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番外編
はじまりの水色のたまご 前編
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ミレーヌの専属侍女アレーシャから『ミレーヌが体調を悪くしてベッドに伏せっている』との知らせを受け取り、俺は仕事を放り出し王太子の執務室を出てミレーヌの元へと向かった。
結婚と同時に俺が付けたアレーシャは、ミレーヌの専属侍女となってもう3年になる。些細なトラブルの報告は後からあっても、態々、仕事中の俺の手を止めるような事は今までは無かった。
確か、今日はサングリア侯爵夫人を主催者とする、侯爵家派閥のお茶会に出席していた筈だ。サングリア侯爵と夫人の顔を思い浮かべて舌打ちをする。
ミレーヌの部屋の前にはアレーシャが立っている。アレーシャは俺の姿を見ると頷くように小さく頭を動かした。
「報告は後で。俺を呼びに来る奴が居ても絶対に通すな」
それだけ言うと、俺はミレーヌの部屋に入り寝室の方へと足を向けた。
「ミレーヌ?起きているかい?」
苛立ちを抑え、先程とは違うミレーヌ限定の口調に変える。
返事の無いままベッドに近寄れば、そこにはー。
ベッドの上に、こんもりと丸く出来上がっているのは卵のようなモノ。
あぁ、懐かしいな。
ミレーヌを心配していた事を忘れた訳ではないけれど、ミレーヌが中で小さく丸くなっている姿を想像して小さく笑みが溢れた。
聞き耳を立てると微かに寝息が聴こえてくる。
ーー ーー ーー ーー ーー ーー ーー ーー ーー
僕はガルド王国第二王子のディーン・ガルドだ。
母は何代か前に、この国の王女が嫁いでいるカレント公爵家の出で、レティシア・ガルドという名だけれど、僕は母上が時折、『氷の女王様』と呼ばれているのを知っている。
皆、乳幼児を馬鹿にしすぎていないか?
2歳児だって立派な人間だ。
程度の差はあるが、耳や目はしっかりと機能しているし、覚えたり考える頭を持っているんだぞ?
誰が聞いているかも分からない王宮で、ましてや陰口の対象の息子が近くに居る中で、不用意な言葉を吐くとは。弛んでいるぞ、文官たちよ。
「・・・・ディーン様?・・・全て声に出でいます」
不意に後ろからフェルナンドの声がした。
「んあっ?ふぇる、にゃんだ?」
急に声を掛けてくるから、言葉を噛んだじゃないか!
「・・・それも声に出ていますよ。まぁ、ディーン様の舌ったらずな言葉は、他の者が聞いても何を言っているのか、分からないでしょう。けれど、ここは王宮内ですよ?」
「舌ったらず、にゃいっ!」
「あぁ、ほら、興奮すると余計に赤ちゃん言葉になりますよ。私にはご褒美みたいなモノですので構いませんが。あ、ディーン様のふくふくプニプニのほっぺと手はもっと大好物です」
フェルナンドが嬉々として言った。コイツは真面目くさって、こういう事を偶に言う。
「ふぇる、、、、キモい」
僕は従者のフェルナンドを冷ややかに見た。今年15歳になる子爵家三男の彼は母上の遠縁の者だ。
僕が生まれた頃から従者として側にいたので、兄と乳母の中間のような存在だ。
必要以上に近づこうとはしないけれど、第二王子を育てたのは私だ!というような気持ちが、時々、偶に、、、ダダ漏れているような気がする。
見た目は薄金色のストレートの髪を肩で揃え、青色の瞳で片メガネをしており容姿も整っている。
だが、美形のフェルナンドが敢えてそれを強調するような事はしない。彼の一族全員がそうしている。
母上はある事情により、第二妃として王家に嫁ぎ、王妃の代わりに公務を行なっている。
母の潔白は証明されてはいるが、第二妃になったが故、敵が居ないという訳でも無かった。
主にそういう理由で色々な事を想定して、僕にフェルナンドをつけたようだが、実際は穏やかな日々だった。
『彼女は自分が一番、の子だったし、都合の良いようにしか物事を考えないから、私たちの事などすっかり忘れているのかも知れないわね』
僕がもう少し小さくて、まだ上手く話せない頃、母は眠りかけの僕の頭を撫でながら、独り言のように言っていた。事実、独り言だったと思う。
まさか、僕がその時の事を記憶している、などとは思ってもみない事だったろう。
この頃はまだ母も僕の聡明さに気づいてはいたものの、それでも普通の子より少しだけ賢い子、ぐらいに思っていたようだ。
けれど僕が3歳になり、王子教育が始まると『ディーン様は3歳とは思えぬほど優秀だ。』、『正しく神童だ!』などと王宮内で騒がれるようになってしまった。
脳ある鷹は爪を隠しておけ、って?
