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大好きな義弟
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「ユーリス、大好きよ」
王宮から帰宅した私はユーリスを見つけると、ただいまの挨拶がわりに、彼に抱きついた。
以前は、ユーリスのサラサラで絹糸のような紺色の髪に顔をうずめて、彼のいい匂いを嗅ぐのが好きだったんだけど、いつの間にか私より伸びた身長のせいでそれは叶わず、代わりに背伸びをして、彼の首もとに顔を擦りつけた。
シトラスの香水とユーリスの体臭が混ざって、さわやかで甘い香りがする。それを吸い込むように、くんくんと鼻を動かす。
幸福感に浸る。
働いた疲れが消えていく。
「あー、いい匂い。癒される~!」
「……アリステラ、いい加減にしてくれないか? いい歳の男に抱きついて、なに言ってるんだよ」
低い良い声が鼓膜をくすぐって、腰が砕けそうになる。
でも、その声は苛ついていて、せっかく彼の香りを堪能していた私を、自身からぺりっと剥がした。
「あぁっ、私の癒し時間が……」
涙目で見上げると、とびきり不機嫌な顔にもかかわらず、綺麗で素敵なユーリスの顔が見えた。
左に流した長めの前髪の間から涼やかな切れ長の目が見えている。そこに嵌った美しいすみれ色の瞳が私を冷たく睨み、薄く形の良い唇はへの字に歪められていた。
(かっっっっこいいっ!!! 私の義弟は本当に素敵で美しくて、好き好き大好き!)
思わず、うっとりする。ここに引き取られてから十四年間見続けてきたけど、一向に見飽きない。
「なにが癒し時間だよ! 本当にもうやめてくれないか?」
うんざりしたようにユーリスが言う。
ついこの間まで、にこにこと「僕も好きだよ」と抱き返してくれたのに。
ユーリスは反抗期なのか、あるときからこうして私を拒否するようになった。
そのたびにツキンと胸が痛む。
それでも、落ち込む私を見て、しまったというように気づかう視線を投げてくる優しいユーリスに、きっと今だけ、照れ隠しなだけと自分に言い聞かせた。
そうやって、自分をごまかし、現実から目を背けていた。
*-*-*
五歳のとき両親を事故で亡くし、途方に暮れていた私は、父の親友だったというロッシェ侯爵に引き取られた。
初めてロッシェ家を訪れ、緊張していた私に、三歳だったユーリスはトコトコと近寄ってきた。そして、私を見上げると、にぱっと笑い、「おねーちゃん」と抱きついた。
天使の微笑みだった。
(キャー! なになに、このかわいい子は!!! 好き。大好き)
一目で心を奪われた私は、ユーリスをギュッと抱き返した。
甘い匂いがした。癒やされた。
考えたら、このときからかもしれない。
私がユーリスの匂いに癒やされるようになったのは。
ユーリスは優しい子で、両親を亡くして心にぽっかり穴が開いた私をどれだけ慰めてくれたことか。
彼のおかげでさみしさもまぎれた。
ユーリスは外見も天使だけど、中身も天使だった。
「おねえちゃん、だいすき」と言ってくれるユ―リスの頬に顔をすりすりしてハグして、愛さずにはいられなかった。
「大好き!大好き!大好き!」
「僕も好きだよ」
何度そんなやり取りを繰り返しただろう。
私たちは相思相愛だったはずだった。
それなのに、いつからかユーリスは私に冷たくなった……。
十八歳から私は、少しでもロッシェ侯爵に恩を返そうと、王宮で働き始めた。
お義父様はそんなことは気にしなくていいと言ってくれたけど、どちらにしてもこれからは女性も働く時代だ。
ユーリスと結婚する気満々だったものの、避けられはじめた私は、万が一の場合、ロッシェ家を出ないといけないかもと思っていた。結婚相手を探して。
でも、ユーリス以外の人と結婚することなど考えたくなくて、それだったら一人で生きていきたいとすら思っていた。
それから一年経った今も状況は変わらなかった。
図々しくユーリスに絡んでいっては冷たくあしらわれ、完全には拒否されないのをいいことに、また抱きつき、剝がされる。そんなことを繰り返していた。
それが今日、とうとう完璧に拒絶された。
「本当にもう抱きついたらダメなの?」
「ダメだ」
「そう……わかったわ」
ユーリスは冷たく言い切る。
取り付く島もない答えに、うつむいた。
とぼとぼと自室に戻る。
(本人がダメならなにで補給したらいいの? 私の癒しが……)
そこで、まずハンカチを試してみた。
でも、洗濯前にもかかわらず、残念ながらハンカチは、ユーリスの匂いがあまりしなかった。
考えたら、彼はいつも涼しげで、汗をかいているのを見たことがなかった。あまり使ってないのかもしれない。
(くぅぅぅ、せっかくメイドさんに頼みこんで手に入れたのに!)
