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彼女と。
アネット ー 婚約破棄 ー
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アネットが婚約者のテオドールに婚約破棄を言い渡された時のお話になります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アネットが前世の記憶を取り戻したのは三歳の頃だった。その時には既にアネットにはテオドールという婚約者がいた。
「アネット・ジェニング公爵令嬢!
君はこのアトラータ帝国の第皇子テオドールの婚約者である事を笠に着て、この学園で傍若無人に振る舞い、特待生のプリシラを平民だからと虐げ、それだけでは飽き足らず彼女の命まで脅かす行いを繰り返した。
そんな極悪非道な者を皇子妃にするなどあってはならない事だ!
よって今日ここに僕とアネット嬢の婚約破棄を宣言する!」
そう高らかに宣言したのは、婚約を結んで十五年の婚約者テオドールだった。
そう十五年。
アネットがまだ二歳の頃に結ばれた婚約は、三歳のテオドールの泣き落としによる、政略結婚でもなんでもないテオの我儘で成立したとも言えるものだった。
テオドール曰く、恋愛結婚であるそうだが。
アネットが物心ついた頃には、アネットの右側にはいつもテオが張り付いていた。その様子は、さながらテオドールに抱きつかれているぬいぐるみのようだったとか。
勿論、アネットはぬいぐるみのように大人しくされるがままになっていた訳ではないらしい。
聞いたところによると最初はアネットも嫌がってテオドールから離れようと奮闘していたのだそうだ。
幼児期のニ、三歳といえば、ジッとしている事が出来ず、フラフラと動き回りたくなるものだ。
それが同じような体つきとはいえ、ガッツリと抱きしめていると言えば聞こえは良いが、実際は拘束しているとしか思えない状態なのだ。それは嫌がりもするだろう。
だがしかし、テオドールは手強かった。ニコニコと天使の様な笑みを浮かべてアネットに抱きついて動かないのである。
そしてアネットのお腹がクゥと鳴れば、サッと右手を上げて自身の侍従を呼び寄せる。侍従が差し出した皿にはその時々にクッキーなどの焼き菓子が載っている。
テオドールは右手で皿からお菓子を取るとアネットの口に持っていく。
アネットが何やらモゾモゾと動けば、右手でアネットの侍女をソッと呼び寄せて一言。
「はなちゅみ」(お花を摘みにいく)*トイレに行くの意
アネットがいつも以上にポヤっとしていれば、左手でソッとアネットの背中をポンポンして眠りにつかせる。
テオドールはアネットのお世話ロボット、否、献身的にアネットに尽くす事でアネットの心を勝ち取ったのだ。
使用人たち一同はテオドールの深い献身に畏怖したという。
因みにテオドールの付きの従者がこれに感銘を受けて意中の相手に行ったところ、"半径100メートル以内に近付くな!"と、とことんまで嫌われて接近禁止の言葉を投げつけられたそうだ。
どうやらテオドールの行為は人を選ぶらしい、、、。
(いや、そうじゃない!)*使用人一同の心の声
そんな訳で『アネットの洗脳が解ける事はあってもテオドールが心変わりする事など無いだろう。』というのが、貴族社会でも学園でもひっそりと陰で言われていた。
つまりはテオドールの並外れた"アネットへの執着"を誰もが知っていたのだ。
件の平民の特待生プリシラ以外は。
それなのにプリシラが学園に編入して約半年。テオドールのあまりの変わり様に一番驚いていたのは誰だったのか?
それは彼の両親、つまりアトラータ帝国の皇帝夫妻だろう。
何しろアネットへの息子の気持ち悪、、、、いや、深い愛情を日々まざまざと見せつけられていたからだ。
それは言葉であり彼の秘蔵のコレクションであり、それはもう色々と。
彼のアネットへの執着を『アネット一筋』との言葉一つで片付けてしまう第二皇子のグレンフォードも同類か、と夫妻は後に語っていたとか。
テオドールはプリシラに対して好意があるのは確かだろうが、アネットの時と違って常識の範囲内、見た目通りの草食系男子だった。
だから皆、テオドールに何か思惑があっての事、と深刻に受け止めていなかった事が、まさかの卒業パーティーでのやらかしを引き起こしてしまうとは!
