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その11

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深夜1時半。
いつものように戸締まりをして会社を出れば見慣れぬワゴン車が1台駐車場に停まっていた。
もしかしてと思って車内を覗き込めば、ニット帽を深く被り眠りについている先輩の姿があった。
後部座席には泊まり用の荷物なのか旅行ケースのようなものが見える。
一体いつまで泊まるつもりなんだと思いながら、窓をノックすると、俺に気が付いた先輩が鍵を開けてくれた。


「悪い寝てた」


「いや、こちらこそ遅くなってすんません。それよりいつもと車が違いますね?」


前より距離が近く感じるのは車のデザインのせいだろうか。
シートベルトを締める時に先輩に肘がぶつかってしまった。


「俺の車のナンバーとかバレてるからいつもの車は家に置いてきた。そんでこれは事務所から借りてきた奴」


事務所で車とか借りられるのか。
それは親切な事務所だな、と思って見ていたらゆっくりと車が動き出した。


「そういや、笠原の家って駐車場とかあんの?」


「ありますよ。いつかマイカーを買うつもりで借りてる所あるんでそこ使ってください」


「は?車ないのに借りてんの?金勿体無くね?」


「そうなんすけど、場所を確保してれば必ずお金が勿体無くて買う気になるだろうとか思いましてですね?」


「買うときで良いじゃん」


「それ大家さんにも言われましたし、本来は車を止めないと貸さないって言われたんですけど、お金払うからお願いって頼み込んだら特別にオーケー貰いました」


「あまり大家さんいじめんなよ」


「いじめてないっすよ」


俺が住んでいるアパートは大学1年の頃からずっと住んでいて、大家さんとも仲が良い。
だから多少の無理もきいてくれたわけだ。
思えば、俺の家に誰かが来るのなんか初めてじゃないだろうか。
大学の頃も呼んだことないし、社会人になってからなんてあるわけない。


「駐車場どこ?というか家どこ」


「あぁ、そっか。次の信号、左折です」


近場でいつも降ろして貰っていたからアパートは見たことなかったか。
初めて自分の家に入れるのが先輩とかなんか緊張するな。
朝、いつものごとく準備して出てきたからそんなに荒れてないとは思うけど、洗濯機の中には洗濯物が溜まってるし、カーテンレールには洗濯物をぶら下げていたような。
明日がプラゴミだからペットボトルの入った袋が出入口にあったから避けて入らないと入れないかも。
冷蔵庫は水と栄養剤くらいしか入ってないな。
道案内しながらそんな事を思い出し、どっかで何か食べられるものとか買ってきた方が良かったか?と思い始めた。


「先輩」


「ん?」


サイドミラーを見ながら車をバックさせる横顔も格好いいなとか思いつつ、聞いてみた。



「俺の家の冷蔵庫、水と栄養剤くらいしか入ってないっす」


「だろうと思って、トランクに食糧品買い込んできたから心配すんな」


「え、準備良いっすね?!」


「お前見てれば何となく想像つくだろ」


「いや、見ても俺分からない自信がありますよ」


「だろうな」


「だろうなって失礼ですね」


「ホントのことだろ。重いから持つの手伝えよ」


そう言いながら、エンジンを切り後部座席から旅行ケースを取り出した。
その後にトランクを開けてみれば、ぎっしりとビニール袋とクーラーボックスが入っていた。
これは一度で待ち運べる量ではないな、と思いつつ持てる分は全て持ち、アパートへと向かった。
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