ちなみに、ユーリスのハンカチはみんな、私がイニシャルの刺しゅうを入れたもので、使用済みのものと新しいものをこっそり入れ替えたから、バレていないはず。
ハンカチをくんくんしながら、もっと彼の匂いがついていそうなものを想像した。
服はさすがにバレそうだし、下着はさすがの私でも躊躇する。
なにより、メイドが渡してくれない気がする。
(シーツは大きすぎるし……あぁ、でも、ユーリスの使ったシーツにくるまれて寝たい!)
きっと彼にハグされている気分になれるはずと、うっとりする。
そして、寝具からの発想でいいものを思いついた。
(そうだ! 枕カバーなんていいんじゃない?)
ユーリスにハグすることを禁止された私は、彼の匂いに飢えて、今度はこっそり彼の枕カバーを入手した。
メイドからかわいそうなものを見る目つきで見られたけど、しかたがない。背に腹は代えられないのだ。
枕カバーには思惑通り、彼の匂いがしっかりついていて、その日は大切にそれを抱きしめて寝た。
これでユーリス補給ができるとウキウキしていたのも数日で、私はすぐそれだけでは物足りなくなった。
(たまには本人の匂いを嗅ぎたいなぁ)
そう思いながらも、今日も洗う前のユーリスの枕カバーをゲットして、我慢できずに廊下でスーハーする。ユーリスの匂いは健康にいい。
今日は仕事が忙しすぎてくたくただったんだけど、その匂いにほっと息をつく。
最近ではユーリスはハグどころか、まともに目も合わせてくれなくなって、私はユーリス欠乏症になっていた。
ガタンッ
物音がして、そちらを見ると、目をまんまるに見開いたユーリスがいた。
「アリステラ、なにしてるんだ!?」
「え、えへへ。ちょっとユーリスの補給を……」
彼はつかつかとこっちにやってきて、無言で枕カバーを奪った。
「あんっ、持ってかないで! 私の癒しアイテム……」
「なにが癒しアイテムだ! ただの枕カバーだろ!」
「だって、ユーリスの匂いを一晩吸い込んだ枕カバーなのよ?」
「言い方! もうやめてくれよ! 僕の物に触るの禁止!」
「えぇーっ、じゃあ、どうやって、ユーリスを補給したらいいの?」
ユーリスはハァと深い溜め息をつく。
額に手を当て、あきれたように私を見る。
アメジストのような紫の瞳に見つめられたのは久しぶりで、胸が高鳴る。
「アリステラは本当に僕の匂いが好きだね」
「匂いだけじゃないわ! ユーリスが好きなのよ!」
勢いで反論すると、ユーリスが息を呑んだ。
キッと睨まれる。
「……ッ! もう本当にそういうのやめてくれないか?」
「そういうのって?」
「だから、軽率に、す、好きって言うとか!」
「えーっ、言っちゃいけないの?」
「ダメだ。迷惑だ。だいたい、アリステラはなにも考えなさすぎなんだ。僕がどんな思いをしてるか、考えたことある?」
(迷惑……)
その拒絶の言葉が頭の中でこだまする。
ショックすぎて、そのあとユーリスがなにか言っていたけど、まったく耳に入ってこなかった。
王宮から帰宅した私はユーリスを見つけると、ただいまの挨拶がわりに、彼に抱きついた。
以前は、ユーリスのサラサラで絹糸のような紺色の髪に顔をうずめて、彼のいい匂いを嗅ぐのが好きだったんだけど、いつの間にか私より伸びた身長のせいでそれは叶わず、代わりに背伸びをして、彼の首もとに顔を擦りつけた。
シトラスの香水とユーリスの体臭が混ざって、さわやかで甘い香りがする。それを吸い込むように、くんくんと鼻を動かす。
幸福感に浸る。
働いた疲れが消えていく。
「あー、いい匂い。癒される~!」
「……アリステラ、いい加減にしてくれないか? いい歳の男に抱きついて、なに言ってるんだよ」
低い良い声が鼓膜をくすぐって、腰が砕けそうになる。
