ダンジョン配信 【人と関わるより1人でダンジョン探索してる方が好きなんです】ダンジョン生活10年目にして配信者になることになった男の話

天野 星屑

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第27話 幕間 地上の話(第22話あたり)

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──────────────────────────────────

「茜ちゃんおまたせ」
「お、かなっち。もう終わったんか?」
「うん」
「ほな行こか」

 事務所の休憩スペースで待ち合わせた私と茜ちゃんは、いつものようにダンジョンへと繰り出そうと事務所を出──
 
「2人とも、またダンジョンに行くのか?」

 ようとしたところでメンバーの1人である白旗エリカちゃんに声をかけられた。

「うん、行ってきます」
「稼がんといかんからなあ」

 私と茜ちゃんはダンジョンから無事に帰還できてから、時間を見つけてはダンジョンに潜っている。
 もちろん睡眠時間を削ったり無茶をすることはしないけど、それでもこれまでなら他の趣味なんかに当てていた時間の大部分をダンジョン探索にあてている。

 そんな私達を事務所のマネージャーさんやメンバーの皆も心配しつつも、ジョン・ドゥさんに支払わなければいけないお金を集めるという理由があるので、無理しない範囲でと送り出してくれている。

 だけど今日は少し違った。

「今日は私も一緒に行っても良いか?」

 いつもは送り出してくれるエリカちゃんが一緒に来てくれるというのだ。
 
 私達はダンジョンでの活動は基本的に全部配信するようにしている。
 最低でも2日に一回はソロやメンバーでダンジョンに行くし、普通の冒険者と同じぐらいの活動は私達もエリカちゃんもやっている。
 私達の今からの活動はそこにプラスアルファしている部分だから、そこにエリカちゃんがついてきてくれる理由はない。

「エリカちゃんも?」
「2人が頑張っている姿を見ると、私も黙っていられないからな」
「ええで。エリカっちがおればもっと強いモンスターとも戦えるやろうしな」

 確かに傍目から見れば今の私と茜ちゃんは結構長い時間ダンジョン探索をしているように見える。
 エリカちゃんも同じぐらいに頑張りたい、というだけではないだろう。

「やっぱり私達だけ長時間探索するのって良くない、かな」

 私達、私と茜ちゃん、エリカちゃん、他にも3人のメンバー。
 それがダンスタ、ダンジョンスターズというグループを構成するメンバーだ。
 私達はDtuberとしてアイドルのような活動や配信活動をする配信者であると同時に、それぞれが戦うことの出来る探索者。

 その実力もそれぞれに多少の差はあるものの大きな差はなく、全員でパーティーを組んでも引っ張る人はいても足手まといになる人はいない。
 だからこそ私達は、Dtuberのグループであると同時に、探索者のパーティーとしても活動することが出来ている。

 でもその中で、私と茜ちゃんだけが今、探索の回数と時間を増やしている。
 今はまだ問題が無いけれど、繰り返していればそれはレベルや強さの差にあらわれてきて、パーティーとしてのバランスを崩してしまう。

「探索者に探索をするなとは言わないさ。それに私も、2人の姿を見ていつしか自分が向上心を失っていたことに気づいたんだ。だからもう少し、真剣にやってみようと思っただけだよ」
「……ありがとう、エリカちゃん」
「何のことかわからないけれど、礼は受け取っておくよ」
「うん、受け取っておいてください」

 もちろんエリカちゃんが言ったような理由もあるのだろう。
 でも同時に、エリカちゃんにそういう気持ちにさせて行動を起こさせたのは私達の引き起こしてしまった事故が原因だ。
 更に多分、エリカちゃんは優しいから、私達がお金を稼ぐのが少しでも楽になったら良いとも考えてくれているのだろう。
 だから、謝罪の「ごめんなさい」ではなく感謝の「ありがとう」。
 一緒に戦うパーティーメンバーならそれが一番あっていると思う。