そんな面倒臭い事を、僕がする訳無いだろう。
俄に騒ぎ出した連中は、『僕に王子教育以上の教育を~』などと言い出したようだったけれど、それは母が頑として許可しなかった。
そういった態度と姿が『氷の女王様』『国王の情けで第二妃となった癖に』などと、今でも陰口を叩く口実にされているんだ。
母は淑女教育と王子妃教育をみっちりと受けてきた人だ。加えて顔立ちも話しかけにくいタイプの美人だったから、人前では無表情の冷たい人間に見える、らしい。
冷たそうな人間に淡々と数字のおかしい書類や杜撰な事業計画などを指摘されれば、愚痴や陰口の一つも言いたくもなったのだろう。
尤も、そう言った態度の者たちは、僕が3歳になる頃には大半が宮殿から消えていた気もする。
しかし、僕の優秀さが露呈した事で、また僕の周囲は騒がしくなったんだ。
それでも母の頑張りで得た自由な時間は、専ら、王宮の裏庭に近い場所に建てられていた図書室で過ごす事が多かった。人の出入りの少ない静かな場所だったんだ。
え、子どもらしく王宮の庭園ででも遊べば、だって?
王宮の庭園にはなんかうるさい子どもが居て嫌だったんだよ。
3歳になって王子教育が始まった頃、母の陰口を叩いていた者たちは、急に掌を返し、『神童だ』『100年に一人の天才だ』などと、口々に言って僕を褒めそやしていた。
神童は分かるが、100年に一人の天才って、天才が少なすぎやしないか?
天才なんてその辺に幾らでもいるだろう。
母上は王族としての義務だから、と作成された王子教育の内容とカリキュラムに一通り目を通して、必要なもの、重要ではないものを確認し、いつ、何を習得するべきか、なども考慮してカリキュラムと教師を決定していた。
そうして選ばれた教師たちに、僕の事を軽々しく『神童』や『天才』などという者は居なかった。
僕を『神童』や『天才』などと持ち上げ続けるのは、専属教師が休暇の際に、無理矢理に代理教師を名乗り出てくる者たちばかりだ。
そうして、以前に母上の陰口を言っていた者たちは、次に『王太子に相応しいのはディーン様だ。』『次期、国王こそディーン様がなられるべきだ。』と騒ぎ立て始める。
迷惑極まりない。
外野ばかりが煩い毎日の図書室通いの帰り道、僕と母上が住む翡翠宮に戻る為に、近道をしようと裏庭を突っ切る事にした。その方が早く翡翠宮に戻れるからだった。
やっぱり、3歳児が歩くには王宮は広すぎるんだよ。
こういう時に、以前はフェルナンドが嬉々として僕を抱っこしようとしていたが、『赤子では無い』と断ってからは控えるようになっていた。
人が見ていない場所ならば『3歳児扱いされてもいいかな』などと考えていたら、目の端に見慣れない物が映った気がして足を止めた。
「ディーン様、如何しましたか?」
「ふぇる、何かあるぞ」
前方右側にある、僕の背丈ほどの薔薇の小さな生垣の向こうに、水色の何かが見える。
トコトコと近寄って、そっと生垣に手をついて、背伸びをして覗いて見れば、
そこには水色のたまごがあった。
「ディーン様、あれは、、、」
「しずかにっ!」