でも、その声は苛ついていて、せっかく彼の香りを堪能していた私を、自身からぺりっと剥がした。
「あぁっ、私の癒し時間が……」
涙目で見上げると、とびきり不機嫌な顔にもかかわらず、綺麗で素敵なユーリスの顔が見えた。
左に流した長めの前髪の間から涼やかな切れ長の目が見えている。そこに嵌った美しいすみれ色の瞳が私を冷たく睨み、薄く形の良い唇はへの字に歪められていた。
(かっっっっこいいっ!!! 私の義弟は本当に素敵で美しくて、好き好き大好き!)
思わず、うっとりする。ここに引き取られてから十四年間見続けてきたけど、一向に見飽きない。
「なにが癒し時間だよ! 本当にもうやめてくれないか?」
うんざりしたようにユーリスが言う。
ついこの間まで、にこにこと「僕も好きだよ」と抱き返してくれたのに。
ユーリスは反抗期なのか、あるときからこうして私を拒否するようになった。
そのたびにツキンと胸が痛む。
それでも、落ち込む私を見て、しまったというように気づかう視線を投げてくる優しいユーリスに、きっと今だけ、照れ隠しなだけと自分に言い聞かせた。
そうやって、自分をごまかし、現実から目を背けていた。
*-*-*
五歳のとき両親を事故で亡くし、途方に暮れていた私は、父の親友だったというロッシェ侯爵に引き取られた。
初めてロッシェ家を訪れ、緊張していた私に、三歳だったユーリスはトコトコと近寄ってきた。そして、私を見上げると、にぱっと笑い、「おねーちゃん」と抱きついた。
天使の微笑みだった。
(キャー! なになに、このかわいい子は!!! 好き。大好き)
一目で心を奪われた私は、ユーリスをギュッと抱き返した。
甘い匂いがした。癒やされた。
考えたら、このときからかもしれない。
私がユーリスの匂いに癒やされるようになったのは。
ユーリスは優しい子で、両親を亡くして心にぽっかり穴が開いた私をどれだけ慰めてくれたことか。
彼のおかげでさみしさもまぎれた。
ユーリスは外見も天使だけど、中身も天使だった。
「おねえちゃん、だいすき」と言ってくれるユ―リスの頬に顔をすりすりしてハグして、愛さずにはいられなかった。
「大好き!大好き!大好き!」
「僕も好きだよ」
何度そんなやり取りを繰り返しただろう。
私たちは相思相愛だったはずだった。
それなのに、いつからかユーリスは私に冷たくなった……。
十八歳から私は、少しでもロッシェ侯爵に恩を返そうと、王宮で働き始めた。
お義父様はそんなことは気にしなくていいと言ってくれたけど、どちらにしてもこれからは女性も働く時代だ。
ユーリスと結婚する気満々だったものの、避けられはじめた私は、万が一の場合、ロッシェ家を出ないといけないかもと思っていた。結婚相手を探して。
でも、ユーリス以外の人と結婚することなど考えたくなくて、それだったら一人で生きていきたいとすら思っていた。
それから一年経った今も状況は変わらなかった。
図々しくユーリスに絡んでいっては冷たくあしらわれ、完全には拒否されないのをいいことに、また抱きつき、剝がされる。そんなことを繰り返していた。
それが今日、とうとう完璧に拒絶された。
「本当にもう抱きついたらダメなの?」
「ダメだ」
「そう……わかったわ」
ユーリスは冷たく言い切る。
取り付く島もない答えに、うつむいた。
とぼとぼと自室に戻る。
(本人がダメならなにで補給したらいいの? 私の癒しが……)
そこで、まずハンカチを試してみた。
でも、洗濯前にもかかわらず、残念ながらハンカチは、ユーリスの匂いがあまりしなかった。
考えたら、彼はいつも涼しげで、汗をかいているのを見たことがなかった。あまり使ってないのかもしれない。
(くぅぅぅ、せっかくメイドさんに頼みこんで手に入れたのに!)