「何にせよ戦力が増えるんはありがたいわ」
「ノア達も来たいと言っていたけれど、今日は3人で行こうか」
「ノア達も?」

 他のメンバーの名前が出て私が思わず疑問の声を上げた。

「皆触発されたのさ。ジョン・ドゥが示した先があるという事実。実力のある魔法使い数名の攻撃を防いだモンスターを使役するジョン・ドゥの実力。まだまだダンジョン探索には先がある、こんなところで止まってはいられない」
「そっか……そうだね」

 あれから、SNSや他の人の配信で少しずつ情報を拾っただけだけれど、探索に意欲的になった人が少し増えたように思う。
 配信のコメントでも、いつもよりも探索のことを尋ねる質問がちょっとだけ多かったり。
 
 ジョンさんという圧倒的強者の情報によって、ダンジョンに関わることが一気に動き出した。
 そんな風に思う。

「全員が言ってくれてんのやったら、皆で潜った方がええんとちゃうか?」
「探索を進めるならそうだが、実力を高めるなら6人は多い。3人か4人ぐらいがちょうどいい」
「それもそうか。てことは明日は3人の誰かが来るゆうことやな」
「それなら、3人ずつに分かれて訓練する?」
「相談次第と言ったところだ」

 ピロン
 
 スマホの通知音が鳴った。

「失礼」

 エリカちゃんが歩きながらスマホを取り出して確認する。
 そして大きく目を見開いて足を止めた。

「エリカちゃん……?」
「どうしたんや?」
 
 問いかけた私達に対するエリカちゃんの答えは衝撃的なものだった。

「アメリカで深層が攻略されたらしい。第5層を発見したそうだ」
「え、えええええーーー!?」
「ほんまか!?」




******





 とある企業の社長室。パソコンに向かって作業をしているスーツの男と、応接用の椅子に座り込んでコーヒーを飲んでいる私服の男の姿があった。コーヒーを飲んでいる男の方は、特に何をすることもなく暇そうだが、何故か妙にソワソワとした様子を見せている。

 流石にその挙動がうるさかったのか、作業をしていた男が手を止めて彼に声をかけた。

「鋼、ソワソワするな。作業の邪魔だ」
「……すまん」

 そのまま、先程までよりは抑えつつもまだソワソワした様子を隠せない男に嘆息して、スーツの男はまた作業に戻る。

 それから10分ほどして、ドアがノックされた。許可を受けて、若いメガネの女性が入ってくる。

「社長」
「報告」
「はい。現状、ジョン・ドゥに繋がる情報は見つかっておりません。動画サイトの彼のチャンネルも同様です。ただ、手がかりにはなりえないでしょうが一つだけ情報を見つけました」
「なんだ」

 静かな声で問いかけるスーツの男に、秘書である女性は報告を続ける。

「彼が配信を行っているという発言をした当時のスレッドの中で、パスワードをかけたスレッドに移行してチャンネル探しを行う旨が書かれたスレッドがありました。移行先のパスワードは画像になっており、今は削除されています。また、そのスレッドに類似したタイトルのスレッドが数日おきに立てられているのを発見しました。全てパスワードがかかっており、関連性があると見て調査を継続しています」
「……わかった。調査を継続してくれ」

 秘書の女性が指示を受けて退室する。彼女の入室時に期待の視線を向け、その後がっくりした様子の私服の男に、スーツの男はため息を吐いた。

「そう簡単には見つからないだろうと言っただろう?」
「そう、なんだがな……」

 ジョン・ドゥについての情報が見つかるのを待ち望んでいるのは、どちらかと言えばこちらの私服の男の方だ。スーツの男も興味はあるが、ここまで落胆はしない。

「それほどまでに会いたいか?」
「そりゃあ、もちろん。最強の探索者には会ってみたいと思うのが探索者の、強さを求める者だろう。それに……」
 
 そう言いながら男は、応接机の上に乗っていた剣を手に取り、鞘を払う。

「あのときの礼も、改めてしたいからな」

 地上で打たれた剣のように優れた装飾などはない質素な剣。

 だが、その性能はいまだ日本では超えるものはない。ダンジョン深層第11地区に至った男すら、見つけることができていない。

 そんな愛剣は、10年以上前にどこの誰とも知らぬ探索者に取引を持ちかけられ、スーツの男が金を払ったものの一つである。

「あの当時は、俺もそこまでのものだとは思っていなかったからな。むしろその剣が100万で買えたのは、少しぼったくり過ぎだった」

 スーツの男は10年前を思い出す。

 当時まだほとんどいなかった探索者の先駆けをしていた友人が、危機に陥った際に助けられたと言って連れてきた人物。フードを被ってマスクはしていたが、その力のある、どこか狂気じみた目元は覚えている。友人が助けられた礼に何かできないかと申し出た男に、その人物は取引を。