三歳で前世の記憶を思い出したアネットだったが、この世界が『スタ☆ラブ』という乙女ゲームの世界であると気付くのは遅かった。そしてアネットは何もしなかった。
その結果がヒロインがこの学園に編入してから、テオドールのアネットに対する態度がスッカリと変わってしまった事に繋がっているのだろう。
アネットはテオドールの変化に最初は戸惑った。
だが三日も経つとなんだか体が軽くなったように感じる。
物理的にもその通りであったのだが、長年テオドールに張り付かれていたアネットはそれが普通の状態で慣れてしまっていたので気付いていない。
いつも一緒に居たテオドールがアネットの傍に居ないのは寂しいといえば寂しい。テオドールの五分の一程にはアネットもテオドールの事が好きだった。
この愛情の物差しはテオドール基準なので、普通の人並以上にはアネットもテオドールを愛している、という意味でもある。
アネットの傍にテオドールは居なくとも、けれど彼はプリシラと居ても必ずアネットの視界に存在していたのだ。他者から見れば
『おぅおぅっ!婚約者の目の前で不貞を見せつけるとは一体どういう嫌がらせだ?あぁん?』
という訳なのだが、アネットはそれをいじらしい愛情表現だと受け止めていた。
テオドールの十五年に及ぶ洗、、、愛情表現の賜物と言えよう。
だからこそ、アネットは在校生として出席した卒業パーティーでテオドールから婚約破棄を告げられた事に衝撃を受けた。
この世界が乙女ゲームの世界であったとしても、ゲーム通りに全てが進む訳ではない。
そう思っていたから、アネットは何もしなかったのだ。
だってゲームの中のヒロインと目の前のプリシラは全く違う性格だったから。
今のアネットもゲームの中のアネットとは全く違う。早くに前世を思い出したアネットは前世寄りの性格だった。
取捨選択が得意と言えば聞こえは良いが、前世のアネットは興味のあるモノとそうでないモノとの区別をしっかりキッカリつけていた。
従って興味の無いモノに対しては覚えるつもりなどサラサラ無かった。
だから乙女ゲーム『スタ☆ラブ』シリーズでも物語や世界観が好きではあるが、攻略対象者については推しもいなければ、名前も顔すらもよく覚えていないキャラもいた。
もしかしたらテオドールは本能的にアネットの本質を見抜いていて、度を越した執着をみせていたのかも知れない。
そうしてゲームさながらに婚約破棄を言い渡されたアネットは、自分の立ち位置をしっかりと思い出した。
アネット・ジェニング公爵令嬢は『スタ☆ラブ 2』の悪役令嬢であり、今作唯一の悪役キャラであった、と。
この時、彼女はシリーズ2作目の悪役令嬢で良かった、と心底思った。
『スタ☆ラブ 2』はヒロインも一人であれば、悪役も一人、と設定は王道で単純明快だった。
シリーズ1作目など、ヒロイン候補が3人もいる上に、選んだキャラによって親友と悪役令嬢の立ち位置が変わるのだ。
前世のアネットは辛うじて女性キャラは顔も名前も覚えていた。女性キャラは男性キャラに対して圧倒的に登場人数が少なかったからだ。
だが、男性キャラはダメだ。基本の攻略対象者は朧げながらに覚えていても一度クリアすれば、登場キャラ全てが攻略可能になるなんて、ある意味バグのようなもんじゃなかろうか。
そう、彼女の中ではシリーズ1作目の評価は低かった。
その点、シリーズ2作目は良い。アストラータ帝国は大国でありながら、美しい街並みだけでなく、王都から離れれば牧歌的な景色もある。そして建築物の描写も非常に凝っていた。
遠くからでも見える白亜の宮殿は、近くでマジマジと見てみると柱の一本一本でさえ拘りのある彫刻が施されていると設定があり、日の光の加減で美しい模様が浮かび上がってくるのだ。
その背景をバックにヒロインと攻略対象者のスチルが描かれていた。その美しさに見惚れてクエスト完了後に何度も何度も再生を繰り返したものだった。
