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その8

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「よ、お疲れ」


助手席側の窓を開けて、声をかけてきたのはやはり先輩で今日は普段跳ねている髪をストレートにし、明るい茶髪に髪色を変え、口許にはマスクをしていた。
会う度に格好を変えているのは変装だったりするのだろうか。


「先輩もお疲れ様です。よく俺が残ってるって分かりましたね?」


「明かりが前回と一緒の場所だったからもしかしてと思ってな。今日も送るから乗れよ」


「いや、毎回は悪いっすよ」


「良いから良いから」


そう言われて恐る恐る、助手席に座り込みシートベルトに手を伸ばそうとしたら一枚のメモ紙を渡された。
何だろうと思い、それを受け取れば携帯番号らしきものが書かれていた。


「それ俺の連絡先。実はさ、数年前に連絡先全部飛んだことがあってさ、そのまま復旧できずにいたこと忘れてた、すまん。本当はもっと早くに来て伝えたかったのに仕事が立て込んでて来るのが遅くなっちまった」


「いや、そんな大丈夫っすよ」


ちゃんと連絡してくれようとしたことが知れただけでも嬉しいし。
にしても、芸能人がこんな簡単に個人の連絡先教えて大丈夫なのか?
いくら俺が高校の後輩だからとはいえ。
まぁ、女の子ではないからあまり世間的には問題にならなそうだけど。


「心配だからメールか何か入れといてくれね?」


「あ、はい。今送ります」


「頼むわ」


そうだよな、連絡が取れないからって何回も俺の会社に足運ぶのは大変だよな。
そう思い鞄に入れていたスマホを取り出し、電話番号を登録してショートメールを送ってみた。
すると、懐かしいメロディが社内に流れた。
この曲は確か、高校の頃に大会の応援歌として流れていた曲だった。
昔、先輩が気分が良いときにこの曲を鼻歌で歌っていた。
それを聞いた先輩の友達が音痴だと笑ってバカにしていた覚えがある。
確かに先輩、歌はお世辞にも上手いとは言えなかったもんなぁ。


「サンキュ。さ、帰りますか」


「お願いします」


さて、今日も道案内をしようとしたら道は覚えてるから案内はいらないと断られてしまった。
そうするとあと何もすることがなくなった。
あ、そうだ。


「先輩、この間うちの会社に来られたとき、どうやって中に入られました?特に入館許可証とか貰ってなかったっすよね?」


「ん?あぁ、そちらの社長さんが正規ルートで入ると社内が荒れそうだからって特別に普段使ってない裏口から居れて貰ったんだよ」


かれこれ7年近く働いているあの会社にそんな所があったのかと今さらながら知った。
会社としても超VIP対応なんて初めてしたのではないだろうか。
この会社の外部の社長さんたちがたまに会議や打ち合わせで来られたりするけど、芸能人は初めてだと思う。


「そうだったんですね。いや、社内の女の子たちが先輩の姿を一目見たかったと話していたのを聞いてそういえばと思いまして」


「あまり社員さんと会わないように意識してたからな。帰りはやむなく人を探すことにしたけど」


そこで見つかったのが俺だったというわけか。
これが女の子だったら、軽く騒ぎになっていたかもしれないし、相手によっては恋が始まるかもしれない。
まあ、そんなドラマチックな出会い方なんて滅多に起こるはずがないのだけれど。
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