76 / 171
第二章 ― 遥斗 ―
日常の崩壊③
しおりを挟む
深夜に呼び出されて迷惑極まりないと思うのに、和田先生はおくびにも出さないで「久住くん、最近どうしちゃったの?」と優しく聞いてくれた。
でも、若くて人の良さそうな和田先生に母のことなど言えるはずもなく、付き添われて家に帰ると、母が「ハル!」とうれしそうに抱きしめてきた。
その異常さに気づいてくれたのは、和田先生の旦那さんだった。
何度も補導され、和田先生に迎えに来てもらい、先生もなにか家に帰りたくない理由があるのを察してくれたらしい。
母に断りを入れて、なんと自宅に招いてくれたのだ。
母は俺には興味がないので、「遥斗くんを預かります」という先生の電話に「どうぞ」と返したらしい。
和田先生の旦那さんも先生で、高校で歴史を教えていると紹介された。和田先生だと紛らわしいので、郁人先生と呼ぶことにした。
和田先生が郁人先生に俺のことを説明するときに、『いつも家に送っていくと、お母さんが涙ながらに抱きついて迎えてくれるのよ』と言うと、中三の男を抱きしめるのはおかしくないかと違和感を覚えたらしい。
女性の和田先生に話しにくいかもしれないからと、郁人先生が俺の話を聞いてくれた。
と言っても、俺は話そうと口を開いては口ごもり、口を開いては口ごもりと、声が出せず、最初の日は結局なにも話せなかった。
郁人先生は、なにか感じるところがあったようで、ぐしゃぐしゃと俺の頭をなでて、無理しなくていいと言ってくれた。
迂闊にも涙が滲んだ。
夜を徘徊するうちに、ネットカフェという便利なところを見つけた。そこだと補導に怯えることもなく、金が続くうちは快適に過ごせた。秋口になり、夜が冷えてきたので、この発見は助かった。
和田先生はちょくちょく理由を作っては自宅に招いてくれた。
そうしているうちに、進路のことを決めないといけない時期が来た。
漠然と美術コースのある高校に進みたいと思っていたが、そもそも高校に行けるのかどうかわからない。母がどういうつもりなのか、費用は出してもらえるのか、なにも話をしていない。
今の切実な気持ちは、働けるところがあれば働いて、あの家から一刻も早く出たいというものだ。
そうは言っても、今の世の中、中学を卒業したばかりで雇ってくれるところなんて、いくらもないだろう。
和田家に行ったとき、問われてそんな話をしたら和田先生が「久住くんは勉強もできるのに、そんなもったいない! 推薦でどこでも入れそうなのに」と反対した。
確かにテストは得意だ。だいたい学年で5番以内に入っている。
でも、若くて人の良さそうな和田先生に母のことなど言えるはずもなく、付き添われて家に帰ると、母が「ハル!」とうれしそうに抱きしめてきた。
その異常さに気づいてくれたのは、和田先生の旦那さんだった。
何度も補導され、和田先生に迎えに来てもらい、先生もなにか家に帰りたくない理由があるのを察してくれたらしい。
母に断りを入れて、なんと自宅に招いてくれたのだ。
母は俺には興味がないので、「遥斗くんを預かります」という先生の電話に「どうぞ」と返したらしい。
和田先生の旦那さんも先生で、高校で歴史を教えていると紹介された。和田先生だと紛らわしいので、郁人先生と呼ぶことにした。
和田先生が郁人先生に俺のことを説明するときに、『いつも家に送っていくと、お母さんが涙ながらに抱きついて迎えてくれるのよ』と言うと、中三の男を抱きしめるのはおかしくないかと違和感を覚えたらしい。
女性の和田先生に話しにくいかもしれないからと、郁人先生が俺の話を聞いてくれた。
と言っても、俺は話そうと口を開いては口ごもり、口を開いては口ごもりと、声が出せず、最初の日は結局なにも話せなかった。
郁人先生は、なにか感じるところがあったようで、ぐしゃぐしゃと俺の頭をなでて、無理しなくていいと言ってくれた。
迂闊にも涙が滲んだ。
夜を徘徊するうちに、ネットカフェという便利なところを見つけた。そこだと補導に怯えることもなく、金が続くうちは快適に過ごせた。秋口になり、夜が冷えてきたので、この発見は助かった。
和田先生はちょくちょく理由を作っては自宅に招いてくれた。
そうしているうちに、進路のことを決めないといけない時期が来た。
漠然と美術コースのある高校に進みたいと思っていたが、そもそも高校に行けるのかどうかわからない。母がどういうつもりなのか、費用は出してもらえるのか、なにも話をしていない。
今の切実な気持ちは、働けるところがあれば働いて、あの家から一刻も早く出たいというものだ。
そうは言っても、今の世の中、中学を卒業したばかりで雇ってくれるところなんて、いくらもないだろう。
和田家に行ったとき、問われてそんな話をしたら和田先生が「久住くんは勉強もできるのに、そんなもったいない! 推薦でどこでも入れそうなのに」と反対した。
確かにテストは得意だ。だいたい学年で5番以内に入っている。
0
お気に入りに追加
147
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
神様自学
天ノ谷 霙
青春
ここは霜月神社。そこの神様からとある役職を授かる夕音(ゆうね)。
それは恋心を感じることができる、不思議な力を使う役職だった。
自分の恋心を中心に様々な人の心の変化、思春期特有の感情が溢れていく。
果たして、神様の裏側にある悲しい過去とは。
人の恋心は、どうなるのだろうか。
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
黄昏は悲しき堕天使達のシュプール
Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・
黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に
儚くも露と消えていく』
ある朝、
目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。
小学校六年生に戻った俺を取り巻く
懐かしい顔ぶれ。
優しい先生。
いじめっ子のグループ。
クラスで一番美しい少女。
そして。
密かに想い続けていた初恋の少女。
この世界は嘘と欺瞞に満ちている。
愛を語るには幼過ぎる少女達と
愛を語るには汚れ過ぎた大人。
少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、
大人は平然と他人を騙す。
ある時、
俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。
そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。
夕日に少女の涙が落ちる時、
俺は彼女達の笑顔と
失われた真実を
取り戻すことができるのだろうか。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる