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【番外編】
サアラの気がかり
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「…………レクルム………レクルム」
か細い声で呼ばれて、レクルムは目を覚ました。
腕に抱えていたはずのサアラがいないと思ったら、壁際に転がっていっていた。
レクルムがじっと固まったように寝るのに対して、サアラは割と寝相が悪い。
彼女のそばに近寄って見ると、眼鏡なしのぼんやりとした視界でも、彼女が眉をひそめ、うなされているのが見えた。
「レクルム……」
切なそうに彼の名を呼び、手を伸ばしたサアラを後ろから抱き込んで、手を握ってやると、ほぉっと溜め息をついて、サアラは安心したように微笑んだ。
(かわいい……)
毎日朝から晩まで眺めているのに見飽きないどころか、ますます愛しく思える彼女に口づけを落とす。
くるりと寝返りを打ってレクルムの方を向いたサアラは、彼の胸に顔を擦り寄せた。
そのかわいい顔にそっとキスをする。
昨夜も愛しすぎてしまって、疲れてぐっすり眠っているサアラは、まったく目覚める様子はない。
どこまで愛しく思わせるんだろう。もう差し出すものはないもないというのに。
身も心も命でさえもすでに彼女に差し出している。
(強いて言えば、あれかな)
近いうちになんとかしなくてはとレクルムは改めて思った。
ここに来てから半年ほど経って、生活のリズムができてきた。
普段はサアラと海岸べりを散歩したり、二人でくっついて本を読んだりとまったり暮らしているが、生業としてレクルムは魔道具を作って、街に売りに行ってもいる。
試しに置いてもらった魔道具屋が彼の技術を高く評価してくれて、領主や行商にどんどん売り込んでくれるようになったので、最近は少し忙しくなってきた。
サアラを腕に抱き、幸せな時間ではあるが、一旦目が覚めると、それ以上は眠れず、レクルムは起きることにした。
彼女を起こさないようにそっと身を離し、ベッドから降りると、枕元に置いてあった眼鏡をかける。
幸せそうに眠るサアラの顔がくっきり見えて、やっぱりかわいいとその髪を撫でた。
顔を洗って服を着替えて、朝食を作ることにする。
ひとり暮らしが長いレクルムは、もともと簡単な料理は作れたものの、そんなに意欲はなかったので、食堂で済ますことが多かったが、サアラに美味しいものを食べさせてやりたいと思ったら、料理にはまった。
元来器用な彼は、本や店で新たなレシピを入手すると、次々とチャレンジして、サアラを喜ばせた。
サアラの笑顔を思い浮かべるだけで、レクルムは顔が緩んでしまう。
黙っていると不機嫌に見える彼だったが、サアラのことを考えているときは口元が綻んでいて、つまりこのところは常に微笑みを湛えていたので、街を歩くと女の子たちが釘づけになっていた。
もちろん、レクルムがそれを気にするはずもなかったが。
(今日はエッグベネディクトを作ろう)
先日卵を買ったときに教えてもらったレシピだ。
女の子が好きな味だと言う店主の言葉に、近いうちに作ろうと思っていたのだ。
昨日焼いたマフィンを半分に切り、燻製ベーコンを厚めに切る。
沸かした湯に酢と塩を入れ、そこにそっと卵を割り入れて、ポーチドエッグを作る。
ベーコンを焼こうとして、ちょっと早いかと思い、サラダを作ることにした。
サアラが好きだから、レタスをちぎった中に、アボカドをブロック状に切って、ミニトマトと混ぜる。
手作りのドレッシングをかけたら完了だ。
彩りもよく満足してレクルムが頷いたとき、「レクルム! ここにいた!」とサアラがキッチンに飛び込んできた。
『だから、キッチンにでもいるんじゃないって言ったでしょ?』
サアラの胸元でレクルムのペンダントが揺れながら、つぶやいた。
彼女の防御のために肌身離さず付けているように言っているのだ。
レクルムの独占欲の象徴でもあったが。
「だって、目が覚めたらレクルムがいないから……」
『あんなに毎晩愛されて、なにがそんなに不安なの?』
『そうよ! すぐ脱がされて、私の出番なんて、ほとんどないじゃない!』
