29 / 52
入籍
しおりを挟む
「……こんなことになって、すまない」
拓斗が頭を下げてきた。
望晴は慌てて首を横に振る。
「いいえ、うちの両親も由井さんを逃したらあとがないと思ってる節があるので、やけに積極的ですみません」
母の勢いを思い出して、冷や汗が出る。
一日見知らぬ人のところで、拓斗の婚約者のふりをすればいいと思っていた。それがまさかこんな展開になるとは思ってもみなかった。
でも、今さら嘘だと言える雰囲気でもない。
「検討したのだが……」
口ごもった拓斗が望晴をじっと見る。
望晴はこの状況を打破できる案があるのかと期待した。
「悪くないかもしれない」
「え? どういうことですか?」
「入籍するのも悪くないかもしれないと思ってな」
思いもよらない彼の言葉に、ドキリとして彼を見返す。顔に熱が集まってきたのを感じた。
(もしかして由井さんは私のこと……)
なんて思ったのに、拓斗は全然別のことを言った。
「最近周囲からの結婚圧力に辟易していたんだが、入籍したら問題が解決する。君と暮らして一か月半経つが、驚くほどストレスがないんだ。身体の相性もいい。今後そんな相手を探すのは難しいだろうし、よかったら、結婚しないか?」
どうやらいつもの合理的思考のようだ。
(要はちょうどいいから、ペーパー上の結婚をしようということかしら? 今から結婚相手を探すのがめんどうだから?)
さらりと身体の相性と言われて、セックスフレンドみたいなものかとも思う。もやもやした望晴だったが、あんなに両親が喜んでいるのだから、偽造でも結婚するのもいいかもしれないと思えてきた。
彼女も拓斗と暮らして、快適さしかない。彼といると守られているようで安心するのだ。
顔が良くて、お金持ちで、優しい。拓斗はそんなハイスペックな人だ。愛されていなくても望晴にはメリットしかないように思える。
望晴は改めて拓斗を見つめた。
(これも縁よね)
彼女は決断して、口を開いた。
「他に好きな人ができたら言ってください。すぐ離婚しますから。先に離婚届を用意しておくのもいいですね」
「僕は惚れっぽくはない。でも、こんな短時間で決断を迫ってしまったんだ。君が別れたくなったときのために、離婚届を用意しておこう」
不本意そうな顔をした拓斗に、望晴は手を差し伸べる。
彼はその手の意味を問うように、首を傾げた。
「では?」
「はい。よろしくお願いします」
拓斗は望晴の手を握った。
やはり彼に触られると心地いい。
望晴にとってもこんな人が今後現れるかわからない。結婚を決断してよかったのだと自分を納得させた。
「あっ、ひとつお聞きしたいのですが、社長夫人としてなにかしないといけないことありますか? そういえば、G.rowは続けてもいいんですか?」
「なにもない。今までと生活を変える必要もない。働きたくないんだったら辞めてもいいが――」
「いいえ、働かせてください!」
かぶせ気味に言った望晴を見て、拓斗は目を細めた。彼女が働くのを好意的に受け止めてくれているのだとわかり、望晴はうれしくなった。
(お母さまも働いているもんね)
だから、女性が働くことに抵抗がないのかもしれない。
「僕からも一つ。君は気づいていないようだから言っておくよ。僕の父ははるやの社長だ。由井家ははるやの創業家なんだ」
「え、えぇーっ!」
縁があると思っていたら、はるやの御曹司だと知って、望晴は驚いた。
(ということは藤枝さんははるやの社長夫人? それなのになんでカフェで働いてるの?)
