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悪役令嬢とは失礼な!

啓子は彼の愛人の替え玉なの?

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 その当時、時節柄国民の大多数が苦労しているとして、派手な婚礼の儀式はまかりならぬという皇帝陛下の命令で、伯爵家など貴族の慶事事は慎ましく行えということになっていた。それにしても・・・この会場はどうしたものか? 啓子と多恵は唖然としていた。

 到着したところは、長屋のような建物で倉庫にしか思えなかった。とてもじゃないが結婚式を前日に控えた令嬢を迎えるという方がどうかしているというものであった。その建物の壁は古い木の板の壁にトタン板を張り付けていたが、そのトタン板は錆に覆われていた。それに宴会なんか出来るはずもない狭さだった。

 貴族の婚礼の場合、前夜祭として双方の家合同で宴会が行われる習わしがあるのだが、それらしい準備はなかった。それに、新婦は逃げ出さないように見張られる習慣もあるので、こうした宴会があるのだが・・・期待した方が間違っていた。

 「あのう・・・橘花家の方はいずこにおられるのですか?」

 多恵はさっきの運転手に聞いてみた。運転手はタバコを吸って一服休憩をとっていた。

 「ああ、うちのか・・・知らねえなあ。旦那は今日は軍務で陸軍省に行っているから帰ってくるのは明日と聞いている。それに他の家族のことは知らねえ。なんだって俺は下っ端の運転手さ! 普段はこんなことしねえからな!

 そうだ、ここは相談だが充分なお金をくれるのなら、逃走の手助けをしてもいいぜ! 悪劣令嬢さんよ!」

 多恵は怒った顔をしていたが、啓子は何が起きているのか想像してみた。

 私が輿入れするのではなく、どこか遠い国に連れていかれるのだと。そこで色街に売られて・・・なんなんなの? その変な想像は? そういえば、結婚するんだから旦那様に私の大事なものを・・・あげる?

 「ほら、啓子様! 何か言ってくださいよ! なんでこんな状態なのかを!」

 思考停止した啓子を揺さぶっていると、目の前にようやくまともな橘花家の使用人らしいのが近づいて来た。その使用人は七十近い老人だった。

 「お二人さん、いらっしゃい! 君たちにはすまないと思う。実はうちの旦那様はあなたと結婚するのではないのです。欺瞞ぎまん行為の道具になっていただきます。これから三年間だけ付き合ってください」

 結婚するのではない? 二人は訳が分からなかった。私たちはなんのために? すると多恵がこんなことを言い始めた。

 「啓子さま。実のところ私もおかしいと思っていたのですよ。公爵夫人直属の使用人になってもらえないかと、三年契約をしてきたのですが、おかしいじゃありませんか? わたしってまだ経験が浅いでしょ! それに公爵夫人に仕える使用人って最低三人必要なんですよ。それなのに他の二人を待っていたのですが・・・いないですよね?」

 「それってどういう意味ですか?」

 「つまりは・・・啓子さまは替え玉にされるのではないかと・・・いうんじゃないかと?」

 「か、替え玉?」

 「これから嫁ぎはずの家での立場は・・・公爵夫人ではないということです?」

 「は、へ?」

 啓子は何となく言いたい事の意味はわかったけど認めたくなかった。でも認めないとしても避けられそうもない状況だ! もう戻る場所などないから! すると老人は忘れていたとばかり自己紹介をし始めた。それにしても雑な対応であった。それだけ尊重されていないということらしかった。

 「申し遅れました、私は橘花家の総務担当の執事の大黒太蔵です。今回の件はいろいろとややこしい事情がありまして、とりあえず啓子様、あなたの貴族登録証が必要なんです。預かっているのですよね、そこのメイド!」

 そういうと大黒は多恵が背負って来た箱を開けて中から一枚の封筒を取り出した。それは啓子の身分を証明する書類一式だった!

 「なにするんですか?」

 多恵は抗議した。大黒の行為はまるでハゲタカが獲物をかっさらうようなものだったから。

 「決まっているじゃありませんか! これからうちの旦那様の好きな方を啓子様としてお迎えするのですよ。そのかわりあなたたちは・・・いない事にしてもらいます。そうそう、殺したりといった酷い事はしませんからご安心を!」

 大黒はそういうと他にも数人の男たちを呼び出した。二人は、これでは逃げられないと諦めるしかなかった。

 「わたしって、彼の愛人の替え玉なの?」

 少し涙声になった啓子の問いに大黒は手短に答えた。

 「そうです! 全ては旦那様のためなのよ。ごめんね」

 その言葉に啓子と多恵に対する配慮などしていないのは明らかだった。
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