実は攻略対象者の拘りが無かった前世のアネットはシークレットキャラのグレン、つまりはこの国の第二皇子グレンフォードを攻略する為にテオドールを攻略していた。
彼を攻略しなければグレンフォードが登場しないからだ。
しかし、それはグレンの容姿に惚れ込んだ、とかそういう訳でも無い。グレンを攻略すると、あるパスコードをグレンがヒロインに伝えてくれる。
ソレ目当てにテオドールもグレンも攻略した、と言っても過言ではなかった。
ソレについてはいつか詳しく話す時が来るかも知れない。
何しろ1作目の悪役令嬢であるアメリアと2作目のシークレットキャラのグレンが出会って結ばれていたのだから。
まぁ、それについてはアネットとテオドールの婚約破棄騒動が終結してから知った事ではあるけれど。
話を元に戻そう。
アネットは周囲の驚きと同情する気配には動じなかったが、自身の置かれた立場には動揺した。
どうやら知らぬところで乙女ゲームとして既にエンディングを迎えてしまったようだと気づいたからだ。
そしてまさかのヒロインと攻略対象者による冤罪をでっち上げてのエンディングとは一体、どういう事だろう?
あんなにコバンザメのように十五年間、アネットに張り付いていた攻略対象者が、婚約者をアッサリと裏切り、冤罪で断罪するなどゲームでは無かった展開だった。
そう思ってアネットの正面に立っているテオドールとプリシラを見てハタと気付いた。
プリシラの瞳がピンク色である。
ゲーム中では魅了アイテムであるピンク色のコンタクトレンズを使用するのはアネットだった筈だ。
攻略対象者たちが次々とヒロインに靡いていく中でとうとう悪役令嬢のアネットの婚約者もヒロインに恋をしてしまう。
そして嫉妬に狂ったアネットがなんとか婚約者を取り戻そうとした結果、魅了アイテムに手を出してしまう、という設定だった。
ん?婚約者を取り戻そうとするだけなら悪いのはヒロインだったんじゃないかしら?
だってアネットと婚約中なのに、『僕たち(私たち)は結ばれてはいけない運命なんだ(なのね)。』なんて言いながら、二人は隠れて逢瀬を繰り返していたのだもの。
それを思い出してムカムカしてきたものの、現状をどう打開したら良いのかアネットには見当もつかない。
それに実際問題、テオドールはヒロインによって"魅了"に掛かってしまっている。あの魅了アイテムの効果は、ある条件をクリアしないと発動しない。
テオドールが魅了されているならば、ヒロインの周囲でアネットに暴言を吐き続ける下位貴族の令息たちと同じくテオドールもその条件をクリアした、という事だろう。
その事実にアネットの胸はズキンと傷み、自然と涙が溢れ出てきる。
アネットの涙に一瞬、テオドールの瞳が揺らいだように感じたが、テオドールはプリシラに促されて会場にいる警備兵にアネットを拘束するよう命じただけだった。
アネットはその後、学園の懲罰室に閉じ込められていたのを騒ぎを聞きつけた学園長によって無事に保護され帰宅の途に着いた。
テオドールの愚行に家族は憤りを感じたが、今までのテオドールをよく知るだけに困惑し"どう対処すべきか"と頭を悩ませた。
アネットはプリシラの瞳を思い出し、"テオが魅了を掛けられているのかも知れない"とそう口にする。
しかしアネットの言葉に家族は驚いたものの、古来より魅了魔法は禁忌の術でありそれを使える魔法使いはこの国にも近隣諸国にも居ない筈だと言われてしまった。
そして王族は魅了や誘惑といったような魔法に万が一、掛かる事など無いようにとアミュレットを所持している筈だと言われ、テオドールも確かに身につけていたと思い出す。
それでも自身にかけられた冤罪よりも元のテオドールに戻って欲しくて、翌日、アネットは父と一緒に登城して、『テオドールは魅了魔法にかけられている可能性がある。』と進言した。
しかし、それは皇帝陛下も危惧した事で既に昨夜の内に調べられていた事だった。
結果はシロ。
テオドールには他者から掛けられた魔法の痕跡は見つからなかったのだ。
もしかしたら魔法ではなくて、催眠術か何か?