夜着まで参戦してきて、サアラは顔を赤らめた。
「だって……」
物たちと話しているようなサアラの腰を引き寄せて、レクルムは彼女の額にこつんと自分の額をつけた。
「ごめんね? ぐっすり寝てたから」
チュッと唇をついばむと、サアラはますます赤くなった。
かわいらしいその姿にレクルムは目を細めるが、最近、サアラが今みたいに少し不安げなのが気になった。
「サアラ、なにか気になることあるの?」
先ほども夢でうなされていた。
彼女にはなんの憂いもなく微笑んでいてほしいのにと思う。
「ううん。ただ、幸せすぎて、怖いだけ」
今まで生きてきた状況と正反対の、レクルムに守り愛されて暮らす生活はとても幸せだったが、夢だったらどうしようという不安が絶えずサアラにつきまとっていた。
彼女は困ったように微笑んで、レクルムを見上げる。
(いつまでこうしてレクルムと暮らせるんだろう)
いつか彼に愛想を尽かされる日が来るのではないかとサアラは思っている。
レクルムと暮らすようになって、自分がなにも知らないし、なにもできないことを痛感している。
レクルムは、基本、サアラがいなくてもなんでもできる。
魔道具は作れるし、料理もできるし、掃除も得意だ。
一方、サアラは掃除はできるけど、料理は勉強中だし、気づくとすぐレクルムがやってしまうので、ただただ養われているだけになっている。
レクルムはひとりでも生きていけるけど、サアラがひとりになると途端に行き詰まるだろう。
本当はひとりでは……サアラなしでは生きられないのはレクルムの方だったが、彼女は全然わかっていなかった。
「バカだね。怖がることはなにもないのに」
愛おしい彼女をギュッと抱きしめて、レクルムは笑った。
「朝食を仕上げるから着替えておいで」
レクルムが言うとサアラが口を尖らせた。
「たまには私にも作らせて?」
「別にいいよ。サアラのために作るのがうれしいから」
そう言われてしまうと、サアラは頬を染めて黙るしかない。
「ありがとう……」
そうつぶやくと、彼女は着替えに行った。
それを見送ると、レクルムは昨夜の残りのコンソメスープに火をいれ、ベーコンとマフィンを焼き始めた。
そして、上にかけるソースを手早く作る。マフィンの上にベーコンとポーチドエッグを乗せ、ソースをかけたら、出来上がりだ。
彼がテーブルに皿を並べていると、サアラが戻ってきて、手伝ってくれる。
「美味しそう!」
サアラが料理を見て、目を輝かせた。
「エッグベネディクトっていうんだって」
「えっぐべ……?」
「エッグベネディクト。卵を割って、黄身と絡めながら食べてね」
へぇぇーとサアラは感心して、皿を眺める。
言われた通り、ナイフで卵を割ると、とろりと黄身が溢れてとても美味しそうだ。
「いただきまーす」
ベーコンとマフィンも切り分けて、パクッと一口頬張ると、サアラは幸せそうに微笑んだ。
「美味しい……」
気に入ってもらえたのがうれしくて、レクルムも微笑んだ。
美味しいものを食べているときのサアラは本当にかわいい。この笑顔が見たくて、レクルムはどんどん料理の腕を上げていくのだった。
「そうだ。今日は魔道具の納品に行くんだけど、サアラはどうする?」
「ついていっていいですか?」
「うん、もちろん」
心配性のレクルムは、未だに彼と一緒のときしか街へ行かせてくれない。
彼の代わりに食材を買ってきたり、なにか用事を済ませたりしたいと思うのだが、レクルムは『かわいすぎて拐われそう』と大真面目な顔で言うのだった。
「じゃあ、買い物したり、ランチしたりしよう」
「もう服も靴も要りませんよ?」
レクルムの言葉にサアラは慌てて釘を刺す。
この半年でサアラの持ち物は増える一方で、大量の物に囲まれて、サアラは目を回していた。
クローゼットを開くと、服たちが『私を着て~!』とアピールしてくるし、靴は『その服なら僕(私)が合うと思うよ』と勝手にコーディネイトしてくれる。
今日のサアラはラズベリー色のワンピースを着ているのだが、それを選んだとき、一斉に溜め息が響いて、『まだ一度も着てもらってないわ……』などという声にサアラは胸を痛めた。
幸い、装飾品は、レクルムのペンダントがあるし、指には同じ紫の宝石が嵌った指輪がきらめいているので、これ以上は増えなさそうで安心する。
