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【番外編】

急な旅立ち

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 最近、サアラはちょっと困っていた。
 仕事のことではない。
 仕事はすっかり慣れて、毎日楽しかった。
 歳の近いお客さんもいっぱい来て、友達感覚で話してくれる人もいて、そんな経験のないサアラにとって、それはとてもうれしいことだった。

「こないだ選んでもらった服を着たら、好きな人に褒められたの!」
「私は彼に新鮮って言われたわ」
「よかったですね~」

 ニコニコと話を聞いてくれるサアラに、客の方も癒やされるらしい。
 そんな仕事の終わり、いつものようにレクルムが迎えに来た。

「お疲れさま、サアラ」
「レクルム、いつもありがとう」

 二人が微笑み合ったとき───

『聞いてよ、サアラ! この人ってば、またあの女のところに行ってたのよ!』
『気をつけたほうがいいよ!』

 イヤーカフたちが騒ぎ出した。

『魔道具を納品に行ってただけだよ』

 レクルムの服がボソッと反論した。

『ほら、レクルムのものはすぐ彼の味方するから、私たちがちゃんと見張ってないといけないのよ』
『そうよ。仕事の話だけじゃなくて、ひそひそ内緒話してたじゃない!』

 こんなふうに、イヤーカフたちはやたらと使命感に燃えて、サアラにレクルムの動向を報告してくれるのだ。
 それが最近のサアラの悩みだった。

 自分が不在のときのレクルムの様子を知れるのはうれしい。
 この間も、料理を作りながら、レクルムが『サアラ好みの味になった』と微笑んでいたと報告を受けて、ほんわかした。
 そういうのはいいのだけど、イヤーカフたちはやたらとパメラを敵視していて、あれこれサアラに言ってくるのだった。
 気にしないようにしていても、モヤモヤが募ってしまう。

『あんたたち、いい加減にしなさいよ。サアラが困ってるでしょ!』

 見かねたペンダントがピシャリと言った。
 怒ってるのか、キラリと紫の光が放射された気がした。

『でも……』
『だって……』

 悪気のないイヤーカフたちは、その迫力に圧されて口ごもった。

「あなたたちの気持ちはうれしいけど、そんなになんでも報告されると困るかな?」

 サアラが遠慮がちに言うと、『ほら、うれしいって!』『なんでもじゃなかったらいいんだね!』とイヤーカフの勢いが戻り、『やれやれ』とペンダントが呆れたように言った。

「また、なにかイヤーカフが報告してるの?」

 おかしそうにレクルムが聞く。
 彼にはイヤーカフがあれこれ報告してくるから外してほしいと言ったのだが、レクルムは『後ろめたいことなんてしてないからいいよ』と相手にせず、つけっぱなしにしているのだ。

「うん。パメラさんのところに寄ったんですね」
「魔道具の納品にね。最近、発注数が多くて、めんどくさいよ」

 レクルムが顔をしかめる。
 ほどほどに稼げればいいと思っていたのに、こんなに忙しくなるとは誤算だったとぼやく。

「レクルムの魔道具は便利で性能がいいと評判ですものね」

 離れていても話せる魔道具に、風を送って涼しくする装置、料理を保温する鍋敷き、虫を家の中に入れない装置など、主にレクルムが自分用に生活に便利なものを作ってみて、ついでに汎用品を作っているのだが、それが評判になり、作った端から売れていくのだった。

「おかげで、ここの領主と顔つなぎができそうだけどね」
「領主様と? すごい!」

(やっぱりレクルムはすごい人だなぁ)

 サアラは口をポカンと開けてしまう。
 領主様といったら、雲の上の存在だ。確かに、王宮で王様と一度だけ話したことはあるけど、あれは特例だ。
 それを気軽に言えるなんてすごいなぁと、サアラは感心した。
 そして、やっぱり自分とはレベルの違う人だと思ってしまう。



 そんな会話を交わした数日後、レクルムがめずらしく興奮したような面持ちで、仕事終わりのサアラを迎えに来た。

「すごく急な話なんだけど、明日から三、四日ほど、出かけることになったよ。領主に呼ばれたんだ」
「えっ、明日から?」

 びっくりしたサアラは目をパチパチさせた。

(しかも、三、四日……)