けれど、この世界に無い魅了アイテムとして使われたコンタクトレンズを説明しても理解してもらえるだろうか?
私の無実も証明出来ない上に、テオはもう私の傍には居てくれない。
アネットが王城の一室でジワジワと絶望に心が苛まれていた時に事態は突然、良い方向に大きく動きアネットは何も出来ないままで全てが解決したのだった。
1作目の悪役令嬢アメリア・ディバインの手によって。
アネットは泣きながら何度も何度もアメリアに礼を言った。
魅了アイテムの脅威が去って、悪夢から醒めたような真っ青な顔をしたテオドールは泣きに泣いてアネットに抱きついてきた。
こんな時でもやっぱりアネットに張り付くんだ。
そう思った者と
張り付いてアネット嬢に逃げられないように拘束しているんだ。
そう思った者が殆どだったのをアネットだけが知らない。
アネットは前世の記憶を思い出して、記憶の中のゲームの内容の違いに首を傾げながらも、"ゲームの強制力が働いたのか"と一時は心が押し潰されそうになった。
アネットとテオドールを救ってくれたのは、悪役令嬢である筈のアメリアだった。
「やっぱり悪役令嬢は勝つのですねっ!」
思わずアメリアに言ってしまったが、乙女ゲームを知らないアメリアはコテンと首を傾げただけだった。
『スタ☆ラブ』シリーズの2作目ヒロインである筈のプリシラは罪人となり、額に罪人の証の焼印を入れられて国外追放となった。
額に罪人の焼印を入れると主張したのはテオドールだった。その主張を頑として譲らない彼に、それならば、、、と、ある文字を額に入れるようにお願いした。
" 内 "という字によく似た文字にきっとプリシラは私も転生者だったと気付くだろう。
彼女がその文字の意味に気付くかどうかは分からないけれど、『転生者だった悪役令嬢に"ざまぁ"された。』のだと勝手に思い込んで憤るだろう。
本当は何にも出来なかった私だけれど、この半年間は本当は辛かったのだ。これぐらいのささやかな復讐はしても良いかな、と自分に言い聞かせる。
それから私は同郷の転生者ではあるけれど、この世界が乙女ゲームの世界だと全く知らなかったアメリア様の茶飲み友達となった。
アメリア様を見るとそれはもう、色々と話してしまいたい事が山ほどある。けれどそれはアメリア様にやんわりと断られた。
まぁ、この世界が乙女ゲームの世界とは全く違う物語を作り出していますものね。
それよりも最近はどうしてもアメリア様に聞きたい事がある。
個人のプライバシーを少し侵害してしまうかも知れない疑問に、いつアメリア様に切り出そうかとタイミングを見計らっている日々なのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
拙作をお読み下さりありがとうございます。
プリシラの額に焼印された文字・・・・肉
『スタ☆ラブ』1作目は3人のヒロイン候補がいるけれど、基本設定ではアメリアが悪役令嬢となっています。
アネットがアメリアに聞きたい事、ちょっとした小さな疑問なのであまり期待しないで下さい。(もう予想がついているかも知れませんが)
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アネットが前世の記憶を取り戻したのは三歳の頃だった。その時には既にアネットにはテオドールという婚約者がいた。
「アネット・ジェニング公爵令嬢!
