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17.同棲なんて①
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それから、数ヶ月。
週に数回藤崎さんから連絡があって、仕事の都合や用事の関係で週に一回ぐらい藤崎さんのところへ行くという生活が続いた。
会うなり求められる時もあれば、手料理を振舞ってくれたり、映画を見たりして、まったり過ごす時もあり、まるで本当の恋人同士のような扱いだった。
そして、藤崎さんは常に甘かった。契約のことを言い出したときの不遜な感じはどこにもなかった。
(なんでだろう? ミューズと思ってくれてるからかな……)
何度も抱かれて、私の身体はすっかり藤崎さんに馴染んでしまった。
それと共に、藤崎さんの家の洗面所に私のクレンジングや化粧品のスペースができて、クローゼットには私の着替えがかかり、だんだん私の物が増えていった。
ふと我に返ると、そんな現状にめまいがしそうになる。
こんな贅沢な生活を味わってしまって、契約が終わったら、私はどうすればいいのだろうとおそろしくなる。
マネージャーの佐々木さんとも打合せをした。
『ブロッサム』の連作になる曲をもらう話をしたら、佐々木さんは「あら?」と目を瞬いた。
「こないだまでスランプで書けないって荒れてたのに、いきなりできたのね」
「何曲かできたって言われてましたよ」
「そうなの? 楽曲提供を待ってる人がいっぱいいるんだから、できたなら早く言ってくれなきゃ!」
佐々木さんはプンプン怒っていた。
やっぱり待たれてますよね……。
なのに、順番を飛ばして曲をもらっていいのかしら?
私が不安げにそう言うと、佐々木さんはおかしそうに笑って手を振った。
「それは大丈夫よ! 東吾は暴君だから、彼がいいと言ったらいいの。希ちゃんが気にする必要はないわ」
佐々木さんは藤崎さんに容赦ない。
暴君という言葉に吹き出しながらも、ほっとする。
「よかったぁ。すっかりこの曲でプロモーション考えてたから助かります」
「TAKUYAくんの今の勢いが加速しそうね」
「そうなんです! おかげさまで、『ブロッサム』で注目されて、その連作の歌ということでさらに注目度を高められます!」
よかったわねと目を細めた佐々木さんが、ふいにいたずらっぽく笑った。
「それにしても、ずいぶん東吾に気に入られたのね」
からかうような佐々木さんの目に、私は動揺を隠すのに苦労する。
当然、私たちの関係については言えない。契約の恋人として抱かれてるなんて。
何気ない風を装って返す。
「私がしつこいからですよ。前にも『根負けした』って言われましたし」
「それだけでは東吾は書かないけどねー」
佐々木さんはにやにや笑っていたけど、それ以上突っ込まれず、ホッとする。
きっとなにかあると思ってるだろうけど、そっとしておいてくれるところはやっぱり大人だ。
ある日、また藤崎さんから「今日来ない?」と連絡があった。
ちょうど明日は休みだったので、「わかりました。仕事が終わったら行きますね」と返事をした。
このところ、すれ違いが続いていて、気がつくと二週間ぶりかもしれない。
今夜は藤崎さんのところに行くと思うとそわそわして、気づくとついぼーっとして手が止まってしまっていた。
(ダメだわ、集中しなきゃ!)
自分で頬を叩いて気合を入れる。
(さっさと仕事を片づけて、藤崎さんのところに行こう!)
そんなふうに思うと、まるで恋する女の子が好きな人に会いたくて仕方ないかのようで、危ない危ないと自分を諫める。
(ファンが推しに会いに行くのを喜ぶのは自然なことよね? うん、そうだわ)
首を振って雑念を追い出すと、私は仕事に集中した。
♪♪♪
少し遅くなったけど、二十時過ぎには藤崎さんの家に着いた。
ドアを開けるなり、藤崎さんに熱烈な抱擁を受けた。
硬い胸板に顔を押しつけられ、シトラス・ウッドのさわやかな香りを吸い込む。
「やっと来てくれたね……」
渇望するかのような声でささやかれると、胸が苦しいほど高鳴る。
深いキスをされてから、ようやく部屋に通された。
(作曲がうまくいってなかったのかな?)
彼の歓迎ぶりにそう思い、熱くなった頬を押さえ、気持ちを落ち着けようとする。
でも、リビングに行く短い間にも手をからめられ、キスを何度も受け、なかなか動悸が治まらない。
そんな私をよそに、満足したらしい藤崎さんが涼しい顔で聞いてきた。
「ご飯食べた?」
「まだです」
「じゃあ、一緒に食べよう」
(待っててくれたのかな?)
そう思うと、温かい気分になり、微笑んだ。
「ん? なに? なにかおもしろいことあった?」
「仕事から帰ってきて、ご飯が待ってるなんて、最高だなと思って」
「じゃあ、一緒に暮らす?」
「……!」
さらりと告げられた言葉に私は絶句してしまった。
じっと私の様子を観察しているような藤崎さんに、すぐからかわれてるだけだと気づいて、膨れる。
「もう! 私で遊ばないでください!」
「本気なんだけどね」
「え……?」
料理を用意しようとキッチンに向かいかけていた藤崎さんは、こっちに戻ってきて、私を腕に閉じ込めた。
そして、その綺麗な顔を寄せて言った。
「本気でここで暮らさない?」
「え、どうして……?」
「どうしてって……希に会いたいからだって思わないの?」
藤崎さんは心外だというように瞬いた。
突然の同棲の誘いにドキドキが止まらない。
でも、こんな口説き文句のような言葉をまともに受けてはいけない。
(一緒に住んだ方が曲作りが効率的にできるからよ、きっと)
そう思ったら、藤崎さんが心情をばらした。
週に数回藤崎さんから連絡があって、仕事の都合や用事の関係で週に一回ぐらい藤崎さんのところへ行くという生活が続いた。
会うなり求められる時もあれば、手料理を振舞ってくれたり、映画を見たりして、まったり過ごす時もあり、まるで本当の恋人同士のような扱いだった。
そして、藤崎さんは常に甘かった。契約のことを言い出したときの不遜な感じはどこにもなかった。
(なんでだろう? ミューズと思ってくれてるからかな……)
何度も抱かれて、私の身体はすっかり藤崎さんに馴染んでしまった。
それと共に、藤崎さんの家の洗面所に私のクレンジングや化粧品のスペースができて、クローゼットには私の着替えがかかり、だんだん私の物が増えていった。
ふと我に返ると、そんな現状にめまいがしそうになる。
こんな贅沢な生活を味わってしまって、契約が終わったら、私はどうすればいいのだろうとおそろしくなる。
マネージャーの佐々木さんとも打合せをした。
『ブロッサム』の連作になる曲をもらう話をしたら、佐々木さんは「あら?」と目を瞬いた。
「こないだまでスランプで書けないって荒れてたのに、いきなりできたのね」
「何曲かできたって言われてましたよ」
「そうなの? 楽曲提供を待ってる人がいっぱいいるんだから、できたなら早く言ってくれなきゃ!」
佐々木さんはプンプン怒っていた。
やっぱり待たれてますよね……。
なのに、順番を飛ばして曲をもらっていいのかしら?
私が不安げにそう言うと、佐々木さんはおかしそうに笑って手を振った。
「それは大丈夫よ! 東吾は暴君だから、彼がいいと言ったらいいの。希ちゃんが気にする必要はないわ」
佐々木さんは藤崎さんに容赦ない。
暴君という言葉に吹き出しながらも、ほっとする。
「よかったぁ。すっかりこの曲でプロモーション考えてたから助かります」
「TAKUYAくんの今の勢いが加速しそうね」
「そうなんです! おかげさまで、『ブロッサム』で注目されて、その連作の歌ということでさらに注目度を高められます!」
よかったわねと目を細めた佐々木さんが、ふいにいたずらっぽく笑った。
「それにしても、ずいぶん東吾に気に入られたのね」
からかうような佐々木さんの目に、私は動揺を隠すのに苦労する。
当然、私たちの関係については言えない。契約の恋人として抱かれてるなんて。
何気ない風を装って返す。
「私がしつこいからですよ。前にも『根負けした』って言われましたし」
「それだけでは東吾は書かないけどねー」
佐々木さんはにやにや笑っていたけど、それ以上突っ込まれず、ホッとする。
きっとなにかあると思ってるだろうけど、そっとしておいてくれるところはやっぱり大人だ。
ある日、また藤崎さんから「今日来ない?」と連絡があった。
ちょうど明日は休みだったので、「わかりました。仕事が終わったら行きますね」と返事をした。
このところ、すれ違いが続いていて、気がつくと二週間ぶりかもしれない。
今夜は藤崎さんのところに行くと思うとそわそわして、気づくとついぼーっとして手が止まってしまっていた。
(ダメだわ、集中しなきゃ!)
自分で頬を叩いて気合を入れる。
(さっさと仕事を片づけて、藤崎さんのところに行こう!)
そんなふうに思うと、まるで恋する女の子が好きな人に会いたくて仕方ないかのようで、危ない危ないと自分を諫める。
(ファンが推しに会いに行くのを喜ぶのは自然なことよね? うん、そうだわ)
首を振って雑念を追い出すと、私は仕事に集中した。
♪♪♪
少し遅くなったけど、二十時過ぎには藤崎さんの家に着いた。
ドアを開けるなり、藤崎さんに熱烈な抱擁を受けた。
硬い胸板に顔を押しつけられ、シトラス・ウッドのさわやかな香りを吸い込む。
「やっと来てくれたね……」
渇望するかのような声でささやかれると、胸が苦しいほど高鳴る。
深いキスをされてから、ようやく部屋に通された。
(作曲がうまくいってなかったのかな?)
彼の歓迎ぶりにそう思い、熱くなった頬を押さえ、気持ちを落ち着けようとする。
でも、リビングに行く短い間にも手をからめられ、キスを何度も受け、なかなか動悸が治まらない。
そんな私をよそに、満足したらしい藤崎さんが涼しい顔で聞いてきた。
「ご飯食べた?」
「まだです」
「じゃあ、一緒に食べよう」
(待っててくれたのかな?)
そう思うと、温かい気分になり、微笑んだ。
「ん? なに? なにかおもしろいことあった?」
「仕事から帰ってきて、ご飯が待ってるなんて、最高だなと思って」
「じゃあ、一緒に暮らす?」
「……!」
さらりと告げられた言葉に私は絶句してしまった。
じっと私の様子を観察しているような藤崎さんに、すぐからかわれてるだけだと気づいて、膨れる。
「もう! 私で遊ばないでください!」
「本気なんだけどね」
「え……?」
料理を用意しようとキッチンに向かいかけていた藤崎さんは、こっちに戻ってきて、私を腕に閉じ込めた。
そして、その綺麗な顔を寄せて言った。
「本気でここで暮らさない?」
「え、どうして……?」
「どうしてって……希に会いたいからだって思わないの?」
藤崎さんは心外だというように瞬いた。
突然の同棲の誘いにドキドキが止まらない。
でも、こんな口説き文句のような言葉をまともに受けてはいけない。
(一緒に住んだ方が曲作りが効率的にできるからよ、きっと)
そう思ったら、藤崎さんが心情をばらした。
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