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ザオウの森②

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「あのさ、ラフィー」
「ん? な、に……きゃあぁぁぁーっ!」

 リュオの呼びかけに、視線を上げたラフィーだったが、悲鳴をあげて、思いっきり、リュオに抱きついた。

「ど、どうしたんだ!?」

 彼女を抱きとめて、リュオはキョロキョロ辺りを見回す。
 胸の中にラフィーがいて、動悸がやばい。
 全力でしがみついてくるラフィーはやわらかく、どこか甘い香りがして、背中も腰もリュオの腕がたやすく回るくらい細い。

「なにか黒いものが……すぐそこを横切っていった……!」

 半泣き状態で、ラフィーが告げる。
 彼女が指差した方に目を凝らすけど、なにも見えない。多分、夜鳥か小動物だと思うけど、いたとしても、さっきのラフィーの悲鳴に驚いて逃げていったことは確実だ。

「もうなにもいないよ。大丈夫だよ、ほら?」

 なだめるように背中を叩いて、リュオは魔法でライトをもう一つ出現させて、前方の暗闇をぐるっと照らしてみせた。
 こわごわとそちらの方を確認して、ほっと力を抜くラフィー。そして、目を戻したとき、リュオととんでもなく顔が近いのに気づき、彼女は飛び退いた。

「ご、ご、ご、ごめんなさい!!!」
「別に」

 リュオはそっけなく言い、そっぽを向いた。
 やわらかな体、いい匂いのする髪、至近距離で一瞬見つめ合ったときの翠の瞳。
 どれもがリュオの心を掻き乱し、赤くなった顔を見られたくなかったのだ。
 またリュオの機嫌を損ねたとラフィーはしおしおとなって俯いた。

「ほら、あと少しで月見草の群生地だ。行こう」

 また手を差し出したリュオに、ラフィーは顔をあげ、パチパチと目を瞬いた。

(なんかリュオが優しい?)

 彼の顔を窺うと、いつも通り無愛想だけど、銀色の瞳が煌めき、整った顔はやっぱり綺麗で見惚れる。

「行かないのか?」

 彼に促され、ラフィーはハッと我に返って、慌てて手を取る。リュオが一瞬、照れくさげにした気がしたけど、すぐ前を向いたから気のせいかもしれない。

「月見草の群生地を知ってるの?」
「この先に空き地があって、そこにいろんな草が生えてるんだ。月見草もある」
「そうなんだ」

 ラフィーは昼間にこの森に来たことは何度かあるけれど、その空き地には行ったことはない。そんなに危険な生き物はいないはずだけど、奥の方にはさすがに大型動物や肉食獣もいるし、もしかしたら魔物もいるかもしれない。実り豊かなこの森では、入口付近でも十分採集できたので、敢えて森に深く分け入る必要はなかったからだ。
 でも、ガイラからは袋一杯の月見草を採ってくるように言われているし、夜の森でそれを探しながら歩くのも効率が悪いから、リュオは群生地を目指してくれていたのだろう。
 フタゴダケの方は、普通のでいいから、今見つからなくてもいつでも採りに来られる。

 リュオの言うとおり、五分ほど歩くと、突然視界が開けた。
 なぜかそこだけ木が生えておらず、ぽっかりと空いた空間。よく見ると朽ちた倒木があり、その木が作っていた空間なのかもしれない。
 青々と生い茂る草花が淡い月明かりと星明かりに照らされて、どこか神秘的な雰囲気だった。

「わぁ」

 ラフィーが歓声をあげた。
 リュオが見やると、初めて会ったときのように、キラキラと目を輝かせている。

「薬草がいっぱい!」

 どうやらラフィーは薬草を採るのが好きらしく、リュオの手を離して、駆け出した。
 久しぶりに見たラフィーの全開の笑みに、リュオの心臓は跳ね上がった。
 歓喜して薬草を採るラフィーを見つめる。

(あぁ、好きだな)

 自然に想いが溢れ、笑みが浮かぶ。
 薬草採集に夢中なラフィーを眺め、リュオも薬草を取り始めた。錬金術師ほどではないものの、魔術師もそれなりに薬草を使う。
 しばらく二人はそれぞれ黙々と薬草を採取した。

「あ、ベアトリーチェの好きなやつだ」

 リュオが独り言ちて、白い花が釣鐘状に付いている草花を大事そうに根本から掘り起こした。
 たまたまそばに来ていたラフィーはそれを聞いてしまった。

(リュオの用は愛しの彼女のためにこの花を採ることだったのね。綺麗なお花だもんね。催吐薬にもなる薬草だけどね)

 ガイラに教わった薬草の知識を思い返しながらも、ラフィーの舞い上がっていた気持ちがみるみるしぼんでいった。
 それからは無心で袋に月見草を詰め続ける。
 用の終わったらしいリュオは手持ち無沙汰に、倒木に腰掛けて、彼女を待っていた。月見草は自らの手で採取しないといけないので、手伝い不要と言ってあった。

「あっ!」
「なに?」

 突然、ラフィーが大声をあげたので、リュオが何事かと彼女を振り返った。

「リュオ、お腹空かない?」
「なんで?」
「お夜食を作ってきたの。よかったら、サンドイッチ食べない?」

 ぐぅぅうぅぅぅ~。

 リュオの代わりにお腹が答えた。
 彼は慌てて横を向いたけど、ラフィーには真っ赤になったのが見えてしまった。

(かわいい!)

