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残念な子

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「ぶっしゅんっ」

 双方が軽くパニックになって、それぞれ自分の思考の中に沈み込んでいたが、それを破ったのは、ラフィーの色気のないクシャミだった。
 ふっとリュオが笑う気配がして、ラフィーは顔を上げた。
 でも、彼はそっぽを向いたままで顔は見えない。

「あんたって、ほんと残念だね。黙ってたら、そこそこ美人なのに」

 リュオの軽口に、ラフィーは傷ついた顔をした。しかし、彼は気がつかないまま、自分のローブを脱いで、何事かつぶやいた。あっという間にローブが乾く。

「僕はこっちを向いてるから、服を脱いで、これを着て」

 そう言って、リュオは後ろ手にローブを差し出した。

「えっ、服を……?」

 その意図がわからず、ラフィーは赤くなる。

「へ、変なこと、考えるなよ! 服を乾かしてやるってこと!」

 ラフィーのためらいに気がつき、リュオは不機嫌に付け足す。

「安心して。君に欲情なんてしないから!」
「…………うん」

(私なんてお呼びじゃないよね。残念な子だもんね)

 下を向くと涙がこぼれそうで、ラフィーは真っ暗な空を眺めた。
 小さく溜め息をつくと、リュオからローブを受け取り、草の上に置き、服を脱ぎ始めた。

 シーンとした中に、衣擦れの音と、濡れて脱ぎにくいのか、「んっ……んー」というラフィーの息づかいが響いた。

 真後ろでラフィーが服を脱いでいる姿をどうしても想像してしまって、リュオは居たたまれず、唇を噛んだ。
 彼の動揺が伝わって、ライトが揺れる。

 気を紛らわそうと、リュオも服を脱ぎ始めた。

「ちょっと! なんでリュオまで脱ぐの!?」

 リュオの方を向いていたラフィーがうろたえた声をあげた。

 日に焼けてない白い肌だが、筋張った思ったより広い背中。細身だけど、筋肉質で引き締まっている身体は、自分とはまったく違う男の人のもので、それをバッチリ見てしまったラフィーはつばを呑み込んだ。

「乾かすからに決まってるでしょ。っていうか、見るなよ」

 下着姿のリュオにそう言われて、ラフィーは慌てて後ろを向く。

「別に見てた訳じゃないわよ!」

 背中合わせで、互いを意識しながら、二人は下着を脱いでいく。

 裸になると、リュオは自分の服を魔法で乾かし、ラフィーはリュオのローブを身に着けた。
 ほのかなリュオの香りに包まれて、ラフィーは目を細めた。

 乾いた服を再び身につけたリュオは、ラフィーに聞く。

「もうローブを着た?」
「うん」

 確認してからリュオは振り返る。
 自分のローブを着て、胸元を合わせているラフィーの姿にグッとくる。
 目を瞬いて、表情をごまかすと、リュオは彼女の服を乾かしてやろうと足元を見た。
 そこには脱いだままの下着と服が積み重なっていた。

「…………っ!」

 ひらひらしたレースの白い下着を見ると、今ラフィーはローブの中は裸だというのをよりいっそう意識してしまって、リュオはググッと眉を寄せた。唇も強く引き結んでおかないと、だらしない顔になってしまいそうだった。

 リュオの視線を辿ったラフィーは、「きゃあ!」と悲鳴をあげると真っ赤になって、それを隠すようにしゃがみこんだ。

「下着ぐらい最初から隠しておきなよ。ガサツだなぁ」

 しかめっ面で言い放つリュオに、弁解の言葉もない。
 ラフィーは恥ずかしさと情けなさに顔が上げられなかった。

「乾かすから貸して」

 リュオに言われて、下着を服の下に隠してから渡す。
 一瞬の後に、乾いた服が返ってきた。

「じゃあ、僕が向こうをむいてるうちにさっさと着替えて。僕、もう帰りたいし」

 疲れたようにリュオが言い、ラフィーは感謝の言葉を口にした。
 彼が後ろを向くのを確認して、ラフィーは手早く服を着た。

「お待たせ、リュオ」

 ほんのり温かい服を着て、ほっとしたラフィーはローブを畳むと、リュオに返した。
 しかし、リュオはそれをまた広げると、ラフィーに着せかけた。

「着てなよ。寒いんだろ?」

 水浴びにはずいぶん早い時期で、身体の冷えたラフィーが震えているのを見て取ったのだ。

「でも、リュオだって、寒くない?」
「別に。それより帰ろう」

 くるりと背を向けて、街の方へとリュオが歩き出した。
 慌てて、ラフィーが追いかけると、「ん……」と手を差し出された。

「えっ……」

 マジマジとその手を見つめていると、リュオがちらりと彼女を見て、「怖いんだろ? 必要ないならいいけど」とぶっきらぼうに言った。
 今にも手を引っ込められそうになって、「いる! 必要です!」とラフィーはその手に飛びついた。

 帰り道は、暗闇にビクビクしながらも、ラフィーはその温かい手を握りしめて、リュオの横顔を見ていた。
 彼がラフィーを見てくれることはなかったけれど、少しだけ暗闇に感謝した。
  
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