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惚れ薬①

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 翌朝、遅めに目覚めたラフィーはぼんやりする頭で、ふとテーブルを見ると、昨日完成した惚れ薬が目に入った。朝の光に可愛らしいピンクがきらめいて、とても魅惑的に見えた。

(完成したんだ。夢じゃなかった!)

 と、突然、その素材のために、リュオのものを口に入れたのを思い出した。

「ぅきゃーーーっ!!! なんで今思い出すのよ~~~!!!」

 あの直後は、リュオに触れられたことで頭がいっぱいになってたし、昨日は調合のことで頭がいっぱいになっていた。
 そのまま記憶の彼方に行ってしまえばよかったのにと思うけど、やたらと触感や形状を鮮明に思い出してしまい、ラフィーはベッドをジタバタしながら転がった。
 それに、翠が混じった銀の瞳は熱っぽく、色っぽく、リュオでもあんな表情するんだと、今さらながらひとり赤くなった。

(リュオはどう思ってるのかしら?)

 『なかなかの屈辱感』とか『恥ずかしい姿』とか言っていたのも思い出す。
 しかも、最後にはラフィーはリュオを押しのけて逃げてきてしまった。

(どうしよう? リュオ、怒ってないかな?)

 昨日、一瞬顔を見たとき、リュオはなにか言いかけていたのに、ラフィーは自分の言いたいことだけ伝えてドアを閉めてしまった。今思えば、彼は呆気にとられていたかもしれない。怒っていてもおかしくはない。

(うわぁ~、最悪じゃない、私?)
 
 バカバカと自分の頭をポカポカ殴って、ラフィーは落ち込んだ。

(でも、今日、惚れ薬を持ってくって言っちゃったよね……)

 一方的とはいえ、約束は約束だから、持っていかなきゃとラフィーは惚れ薬を見つめた。

(これを持っていったら、リュオはベアトリーチェという子に使うのかな?)

「やだ、やだやだやだ!」

 自分じゃない誰かに向けたリュオの幸せそうな微笑みが目に浮かんで、ラフィーはブンブン首を振った。
 想像するだけで涙が出てくる。
 その前に、せめて自分の想いを伝えたいとラフィーは思った。

(それで、惚れ薬を使うの? 使わないの?)

 自問するけど、やっぱり答えは出なかった。
 ラフィーは溜め息をつき、仕事に行く準備を始めた。




 惚れ薬は持った。プラムジュースも持った。プラムの蜂蜜漬けも持った。お気に入りのワンピースに着替えた。髪も下ろして丹念に梳いた。リップも塗った。

「よし!」

 鏡で自分の姿を確認して、ラフィーは気合いを入れるように、拳を握りしめた。
 仕事が終わって、夕食後。今からリュオのところへ行くのだ。
 日中、あれこれ考えた末、ラフィーはとにかく自分の気持ちを伝えようと決心した。
 
(惚れ薬を渡すという口実で中に入れてもらって、それから……)

 告白するというのは決めた。でも、惚れ薬をどうするのかは未だ心が定まっておらず、とりあえず、できるだけのオシャレをしてみたのだ。

 ドキドキと胸は高鳴り、顔は赤らんでくる。ラフィーは深呼吸をして、リュオの部屋のドアをノックした。
 すぐリュオが出てくる。
 でも、ラフィーの顔を見ると、固まって、じっと彼女を見つめた。

「リュオ?」

 あまりに見つめられて、ラフィーはなにか変なところがあるのかと自身を見下ろした。

(あ、そもそも、今は間が悪かったのかしら? それか、やっぱり私に会いたくなかったかも?)

