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第一章 ― 優 ―

胸が痛い④

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「バイト代なんて軽く吹っ飛んじゃいます。たぶん、遥斗先輩は、食べ物をセーブして、お金を画材に回していたんだと思います」

 胸が苦しい。もちろん、その選択をしたのは先輩だけど、もうちょっと大人がちゃんと考えて見てくれていたらよかったのに。

 なんの考慮もしないで、ここにいたかったらコンクールで賞を獲れなんていう無責任な大人にまた怒りがこみあげる。

「……そんなにひどかったのか?」
「ひどいなんてもんじゃないです」

 また涙が溢れてくる。
 かわいそうという言葉はあまり使いたくない。それでも、あの状態に耐えて、平気な顔をしている先輩はかわいそうだった。
 少し落ち着いてきて、トーンを落とした。

「……和田先生にすべて責任を押しつけようというわけじゃないんです。でも、先生、こないだ遥斗先輩は交通費にも困るくらいお金がないって言っていましたよね? それを知っていたのに、どうしてこんなことになっちゃってるんですか?」 
「…………」

 和田先生が黙ってうなだれた。そんな先生に畳み掛ける。

「なにか、なにか先輩の助けになることはないのか、大人の観点から教えてほしいんです! 児童相談所とか保護施設とかは?」
 
 訴える私に、和田先生は悲しげな顔をした。

「それはここに入る前に遥斗が拒否した。虐待を証明するのが嫌だと。実際、難しい状況だったしな」

 虐待という言葉が出てきて、顔が強ばる。先輩……。

「俺も馬鹿な大人の一人だったな……。あいつの外見に騙されていた。いや、その方が楽だったから騙されたふりをして敢えて目を逸らしていたんだ。佐伯が言うように考えたらわかることだったのに……」

 和田先生は自嘲してつぶやいた。大人が、先生が、そんな顔をするとは思わなかった。先生だって、感情を持った人間なんだって、ハッと気づいた。

「女房が……遥斗の中学3年のときの担任だったんだ。あるときから、遥斗が家に帰らず、しばしば補導されるようになった。遥斗はただ公園でひたすらスケッチしていただけだったらしいが、深夜までそんなことをしていたら、そりゃ通報されるわな。警察に聞かれても母親を呼ばず、学校の名前しか言わないから、その都度、女房が駆り出された。そのうち、家に連れてくるようになったんだ。遥斗とはそのときからの付き合いなんだ」

 そこまで言って、和田先生は顔を歪めた。

「正直、迷惑だった……」

 その言葉にギュッと心臓を掴まれたような気がした。そんな……。

「前にお前に指摘されたように、嫉妬していたんだな。あんな綺麗な顔の男に女房が夢中になっているんだ」
「でも、それは……」
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