君はこのアトラータ帝国の第皇子テオドールの婚約者である事を笠に着て、この学園で傍若無人に振る舞い、特待生のプリシラを平民だからと虐げ、それだけでは飽き足らず彼女の命まで脅かす行いを繰り返した。
そんな極悪非道な者を皇子妃にするなどあってはならない事だ!
よって今日ここに僕とアネット嬢の婚約破棄を宣言する!」
そう高らかに宣言したのは、婚約を結んで十五年の婚約者テオドールだった。
そう十五年。
アネットがまだ二歳の頃に結ばれた婚約は、三歳のテオドールの泣き落としによる、政略結婚でもなんでもないテオの我儘で成立したとも言えるものだった。
テオドール曰く、恋愛結婚であるそうだが。
アネットが物心ついた頃には、アネットの右側にはいつもテオが張り付いていた。その様子は、さながらテオドールに抱きつかれているぬいぐるみのようだったとか。
勿論、アネットはぬいぐるみのように大人しくされるがままになっていた訳ではないらしい。
聞いたところによると最初はアネットも嫌がってテオドールから離れようと奮闘していたのだそうだ。
幼児期のニ、三歳といえば、ジッとしている事が出来ず、フラフラと動き回りたくなるものだ。
それが同じような体つきとはいえ、ガッツリと抱きしめていると言えば聞こえは良いが、実際は拘束しているとしか思えない状態なのだ。それは嫌がりもするだろう。
だがしかし、テオドールは手強かった。ニコニコと天使の様な笑みを浮かべてアネットに抱きついて動かないのである。
そしてアネットのお腹がクゥと鳴れば、サッと右手を上げて自身の侍従を呼び寄せる。侍従が差し出した皿にはその時々にクッキーなどの焼き菓子が載っている。
テオドールは右手で皿からお菓子を取るとアネットの口に持っていく。
アネットが何やらモゾモゾと動けば、右手でアネットの侍女をソッと呼び寄せて一言。
「はなちゅみ」(お花を摘みにいく)*トイレに行くの意
アネットがいつも以上にポヤっとしていれば、左手でソッとアネットの背中をポンポンして眠りにつかせる。
テオドールはアネットのお世話ロボット、否、献身的にアネットに尽くす事でアネットの心を勝ち取ったのだ。
使用人たち一同はテオドールの深い献身に畏怖したという。
因みにテオドールの付きの従者がこれに感銘を受けて意中の相手に行ったところ、"半径100メートル以内に近付くな!"と、とことんまで嫌われて接近禁止の言葉を投げつけられたそうだ。
どうやらテオドールの行為は人を選ぶらしい、、、。
(いや、そうじゃない!)*使用人一同の心の声
そんな訳で『アネットの洗脳が解ける事はあってもテオドールが心変わりする事など無いだろう。』というのが、貴族社会でも学園でもひっそりと陰で言われていた。
つまりはテオドールの並外れた"アネットへの執着"を誰もが知っていたのだ。
件の平民の特待生プリシラ以外は。
それなのにプリシラが学園に編入して約半年。テオドールのあまりの変わり様に一番驚いていたのは誰だったのか?
それは彼の両親、つまりアトラータ帝国の皇帝夫妻だろう。
何しろアネットへの息子の気持ち悪、、、、いや、深い愛情を日々まざまざと見せつけられていたからだ。
それは言葉であり彼の秘蔵のコレクションであり、それはもう色々と。
彼のアネットへの執着を『アネット一筋』との言葉一つで片付けてしまう第二皇子のグレンフォードも同類か、と夫妻は後に語っていたとか。
テオドールはプリシラに対して好意があるのは確かだろうが、アネットの時と違って常識の範囲内、見た目通りの草食系男子だった。
だから皆、テオドールに何か思惑があっての事、と深刻に受け止めていなかった事が、まさかの卒業パーティーでのやらかしを引き起こしてしまうとは!
