上 下
11 / 43

11.メロンパン②

しおりを挟む
 駅ビルから出て、使ったことのない階段に誘導されて、そこを下りると外に出た。
 攻防を繰り返したあと結局、手をつながれて、藤崎さんの家に向かった。
 途中、「あ、化粧品とかいるんじゃないの?」と、藤崎さんがまた駅ビルに引き返そうとするので、慌てて「ドラッグストアでいいです」と言うと、「それならこっち」と手を引かれる。
 ファンデーションやチークなどを買ってもらうと、また広い道路の歩道を歩き始める。

「ちゃんと一人で来られるように道を覚えてね」

 そう言われて、目印になるものを覚えようとしたけど、意外にも普通の住居が立ち並ぶだけで特に変わったものはない。らせん状になった階段の辺りから方向を見失い、寄り道もしたので、すでに自信がなかった。
 自慢じゃないけど、私は地図が読めない女なのだ。
 いざとなったらスマホに聞けばいいし。
 それでも迷う自信はあるけど。
 私は覚えるのを放棄した。
 その気配を感じたのか、「希って方向音痴なの?」と聞かれた。

「まぁ、はい。恵比寿って滅多に来ないし、駅ビルの外に出たのも初めてですし」
「この道は駅からひたすら真っ直ぐだよ?」
「そうなんですか? ドラッグストアに寄ったからわからなくなって」
「なるほど、相当方向音痴だね。気をつけることにするよ」

 そんなことを言いつつ歩いていくと十分もいかないうちに、藤崎さんの家が見えた。
 特徴的な形だから、すぐわかった。
 歩いてきた道を振り返る。
 遠くにさっきの駅ビルが見える。

「あ、本当にわかりやすい! 駅からこの道をまっすぐですね」
「そう、わかりやすいでしょ?」

 藤崎さんはおかしそうに微笑んだ。

(っていうか、こんな一等地に持ち家って、どんだけお金持ちなの! やっぱり世界が違うわ……)

 普通のサラリーマン家庭に育った私とはきっと感覚からして違う。
 当たり前のことなのに、なぜか打ちひしがれてしまう。
 そんな私に気づかず、藤崎さんは玄関を入るなり、「希……」と呼んで、キスをした。
 その甘い声に唇に、心が囚われそうになる。
 だんだんキスが深くなっていくから、ジタバタ暴れて、「ちょ、んっ……藤崎、さん!……メロンパン!」とさわいだ。
 すると、藤崎さんは唇を離して、「ハァァァ~」と深い溜め息をついた。

「はいはい。僕はメロンパンより優先順位が低いんだね」

 藤崎さんが拗ねた顔で私を見る。

(……かわいい。そんな顔、初めて見た)

 藤崎さんは大人の男の人って感じで、いつも余裕あるように見えていたから、そんな子どもっぽい顔が新鮮だった。

「だって、焼き立てがおいしいって言ってたから……」

 もう焼き立てでもないだろうけど、ずっと気になってたんだ。
 藤崎さんが私に食べさせたいと思ってくれたメロンパンのことが。
 言い訳をすると、また藤崎さんは溜め息をついた。

「しまったなぁ。買って来なければよかった」

 藤崎さんはブツブツ言いながらも、メロンパンをウェッジウッドのお皿に乗せ、アイスコーヒーも添えて、ソファーの前のローテーブルに出してくれた。

「わぁ、食べていいですか?」
「どうぞ?」
「いただきます!」

 早速メロンパンを頬張った。
 サクッとして、ジュワーと中のバターが口に広がる。
 まだほんのり温かかった。

「おいしい! こんなの食べたことないです!」
「でしょ?」

 私の隣に座った藤崎さんが得意げになり機嫌を治して、目を細めた。そして、自分の分を取り上げ、大きな口でかぶりつく。
 小ぶりで軽い食感のメロンパンなので、二人ともあっという間に食べてしまった。
 感激のおいしさだった。

「ごちそうさまでした。本当においしかったです! ありがとうございました」

 手を合わせて、お礼を言うと、藤崎さんの胸に引き寄せられて、「じゃあ、今度は僕が希を食べる番」と耳もとでささやかれた。
 ぞくんと身体が反応する。
 私は本当に藤崎さんの声に弱い。

「ダメです! 汗くさいから、シャワーを浴びたいです」
「そんなのいいよ。それを含めて味わいたいから」
「変態ちっくですよ!」
「そんなこと、初めて言われた」

 目を丸くした藤崎さんが吹き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方にとって、私は2番目だった。ただ、それだけの話。

天災
恋愛
 ただ、それだけの話。

運命の選択が見えるのですが、どちらを選べば幸せになれますか? ~私の人生はバッドエンド率99.99%らしいです~

日之影ソラ
恋愛
第六王女として生を受けたアイリスには運命の選択肢が見える。選んだ選択肢で未来が大きく変わり、最悪の場合は死へ繋がってしまうのだが……彼女は何度も選択を間違え、死んではやり直してを繰り返していた。 女神様曰く、彼女の先祖が大罪を犯したせいで末代まで呪われてしまっているらしい。その呪いによって彼女の未来は、99.99%がバッドエンドに設定されていた。 婚約破棄、暗殺、病気、仲たがい。 あらゆる不幸が彼女を襲う。 果たしてアイリスは幸福な未来にたどり着けるのか? 選択肢を見る力を駆使して運命を切り開け!