「そう? じゃあ、髪留めは?」
「こないだ買ってもらったし、レクルムは髪を下ろしてた方が好きなんでしょ?」
「うん、そうだけど、でも、サアラがする格好なら、なんでも愛しいよ」
そう言って、レクルムは彼女のパール色の髪を一房手に取り、口づける。
『デレデレクルム!』
ペンダントがあきれたようにつぶやき、サアラは恥ずかしそうに笑った。
二人は街に出てきた。
家にある魔法陣と街外れに設置したものが繋がっているので、一瞬の移動だ。
レクルムはサアラと手をつなぎ、魔道具屋に向かう。
道中、やたらと見られて、レクルムは思わず、サアラの肩を引き寄せた。
「君がかわいすぎるから、男たちが狙ってる」
不機嫌そうにレクルムがつぶやくと、サアラは「レクルムを見てる女の人の方が多いですよ」と苦笑した。
お互いに焼きもちを焼いている二人に、『やれやれ』とペンダントがあきれた声を出した。
「いらっしゃい。あら、もう持ってきてくれたの?」
魔道具店の店主は妙齢の色っぽい女性だった。
レクルムを見て、パッと浮かべた笑顔は華があり、歓迎する声には熱がこもっていた。
彼も頷いて、挨拶を交わす。
「今回の依頼は手のかからないものばかりだったからね。ところで、例の話は進みそう?」
「うまく繋げそうよ。あなたのこと囲い込みたいでしょうし」
「囲い込みは遠慮するよ」
「わかってるわよ」
取引の話なのか、顔を寄せて話す二人はずいぶん気安い距離だった。
サアラは邪魔しないように、魔道具を見て回りながらも、それが気になって仕方がない。
誰にでもクールで引いた対応をするレクルムがこんなに親しげに話すのを初めて見たのだ。
それも女の人に対して。
大人の自立した女の人。しかも、魅力的で明らかに彼に好意を持っている。
お荷物な自分と比べて、どっちがいいかなんて明白だ。
(今は同情の方が勝ってるかもしれないけど、だんだんこういう人に惹かれていってしまうかも)
そう思うとひどく悲しくて、このままじゃいけないとサアラはあることを決意した。
『シワになるから、そんなにつかまないで~』
ワンピースに言われて、初めてサアラは自分がスカートを握りしめていたことに気づき、慌てて離すとシワを伸ばした。
か細い声で呼ばれて、レクルムは目を覚ました。
腕に抱えていたはずのサアラがいないと思ったら、壁際に転がっていっていた。
レクルムがじっと固まったように寝るのに対して、サアラは割と寝相が悪い。
彼女のそばに近寄って見ると、眼鏡なしのぼんやりとした視界でも、彼女が眉をひそめ、うなされているのが見えた。
「レクルム……」
切なそうに彼の名を呼び、手を伸ばしたサアラを後ろから抱き込んで、手を握ってやると、ほぉっと溜め息をついて、サアラは安心したように微笑んだ。
(かわいい……)
毎日朝から晩まで眺めているのに見飽きないどころか、ますます愛しく思える彼女に口づけを落とす。
くるりと寝返りを打ってレクルムの方を向いたサアラは、彼の胸に顔を擦り寄せた。
そのかわいい顔にそっとキスをする。
昨夜も愛しすぎてしまって、疲れてぐっすり眠っているサアラは、まったく目覚める様子はない。
どこまで愛しく思わせるんだろう。もう差し出すものはないもないというのに。
身も心も命でさえもすでに彼女に差し出している。
(強いて言えば、あれかな)
近いうちになんとかしなくてはとレクルムは改めて思った。
ここに来てから半年ほど経って、生活のリズムができてきた。
普段はサアラと海岸べりを散歩したり、二人でくっついて本を読んだりとまったり暮らしているが、生業としてレクルムは魔道具を作って、街に売りに行ってもいる。
試しに置いてもらった魔道具屋が彼の技術を高く評価してくれて、領主や行商にどんどん売り込んでくれるようになったので、最近は少し忙しくなってきた。
サアラを腕に抱き、幸せな時間ではあるが、一旦目が覚めると、それ以上は眠れず、レクルムは起きることにした。
彼女を起こさないようにそっと身を離し、ベッドから降りると、枕元に置いてあった眼鏡をかける。
幸せそうに眠るサアラの顔がくっきり見えて、やっぱりかわいいとその髪を撫でた。
