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僕が手伝ってやる。

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「せーえき……」
「そう、精液よ。頑張って採取しなさいな。はい、これ」

 そう言って、ガイラはまだキョトンとしているラフィーに薄い冊子と革袋を渡した。

「それにやり方が書いてあるわ」
「わかりました! よく読んで勉強します!」

 ガイラはラフィーの反応から、多分わかってないわねと肩をすくめた。
 ラフィーは、せーえきという素材はまだ採ったことがないけど、きっと教本に詳しく書かれているのだろうと思って、張り切って返事をした。
 そして、早速その本を開いてみる。

「きゃあああ!」

 ラフィーは悲鳴をあげて、慌ててパタンと本を閉じた。
 それでも、しっかり瞼に焼きついた。
 そこには男性の性器が大きく図示してあった。

「な、なんで…………ま、まさか、せーえきって、精液!?」

 大きな目をさらに見開いて、ラフィーは師を見つめた。
 ガイラは艶っぽい笑みで彼女を見返す。
 ようやく次の課題を理解したラフィーは、口をパクパクさせてうろたえた。

「そうよ。なかなかやりがいがあるでしょ?」
「やりがいっていうか……ムリですよ~!」

 情けない顔でラフィーはガイラに泣きつく。
 でも、ガイラの答えはすげなかった。

「あら、錬金術師になれなくてもいいの? 最初の試験なのに」
「そりゃ、なりたいですけど。っていうか、ならないといけないし……」
「じゃあ、なんとかしなさい」
「…………わかりました」

 きっぱり言われて、交渉の余地なしと悟ったラフィーは、しぶしぶ頷いて考え始めた。

(知り合いに頼むのなんてムリだよね……。酒場で誰か見繕って……ムリ!ムリ! いっそ娼館でも行ってみる?)

「ちょっと、来いよ!」

 下を向いてブツブツ言い出したラフィーをリュオがグイッと引っ張った。そのまま、廊下に連れ出される。

「えっ、ちょっと……!」

 早朝の廊下は誰もいなかったけど、それでもさらに隅の方へラフィーを引っ張っていき、リュオは振り向いた。その顔は険しい。

「あんたの作りたいものって、惚れ薬だったんだな?」
「あ、うん……」
「誰かに使うつもりだったのか?」

 なぜか怒っているようなリュオに、ラフィーは驚く。

(自分が手伝った素材が惚れ薬の材料だったのが嫌なのかな? リュオはくだらないって言いそうだしね。それとも、惚れ薬に拒否感があるとか?)

 そんなことを思いつつ、ラフィーは正直に伝えた。

「使いたかったけど、望みが薄いからやめたの。でも、師匠が試験だって言うから……」
「そう」

 実際、リュオは怒っていた。
 きっとラフィーは惚れ薬をクロードに使いたかったに違いない。その手伝いをしていたなんて、自分が滑稽だと思った。
 それにガイラがラフィーにさせようとしていることを考えるだけで、カーッとなって、居ても立っても居られなくなり、衝動的にラフィーを連れ出してしまったのだ。

(ラフィーになにさせるんだよ!)

 ラフィーが真剣に考えだしたのにも腹が立って、リュオはつい問い詰めるように言った。

「それで、どうするつもり?」
「どうするって……娼館にでも行って……」
「ダメだっ!」

 思案中のアイディアを口にしただけで怒鳴られて、ラフィーはビクッと飛び跳ねた。

「バカか! そんなの襲われるに決まってるだろ!」
「そんなこと言ったって、仕方ないでしょ! そうしないと錬金術師になれないんだから!」

 バカと言われて、ラフィーもムッとして、言い返す。私だって、望んでそうしようというわけじゃないのに、とだんだん怒りが込み上げてくる。

「だいたいそこまでする必要があるのか?」
「あるわよ! 錬金術師になれなかったら、どこにも居場所がなくなるもん!」
「はっ?」
「師匠のところにいられるのは三年までなの! それで錬金術師になれなかったら、ここを出ていかないといけない。そういう約束だから。でも、私には戻るところはないの!」

 初めて聞く話に、リュオは愕然とした。

(出ていかないといけない? 戻るところがない?)