 一方的に、惚れ薬を届けにいくと宣言しただけで、リュオの都合は聞いていなかった。
 それに、やっぱり昨日のことでリュオは気まずい思いをしているのかもしれないと、ラフィーは思った。
 相変わらず綺麗に整った顔からも、冷えたような銀の瞳からも、なにも読み取れず、ラフィーは焦って言った。

「ごめんね、突然来て。今、ダメだった?」

 夕食を食べ終わった頃かなと思って来てみたけど、やっぱり邪魔だったのかもしれないと、出直そうかと考えたとき、リュオがようやく返事をした。

「いや、別に。どうぞ?」

 我に返ったリュオはラフィーを部屋に招き入れた。彼は単にラフィーに見惚れていただけだった。

(可愛い。ラフィーが髪を下ろしてるのを初めて見た。すごく雰囲気が違うな。可愛いし、いつもより色っぽく見える)

 髪の毛を結んでいるときに見えるうなじもいいけど、リュオの横をすり抜けて部屋に入るときにさらりと揺れた黒髪もよかった。
 リュオは思わず、そのサラサラの髪に触れたくなった。

「お邪魔してごめんね」

 ソファーに並んで座ると、ラフィーはまた謝った。

「別に邪魔じゃない」

 リュオはそう言うけど、やっぱりなんだかぎこちなくて、ラフィーは気分が沈んだ。 
 手短に済ませたほうがいいかと思って、ラフィーは早速持ってきた小瓶をカバンから取り出した。

「これ、惚れ薬」

 そう言って、ラフィーが小瓶を差し出すと、リュオは大事そうに受け取った。

「これが惚れ薬……」
「一、二滴垂らすだけで効くみたい」
「そんなに少しでいいんだ」

 そう説明すると、神妙な表情でリュオが頷くから、やっぱりリュオはこれを使うつもりなんだとラフィーは切なくなる。

 リュオはとうとう出来上がってしまった惚れ薬を眺めて葛藤していた。ラフィーは用件だけで出ていこうとしているように感じた。

(こんなにオシャレして、もしかしてこのあとクロードのところにでも行くつもりか? それならいっそ、これを使ってしまえば……)

 リュオは、ラフィーをクロードのもとに行かせるのはどうしても嫌だった。引き止めなければと思ったとき、ちょうどよくラフィーがジュースの瓶を差し出した。
 
「あと、こないだと同じプラムジュースとプラムの蜂蜜漬けも持ってきたの」
「ありがとう。早速飲まないか?」
「うん!」

 まだここにいてくれるらしいラフィーにほっとして、リュオはいそいそとキッチンにグラスを取りに行った。
 そして、手に惚れ薬の小瓶を持ったままだったことに気づき、衝動的にラフィーのグラスに薬を垂らした。

 何食わぬ顔で、グラスを持って戻ると、ラフィーがプラムジュースを注いでくれる。それを見ながら、昨日買ってきたお菓子の存在を思い出す。

「あっ、うまいらしいお菓子があるんだ! 食べる?」
「うまいらしいってなによ」

 リュオの言い方がおかしくて、ラフィーが笑った。

(可愛い)

 それは愛想笑いではない自然な笑みで、リュオが惚れた可愛く癒やされる笑い顔だった。彼も口許をほころばせながら返す。

「同僚が今すごく人気だって言ってたから買ってみたんだ」
「へー、それは食べてみたい!」
「わかった」

(リュオはそんなお菓子を誰のために買ったんだろう? やっぱりベアトリーチェのため?)

 お菓子を取りに行ったリュオの背中を見つめる。切羽詰まった想いに駆られて、ラフィーは思わず小瓶を出して、リュオのジュースに惚れ薬を入れた。

「これ、チョコサンドクッキーなんだけど、季節限定のフルーツジャム入りなんだ」

 ちょっと得意そうにリュオがお菓子の箱を持って戻ってくる。
 ラフィーはさっと小瓶を隠して、バクバクする心臓を必死で鎮めようとした。ごまかすようにはしゃいでみせる。

「季節限定! すごい! 美味しそう~!」

 ほんのり上気して目を輝かせるラフィーを可愛いと思い、リュオはやっぱり誰にも渡したくないと思った。

「じゃあ、乾杯でもするか?」
「なにに?」
「惚れ薬の完成に。錬金術師に一歩近づいたんだろ?」
「うん……」

 純粋に喜んでくれているようなリュオに、ラフィーは複雑な想いで頷いた。
 一瞬探るように見つめ合い、二人はグラスに手を伸ばした。

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