三歳で前世の記憶を思い出したアネットだったが、この世界が『スタ☆ラブ』という乙女ゲームの世界であると気付くのは遅かった。そしてアネットは何もしなかった。
その結果がヒロインがこの学園に編入してから、テオドールのアネットに対する態度がスッカリと変わってしまった事に繋がっているのだろう。
アネットはテオドールの変化に最初は戸惑った。
だが三日も経つとなんだか体が軽くなったように感じる。
物理的にもその通りであったのだが、長年テオドールに張り付かれていたアネットはそれが普通の状態で慣れてしまっていたので気付いていない。
いつも一緒に居たテオドールがアネットの傍に居ないのは寂しいといえば寂しい。テオドールの五分の一程にはアネットもテオドールの事が好きだった。
この愛情の物差しはテオドール基準なので、普通の人並以上にはアネットもテオドールを愛している、という意味でもある。
アネットの傍にテオドールは居なくとも、けれど彼はプリシラと居ても必ずアネットの視界に存在していたのだ。他者から見れば
『おぅおぅっ!婚約者の目の前で不貞を見せつけるとは一体どういう嫌がらせだ?あぁん?』
という訳なのだが、アネットはそれをいじらしい愛情表現だと受け止めていた。
テオドールの十五年に及ぶ洗、、、愛情表現の賜物と言えよう。
だからこそ、アネットは在校生として出席した卒業パーティーでテオドールから婚約破棄を告げられた事に衝撃を受けた。
この世界が乙女ゲームの世界であったとしても、ゲーム通りに全てが進む訳ではない。
そう思っていたから、アネットは何もしなかったのだ。
だってゲームの中のヒロインと目の前のプリシラは全く違う性格だったから。
今のアネットもゲームの中のアネットとは全く違う。早くに前世を思い出したアネットは前世寄りの性格だった。
取捨選択が得意と言えば聞こえは良いが、前世のアネットは興味のあるモノとそうでないモノとの区別をしっかりキッカリつけていた。
従って興味の無いモノに対しては覚えるつもりなどサラサラ無かった。
だから乙女ゲーム『スタ☆ラブ』シリーズでも物語や世界観が好きではあるが、攻略対象者については推しもいなければ、名前も顔すらもよく覚えていないキャラもいた。
もしかしたらテオドールは本能的にアネットの本質を見抜いていて、度を越した執着をみせていたのかも知れない。
そうしてゲームさながらに婚約破棄を言い渡されたアネットは、自分の立ち位置をしっかりと思い出した。
アネット・ジェニング公爵令嬢は『スタ☆ラブ 2』の悪役令嬢であり、今作唯一の悪役キャラであった、と。
この時、彼女はシリーズ2作目の悪役令嬢で良かった、と心底思った。
『スタ☆ラブ 2』はヒロインも一人であれば、悪役も一人、と設定は王道で単純明快だった。
シリーズ1作目など、ヒロイン候補が3人もいる上に、選んだキャラによって親友と悪役令嬢の立ち位置が変わるのだ。
前世のアネットは辛うじて女性キャラは顔も名前も覚えていた。女性キャラは男性キャラに対して圧倒的に登場人数が少なかったからだ。
だが、男性キャラはダメだ。基本の攻略対象者は朧げながらに覚えていても一度クリアすれば、登場キャラ全てが攻略可能になるなんて、ある意味バグのようなもんじゃなかろうか。
そう、彼女の中ではシリーズ1作目の評価は低かった。
その点、シリーズ2作目は良い。アストラータ帝国は大国でありながら、美しい街並みだけでなく、王都から離れれば牧歌的な景色もある。そして建築物の描写も非常に凝っていた。
遠くからでも見える白亜の宮殿は、近くでマジマジと見てみると柱の一本一本でさえ拘りのある彫刻が施されていると設定があり、日の光の加減で美しい模様が浮かび上がってくるのだ。
その背景をバックにヒロインと攻略対象者のスチルが描かれていた。その美しさに見惚れてクエスト完了後に何度も何度も再生を繰り返したものだった。