「リュオ、もしかして夕食食べてないの?」
「食欲がなかったんだ」
「でも……」

 くぅと可愛い音を鳴らして、リュオのお腹が彼を裏切る。リュオが赤い顔をしながら、不機嫌そうに顔をしかめた。

(夕食も食べずに来てくれたんだ)

「食べよ?」

 ラフィーは申し訳ないような、うれしいような気分で、リュオの隣りに腰掛けた。
 カバンからサンドイッチを取り出す。

「はい。おしぼり」

 リュオはへの字口になりながらも、素直におしぼりを受け取り、手を拭く。
 使ったおしぼりと交換にサンドイッチを渡す。

「……いただきます」

 拗ねたような声色でリュオがつぶやいて、サンドイッチにかぶりついた。

「うまい」

 独り言のように言ったかと思うと、リュオは意外と大胆な食べっぷりで、ラフィーが一口食べる間にぜんぶ食べ終わってしまった。よほど空腹だったらしい。
 ラフィーは自分のサンドイッチを見つめた。

「よかったら、これも食べる?」
「食べる。あ、でも、ラフィーはいいのか?」
「私は夕食をたっぷり食べてきたし、実はお腹空いてなかった」

(それに胸がいっぱいで食べられる気がしない)

 リュオが私のサンドイッチを褒めてくれたと感動に打ち震えながら、ラフィーは自分の分を渡した。
 彼はラフィーの噛み跡を一瞬見つめたあと、躊躇なく、ガブッとそこを食べた。
 モグモグしながら、どことなくうれしそうなリュオの様子に、ラフィーはへにゃりと笑った。

「その顔……」

 そう言われて、ラフィーは慌てて笑顔を引っ込めた。
 せっかくの可愛らしい笑顔が消えて、リュオはがっかりした。

「いつもの作り笑いより、よっぽどいいよ」 

 つい怒ったように言ってしまう。
 嫌がられると思ったラフィーはぽかんとした。

「気持ち悪いとか言わないの?」
「言うわけないよ。僕は作り笑いが気持ち悪いって、言ったんだ!」
「でも、バカっぽいとか第一印象と全然違うって……」

 王宮に来た当初、ラフィーは来る客、来る客にそう言われて、笑顔に自信がなくなって、澄ました作り笑いをするようになった。すると、そう言われることがなくなったので、仕事中は、それで通すことにした。
 そうしたら、今度はその愛想笑いもリュオに否定されて、リュオには笑顔を作ることもできなくなっていた。
 ちなみに、クロードはそんなことを言わないし、ガイラにしか興味がないとわかっているので、かえって自然体で接することができる。

「いったい誰がそんなことを!」

 なぜか怒っているリュオを不思議そうに見て、ラフィーは「割とみんな……?」と答えた。
 それを聞いて、リュオは頭を抱えたくなった。
 
(それでラフィーは愛想笑いをするようになったのか! それなのに僕は……)

「あーッ、悪かったよ! 僕もひどいこと言った。でも、誰がなんと言おうと、あんたはその自然な笑顔の方が、か、か、かわ……」
「かわ?」
「かわ……変わり者のあんたに似合ってる! そっちの方が断然いい!」

 褒めてるのかどうかは微妙だけど、リュオに肯定されて、ラフィーは涙が出そうになった。
 反対に、なぜかリュオは打ちひしがれている様子だ。

(そんなに気持ち悪いって言ったことを反省してくれてるんだ!)

 うれしくなって、ラフィーは微笑んだ。
 その笑顔を見て、リュオは口を開いた。

「ラフィー、僕は……」

 そう話しかけられたとき、ラフィーの目が白い花を捉えた。さっきリュオが大事そうに採取していた花だった。

 ───ベアトリーチェの好きなやつだ。

(そうよね。リュオは優しいけど、愛しい彼女がいるんだった。もうっ! これ以上、好きにさせないでよ!)

 いたたまれず、ラフィーは立ち上がった。

「遅くならないうちに、月見草を採取しなくちゃ! もうちょっと待っててね!」
「あ……」

 リュオの言いかけた言葉は宙に消えた。

 

 月見草で袋をいっぱいにして、ついでにレアな薬草もゲットしたラフィーは気持ちを立て直して、リュオに声をかけた。

「リュオ、ありがとう。もういいわ」
「ん、じゃあ、帰ろう」

 ラフィーを待つ間に、リュオの勇気はしぼんでしまった。

(こんなところで好きでもない男から告白されても、ラフィーが気まずい思いをするだけだ)

 そう思うと、さっきの言葉を続ける気になれなかった。
 立ち上がったリュオは月見草の袋を持って、ラフィーに反対側の手を差し出した。

「自分で持つよ」

 そう言って、ラフィーは月見草の袋を取り返そうとするけど、「僕が持った方が効率がいい。あんたは怖がるので忙しいだろ?」と言われて、膨れる。しかも、リュオの言うとおりなので、よけいむくれる。
 そんな彼女の手を強引に掴んで、リュオは歩き始めた。

 結局、ラフィーは行きと同じように怖がりながら、森を出て、二人は王宮に戻ってきた。

「リュオ、今日は本当にありがとう。助かったわ」
「別に。僕も収穫があったし」

 ラフィーが改めてお礼を言うも、彼はなんてこともないというように、例の花を見せた。
 ラフィーの胸がキュッと締めつけられるように痛む。
 それを無視して、ラフィーは別れの挨拶を口にした。

「じゃあ、リュオ、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」

 リュオの背中を見つめて、ラフィーは溜め息をついた。そして、気を取り直して、自分も踵を返した。リュオが振り向いて、彼女を見つめたことも知らず……。
 

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