成犬と同じか、一回り大きい位か。心なしか、卵はすぅーすぅーと、小さく寝息を立てているように思える。暫く見ていたが、そぉーっと近づいてみる事にした。
そろりそろりと近づいてみると、水色の卵は随分と柔らかい殻のような見た目だった。
「何のたまご、だろうか?」
「はぁっ?卵、、、、ディーン様、これはたぶん、、、」
フェルナンドがひどく戸惑ったような声を出す。フェルでもこんな風になるんだな。
「なんだ、フェルはこの卵が何か知っているのか?何が生まれるんだ?」
「いえ、ですから、コレは卵では、、、」
フェルナンドが何かを言おうとした時、水色のたまごがフルフルと震えた。
「しずかにっ!たまごが孵るぞ」
僕の言葉に更に卵は大きく震え、ぱふっと音を立てて開いた、ような、気がした。
水色のたまごから出てきたのは、銀色の髪の小さな女の子。
僕より少し大きい女の子。
肩の下ぐらいまである銀色の髪は太陽の光でキラキラと輝いて、人形のように整った愛らしい顔の女の子は、瞬きもせずに大きな目を丸くしてじーっと僕を見る。
これは、もしかして、、、。
「「てんし、なの(か)?」」
僕たちの声が重なった。
「ぶはっ」
後ろで何か聞こえたが、気にしない。
天使が僕を天使だと言った?
僕たちは同じ種族だったのかっ。
てっきり僕は、母上と父上から生まれたのだ、と思っていたけれど、、、。
いや、僕は空を飛べないな。やはり人間だな。
「・・・さまっ、ディーン様。戻ってきて下さ~い」
後ろからフェルナンドの空気を読まない声が聞こえてくる。
フェル、じゃまするなっ。
「でぃーん、さま?」
天使がこてん、と首を傾げて言った。さっきは気が付かなかったけど、天使は声も小鳥のように可愛いかった。
「あっ!もういかなくちゃっ。きゅーけぇじかんが、おわっちゃう!」
すくっと立ち上がった女の子は、もう僕の事になど眼中にないように、ぱーっと走り去った。まるで雛がよちよちと歩いているようなスピードだったけど。
「・・・泣き疲れて、寝ていたのですかね?」
フェルの言葉に、そう言えば大きな可愛いらしい目の周りは真っ赤だったな、と気がついた。
その日、いつもの様に翡翠宮で母上と夕食を食べていると、
「ディーン、今日は何か良い事があったの?機嫌が良いみたいだけれど」
少し楽しそうな母上にそう言われて、自分は機嫌が良かっただろうか、と首を傾げて考える。
特に変わりのない一日だった筈だ、あの水色のたまごを見つけた以外は。
・・・・そうだ、それだっ。僕も言う事があったんだ!
「そう言えば、水色のたまごを見つけました」
「えぇっ!?それっ、ミレー、、、、。んんっ。ディーン?それは本当に卵だったのかなっ?」
フェルナンドから報告は受けているだろうに、母上が戸惑っている。
「はい。すぐにたまごは孵化しましたが、水色のたまごでした。あれは僕がお世話をしないといけません」
僕はそうキッパリと言った。だってー。
「あっ、あ~、、、ディーン?生き物は簡単に飼うとか、言っちゃダメよ?」
僕の言葉を遮るように、珍しく母上が焦って言った。
失礼なっ。飼う、じゃない、お世話だ!
