【短編集】リアル・ラブドールの憂鬱

リアル・ラブドール・カップル試験

3‐6

　早紀と肇は全身タイツを着る事でマネキンのようになった。そしてスタッフはそんな二人の顔を目がけスプレーを吹きかけた。二人とも何をするんだと声を出そうとしたが、声は出なかった。そして二人ともスタッフにこんなことを言われた。しばらく声も出ないし、身体が自由に動かせられなくなると。抗議しようにもその手段を奪われただ茫然するしかなかった。

　この時、プライベートジェットは太平洋上のどこかを飛行しているようだった。しかし二人には窓の外の深いスカイブルーの色は布越しでしか感じられなくなっていた。そしてストレッチャーに乗せられて互いの姿を見る事になったが、双方とも元恋人と一緒にされたなんて分からなかった。互いに黒いマネキンにしか見えなかったのだ。

　「おふたりさん、ここから撮影を始めるわよ。今回は新型リアル・ラブドールのテストだけどプロモーションビデオも撮影しなきゃいけないのよ。クライアントに売り込まなくちゃいけないからね。そうだ、君たちは演技しなくてもいいから、必要な時に操作するからね！　君たちはドールなんだから」

　責任者らしい男の声を聞いたが、それは誰なのか分からなかった。この時、スタッフは全員が舞踏会マスカレードにでも出るかのような白いマスクをしていた。そして二人は座席に座らされた。その座席は大手航空会社のファーストクラスのシートのように広くゴージャスなものだった。二人とも、人間の姿で乗りたいものだと思うしかなかった。

　二体の黒いマネキンは座らされると両手を重ねられてしまった。まるでカップルがハネムーンにでも行くかのようなシチュエーションにされた。この時、互いの体温を感じた。ああ、相手は人間なんだと思った。

　早紀は元カレとこんな風に旅行に行く事を夢見ていた。遠い外国のリゾートは無理でもどこか良い雰囲気の田舎にいくことを。でも、元カレといえば変なセックスばかり要求してきたのだ。早紀は実は身体的な問題でエッチなことをすると酷いセックス痛になっていたのだ。心は幸福感で満たされていても身体は苦痛で悲鳴を上げていたのだ。だから、要求に全て答える事は出来ないし、あんまりにも激しいセックスをされたのに、身体の本能に任せてカレの部屋から飛び出して別れてしまった。こんなことなら彼に正直に告白して医学的検診を受ければよかったと後悔したものだ。

　肇は自分の欲求のままに自分が得た生半可な性的知識によって、無理難題を押し付けて彼女を怒らしたことを死ぬほど後悔していた。友人にそれを言うと、若気の至りだ、どうせ性格の”核抜きの”不一致だったんだろうから、早めに別れて正解だったなんて慰めてくれたが、せめて早紀には謝りたいと思っていた。でも、謝りたいといって近づいてまた付き合いたいといって来たんでしょとバカにされるのが怖くて会えずにいた。

　そんな互いに未練がある二人はこうして横に並んでいたが、互いに分からない状態だった。そしてしばらくすると二人とも眠りに落ちていた。意識がなくなった二人を本当のマネキンのようにしてスタッフはいろんなポーズをとらしていた。この時、別のスタッフが二人を人形に改造する準備をしていた。