 当時ではまだほとんど行われていなかった、ダンジョン産のアイテムの売買を持ちかけてきたのだ。

 結果、男はそれを承諾。まだ価値がついていないものに価値をつけ、友人の意見も聞きつつ購入した。当時はそれなりに出したと思っていたが、今考えれば相当低く見積もったものだ。そう、ダンジョン産のアイテムの売買を行う会社を経営する男は今では思う。

 と、そこで再びのノック。

「どうした」

 そう声をかけると、先程とは違って息を切らした女性が、社長室へと入ってきた。

「社長、ご報告が」
「続けろ」
「アメリカ、ニューヨークのダンジョンで深層が踏破されました」

 秘書の報告に、スーツの男は眉をあげるだけですませたが、座って盗み聞きしていた男は机を蹴るようにして立ち上がった。

「本当か!?」
「ボス討伐の瞬間は撮影されていませんが、ダンジョン最奥の様子が配信されていました。また、そこから続くさらなるエリア。そうです」

 秘書の言葉に、私服の男が息を呑む。そんな中、スーツの男は、眼鏡を外して拭きながら話し始めた。

「鋼」
「……なんだ」
「君はダンジョンに向かいたまえ」
「ああ? 今それどころじゃ──」
「違うな。今必要なのはそれだ」

 スーツの男の言っている意味が掴めず、鋼と呼ばれた私服の男が訝しげな顔をする。

「アメリカが先に進んだ以上、日本も一足でも早く深層を踏破しなければならない。でなければ、このまま日本のダンジョン事業が置いていかれるぞ」
「……そうか、そういうことか」
「美乃利、君もだ。秘書はしばらく休みでいい」
「承知しました」

 その指示を堺に、やり手のキャリアウーマン然としていた女性の表情が大きく変わる。眼鏡を外し、後ろで結んだ髪をほどいて顔を上げた頃には、不敵な笑みが浮かんでいた。

「久しぶりにダンジョンに潜るわね」
「とっととならしは済ませて来いよ」
「わかってるわ。1日で合流するから」

 探索者である2人が、社長室から連れ立って出ていく。

「ジョン・ドゥ、か……」

 見送ったスーツの男は、パソコンの画面に表示されたニュースから、先程言っていたニューヨークダンジョンの話題を表示する。
 
 ジョン・ドゥの出現を堺に、ダンジョンを取り巻く様々なものが動き始めたのを男は感じていた。
 世論だけでなく、探索者達の行動も活発化し、それを支えるダンジョン関連の企業やスポンサーとなっている企業も動き始めた。
 
 まだ男のところまでは情報が降りて来てはいないが、政府の方でも動きがあるようだ。
 
「お陰様で、邪魔なものが取り除けたよ」

 同時に、これまで日本のダンジョン探索の癌だったものが一気に取り除けつつある。
 いくつか例を出すなら、ジョン・ドゥを相手に甘い見積もりで手を出したダンジョンエースおろかものや利権争いしかしていなかったダンジョン協会に探索者組合の一部権力者ども。

 よりダンジョン探索が本格化し無駄が許されなくなった状況で、足を引っ張ることしか出来ない者たちは地位を失いつつある。

 それもこれも全て、遥か遠き道のりがジョン・ドゥの手によって示されたからだ。

「……会ってみたいものだな」

 何がしたいというわけでもない。
 ジョン・ドゥは自分に限らず地上からの支援など必要としないだろうし、会って何を頼みたいわけでもない。
 
 ただ。
 時に命すら簡単に失われるダンジョンという場所で。
 何を考え何を代償にしてあれ程の強さを手に入れたのか。

 1人の超人に会ってみたい。
 そんな純粋な憧れが男にはあった。

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