「違います、母上。いんぷりんてぃんぐ、です」
「インプリティング?」
母上がキョトンとした顔になる。
「そうです。水色のたまごから生まれてすぐに、僕の顔をじぃっと見ていました。あれは刷り込みです。
あの娘は僕をお母さんだと思っているに違いありません。
天使の女の子は、だから僕を天使と間違えたんですよ。
何かを思い出したみたいで、走って行ってしまいましたが、明日になったら僕を探して泣いているかもしれません。だから僕がお世話をするんです」
「・・・・どうしよう。フェルナンドから聞いていた様子となんか違うんだけど。
えぇ~、、、。ディーンが初めて3歳児っぽい思考をしているみたいなのに、なにか違う気がする」
母上はひどく困惑して、ブツブツと何か言っていたようだけれど、僕の頭の中は明日の事でいっぱいだった。
結婚と同時に俺が付けたアレーシャは、ミレーヌの専属侍女となってもう3年になる。些細なトラブルの報告は後からあっても、態々、仕事中の俺の手を止めるような事は今までは無かった。
確か、今日はサングリア侯爵夫人を主催者とする、侯爵家派閥のお茶会に出席していた筈だ。サングリア侯爵と夫人の顔を思い浮かべて舌打ちをする。
ミレーヌの部屋の前にはアレーシャが立っている。アレーシャは俺の姿を見ると頷くように小さく頭を動かした。
「報告は後で。俺を呼びに来る奴が居ても絶対に通すな」
それだけ言うと、俺はミレーヌの部屋に入り寝室の方へと足を向けた。
「ミレーヌ?起きているかい?」
苛立ちを抑え、先程とは違うミレーヌ限定の口調に変える。
返事の無いままベッドに近寄れば、そこにはー。
ベッドの上に、こんもりと丸く出来上がっているのは卵のようなモノ。
あぁ、懐かしいな。
ミレーヌを心配していた事を忘れた訳ではないけれど、ミレーヌが中で小さく丸くなっている姿を想像して小さく笑みが溢れた。
聞き耳を立てると微かに寝息が聴こえてくる。
ーー ーー ーー ーー ーー ーー ーー ーー ーー
僕はガルド王国第二王子のディーン・ガルドだ。
母は何代か前に、この国の王女が嫁いでいるカレント公爵家の出で、レティシア・ガルドという名だけれど、僕は母上が時折、『氷の女王様』と呼ばれているのを知っている。
皆、乳幼児を馬鹿にしすぎていないか?
2歳児だって立派な人間だ。
程度の差はあるが、耳や目はしっかりと機能しているし、覚えたり考える頭を持っているんだぞ?
誰が聞いているかも分からない王宮で、ましてや陰口の対象の息子が近くに居る中で、不用意な言葉を吐くとは。弛んでいるぞ、文官たちよ。
「・・・・ディーン様?・・・全て声に出でいます」
不意に後ろからフェルナンドの声がした。
「んあっ?ふぇる、にゃんだ?」
急に声を掛けてくるから、言葉を噛んだじゃないか!
「・・・それも声に出ていますよ。まぁ、ディーン様の舌ったらずな言葉は、他の者が聞いても何を言っているのか、分からないでしょう。けれど、ここは王宮内ですよ?」
「舌ったらず、にゃいっ!」
「あぁ、ほら、興奮すると余計に赤ちゃん言葉になりますよ。私にはご褒美みたいなモノですので構いませんが。あ、ディーン様のふくふくプニプニのほっぺと手はもっと大好物です」
フェルナンドが嬉々として言った。コイツは真面目くさって、こういう事を偶に言う。
「ふぇる、、、、キモい」
僕は従者のフェルナンドを冷ややかに見た。今年15歳になる子爵家三男の彼は母上の遠縁の者だ。
僕が生まれた頃から従者として側にいたので、兄と乳母の中間のような存在だ。
必要以上に近づこうとはしないけれど、第二王子を育てたのは私だ!というような気持ちが、時々、偶に、、、ダダ漏れているような気がする。
見た目は薄金色のストレートの髪を肩で揃え、青色の瞳で片メガネをしており容姿も整っている。
だが、美形のフェルナンドが敢えてそれを強調するような事はしない。彼の一族全員がそうしている。
母上はある事情により、第二妃として王家に嫁ぎ、王妃の代わりに公務を行なっている。
母の潔白は証明されてはいるが、第二妃になったが故、敵が居ないという訳でも無かった。
主にそういう理由で色々な事を想定して、僕にフェルナンドをつけたようだが、実際は穏やかな日々だった。
『彼女は自分が一番、の子だったし、都合の良いようにしか物事を考えないから、私たちの事などすっかり忘れているのかも知れないわね』
僕がもう少し小さくて、まだ上手く話せない頃、母は眠りかけの僕の頭を撫でながら、独り言のように言っていた。事実、独り言だったと思う。
まさか、僕がその時の事を記憶している、などとは思ってもみない事だったろう。
この頃はまだ母も僕の聡明さに気づいてはいたものの、それでも普通の子より少しだけ賢い子、ぐらいに思っていたようだ。
けれど僕が3歳になり、王子教育が始まると『ディーン様は3歳とは思えぬほど優秀だ。』、『正しく神童だ!』などと王宮内で騒がれるようになってしまった。
脳ある鷹は爪を隠しておけ、って?
