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好きだと気づいたのに

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 拓斗の手厚い看病のおかげで、翌朝には望晴はすっかり元気になっていた。

「おはよう。もう大丈夫なのか?」

 拓斗が起きてきて、キッチンで朝食を作っていた望晴に尋ねた。

「おかげさまで、回復しました。ありがとうございました」

 昨日、好きだと気づいてしまった望晴は拓斗をまともに見ることができずに、伏し目がちに言った。
 彼を意識すると、今までどう接していたのかわからなくなり、挙動不審になってしまう。
 それを不審に思ったのか、拓斗が近づいてきて、彼女の額に手を当てる。

「熱は下がったようだな」
「は、はい。全快です!」

 距離の近さにおののいて、望晴はぴょんと飛び退いた。
 そして、失礼だったと拓斗に謝る。

「すみません、びっくりして」
「いや、いい」

 彼は不愉快には思っていないようだが、じっと観察するように望晴を見た。
 それが落ち着かず、望晴はハムエッグを皿に載せ、テーブルへ向かった。




(かりそめの旦那様を好きになるなんて、どうしたらいいんだろう?)

 望晴はお店で服を畳みながら、ぼーっと考えた。
 完全に事務的ではないところがまた悩ましい。

(拓斗さんは私のこと、どう思ってるの?)

 抱くほどには気持ちがあると思いたい。
 だけど、彼の場合、夫婦だから抱いているという単純な理由かもしれなかった。

(そういえば、いつも私の定休日の前日よね? まさか義務だと思ってる?)

 一緒に暮らして四カ月が経とうというのに、彼の考えはよくわからなかった。
 望晴のほうも、気持ちがついていかないうちに、同居、祖父への挨拶、結婚と激流に押し流された。
 それぞれに後悔はないのだが、拓斗との関係はいつも気持ちが後になってついてくる。
 彼のことを想うと切なくなった。これからどうなっていくのだろうと不安にもなる。

(あー、やめやめ! 考えてもわからないことは考えるのを止めよう)

 望晴はぶんぶん首を振った。
 それを彼に聞く勇気もないのだから、と。

 その日、拓斗は早めに帰ってきた。
 自分のことを心配してくれたのだろうと思って、望晴は温かい気持ちになる。
 おかえりなさいと言った望晴の顔の前に、拓斗がはるやの紙袋を差し出した。

「はるやの季節限定の羊羹を買ってきた」
「季節限定!」

 望晴はしっかり反応するものの、いつもの勢いがない。

「君、まだ調子悪いんじゃないか?」

 拓斗が気づかわしげなまなざしで彼女を見る。
 お菓子への反応で体調を量られるのは不本意だが、その判断は正しい。
 でも、望晴は取り繕って、いつもの自分を演出した。

「そんなことないですよ! わぁ、楽しみだなぁ。この時期だと桜でしょうか? ちょっとまだ早いかな?」
「雛祭りにちなんだものだそうだ」
「雛祭り! そういえば、そんな季節ですね」

 望晴は彼から紙袋を受け取ると、わくわくとその中を覗き込んだ。

「え、これ!? かわいい! オシャレ!」

 思わず叫ぶ。
 拓斗の顔とパッケージを交互に見て、望晴はジタバタした。
 そのパッケージはいつものはるやの渋いものではなく、春らしいパステルカラーのストライプでデザインされていた。健斗に提案した若者受けを狙ったものだ。

(さすが拓斗さんのお父さま。仕事が早いわ!)

 可愛い箱を取り出して、ためつすがめつ眺める。

「このシンプルで上品なデザインははるやさんっぽいですね! お義父さまが懸念されていた伝統を崩すものではないのに可愛らしくて、さすがのクオリティだわ! これは見た目だけでも買いたくなりますよ!」

 興奮した望晴はいつものようにべらべらと感想を述べた。
 実際、そのパッケージはSNSでも話題になり、売り切れ続出、はるやの人気商品になった。

「調子が出てきたな」

 してやったりと拓斗が笑う。
 望晴を元気づけようと買ってきてくれたのだと悟り、彼女の鼻の奥がツンとした。

「あ、ありがとうございます! 食べるのが楽しみです」

 食後に、拓斗が玉露を淹れてくれて、望晴が羊羹を用意した。
 羊羹は菱餅を思わせる、桃色、白色、若葉色でできていて、そこに桃の花を模した飾りがついていた。

「綺麗! 美味しい! 食べる場所によって、いろんな味が楽しめて、楽しいですね!」

 食べても大興奮の望晴はすっかりいつものテンションに戻っていた。
 でも、寝る際に告げられた拓斗の言葉に気持ちがしぼんだ。

「しばらく君は自分の部屋で寝るといい。そのほうがしっかり休めるだろう」

 好きと自覚して、一緒に寝るのはドキドキすると思っていたのに、そんな必要はなかった。
 さらに拓斗は続ける。

「これから当分の間、朝も夜も食事はいらない」
「え?」

 びっくりして、彼を見上げると、拓斗は目を逸らし、説明した。

「大詰めの大きな商談があって、忙しいんだ。だから、朝は早いし夜も遅いから。そういう意味でも君を起こすと悪いから、自分の部屋で寝てもらったほうがいい」
「でも、私、朝ぐらい起きますよ!」

 それくらいすると望晴が言ったが、拓斗は首を横に振った。

「いや、会社で仕事をしながらなにか摘まむからいい。そのほうが効率的だ」
「そうですか……。わかりました。身体を壊さないように気をつけてくださいね」
「あぁ、ありがとう。でも、僕は体力あるから大丈夫だ」

 そう言われてしまうと、望晴に口を出す余地はない。
 彼の言ったとおり、翌日から拓斗は望晴の起きる前に出社して、望晴の寝たあとに帰ってきた。
 そうなると、休みの日も違うので、まったく顔を合わせない日が続いた。
 彼のことを好きと自覚した直後だけに、望晴はとてもさみしく思った。

 
 
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