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30.対談①

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 翌日からもまた忙しい日々が続いた。
 『One-Way』の反響が大きすぎて、テレビ、雑誌、ラジオ、ネット等々、今までにない応対を求められることが続いて、目まぐるしかった。
 目論見通り、『One-Way』が『ブロッサム』とセットで買われたりダウンロードされたりしていて、売上が止まらず、社長はウハウハしていた。
 そして、毎日来ていた藤崎さんのメッセージは当然来なくなった。
 胸のつかえがとれないまま、仕事に没入する。

 さみしい気持ちを慰めてくれたのはTAKUYAだった。
 隣りなので、顔を合わせる機会が増えて、私が元気がないと見ると、ご飯に連れ出してくれた。

「希さん、ここの麻婆豆腐が絶品なんだよ。ちょっと辛いけど食べてみてよ」
「辛いの好きだから楽しみ」
「あと、希さん、ケーキも好きでしょ? おすすめのカフェがあるんだ」
「えー、ほんと? 教えて!」
 
 なにも聞かず、ほがらかに話してくれるTAKUYAの笑顔に癒された。
 それでも、二週間ぐらいで、私はほとぼりが冷めたと判断して、自分の家に戻った。
 藤崎さんもTAKUYAもいない自宅はわびしかった。
 

 そんな中、藤崎さんとTAKUYAの対談の日がやってきた。
 決裂する前に、藤崎さんが受けてくれたものだった。
 とても気まずいけれど、TAKUYAのマネージャーの私が行かないわけにはいかない。
 覚悟を決めて、TAKUYAと出版社に出向く。

 受付で担当を呼び出すと、会議室に案内される間に、TAKUYAが耳打ちしてきた。

「ねーねー、俺、むちゃくちゃ緊張してきた。大丈夫かな?」
「大丈夫よ。藤崎さん、優しいし」
「それは希さんにだけでしょ?」
「そんなことないわよ」

 私たちのことをなにも知らないTAKUYAが無邪気に言ってきて、困ってかぶりを振る。
 うるうるの子犬のような瞳が私を頼るように見て、私は励ますように微笑んだ。

「大丈夫だって。TAKUYAは本番もアドリブも強いでしょ?」
「そうかな?」
「そうだよ」

 そんなことをこそこそ話していると、後ろから声をかけられた。

「TAKUYAさん、希ちゃん、おはようございます」

 振り返ると、同じように案内されてきた佐々木さんと藤崎さんだった。

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

 挨拶をして、そっと藤崎さんを見ると、目が合う前に視線を逸らされた。
 ズキンと胸が痛むけど、自分で招いたことだ。仕方がない。
 隣ではTAKUYAがガチガチに固まっていたので、袖を引いて、挨拶を促す。

「あ、藤崎さん、佐々木さん、今日はありがとうございます。よろしくお願いします」
「あぁ、こちらこそ」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」

 ぶっきらぼうな藤崎さんに、にこやかな佐々木さんが対照的だ。
 しかも、藤崎さんの目の下にクマができていて、顔色が悪い気がした。

(具合でも悪いのかな?)

 心配になって声をかけたかったけど、もうそんな立場にないと思いなおす。

 私たちは揃って会議室に着いて、中に入った。
 
 会議室といっても、オシャレなカフェテリアのような内装で、音楽雑誌の出版社だけあって、バックナンバーにギターやベースも飾ってある。
 その中央に三つ席が用意してあった。
 奥の席に藤崎さんが座り、その向かいにTAKUYAが座る。
 空いてる席はインタビュアーのものだった。

 二人ともメイクは入れないけど、一応チェックとして鏡を渡され、私がTAKUYAの、佐々木さんが藤崎さんの髪を整えたり、襟を直したりした。
 自分もTAKUYAにやってるくせに、佐々木さんが藤崎さんに触れるのを見て、つい嫉妬してしまう。
 一瞬、こちらを見ている藤崎さんと目が合って、また逸らされた。

 インタビュアーがやってきて、佐々木さんと私は少し離れた場所に移った。
 といっても、声が聞こえる距離で、事前に伝えられたテーマを離れないか、見守る。
 特に、佐々木さんはこの間のスクープがあったからか、めずらしくピリピリと神経を尖らせていた。

 まずはカメラマンが角度を指定して二人の写真をパシャパシャと撮り、それが終わるとインタビュアーが口火を切った。
 でも、さすがにこの出版社は真面目な音楽雑誌との評判通り、『One-Way』と『ブロッサム』の話や二人の曲への想い、印象を上手に聞き出すだけで、余計なことは聞かなかった。
 むしろ、藤崎さんの方が危うかった。

「それでは、藤崎さんにお聞きしたいのですが、『One-Way』の制作秘話や『ブロッサム』の続きの歌にした意図などはありますか?」
「あぁ、それはもともと僕が考えたんじゃないんだ」
「と言いますと?」 
「ミューズがいてね。そのおかげで曲が書けたんだけど、見捨てらちゃったんだ。薄情なミューズでね。彼女は自分のタレントのためならなんでもできるらしい。おかげで、最近はさっぱり曲が書けない」

 自嘲気味に言う藤崎さんにTAKUYAもインタビュアーも戸惑っていた。
 
(藤崎さん……)
 
 こんな荒んだもの言いをする彼は見たことがなかった。
 いらだって自暴自棄になってるような。

(藤崎さんは曲がほしくて、私が彼と寝たと思っているのね)

 そんなふうに思われてるのが悲しくて、目を伏せる。
 でも、あれから本当に曲が書けてないの?
 だから、そんなに調子が悪そうなの?
 気になって、やっぱり藤崎さんを見てしまった。 
 
「東吾! 見苦しいわよ!」

 佐々木さんがスパッとした口調で諌めると、彼はクッと投げやりに口角をあげた。

「そうだね。本当にみっともない」
 
 妙な雰囲気になっている私たちを冷静に見ていたTAKUYAは、藤崎さんをまっすぐに見て、言った。
 
「なにも知らなくて言って申し訳ないんですけど、ミューズにも心があるんじゃないですか? 藤崎さんの言葉だと、まるで彼女が曲作りのお守りかなんかの道具に思える。それに頼りっきりだと、そりゃあ、苦しくなって、ミューズも逃げるんじゃないでしょうか?」
「違う! そんなつもりは……」
 
 藤崎さんは言いかけて、私を見ると、口をつぐんだ。
 お守り。言い得て妙だわ。
 藤崎さんはきっとたまたま私がそばにいたときに曲ができたから、それに囚われているだけよ。
 本来なら私がいなくてもどんどん曲が湧いてくるタイプの人だわ。
 本当はお守りなんていらないのよ。

(どうしたらいいんだろう? どうしたら、私が必要ないってわかってもらえるんだろう?)

 藤崎さんには私が必要ない。そう思うと、胸が苦しい。でも、本来ならそうなのよ。
 このまま離れていたら、藤崎さんもわかるはず。
 私がいなくても曲が書けるって。
 そう思うのに、藤崎さんの視線が苛立ったものから縋るようなものに変わり、見つめられるとグラグラと心が揺れる。
 私といる間は、あんなにどんどん曲を作ってた藤崎さんが、二週間も曲が書けなくて、苦しんでいる。それを直に見てしまうと、アルバムができるまでと約束したし、ちょっとだけなら戻っても……と思い、ダメよ!と首を振る。
 葛藤している私を見て、口をひらきかけた藤崎さんをインタビュアーが遮って、仕切り直した。

「ところで……」

 さすがプロ。微妙になりそうな話題は避けて、どんどん二人をしゃべらせて、引き出していき、なんとか無事対談を終わらせた。
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