そんな面倒臭い事を、僕がする訳無いだろう。
俄に騒ぎ出した連中は、『僕に王子教育以上の教育を~』などと言い出したようだったけれど、それは母が頑として許可しなかった。
そういった態度と姿が『氷の女王様』『国王の情けで第二妃となった癖に』などと、今でも陰口を叩く口実にされているんだ。
母は淑女教育と王子妃教育をみっちりと受けてきた人だ。加えて顔立ちも話しかけにくいタイプの美人だったから、人前では無表情の冷たい人間に見える、らしい。
冷たそうな人間に淡々と数字のおかしい書類や杜撰な事業計画などを指摘されれば、愚痴や陰口の一つも言いたくもなったのだろう。
尤も、そう言った態度の者たちは、僕が3歳になる頃には大半が宮殿から消えていた気もする。
しかし、僕の優秀さが露呈した事で、また僕の周囲は騒がしくなったんだ。
それでも母の頑張りで得た自由な時間は、専ら、王宮の裏庭に近い場所に建てられていた図書室で過ごす事が多かった。人の出入りの少ない静かな場所だったんだ。
え、子どもらしく王宮の庭園ででも遊べば、だって?
王宮の庭園にはなんかうるさい子どもが居て嫌だったんだよ。
3歳になって王子教育が始まった頃、母の陰口を叩いていた者たちは、急に掌を返し、『神童だ』『100年に一人の天才だ』などと、口々に言って僕を褒めそやしていた。
神童は分かるが、100年に一人の天才って、天才が少なすぎやしないか?
天才なんてその辺に幾らでもいるだろう。
母上は王族としての義務だから、と作成された王子教育の内容とカリキュラムに一通り目を通して、必要なもの、重要ではないものを確認し、いつ、何を習得するべきか、なども考慮してカリキュラムと教師を決定していた。
そうして選ばれた教師たちに、僕の事を軽々しく『神童』や『天才』などという者は居なかった。
僕を『神童』や『天才』などと持ち上げ続けるのは、専属教師が休暇の際に、無理矢理に代理教師を名乗り出てくる者たちばかりだ。
そうして、以前に母上の陰口を言っていた者たちは、次に『王太子に相応しいのはディーン様だ。』『次期、国王こそディーン様がなられるべきだ。』と騒ぎ立て始める。
迷惑極まりない。
外野ばかりが煩い毎日の図書室通いの帰り道、僕と母上が住む翡翠宮に戻る為に、近道をしようと裏庭を突っ切る事にした。その方が早く翡翠宮に戻れるからだった。
やっぱり、3歳児が歩くには王宮は広すぎるんだよ。
こういう時に、以前はフェルナンドが嬉々として僕を抱っこしようとしていたが、『赤子では無い』と断ってからは控えるようになっていた。
人が見ていない場所ならば『3歳児扱いされてもいいかな』などと考えていたら、目の端に見慣れない物が映った気がして足を止めた。
「ディーン様、如何しましたか?」
「ふぇる、何かあるぞ」
前方右側にある、僕の背丈ほどの薔薇の小さな生垣の向こうに、水色の何かが見える。
トコトコと近寄って、そっと生垣に手をついて、背伸びをして覗いて見れば、
そこには水色のたまごがあった。
「ディーン様、あれは、、、」
「しずかにっ!」
成犬と同じか、一回り大きい位か。心なしか、卵はすぅーすぅーと、小さく寝息を立てているように思える。暫く見ていたが、そぉーっと近づいてみる事にした。
そろりそろりと近づいてみると、水色の卵は随分と柔らかい殻のような見た目だった。
「何のたまご、だろうか?」
「はぁっ?卵、、、、ディーン様、これはたぶん、、、」
フェルナンドがひどく戸惑ったような声を出す。フェルでもこんな風になるんだな。
「なんだ、フェルはこの卵が何か知っているのか?何が生まれるんだ?」
「いえ、ですから、コレは卵では、、、」
フェルナンドが何かを言おうとした時、水色のたまごがフルフルと震えた。
「しずかにっ!たまごが孵るぞ」
僕の言葉に更に卵は大きく震え、ぱふっと音を立てて開いた、ような、気がした。
水色のたまごから出てきたのは、銀色の髪の小さな女の子。
僕より少し大きい女の子。
肩の下ぐらいまである銀色の髪は太陽の光でキラキラと輝いて、人形のように整った愛らしい顔の女の子は、瞬きもせずに大きな目を丸くしてじーっと僕を見る。
これは、もしかして、、、。
「「てんし、なの(か)?」」
僕たちの声が重なった。
「ぶはっ」
後ろで何か聞こえたが、気にしない。
天使が僕を天使だと言った?