ちなみに、ユーリスのハンカチはみんな、私がイニシャルの刺しゅうを入れたもので、使用済みのものと新しいものをこっそり入れ替えたから、バレていないはず。
ハンカチをくんくんしながら、もっと彼の匂いがついていそうなものを想像した。
服はさすがにバレそうだし、下着はさすがの私でも躊躇する。
なにより、メイドが渡してくれない気がする。
(シーツは大きすぎるし……あぁ、でも、ユーリスの使ったシーツにくるまれて寝たい!)
きっと彼にハグされている気分になれるはずと、うっとりする。
そして、寝具からの発想でいいものを思いついた。
(そうだ! 枕カバーなんていいんじゃない?)
ユーリスにハグすることを禁止された私は、彼の匂いに飢えて、今度はこっそり彼の枕カバーを入手した。
メイドからかわいそうなものを見る目つきで見られたけど、しかたがない。背に腹は代えられないのだ。
枕カバーには思惑通り、彼の匂いがしっかりついていて、その日は大切にそれを抱きしめて寝た。
これでユーリス補給ができるとウキウキしていたのも数日で、私はすぐそれだけでは物足りなくなった。
(たまには本人の匂いを嗅ぎたいなぁ)
そう思いながらも、今日も洗う前のユーリスの枕カバーをゲットして、我慢できずに廊下でスーハーする。ユーリスの匂いは健康にいい。
今日は仕事が忙しすぎてくたくただったんだけど、その匂いにほっと息をつく。
最近ではユーリスはハグどころか、まともに目も合わせてくれなくなって、私はユーリス欠乏症になっていた。
ガタンッ
物音がして、そちらを見ると、目をまんまるに見開いたユーリスがいた。
「アリステラ、なにしてるんだ!?」
「え、えへへ。ちょっとユーリスの補給を……」
彼はつかつかとこっちにやってきて、無言で枕カバーを奪った。
「あんっ、持ってかないで! 私の癒しアイテム……」
「なにが癒しアイテムだ! ただの枕カバーだろ!」
「だって、ユーリスの匂いを一晩吸い込んだ枕カバーなのよ?」
「言い方! もうやめてくれよ! 僕の物に触るの禁止!」
「えぇーっ、じゃあ、どうやって、ユーリスを補給したらいいの?」
ユーリスはハァと深い溜め息をつく。
額に手を当て、あきれたように私を見る。
アメジストのような紫の瞳に見つめられたのは久しぶりで、胸が高鳴る。
「アリステラは本当に僕の匂いが好きだね」
「匂いだけじゃないわ! ユーリスが好きなのよ!」
勢いで反論すると、ユーリスが息を呑んだ。
キッと睨まれる。
「……ッ! もう本当にそういうのやめてくれないか?」
「そういうのって?」
「だから、軽率に、す、好きって言うとか!」
「えーっ、言っちゃいけないの?」
「ダメだ。迷惑だ。だいたい、アリステラはなにも考えなさすぎなんだ。僕がどんな思いをしてるか、考えたことある?」
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