望晴の心を読んだように拓斗が言った。
「母は趣味であそこで働いてるんだ。もともと従業員だったし。ちなみに僕がはるやを継ぐことはない」
「ご兄弟が?」
「いや、いないよ。そのときになったら誰か最適な人を選ぶんじゃないかな」
他人事のように言った拓斗だったが、そこにさみしさのような苛立ちのような複雑な感情が滲んでいるのに気づき、望晴はなにか事情があるのだろうと思った。
彼女がそれを尋ねるべきかどうか悩んでいる間に、拓斗は切り替えるように言った。
「それじゃあ、僕は祖父母孝行、君は親孝行するか」
「はい」
拓斗が頭を下げてきた。
望晴は慌てて首を横に振る。
「いいえ、うちの両親も由井さんを逃したらあとがないと思ってる節があるので、やけに積極的ですみません」
母の勢いを思い出して、冷や汗が出る。
一日見知らぬ人のところで、拓斗の婚約者のふりをすればいいと思っていた。それがまさかこんな展開になるとは思ってもみなかった。
でも、今さら嘘だと言える雰囲気でもない。
「検討したのだが……」
口ごもった拓斗が望晴をじっと見る。
望晴はこの状況を打破できる案があるのかと期待した。
「悪くないかもしれない」
「え? どういうことですか?」
「入籍するのも悪くないかもしれないと思ってな」
思いもよらない彼の言葉に、ドキリとして彼を見返す。顔に熱が集まってきたのを感じた。
(もしかして由井さんは私のこと……)
なんて思ったのに、拓斗は全然別のことを言った。
「最近周囲からの結婚圧力に辟易していたんだが、入籍したら問題が解決する。君と暮らして一か月半経つが、驚くほどストレスがないんだ。身体の相性もいい。今後そんな相手を探すのは難しいだろうし、よかったら、結婚しないか?」
どうやらいつもの合理的思考のようだ。
(要はちょうどいいから、ペーパー上の結婚をしようということかしら? 今から結婚相手を探すのがめんどうだから?)
さらりと身体の相性と言われて、セックスフレンドみたいなものかとも思う。もやもやした望晴だったが、あんなに両親が喜んでいるのだから、偽造でも結婚するのもいいかもしれないと思えてきた。
彼女も拓斗と暮らして、快適さしかない。彼といると守られているようで安心するのだ。
顔が良くて、お金持ちで、優しい。拓斗はそんなハイスペックな人だ。愛されていなくても望晴にはメリットしかないように思える。
望晴は改めて拓斗を見つめた。
(これも縁よね)
彼女は決断して、口を開いた。
「他に好きな人ができたら言ってください。すぐ離婚しますから。先に離婚届を用意しておくのもいいですね」
「僕は惚れっぽくはない。でも、こんな短時間で決断を迫ってしまったんだ。君が別れたくなったときのために、離婚届を用意しておこう」
不本意そうな顔をした拓斗に、望晴は手を差し伸べる。
彼はその手の意味を問うように、首を傾げた。
「では?」
「はい。よろしくお願いします」
拓斗は望晴の手を握った。
やはり彼に触られると心地いい。
望晴にとってもこんな人が今後現れるかわからない。結婚を決断してよかったのだと自分を納得させた。
「あっ、ひとつお聞きしたいのですが、社長夫人としてなにかしないといけないことありますか? そういえば、G.rowは続けてもいいんですか?」
「なにもない。今までと生活を変える必要もない。働きたくないんだったら辞めてもいいが――」
「いいえ、働かせてください!」
かぶせ気味に言った望晴を見て、拓斗は目を細めた。彼女が働くのを好意的に受け止めてくれているのだとわかり、望晴はうれしくなった。
(お母さまも働いているもんね)
だから、女性が働くことに抵抗がないのかもしれない。
「僕からも一つ。君は気づいていないようだから言っておくよ。僕の父ははるやの社長だ。由井家ははるやの創業家なんだ」
「え、えぇーっ!」
縁があると思っていたら、はるやの御曹司だと知って、望晴は驚いた。
(ということは藤枝さんははるやの社長夫人? それなのになんでカフェで働いてるの?)