僕たちは同じ種族だったのかっ。
てっきり僕は、母上と父上から生まれたのだ、と思っていたけれど、、、。
いや、僕は空を飛べないな。やはり人間だな。
「・・・さまっ、ディーン様。戻ってきて下さ~い」
後ろからフェルナンドの空気を読まない声が聞こえてくる。
フェル、じゃまするなっ。
「でぃーん、さま?」
天使がこてん、と首を傾げて言った。さっきは気が付かなかったけど、天使は声も小鳥のように可愛いかった。
「あっ!もういかなくちゃっ。きゅーけぇじかんが、おわっちゃう!」
すくっと立ち上がった女の子は、もう僕の事になど眼中にないように、ぱーっと走り去った。まるで雛がよちよちと歩いているようなスピードだったけど。
「・・・泣き疲れて、寝ていたのですかね?」
フェルの言葉に、そう言えば大きな可愛いらしい目の周りは真っ赤だったな、と気がついた。
その日、いつもの様に翡翠宮で母上と夕食を食べていると、
「ディーン、今日は何か良い事があったの?機嫌が良いみたいだけれど」
少し楽しそうな母上にそう言われて、自分は機嫌が良かっただろうか、と首を傾げて考える。
特に変わりのない一日だった筈だ、あの水色のたまごを見つけた以外は。
・・・・そうだ、それだっ。僕も言う事があったんだ!
「そう言えば、水色のたまごを見つけました」
「えぇっ!?それっ、ミレー、、、、。んんっ。ディーン?それは本当に卵だったのかなっ?」
フェルナンドから報告は受けているだろうに、母上が戸惑っている。
「はい。すぐにたまごは孵化しましたが、水色のたまごでした。あれは僕がお世話をしないといけません」
僕はそうキッパリと言った。だってー。
「あっ、あ~、、、ディーン?生き物は簡単に飼うとか、言っちゃダメよ?」
僕の言葉を遮るように、珍しく母上が焦って言った。
失礼なっ。飼う、じゃない、お世話だ!
「違います、母上。いんぷりんてぃんぐ、です」
「インプリティング?」
母上がキョトンとした顔になる。
「そうです。水色のたまごから生まれてすぐに、僕の顔をじぃっと見ていました。あれは刷り込みです。
あの娘は僕をお母さんだと思っているに違いありません。
天使の女の子は、だから僕を天使と間違えたんですよ。
何かを思い出したみたいで、走って行ってしまいましたが、明日になったら僕を探して泣いているかもしれません。だから僕がお世話をするんです」
「・・・・どうしよう。フェルナンドから聞いていた様子となんか違うんだけど。
えぇ~、、、。ディーンが初めて3歳児っぽい思考をしているみたいなのに、なにか違う気がする」
母上はひどく困惑して、ブツブツと何か言っていたようだけれど、僕の頭の中は明日の事でいっぱいだった。
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