実は攻略対象者の拘りが無かった前世のアネットはシークレットキャラのグレン、つまりはこの国の第二皇子グレンフォードを攻略する為にテオドールを攻略していた。
彼を攻略しなければグレンフォードが登場しないからだ。
しかし、それはグレンの容姿に惚れ込んだ、とかそういう訳でも無い。グレンを攻略すると、あるパスコードをグレンがヒロインに伝えてくれる。
ソレ目当てにテオドールもグレンも攻略した、と言っても過言ではなかった。
ソレについてはいつか詳しく話す時が来るかも知れない。
何しろ1作目の悪役令嬢であるアメリアと2作目のシークレットキャラのグレンが出会って結ばれていたのだから。
まぁ、それについてはアネットとテオドールの婚約破棄騒動が終結してから知った事ではあるけれど。
話を元に戻そう。
アネットは周囲の驚きと同情する気配には動じなかったが、自身の置かれた立場には動揺した。
どうやら知らぬところで乙女ゲームとして既にエンディングを迎えてしまったようだと気づいたからだ。
そしてまさかのヒロインと攻略対象者による冤罪をでっち上げてのエンディングとは一体、どういう事だろう?
あんなにコバンザメのように十五年間、アネットに張り付いていた攻略対象者が、婚約者をアッサリと裏切り、冤罪で断罪するなどゲームでは無かった展開だった。
そう思ってアネットの正面に立っているテオドールとプリシラを見てハタと気付いた。
プリシラの瞳がピンク色である。
ゲーム中では魅了アイテムであるピンク色のコンタクトレンズを使用するのはアネットだった筈だ。
攻略対象者たちが次々とヒロインに靡いていく中でとうとう悪役令嬢のアネットの婚約者もヒロインに恋をしてしまう。
そして嫉妬に狂ったアネットがなんとか婚約者を取り戻そうとした結果、魅了アイテムに手を出してしまう、という設定だった。
ん?婚約者を取り戻そうとするだけなら悪いのはヒロインだったんじゃないかしら?
だってアネットと婚約中なのに、『僕たち(私たち)は結ばれてはいけない運命なんだ(なのね)。』なんて言いながら、二人は隠れて逢瀬を繰り返していたのだもの。
それを思い出してムカムカしてきたものの、現状をどう打開したら良いのかアネットには見当もつかない。
それに実際問題、テオドールはヒロインによって"魅了"に掛かってしまっている。あの魅了アイテムの効果は、ある条件をクリアしないと発動しない。
テオドールが魅了されているならば、ヒロインの周囲でアネットに暴言を吐き続ける下位貴族の令息たちと同じくテオドールもその条件をクリアした、という事だろう。
その事実にアネットの胸はズキンと傷み、自然と涙が溢れ出てきる。
アネットの涙に一瞬、テオドールの瞳が揺らいだように感じたが、テオドールはプリシラに促されて会場にいる警備兵にアネットを拘束するよう命じただけだった。
アネットはその後、学園の懲罰室に閉じ込められていたのを騒ぎを聞きつけた学園長によって無事に保護され帰宅の途に着いた。
テオドールの愚行に家族は憤りを感じたが、今までのテオドールをよく知るだけに困惑し"どう対処すべきか"と頭を悩ませた。
アネットはプリシラの瞳を思い出し、"テオが魅了を掛けられているのかも知れない"とそう口にする。
しかしアネットの言葉に家族は驚いたものの、古来より魅了魔法は禁忌の術でありそれを使える魔法使いはこの国にも近隣諸国にも居ない筈だと言われてしまった。
そして王族は魅了や誘惑といったような魔法に万が一、掛かる事など無いようにとアミュレットを所持している筈だと言われ、テオドールも確かに身につけていたと思い出す。
それでも自身にかけられた冤罪よりも元のテオドールに戻って欲しくて、翌日、アネットは父と一緒に登城して、『テオドールは魅了魔法にかけられている可能性がある。』と進言した。
しかし、それは皇帝陛下も危惧した事で既に昨夜の内に調べられていた事だった。
結果はシロ。
テオドールには他者から掛けられた魔法の痕跡は見つからなかったのだ。
もしかしたら魔法ではなくて、催眠術か何か?
けれど、この世界に無い魅了アイテムとして使われたコンタクトレンズを説明しても理解してもらえるだろうか?
私の無実も証明出来ない上に、テオはもう私の傍には居てくれない。
アネットが王城の一室でジワジワと絶望に心が苛まれていた時に事態は突然、良い方向に大きく動きアネットは何も出来ないままで全てが解決したのだった。
1作目の悪役令嬢アメリア・ディバインの手によって。
アネットは泣きながら何度も何度もアメリアに礼を言った。
魅了アイテムの脅威が去って、悪夢から醒めたような真っ青な顔をしたテオドールは泣きに泣いてアネットに抱きついてきた。
こんな時でもやっぱりアネットに張り付くんだ。
そう思った者と
張り付いてアネット嬢に逃げられないように拘束しているんだ。
そう思った者が殆どだったのをアネットだけが知らない。
アネットは前世の記憶を思い出して、記憶の中のゲームの内容の違いに首を傾げながらも、"ゲームの強制力が働いたのか"と一時は心が押し潰されそうになった。
アネットとテオドールを救ってくれたのは、悪役令嬢である筈のアメリアだった。
「やっぱり悪役令嬢は勝つのですねっ!」
思わずアメリアに言ってしまったが、乙女ゲームを知らないアメリアはコテンと首を傾げただけだった。
『スタ☆ラブ』シリーズの2作目ヒロインである筈のプリシラは罪人となり、額に罪人の証の焼印を入れられて国外追放となった。
額に罪人の焼印を入れると主張したのはテオドールだった。その主張を頑として譲らない彼に、それならば、、、と、ある文字を額に入れるようにお願いした。
" 内 "という字によく似た文字にきっとプリシラは私も転生者だったと気付くだろう。
彼女がその文字の意味に気付くかどうかは分からないけれど、『転生者だった悪役令嬢に"ざまぁ"された。』のだと勝手に思い込んで憤るだろう。
本当は何にも出来なかった私だけれど、この半年間は本当は辛かったのだ。これぐらいのささやかな復讐はしても良いかな、と自分に言い聞かせる。
それから私は同郷の転生者ではあるけれど、この世界が乙女ゲームの世界だと全く知らなかったアメリア様の茶飲み友達となった。
アメリア様を見るとそれはもう、色々と話してしまいたい事が山ほどある。けれどそれはアメリア様にやんわりと断られた。
まぁ、この世界が乙女ゲームの世界とは全く違う物語を作り出していますものね。
それよりも最近はどうしてもアメリア様に聞きたい事がある。
個人のプライバシーを少し侵害してしまうかも知れない疑問に、いつアメリア様に切り出そうかとタイミングを見計らっている日々なのです。
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拙作をお読み下さりありがとうございます。
プリシラの額に焼印された文字・・・・肉
『スタ☆ラブ』1作目は3人のヒロイン候補がいるけれど、基本設定ではアメリアが悪役令嬢となっています。
アネットがアメリアに聞きたい事、ちょっとした小さな疑問なのであまり期待しないで下さい。(もう予想がついているかも知れませんが)
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やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?
大人の哀愁が滲み出ているわぁ。
それに強くて守ってもらえそう。
男はやっぱり包容力よね!
私も守ってもらいたいわぁ!
これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語……
短めのお話です。
サクッと、読み終えてしまえます。
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※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
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