望晴の心を読んだように拓斗が言った。
「母は趣味であそこで働いてるんだ。もともと従業員だったし。ちなみに僕がはるやを継ぐことはない」
「ご兄弟が?」
「いや、いないよ。そのときになったら誰か最適な人を選ぶんじゃないかな」
他人事のように言った拓斗だったが、そこにさみしさのような苛立ちのような複雑な感情が滲んでいるのに気づき、望晴はなにか事情があるのだろうと思った。
彼女がそれを尋ねるべきかどうか悩んでいる間に、拓斗は切り替えるように言った。
「それじゃあ、僕は祖父母孝行、君は親孝行するか」
「はい」
4
お気に入りに追加
235
あなたにおすすめの小説
優しい愛に包まれて~イケメンとの同居生活はドキドキの連続です~
けいこ
恋愛
人生に疲れ、自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。
してはいけないことをしてしまった自分を恥ながらも、この関係を断ち切れないままでいた。
そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる…
ピアノが得意で大企業の御曹司、山崎祥太君、24歳。
有名大学に通い医師を目指してる、神田文都君、23歳。
美大生で画家志望の、望月颯君、21歳。
真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心が、ゆっくり溶けていくのがわかった。
家族、同居の女子達ともいろいろあって、大きく揺れ動く気持ちに戸惑いを隠せない。
こんな私でもやり直せるの?
幸せを願っても…いいの?
動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているの?
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
2人のあなたに愛されて ~歪んだ溺愛と密かな溺愛~
けいこ
恋愛
「柚葉ちゃん。僕と付き合ってほしい。ずっと君のことが好きだったんだ」
片思いだった若きイケメン社長からの突然の告白。
嘘みたいに深い愛情を注がれ、毎日ドキドキの日々を過ごしてる。
「僕の奥さんは柚葉しかいない。どんなことがあっても、一生君を幸せにするから。嘘じゃないよ。絶対に君を離さない」
結婚も決まって幸せ過ぎる私の目の前に現れたのは、もう1人のあなた。
大好きな彼の双子の弟。
第一印象は最悪――
なのに、信じられない裏切りによって天国から地獄に突き落とされた私を、あなたは不器用に包み込んでくれる。
愛情、裏切り、偽装恋愛、同居……そして、結婚。
あんなに穏やかだったはずの日常が、突然、嵐に巻き込まれたかのように目まぐるしく動き出す――
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
シングルマザーになったら執着されています。
金柑乃実
恋愛
佐山咲良はアメリカで勉強する日本人。
同じ大学で学ぶ2歳上の先輩、神川拓海に出会い、恋に落ちる。
初めての大好きな人に、芽生えた大切な命。
幸せに浸る彼女の元に現れたのは、神川拓海の母親だった。
彼女の言葉により、咲良は大好きな人のもとを去ることを決意する。
新たに出会う人々と愛娘に支えられ、彼女は成長していく。
しかし彼は、諦めてはいなかった。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ハイスぺ副社長になった初恋相手と再会したら、一途な愛を心と身体に刻み込まれました
中山紡希
恋愛
貿易会社の事務員として働く28歳の秋月結乃。
ある日、親友の奈々に高校のクラス会に行こうと誘われる。会社の上司からモラハラを受けている結乃は、その気晴らしに初めてクラス会に参加。賑やかな場所の苦手な結乃はその雰囲気に戸惑うが
そこに十年間片想いを続けている初恋相手の早瀬陽介が現れる。
陽介は国内屈指の大企業である早瀬商事の副社長になっていた。
高校時代、サッカー部の部員とマネージャーという関係だった二人は両片思いだったものの
様々な事情で気持ちが通じ合うことはなかった。
十年ぶりに陽介と言葉を交わし、今も変わらぬ陽介への恋心に気付いた結乃は……?
※甘いイチャイチャ溺愛系のR18シーンが複数個所にありますので、苦手な方はご注意ください。
※こちらはすでに全て書き終えていて、誤字脱字の修正をしながら毎日公開していきます。
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる