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 ヒロは携帯に出た。

『やっほー、愛しい愛しい許嫁、ミリオーネちゃんですよー』

 途端、明るい声が届く。

「久しぶり。
 期末テスト、終わったんだ」

『うん! 結構手応え良かったよ!
 褒めて褒めてー』

「頑張ったんだ。さすが、ミリオーネ」

『そう、めちゃくちゃ頑張ったんだよ!
 夏休みに、確実にそっち行くためにね。
 あー、早く二十歳になりたい!
 そしたら、ヒロとずっと一緒にいられるしね』

(二十歳、か)

 そう、二十歳になったらミリオーネがこの家にやってくる。
 ミリオーネは、今17歳だからあと三年かかる。
 そして、一緒に住むのだ。
 そのための、この家である。
 父母の、身内がいない、ヒロとミリオーネ、2人だけの家である。

「未来の魔王様が何言ってるのさ。
 魔王になったら、しばらく忙しくて帰って来れないでしょ」

 正確には、未来の魔王候補の一人である。

『ふふふ、お忘れかねヒロ君。
 この私には転移魔法があるのだよ!!
 つまり!! 毎日転移魔法で自宅から出勤できるということだ!』

 物凄く楽しそうに、芝居がかった口調でミリオーネが言ってくる。
 ミリオーネは魔族である。
 そして、彼女の父親は魔王だ。
 魔王マレブランケ。
 歴代最強が先代魔王なら、今代魔王であるマレブランケは歴代最高と呼ばれていた。
 その理由は知らない。
 ただ、ヒロと同じで、彼女の物心が着く前に、魔王マレブランケは行方不明となったと聞いている。
 当時は、それはもう大騒ぎだったらしい。
 そのため、先代の魔王がもう一度着任したとかなんとか。
 ヒロの死んだ父親とミリオーネの行方不明の父親が友人同士で、酒の席で二人を将来結婚させようと決めたと、ヒロは聞いていた。
 ほんとかどうかはわからない。
 なにせ、一介の農民と魔王がどうして知り合えるのか。
 たぶん冗談の延長で本当になったんだと、ヒロは考えていた。
 もしくは借金のかたにヒロは自分が売られたのかな、と半分くらい本気で考えていた。
 確認したことはない。

「魔法って便利だねぇ」

『ふふふ、良いでしょう?』

「うん、良いなぁ。
 俺も魔法が使えたらなぁ」

 無理な話だった。
 農耕士、農民には魔力が無いのだから。
 たまに発現する者もいるが、そんなの宝くじに当たるより確率が低いとされている。
 詳しくは知らないが、そういうものなのだろう、とヒロは捉えていた。

『あ、そうだ。母さんがね、
 夏休みの後に父さんの葬式するって言ってた。
 近いうちにおばさんからも連絡行くと思うけど、今言っておく』

 彼女の父が行方不明になって、十余年。
 区切りをつけるようだ。
 でも、つまり、それはミリオーネ達、魔王候補者たちのモラトリアムが終わることを意味する。

「わかった。礼服用意しなきゃなぁ」

『なんならさ、夏休みに一緒に買いに行こうよ!
 私も一式揃えたいし』  

「そうだな、そうするか」

 と、そこでヒロは気づく。
 この前の謝礼と、今回引き受けた仕事で婚約と結婚指輪、両方用意できるじゃん、と。
 ミリオーネは綺麗な物や可愛いものが好きな女の子だ。
 彼女が気に入ってくれるものを贈りたいし、喜んで貰いたいと思う程度には、ヒロは彼女に対して憎からず想っている。

『やった! デートだ!』

 無邪気に電話の向こうではしゃぐミリオーネに、ヒロは苦笑する。
 そして、決意する。

(何がなんでも、この仕事は隠し通そう)

 そう、心に決めたのだった。
 ミリオーネが余計なことに気を取られないように。
 彼女が、ちゃんと夢をつかめるように。
 そして、夢を掴んだ彼女とこの家で笑って暮らすために。
 コノハ姫のことは仕事だ。
 やましい事をする気なんて、さらさらない。
 ミリオーネを、彼女を裏切る気なんて、ヒロには欠片もない。
 でもきっと、世間はそうは見ない。
 学校にはほとんど行ったことがないヒロでも、それくらいは理解できた。
 ヒロにとって、ミリオーネは大事な、大切な人だ。
 何よりも、ミリオーネがヒロのことを好いてることを、彼はちゃんと知っていた。
 だからきっと、今回の仕事のことを知ったら彼女は彼を好きな分だけ八つ裂きにするだろうと思われた。
 
「ミリオーネ」

『なぁに?』

「礼服のついでになっちゃうけど、指輪も買いに行こう」

電話の向こうで、ミリオーネが不意をつかれたためか、すぐには返事が出来なかった。

『あ、えと、その……。
 ~~っ、はい』

少し、言葉に迷って、でも、彼女は嬉しそうにそう返してくれた。
彼女には、いつかこの仕事のことは話すだろう。
でも、それは今じゃない。
ただ、それだけのことだ。
 
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