高司専務の憂鬱 (完)

白亜凛
恋愛
第16回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。 ありがとうございます! ♡・・*・・♡・・*・・♡・・*・・♡・・*・・♡ 高司颯天、三十歳。 彼は高司グループの御曹司。女子社員の憧れの的。 総務課の樋口杏香は、その日荒れていた。 「専務の部屋でまだ飲む!  じゃないと会社辞めてやる!」 偶然バーで会った高司専務に絡んだ杏香は、 そのまま深い関係に……。 専務が悪いわけじゃない。 ――悪いのは私。 彼を恨んだりしない。 一大決心をして別れたはず、 なのに? 「お前は俺の女だからいいんだよ」 それってどういうことですか? ※ベリーズカフェ掲載同名小説のR18バージョンです。 描写はソフトですが、苦手な方はすみません。

「僕は病弱なので面倒な政務は全部やってね」と言う婚約者にビンタくらわした私が聖女です

リオール
恋愛
これは聖女が阿呆な婚約者(王太子)との婚約を解消して、惚れた大魔法使い(見た目若いイケメン…年齢は桁が違う)と結ばれるために奮闘する話。 でも周囲は認めてくれないし、婚約者はどこまでも阿呆だし、好きな人は塩対応だし、婚約者はやっぱり阿呆だし(二度言う) はたして聖女は自身の望みを叶えられるのだろうか? それとも聖女として辛い道を選ぶのか? ※筆者注※ 基本、コメディな雰囲気なので、苦手な方はご注意ください。 (たまにシリアスが入ります) 勢いで書き始めて、駆け足で終わってます(汗

【完結】聖女が世界を呪う時

リオール
恋愛
【聖女が世界を呪う時】 国にいいように使われている聖女が、突如いわれなき罪で処刑を言い渡される その時聖女は終わりを与える神に感謝し、自分に冷たい世界を呪う ※約一万文字のショートショートです ※他サイトでも掲載中

【完結(続編)ほかに相手がいるのに】

もえこ
恋愛
恋愛小説大賞に参加中、投票いただけると嬉しいです。 遂に、杉崎への気持ちを完全に自覚した葉月。 理性に抗えずに杉崎と再び身体を重ねた葉月は、出張先から帰るまさにその日に、遠距離恋愛中である恋人の拓海が自身の自宅まで来ている事を知り、動揺する…。 拓海は空港まで迎えにくるというが… 男女間の性描写があるため、苦手な方は読むのをお控えください。 こちらは、既に公開・完結済みの「ほかに相手がいるのに」の続編となります。 よろしければそちらを先にご覧ください。

ゴボウでモンスターを倒したら、トップ配信者になりました。

あけちともあき
ファンタジー
冴えない高校生女子、きら星はづき(配信ネーム)。 彼女は陰キャな自分を変えるため、今巷で話題のダンジョン配信をしようと思い立つ。 初配信の同接はわずか3人。 しかしその配信でゴボウを使ってゴブリンを撃退した切り抜き動画が作られ、はづきはSNSのトレンドに。 はづきのチャンネルの登録者数は増え、有名冒険配信会社の所属配信者と偶然コラボしたことで、さらにはづきの名前は知れ渡る。 ついには超有名配信者に言及されるほどにまで名前が広がるが、そこから逆恨みした超有名配信者のガチ恋勢により、あわやダンジョン内でアカウントBANに。 だが、そこから華麗に復活した姿が、今までで最高のバズりを引き起こす。 増え続ける登録者数と、留まる事を知らない同接の増加。 ついには、親しくなった有名会社の配信者の本格デビュー配信に呼ばれ、正式にコラボ。 トップ配信者への道をひた走ることになってしまったはづき。 そこへ、おバカな迷惑系アワチューバーが引き起こしたモンスタースタンピード、『ダンジョンハザード』がおそいかかり……。 これまで培ったコネと、大量の同接の力ではづきはこれを鎮圧することになる。

凌辱系エロゲの世界に転生〜そんな世界に転生したからには俺はヒロイン達を救いたい〜

美鈴
ファンタジー
※ホットランキング6位本当にありがとうございます! 凌辱系エロゲーム『凌辱地獄』。 人気絵師がキャラクター原案、エロシーンの全てを描き、複数の人気声優がそのエロボイスを務めたという事で、異例の大ヒットを飛ばしたパソコンアダルトゲーム。 そんなエロゲームを完全に網羅してクリアした主人公豊和はその瞬間…意識がなくなり、気が付いた時にはゲーム世界へと転生していた。そして豊和にとって現実となった世界でヒロイン達にそんな悲惨な目にあって欲しくないと思った主人公がその為に奔走していくお話…。 ※カクヨム様にも投稿しております。

処理中です...