私を抱かないと新曲ができないって本当ですか? 〜イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い〜

入海月子

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26.片想い②

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 私がパニックになっていると、社長と私の様子を見て察した先輩が聞いてきた。
 
「ひょっとして、これ希ちゃんなの?」
「転んだ希を藤崎さんが抱き止めただけだよ。この後ろに俺もちゃんといたんだけどな。見事にカットされてる。ひどいよな~」

 ビクッとする私と反対に、社長はうまく取り繕ってくれて、おかしそうに笑った。

「なーんだ。そんなオチか……」

 先輩はガッカリしてたけど、私は焦り続けていた。
 藤崎さんは私を助けてくれただけなのに、こんな写真が出回るなんて、申し訳ない……。
 
(どうしよう? こんな記事が出て、藤崎さんは大丈夫かな?)
 
 そこへ電話が掛かってくる。

「はい、エムアイ企画です」

 私が電話を取ると、いきなり「A子さんってお宅の社員?」と聞かれた。
 あの記事の取材だ。

「おっしゃる意味がわかりません」
「じゃあ、いいよ」

 とぼけた私の返事に電話が切れた。

 また電話が掛かってくる。
 嫌な予感がしつつ、取る。

「はい、エムアイ企画です」
「瀬戸希さんはいらっしゃいますか?」
「どちらさまですか?」
「ニューススピリットの小林と申します」
「瀬戸は今外出中ですので、代わりにご用件をお聞きします」
「取材をお願いしたくて」
「なんの件でしょうか?」
「藤崎さんの件で」
「瀬戸とは関係ないと思われますので、お断りいたします。失礼します」

 有無を言わさず、電話を切る。
 もちろん、面識もないし聞いたこともない会社だった。
 
(うそでしょ? あの写真だけで、もう私だって特定されてるの!?)

 関わりのない会社なら、こんな対応でいいけど、これからはやり取りのあるところからも問い合わせがくるだろう。

「社長、どうしましょう?」

 目を向けると、私の応対から事情を察した社長は指示を出してくれた。

「ノーコメントで通せ。希は外出中。しつこいヤツは俺に回せ」

 社長の指示を合図にしたかのように、一斉に電話が鳴りだした。
 それからしばらくは電話が鳴りっぱなしで、出勤してきた他の社員も総出で応対した。
 たまに、TAKUYAの新曲の取材も混ざっていて、気が抜けない。
 TAKUYAの新曲取材とバーターで私に取材をしようというメディアもあって、対応に困った。
 それは一旦保留にする。
 知り合いの記者からも連絡があった。
 その際はもう少し説明をした。

「あの写真は誤解なんです。後ろに社長もいて、二人きりでもないし。だいたい藤崎さんが私なんかを相手にすると思いますか?」

 そう言うと、相手は『あー、まぁ、そうだね』と大概納得してくれた。
 自分で言ってて傷つく。 

 なにもできないまま午前中が終わった。
 本当は新曲の動向を見て、次の手を考えたかったのに。
 
(藤崎さんのほうもこんな状態になってるのかな? もっとひどい状態だったらどうしよう?)
 
 そう思うと、申し訳なさに心臓が痛くなる。

 それなのに、お昼を過ぎると、あんなに鳴りっぱなしだった電話はパタリと止まった。

「もう掛かるだけ掛かってきたのかな?」

 不思議に思って言うと、「普通こんなもんじゃないと思うけど……」と先輩たちも不思議そうだ。
 SNSを見ると、相変わらず、トレンドワードのトップが『藤崎東吾』、次に『熱愛』になってる。
 でも、朝見た時からひとつ加わってていて、次は『片想い』というワードになっていた。

「片想い?」

 そのワードを押してみると、藤崎さんのコメントだった。

『熱愛とか騒がれてるけど、僕の片想いなんだよね。そっとしておいてくれないかな。これでフラれたらどうしてくれるんだよ。彼女は一般人なんだから、取材とかしないでよね。迷惑かけた会社とは今後一切仕事しないから、よろしく』

(もう、藤崎さん! なに書いてるんですか……!)

 私を守るための言葉だとわかっているのに、ドキッとしてしまう。
 そして、藤崎さんの気づかいに、涙が出そうになる。

 そのコメントは見てる間にどんどん拡散されていっていた。
 コメントもいっぱいついている。

『藤崎さんが片想いなんてあるの?』
『この写真の東吾好き!』
『藤崎さんがフラれるとかあり得ないから!』
『いいなー。こんな風に愛されたい』
『グッときた』
『東吾さん、頑張ってください! 応援してます!』
『片想い! 切ない~!』
『この写真ときめくー!』

 確かに、あの写真の藤崎さんの表情はとても素敵で、私もつい保存してしまった。
 そんな場合じゃないのに。

 そして、『最近の藤崎さんの歌が甘いのは、片想いのせいですか?』というコメントにめずらしく本人から『うん、そうだよ』と返信がついていた。
 それにさらにコメントが続く。
 
『え、もしかしてブロッサムって藤崎さんの心情?』
『確かに恋に落ちたって言ってる』
『あの写真の顔いいよねー。愛しいって感じで』
『ブロッサムの続きの歌が出るって話だよね?』
『TAKUYAの新曲?』
『今日発売じゃない?』
『えー、じゃあプロモーションじゃないの、これ?』
『炎上商法?www』
『でも、こんなに回りくどいプロモーションってある? しかも、TAKUYAじゃなくて藤崎さんのスクープだし』
『だけどさ……』

 ファンの中で盛り上がっている中で、TAKUYAの新曲にまで触れられてる。
 これは!と思って、『One-Way』のセールスをチェックしたら、むちゃくちゃに伸びていた。
 半端なプロモーションより効果がある。
 『ブロッサム』も釣られて売上が伸びている。
 売上が上がるのはうれしいけど、こんな方法で上がってほしくはなかった。
 くやしくて唇を噛んだ。

(でも、電話が止まったのは、この藤崎さんのコメントのおかげ?)

「社長、これを見てください」

 パソコン画面の藤崎さんのコメントを見せる。
 そして、それについたコメントも読んでほしいと言う。
 ざっと目を通した社長は感心したような苦笑したような顔で溜め息をついた。

「さすが藤崎さんだなぁ。ここまで言われると、どのマスコミもうかつに手を出せないよなぁ。藤崎さんの事務所も動いてるんだろうけど」
「しかも、このおかげで『One-Way』も『ブロッサム』も売上が鰻登りです」
「藤崎さん様々だな。今度お礼をしないと」
「そうですね」

 社長の言葉にうなずく。
 でも、本当は藤崎さんにはお詫びの気持ちでいっぱいだった。
 炎上商法まで疑われるなんて……。
 
 社長はフロアを見渡して、声を張り上げた。 

「みんなー、藤崎さんのおかげで、取りあえず電話はもう来ないようだ。お昼に行っていいぞ。お疲れさま!」

 やれやれといったように、みんなは伸びをしたり、溜め息をついたりして、休憩に入った。
 私のせいで業務が滞って、迷惑をかけてしまった。

「みなさん、申し訳ありませんでした」

 私が頭を下げると、みんな「希ちゃんが悪いわけじゃないから」「運が悪かったね」「いや、セールス的にはラッキーじゃない?」と口々に慰めの言葉をかけてくれて、事務所を出ていった。
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