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23.僕が困るんだ①

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 藤崎さんを起こさないように、そろりとその腕から抜ける。
 服を着て、リビングのソファーに膝を抱えて座った。

(藤崎さんにずいぶん迷惑をかけちゃったな。佐々木さんにもあとでお礼を言っておかないと)

 佐々木さんがいなかったら、間に合わなかったかもしれない。
 想像してしまって身震いする。

 嫌なイメージを頭から追い出そうと、藤崎さんの綺麗な寝顔を思い出す。
 目を閉じていても、整った綺麗な顔。
 あんな素敵な人が私の腕の中で甘えるように寝ていた。
 とてつもなく贅沢だ。

 しばらくそれに浸っていると、気分が変わった。

 カバンからスマホを出して見る。
 藤崎さんから何件も着信、メッセージが届いていて、彼の焦りを感じて、胸が痛んだ。
 その後に、社長と佐々木さんから着信とメッセージが来ていた。

 社長はやっぱり謝っていて、藤崎さんが伝えてくれた通り、明日は休んでいいという連絡だった。
 佐々木さんはとにかく心配してくれてて、『何かあったらいいカウンセラーとか紹介できるから。まぁ、東吾がそばにいれば大丈夫かもしれないけど(笑)』と書いてくれていた。
 ここにいるのが、すっかりバレてる。
 でも、その気遣いを有り難く思う。
 二人にお礼と大丈夫だと返信をした。

 明日もお休みをもらったけど、『One-Way』のリリースが一週間後に迫っている今、正直休むのはつらい。
 渾身の力を込めたCMも明後日から始まる予定だ。
 やることは山ほどある。
 『明日は普通に働けます』と追加で社長に連絡した。
 最後の追い込みをしなくっちゃ。

 ちなみに、『ミュージックディ』は謝罪の意味もあって、TAKUYAの大特集を組んでくれるらしいとの社長からの返事が来た。
 他にも『ミュージックディ』のテレビ局が全面応援してくれることになったと。
 社長がねじ込んだんだろうなぁ。
 さすがやり手だ。転んでもただでは起きない。
 っていうか、社長は睡眠薬で眠らされていたはずなのに、起きてすぐ、こんなに動き回っていたんだ。
 私も気を取り直して、明日からバリバリ働こうと意気込んだ。

 眠ってばかりで、時間の感覚がなくなってたけど、時計を見たら、十三時過ぎだった。

(お腹空いたな)

 キッチンへ行くと、パンの袋があった。このところ、家政婦の丸野さんに買ってきてもらってるらしい。私の好きなパンが揃っていて、ほっこりする。
 冷蔵庫から材料を出して、サラダや目玉焼きを作って、コーヒーを淹れた。
 焼いたパンをお皿に出して、一人でブランチをした。
 すっかり勝手知ったる他人の家になっている。

 食べ終わって、スマホでネットを見たけど、さすがにまだ今回のことはニュースにはなってなかった。
 長谷川さんのことが表沙汰になったら、『ミュージックディ』も番組休止になっちゃうかもしれないな……。
 番組自体はいいのに、残念だな。

 テレビをつける。
 情報番組がやっていた。
 素敵なカフェやレストランを紹介してる。
 ちょうどここ恵比寿の特集が組まれていた。

(この辺はオシャレなカフェとかいっぱいあるんだろうなぁ)

 そういえば、藤崎さんと行くのは論外としても、ここに来る前後にカフェに寄ってもよかったのに、ここと会社を家を往復するだけで、考えもしなかった。
 駅ビルでさえ、藤崎さんと行ったとき以来、のぞいていない。
 
(今度寄ってみようかな)

 そんなことを思っていたら、おいしそうなケーキが次々出てきて、ついチェックしてしまう。
 ここに来る時とか、家に帰る途中でケーキを買うのはありかも。

「あー、これ、おいしそう!」

 変わり種のチーズケーキと紹介されていたものに目が釘付けになり、慌ててスマホにメモる。

「なにをメモったの?」

 ふいに声をかけられて、飛び上がる。
 いつの間にか、藤崎さんが起きてきて、後ろから覗き込んでいた。

「びっくりしたー。もう起きちゃったんですか?」
「うん。少し寝たら、すっきりした。それに隣に希がいないから……」
「ごめんなさい。寝すぎで、お腹空いちゃって」

 また、藤崎さんに心配をかけちゃったようで、私は謝った。
 それを笑って流して、藤崎さんはまた聞いてきた。

「で、なにがおいしそうなの?」
「今、恵比寿のおいしいケーキ屋さんが紹介されてたから、帰りに寄ろうかと思って」
「どこ?」
「ア・テンポってお店です。ここみたいです」

 私はスマホで地図を見せる。
 例によって、私はこことの位置関係がいまいちわかってなかったけど、藤崎さんはぱっとわかったようで、なるほどとうなずいた。

「すぐ近くだね。行ってみる?」
「藤崎さんって、ケーキ食べるんですか?」
「あれば食べるよ。ちょうど腹が減ったし、買いに行こうよ」
「でも……」
「僕だって買い物もするし、外食もするから大丈夫だよ」

 藤崎さんはためらってる私を急かして、外に出た。
 私に気分転換させてくれるつもりなのかもしれない。

 藤崎さんはいつもの通り、変装することなく、生成りの長袖Tシャツにカーキのカーゴパンツを合わせたラフな格好だった。どんな姿をしていても結局かっこよくて目立つのは変わりないんだけど。

 秋口になって、急に肌寒くなってきた。
 街路樹のイチョウも黄色く色づき始めて、これがぜんぶ黄色になったらきれいなんだろうなと思う。
 こないだまで暑くてたまらなかったのに、時が経つのは早い。
 藤崎さんと一緒にいられるのはいつまでなんだろう……。
 そばにいるのに感傷的になってしまう。

(上着を持ってくればよかったな)

 さりげなく腕をさすっていたら、藤崎さんに見つかった。

「寒い?」

 そう言うなり、藤崎さんが私の肩を抱いて自分に引き寄せた。
 くっついてる部分が温かいけど、これは恥ずかしい。
 私が離れようとすると、離さないというように、ぎゅっと力を入れられた。

「藤崎さん! これはさすがにやばいでしょ!」
「なにが?」
「写真とか撮られたら……」
「大丈夫だって」

 私がじたばたしているのに、藤崎さんは涼しい顔でカフェに向かった。
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