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第三章 

好きだ①

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 それなのに、先輩は私を見たまま、完全に固まってしまった。

「先輩? なにか言ってくださいよ!」

 私が言うと、遥斗先輩は目を瞬いて、フリーズから動き出した。

「………付き合うなんてあり得ないって言っていただろ?」
「あれは、先輩が私なんかを好きになるはずないって思って」
「むしろ、好きにならないはずがないだろ」

 先輩の率直な言葉に顔を赤らめる。
 でも、すぐ口を尖らせて言った。

「先輩だってあり得ないって言ってたじゃないですか。それに抱く気になんかならないって」
「聞いてたのか。あれは……」

 先輩が目を逸らして、つぶやく。

「優に俺は相応しくないし、大事すぎて抱くなんて考えられないってことだ」

 頬を赤らめながらそんなことを言われて、ギュッと胸が締めつけられる。

 大事すぎるって……。

「先輩……好きっ!」

 思わずその首元に飛びついてしまった。
 慌てて先輩が抱きとめてくれる。

「好きだよ、優」

 耳許で先輩がささやいて、髪の毛を愛しそうになでてくれる。

 ウソみたい。
 幸福感でいっぱいで胸が爆発しそう。

 幸せを噛みしめていると、先輩がそっと身を離した。
 両手で私の頬を挟み、至近距離から目を合わせる。

 「好きだ」と言った唇が私のに重なった。

 唇が触れたと思ったら、すぐ離れて、ギュッと抱きしめられた。
 おずおずと遥斗先輩の背中に手を回す。
 心臓がバクバクとすごい速さで高鳴っていて、胸が苦しい。
 でも、顔をつけている先輩の胸も、トクトクトクと早鐘を打っていて、先輩も同じなのかなと思ったら、より愛しさを増した。
 顔を上げて、先輩の顔を覗き込む。

「遥斗先輩、好き」

 つぶやくと、先輩は目を見開いたあと、ベリッと身体を剥がして片手で顔を覆うと、そっぽを向いた。

「お前、かわいすぎるだろ」

 手の隙間から見える顔が赤い。
 私も真っ赤になって、俯いた。

 しばらく私たちは無言で赤くなって立ち尽くしていた。


「今度……お前を描いていいか?」

 ぽつりと先輩が言った。
 先輩が人物画を描いているところは見たことがない。

「もちろんです! うれしい」

 そう言うと、先輩はふわっと花咲くように笑った。



 そのあと、先輩に手伝ってもらって、野球部の記事を完成させて、家まで送ってもらった。

 並ぶ距離が近くて、時々肩や手がふれる。
 その度にドキドキして、うれしくてキュンとなる。
 家が見えてきた頃に、手を繋がれた。

「遥斗先輩、明日も行っていいですか?」
「あぁ、昼前からバイトだけどな」
「じゃあ、朝ごはん持っていきます。なにがいいですか?」
「優………」

 先輩が咎めるように見るから、急いでつけ足す。

「同情でもおせっかいでもなくて、彼氏にご飯を作りたいだけなんですけど、ダメですか?」

 好きだって言われたけど、付き合う、でいいのよね?
 自分で言った『彼氏』という言葉に、急に自信がなくなって、先輩を見上げると、繋がれた手に力が入った。

「ダメ、じゃない。…………彼女が作ったものなら、なんでもうれしい」

 先輩がそんなことを言ってくれて、言ってて恥ずかしくなったのか、横を向いた。

 先輩、かわいい!

 ギュッと心を鷲掴みにされて、先輩の腕に抱きついた。

「お、おいっ」

 うろたえたように声をあげる。

「ふふふっ、先輩、好きっ」

 そんな先輩も愛しくて、言葉が溢れてしまう。
 赤くなった先輩は一瞬固まって、直後に抱き寄せられ、チュッと頭にキスを落とされた。
 今度は私が固まる番だった。



「それじゃあ、また明日」
「あぁ」

 名残惜しくて手が離せなくて、玄関でこのやり取りを3回続けている。
 先輩が優しく手を抜き取ると、その手で頭をぽんぽんと叩いた。

「じゃあ、また明日」

 踵を返した先輩に、慌てて手を振る。

「先輩、また明日!」

 遥斗先輩は振り返って微笑んでくれた。


 
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