顔を洗って服を着替えて、朝食を作ることにする。
ひとり暮らしが長いレクルムは、もともと簡単な料理は作れたものの、そんなに意欲はなかったので、食堂で済ますことが多かったが、サアラに美味しいものを食べさせてやりたいと思ったら、料理にはまった。
元来器用な彼は、本や店で新たなレシピを入手すると、次々とチャレンジして、サアラを喜ばせた。
サアラの笑顔を思い浮かべるだけで、レクルムは顔が緩んでしまう。
黙っていると不機嫌に見える彼だったが、サアラのことを考えているときは口元が綻んでいて、つまりこのところは常に微笑みを湛えていたので、街を歩くと女の子たちが釘づけになっていた。
もちろん、レクルムがそれを気にするはずもなかったが。
(今日はエッグベネディクトを作ろう)
先日卵を買ったときに教えてもらったレシピだ。
女の子が好きな味だと言う店主の言葉に、近いうちに作ろうと思っていたのだ。
昨日焼いたマフィンを半分に切り、燻製ベーコンを厚めに切る。
沸かした湯に酢と塩を入れ、そこにそっと卵を割り入れて、ポーチドエッグを作る。
ベーコンを焼こうとして、ちょっと早いかと思い、サラダを作ることにした。
サアラが好きだから、レタスをちぎった中に、アボカドをブロック状に切って、ミニトマトと混ぜる。
手作りのドレッシングをかけたら完了だ。
彩りもよく満足してレクルムが頷いたとき、「レクルム! ここにいた!」とサアラがキッチンに飛び込んできた。
『だから、キッチンにでもいるんじゃないって言ったでしょ?』
サアラの胸元でレクルムのペンダントが揺れながら、つぶやいた。
彼女の防御のために肌身離さず付けているように言っているのだ。
レクルムの独占欲の象徴でもあったが。
「だって、目が覚めたらレクルムがいないから……」
『あんなに毎晩愛されて、なにがそんなに不安なの?』
『そうよ! すぐ脱がされて、私の出番なんて、ほとんどないじゃない!』
夜着まで参戦してきて、サアラは顔を赤らめた。
「だって……」
物たちと話しているようなサアラの腰を引き寄せて、レクルムは彼女の額にこつんと自分の額をつけた。
「ごめんね? ぐっすり寝てたから」
チュッと唇をついばむと、サアラはますます赤くなった。
かわいらしいその姿にレクルムは目を細めるが、最近、サアラが今みたいに少し不安げなのが気になった。
「サアラ、なにか気になることあるの?」
先ほども夢でうなされていた。
彼女にはなんの憂いもなく微笑んでいてほしいのにと思う。
「ううん。ただ、幸せすぎて、怖いだけ」
今まで生きてきた状況と正反対の、レクルムに守り愛されて暮らす生活はとても幸せだったが、夢だったらどうしようという不安が絶えずサアラにつきまとっていた。
彼女は困ったように微笑んで、レクルムを見上げる。
(いつまでこうしてレクルムと暮らせるんだろう)
いつか彼に愛想を尽かされる日が来るのではないかとサアラは思っている。
レクルムと暮らすようになって、自分がなにも知らないし、なにもできないことを痛感している。
レクルムは、基本、サアラがいなくてもなんでもできる。
魔道具は作れるし、料理もできるし、掃除も得意だ。
一方、サアラは掃除はできるけど、料理は勉強中だし、気づくとすぐレクルムがやってしまうので、ただただ養われているだけになっている。
レクルムはひとりでも生きていけるけど、サアラがひとりになると途端に行き詰まるだろう。
本当はひとりでは……サアラなしでは生きられないのはレクルムの方だったが、彼女は全然わかっていなかった。
「バカだね。怖がることはなにもないのに」
愛おしい彼女をギュッと抱きしめて、レクルムは笑った。
「朝食を仕上げるから着替えておいで」
レクルムが言うとサアラが口を尖らせた。
「たまには私にも作らせて?」
「別にいいよ。サアラのために作るのがうれしいから」
そう言われてしまうと、サアラは頬を染めて黙るしかない。
「ありがとう……」
そうつぶやくと、彼女は着替えに行った。
それを見送ると、レクルムは昨夜の残りのコンソメスープに火をいれ、ベーコンとマフィンを焼き始めた。
そして、上にかけるソースを手早く作る。マフィンの上にベーコンとポーチドエッグを乗せ、ソースをかけたら、出来上がりだ。