 レクルムと出会ってから、離れたのは王宮での一日だけだった。
 ヴァンツィオ火山に向かっていたときも離れていたけど、そばにいた。
 サアラはさみしくなったが、レクルムがうれしそうだったので、口をつぐんだ。
 一瞬、仕事を休んでついていきたくなったが、そんな無責任なことはできない。

「そうなんだよ。なんか急いで作ってほしい魔道具があるとかで」

 いつもは急な依頼は嫌がるはずのレクルムが機嫌よさそうで、サアラは意外に思った。

(領主様に認められたのがうれしいのかな?)

 そういうタイプでもなかったと思ったのに、とサアラは首を傾げた。



 家に帰って、夕食を食べたら、レクルムはせっせと旅行の仕度を始めた。
 主にサアラのための準備で、料理をできるだけ作り溜めして、残りの日は簡単に作れるように材料を揃えて、レシピを書いてくれた。
 そして、新しい魔道具の説明をする。
 魔法陣がいっぱい刻まれた分厚い板のようなものに、魔石が嵌め込んであるものだ。  

「この魔道具は、こないだ言ってた離れた場所でも会話ができる装置だ。いつでも僕の魔道具にサアラの声を届けることができるんだ。逆に、僕の声もここから聞こえるよ」

 もう一つコンパクトな魔道具を見せて、レクルムが言う。そして、また板状の魔道具の凹んだ部分を指して、説明を続ける。

「ここにそのペンダントを乗せてから、しゃべってね」
「これを?」
「うん。ペンダントの魔力に反応するように作ってるから」
「わかりました」

 サアラがしげしげと魔道具を見ていると、レクルムが残念そうにつぶやいた。

「本当は映像もつけたかったんだけど、さすがに遠方すぎて、魔力が持たないんだよね。もう少し時間があれば……」

 「声が聴けるだけでも十分です」とサアラが笑うと、「君はそうかもしれないけど……」とレクルムが口を尖らせた。

(もしかして、さみしいって言ってもいいのかな?)

 そう思い、サアラが口を開きかけたところで、レクルムが次の準備に入った。

「サアラ、ちょっとそのペンダントを貸して」
「あ、はい」

 常に身につけているレクルムのペンダントを渡すと、彼はそれを握り、目を閉じた。
 彼の手のひらの中が光る。

「魔力を補充しておいたよ。防御魔法を仕込んであるから、なにかあったら、ペンダントを握って。誰も君を傷つけられないはずだから」

 ペンダントをサアラにかけてやりながら、レクルムはまるで相棒に言うようにペンダントに声をかけた。
 
「頼んだよ」

 元の主人の言葉に、ペンダントはうれしそうに煌めいた。

『任せといて!』

 そのやり取りをサアラが微笑ましく見ていたら、レクルムにそのまま抱き寄せられた。

「あー、やっぱり心配だなぁ。サアラ、ちゃんと出かけるときは鍵をかけるんだよ? それで、帰ってきたらすぐ鍵をかけること!」
「わかってます」
「本当に本当に気をつけてよ? 一人で大丈夫? 毎晩連絡するからね」
「大丈夫ですよ。ちゃんとお留守番できます。夜はこの魔道具のそばにいますね」

 サアラはレクルムの背中に手を回し、彼の肩口に顔を埋めた。
 こんなに自分のことを気遣ってくれるレクルムが愛しかった。

(たった三、四日。一人でちゃんとできることをレクルムに見せなきゃ。心配させないように。もっと頼ってもらえるように)



 その晩、明日も仕事のサアラに気を使い、レクルムは身体を重ねることもなく、彼女を腕に抱き、早くに眠りについた。
 そして、翌朝、しつこくサアラに注意事項を繰り返したレクルムは、チュッとキスをすると、家を出ていった。

 彼が去り際に、『ちゃんと私たちが見張ってるから、安心して~』とイヤーカフの声がして、サアラは苦笑した。


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