 能天気に過ごしていると思っていたラフィーの置かれた環境がそんな条件のついたものだと、リュオは知らなかった。

(っていうか、考えてみたら、僕はラフィーのことを全然知らない。どうしてここに来たのか、故郷はどこなのか。そして、どうして戻れないのか……)

「どうして……?」

 心のままに問いかけたリュオに、ラフィーは「最初からそういう約束だから」と言葉少なに答えた。
 そして、興奮のあまり、余計なことを口にしたと思ったラフィーは、「そういうことだから、絶対にやり遂げないといけないの」と勢いを失った声でつぶやいて、その場を去ろうとした。

「待てよ」

 その手を咄嗟にリュオが掴んだ。

「それなら………それなら、僕が、手伝ってやるよ!」
「え……」

 目を真ん丸にしてラフィーがリュオを見つめた。
 その目を見返せず、リュオは視線を逸らしながら言い訳のように早口に言葉を連ねる。

「あんた、見ていて危なっかしいし、僕だったら襲うことはないし、ほかに頼む相手がいないんだったら手近でいいだろ……?」

 そう言いながら、ちらっとラフィーを見ると、完全に固まってしまっていた。

(僕じゃダメか……)

 すごく勇気を振り絞ったのに、受け入れてもらえず、力なくリュオはラフィーの手を離そうとした。

「………っ!」

 二人の手が離れる前に、今度はラフィーがリュオの手を握った。

「ほんとに、協力、して、くれるの……?」

 かすれた声でひとつひとつ確かめるように、ラフィーがささやいた。
 奥手のラフィーだって、年頃だ。一応の知識はある。
 男の精液を搾り取るなんてことをしないといけないのなら、その相手はリュオがいいに決まっていた。

「あぁ、いいって言ってるだろ!」

 ラフィーに手を取られ、リュオは照れ臭さにぶっきらぼうな口調になる。
 
「ありがとう。でも、なんで、そんなに親切にしてくれるの?」
「なんで? それは……」

(あんたが好きだからに決まってるだろ!)

 真意を探るように見つめてくるラフィーに、リュオは心の中で叫んだが、それを言う代わりに、うまい言い訳はないか、思考を巡らせた。

「……惚れ薬ができたら、僕にもくれよ」
「リュオも惚れ薬が欲しいの? だから?」
「あぁ、欲しい。振り向いて欲しい子がいるんだ。どうしても……」

 ラフィーをじっと見つめて、リュオが言った。
 
(リュオも片想いだったんだ……。幼馴染みの関係から抜け出せないとかなのかな?)

 いつになく情熱的なリュオの眼差しに、ラフィーは悲しくなって、目を伏せた。

「わかった。惚れ薬が完成したら、リュオにも分けてあげるね」

(誰に使いたいのかすら、聞いてくれないんだな。そりゃそうか、ラフィーの興味は僕にはないんだから)

 リュオはリュオで落胆して、肩を落とした。
 それでも、あの役目だけは誰にも譲れないと、気を取り直して口を開いた。

「今日で仕事が一段落つくんだ。だから、よかったら、今夜、僕の部屋に来いよ」
「今夜……」
「嫌だったら来なければいい」
「嫌なんてこと!……ないわ。ありがとう」

 ラフィーは勢い込んで返事をしかけて、これでは気持ちがバレてしまうと、自分に急ブレーキをかけた。 
 気恥ずかしくなったリュオは、「じゃあ……」と言って、そそくさと立ち去った。

 

 ひとり残されたラフィーは半ば呆然としていた。

(今夜、リュオと、リュオの、えぇーっ! リュオの!?)

 よく考えたらとんでもないことを約束したのに気づいて、ラフィーはうろたえた。
 
(他の人のものに触ることを考えたら、拒否感しかないから、リュオでいいんだけど、リュオがいいんだけど、でもでもでも!)

 カァァッと顔が赤くなって、彼女は身悶えた。

(ほんとに? ほんとにするの??)


 
 ラフィーが落ち着いて、工房に戻ることができたのは、それから15分も経ってからだった。
 素知らぬ顔で部屋に入ると、美麗な笑顔を浮かべたクロードがなにやら話しかけるのに、そっけなく答えるガイラといういつもの光景が目に入る。
 ラフィーに気づくと、ガイラは「今日は休みでいいわよ。ゆっくり寝なさいな」と言った。

「ありがとうございます。じゃあ、休ませてもらいますね」
「しっかり予習もしなさい」

 からかうように教本を指し示されて、ラフィーはまた赤くなる。
 それをごまかすように質問してみた。

「そういえば、最後の素材って、なんなんですか?」

 それに対して、ガイラはにやりと笑った。

「精液とくれば、当然、愛液よ!」
「あいえき!?」
「自分から採取できるから、楽よね? なんなら、ちょうどいいから、それもリュオに頼んだら?」
「なっ、なんでリュオに!」
「精液も愛液も一緒に採取しちゃえばいいじゃない」
「しませんよ!」

 リュオとのやり取りを見ていたわけではないはずなのに、確信を持って言われて、ラフィーはそれ以上突っ込まれる前に、自分の部屋へと逃げ出した。


 
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