もありがとうございます。あの子の仇をとってくれて。
 どうか、どうか、あの子の魂がそちらでは救われますように」

 時間にして、数分。
 祈りが終わると、その女子生徒はその場を後にした。
 目元を拭いながら、それでと晴れやかな笑顔で立ち去る女子生徒を見送って、ロビンは女神像の元へ歩み寄る。
 そこには、街で有名な菓子店の、贈答用のお菓子の詰め合わせが置かれていた。

 「女神様、今日も素晴らしき糧に感謝します」

 先程の少女と同じように、ロビンも女神像へ祈りを捧げる。
 その時に、首から下げているお守りを出して両手で包む。
 やがて祈り終わると、お守りを服の下に終い、菓子の詰め合わせを回収した。
 そして、昨日出来なかった分の委員会の仕事に取り掛かるのだった。


 ミルリア王立学園。
 本来は貴族の子弟のための、金持ち学園エリート校
 しかし、現代では優秀な人材を育成する、という名目の元、各地に存在する義務教育機関である初等学園からも優秀な成績をおさめた者にも入学の権利が与えられている。
 初等学園は義務教育を施すために、昔なら学ぶ機会さえ与えられていなかった農民等の第一次産業を支える者達が通っている場所だ。
 ちなみに、初等学園は十歳から十五歳まで、王立学園は成績を優秀者もそうだが十六歳以上から入れる。
 王立学園には、王族も通っている。
 昔ならいざ知らず、とりあえず現代では身分の区別なく、庶民も一つの教室にごちゃ混ぜになって授業を受けることになっていた。
 王族、貴族、そして庶民――平民。
 この学園では、身分に関係なく実力主義、というものが根底にあった。
 少なくとも、学園側の理念としてはある。
 しかし、現実はそんな理念すらも現場を知らない上流階級の頭がお花畑な考えに過ぎない。

 「あ、雑務委員会、こんなとこにいたのかよ!
 早く俺たちの教室も掃除しろよなぁ」

 「そうそう、肥溜め臭い農民なんだからそれくらい役に立ちなさいよねぇ」

 「はい、それじゃよろしく。
 そうそう、やってなかったら後で生徒会にチクるから」
 
 ロビンが中庭の掃除や点検が終わる頃、そう声を掛けてきた生徒のグループがあった。
 声には明らかに見下した色が含まれている。
 彼らの言う雑務委員会――もちろんこれは通称だ。
 この学園には、生徒会を頂点に様々な委員会が存在している。
 雑務委員会こと、正式名称【清掃委員会】、これがロビンが在籍している委員会である。
 基本的な仕事は、学校内の清掃や劣化している場所などの修繕だ。
 表向きにはそれらを用具委員会や、学園側が雇用している用務員などと一緒に行うことになっている。
 しかし、清掃委員会とともに仕事をしよう、等という存在はこの学園には存在していない。
 何故なら清掃委員会は、代々見下され馬鹿にされてきた平民の中でも底辺に位置する下流階級出身者、農民が押し込まれているからだ。
 扱いは、今は廃止となった奴隷や農奴へのそれと変わらない。
 しかし、この学校は実力主義を謳っていて、身分差別は無い、としているが実際はこの通りである。
 雰囲気からして、ロビンに声を掛けてきた生徒たちはおそらく平民出身の生徒だと思われた。
 理由はいろいろある。
 下町言葉を使い、身のこなし等にオーラがない。
 これが貴族出身の生徒であれば、言葉使いと身の子なしにもう少し丁寧さとオーラがあったりする。
 王族出身者(当人曰く、末席らしい)も、ロビンと同じ教室にいるので、その立ち居振る舞いはよく目にしていた。
 階級、いや育ってきた環境でこうも違うのか、とロビンがぼんやり考えながら、それでも言うことは言っておく。

 「で、でも、教室の掃除は委員会の仕事に含まれてませんよ。
 そもそも当番制だったと思うのですが」

 事実、ロビンの所属する教室でも今日の掃除当番が掃除を行っているはずである。
 ヘラヘラとなるべく愛嬌が出るように言ったのだが、どうやら相手は馬鹿にされたと取ったらしい。

 「底辺のくせに生意気なんだよっ!!」

 グループの誰かがそう怒鳴って、拳を突き出してくる。
 あー、殴られるなぁ。
 殴られたら痛いよなぁ。
 眼鏡が壊れても面倒くさいしなぁ。
 ロビンの思考は、そんなのんびりとしたものだった。
 そんなロビンの目に、自分が持つ竹箒が映る。

 「お?」

 あ、いい物があった。
 そう考えて、ロビンは竹箒の柄で殴りかかってきた生徒の拳を防いだ。

 「あ、危ないじゃないですか!!」

 魔法で身体強化もしていない、ただの拳で竹箒を殴りつければ、かなり痛い。
 折れてはいないだろうが、とても痛い。
 殴りかかってきた生徒は、驚きの表情を浮かべたかと思うとすぐに襲ってきた痛みで顔を歪めて後ずさる。
 それを見ていた取り巻きが、卑怯者、乱暴者、これを証拠にして退学にしてやる等など喚いてくる。
 ここで黙っていればきっとある程度は丸く収まったかもしれないが、そこはロビンが姉弟きょうだい喧嘩で培われてしまった余計な一言が火を吹いてしまった。

 「た、退学を決めるのはあなた方じゃなくて学園側ですよ!
 それに、いきなり底辺のくせに生意気だ、とか差別発言しながら殴りかかってきておいて乱暴者呼ばわりは、なんていうか違くないですか?」

 そんな反論に、グループの面々は怒りに顔を赤くする。
 ロビンが少しオドオドしている振りをして言ったのもあるだろう。
 しかし、それ以上に自分達より下の存在に反抗されたこと、それが気に食わなかった。
 
 「下手に出てればつけ上がりやがって!!」

 殴りかかってきた生徒が指を空中に滑らせた。
 同時に、魔法陣が展開する。

 (軽い電撃系、受けたら制服焦げるよなぁ)

 それを合図に他の生徒達も魔法陣を展開し始めた。

 (火に、水、風魔法か。
 土、は無いのか)

 これ全部を受けたら確実にボロボロになってしまうことは明白である。
 
 (よし、逃げよう)

 竹箒を片手に、ロビンは戦線離脱を決めた。
 上級生やプロと違い、彼らの魔法の展開は遅い。
 幸い、身体強化の魔法をロビンは使える。
 ロビンは、無詠唱で身体強化魔法を自身に施すと、すぐに脇に置いておいた菓子の詰め合わせを回収するため動いた。
 その動きが速すぎて、ロビンに絡んできた生徒たちは虚をつかれる。
 しかし、そんなことはお構い無しにロビンは菓子を回収するとやはり学校の備品である竹箒を片手にその場を離脱しようとする。
 しかし、それよりも少しだけ早く電撃系の魔法陣の展開が完了し、雷の刃がロビンに放たれた。

 瞬間、見えない壁がロビンを包んだ。

 「え?」
 
 いきなりの事に、ロビンが動きを止め、戸惑う。
 しかし、次の瞬間その壁に向かって魔法が直撃した。
 全ての魔法を防ぎきって、その壁は消える。
 そして、ロビンと、ロビンに絡んできた生徒たちに第三者が声をかけてきた。

 「学園の敷地内で攻撃魔法の使用、加えて、ふむ、複数人で一人をリンチ、か」

 声のした方を見ると、風紀と書かれた腕章をつけた生徒が三人、ロビン達に厳しい目を向けて立っていた。

 
 
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