彼がテーブルに皿を並べていると、サアラが戻ってきて、手伝ってくれる。
「美味しそう!」
サアラが料理を見て、目を輝かせた。
「エッグベネディクトっていうんだって」
「えっぐべ……?」
「エッグベネディクト。卵を割って、黄身と絡めながら食べてね」
へぇぇーとサアラは感心して、皿を眺める。
言われた通り、ナイフで卵を割ると、とろりと黄身が溢れてとても美味しそうだ。
「いただきまーす」
ベーコンとマフィンも切り分けて、パクッと一口頬張ると、サアラは幸せそうに微笑んだ。
「美味しい……」
気に入ってもらえたのがうれしくて、レクルムも微笑んだ。
美味しいものを食べているときのサアラは本当にかわいい。この笑顔が見たくて、レクルムはどんどん料理の腕を上げていくのだった。
「そうだ。今日は魔道具の納品に行くんだけど、サアラはどうする?」
「ついていっていいですか?」
「うん、もちろん」
心配性のレクルムは、未だに彼と一緒のときしか街へ行かせてくれない。
彼の代わりに食材を買ってきたり、なにか用事を済ませたりしたいと思うのだが、レクルムは『かわいすぎて拐われそう』と大真面目な顔で言うのだった。
「じゃあ、買い物したり、ランチしたりしよう」
「もう服も靴も要りませんよ?」
レクルムの言葉にサアラは慌てて釘を刺す。
この半年でサアラの持ち物は増える一方で、大量の物に囲まれて、サアラは目を回していた。
クローゼットを開くと、服たちが『私を着て~!』とアピールしてくるし、靴は『その服なら僕(私)が合うと思うよ』と勝手にコーディネイトしてくれる。
今日のサアラはラズベリー色のワンピースを着ているのだが、それを選んだとき、一斉に溜め息が響いて、『まだ一度も着てもらってないわ……』などという声にサアラは胸を痛めた。
幸い、装飾品は、レクルムのペンダントがあるし、指には同じ紫の宝石が嵌った指輪がきらめいているので、これ以上は増えなさそうで安心する。
「そう? じゃあ、髪留めは?」
「こないだ買ってもらったし、レクルムは髪を下ろしてた方が好きなんでしょ?」
「うん、そうだけど、でも、サアラがする格好なら、なんでも愛しいよ」
そう言って、レクルムは彼女のパール色の髪を一房手に取り、口づける。
『デレデレクルム!』
ペンダントがあきれたようにつぶやき、サアラは恥ずかしそうに笑った。
二人は街に出てきた。
家にある魔法陣と街外れに設置したものが繋がっているので、一瞬の移動だ。
レクルムはサアラと手をつなぎ、魔道具屋に向かう。
道中、やたらと見られて、レクルムは思わず、サアラの肩を引き寄せた。
「君がかわいすぎるから、男たちが狙ってる」
不機嫌そうにレクルムがつぶやくと、サアラは「レクルムを見てる女の人の方が多いですよ」と苦笑した。
お互いに焼きもちを焼いている二人に、『やれやれ』とペンダントがあきれた声を出した。
「いらっしゃい。あら、もう持ってきてくれたの?」
魔道具店の店主は妙齢の色っぽい女性だった。
レクルムを見て、パッと浮かべた笑顔は華があり、歓迎する声には熱がこもっていた。
彼も頷いて、挨拶を交わす。
「今回の依頼は手のかからないものばかりだったからね。ところで、例の話は進みそう?」
「うまく繋げそうよ。あなたのこと囲い込みたいでしょうし」
「囲い込みは遠慮するよ」
「わかってるわよ」
取引の話なのか、顔を寄せて話す二人はずいぶん気安い距離だった。
サアラは邪魔しないように、魔道具を見て回りながらも、それが気になって仕方がない。
誰にでもクールで引いた対応をするレクルムがこんなに親しげに話すのを初めて見たのだ。
それも女の人に対して。
大人の自立した女の人。しかも、魅力的で明らかに彼に好意を持っている。
お荷物な自分と比べて、どっちがいいかなんて明白だ。
(今は同情の方が勝ってるかもしれないけど、だんだんこういう人に惹かれていってしまうかも)
そう思うとひどく悲しくて、このままじゃいけないとサアラはあることを決意した。
『シワになるから、そんなにつかまないで~』
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