恋と呼べなくても

Cahier

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 十一月後半、夏休み明けから三ヶ月以上が経った。
 高校生活は、受験本番に向けて殺ばつとした雰囲気がただよう。
 
 先日、直は模試の結果を受けとった。第一志望校の合格ラインぎりぎりにまで到達している。夏休みから継続された真のチューターのおかげもあって、勉強のコツをつかんだようである。 
 この三ヶ月、直の勉強の追い込みは凄みがあった。試験当日までだいぶ時間はあるが、自分に息抜きをあたえることも許さず、ストイックに勉強を続けている。
 週に一度。日曜は真が勉強を指南した。直は彼に弁当を作り続けた。ふたりでいるときは、克己心《こっきしん》がほどけたが、普段は集中しすぎて食事の時間を忘れることもあった。 
 完全にエネルギー切れになるまで脳を酷使《こくし》する直について、真は「研究者の素質がある」とおちょくった。同時に、頑張りすぎる直を心配して、たびたびあの海の見える公園へ連れだしてくれた。
 
 ・・・

 ふたりで臨海公園の芝生を歩く。
「今日から一二月だよ。もう一年が終わっちゃうね」
「そうだね。というか、さすがに海の近くは寒いな」と真がいう。
「大丈夫? 手、冷たい?」 
 そういって、直は手のひらを空に向けて真の方へ伸ばす。彼は、ひじをまっすぐにして、直の指先に触れた。ほんの五秒足らず、ふたりで温度を確かめ合って手をはなした。

「直のほうが冷たいね」
「確かに。真の手あったかかった」
「ちゃんと、食べて、寝てる?」
「うん。ねぇ、研究室のみんなは元気?」
「あぁ、雅は、髪がピンクみたいになってて。黒木さんは、地方の大学あちこちにまわって帰ってきたところ」
「丸汐先生は、どうしてる?」
「あの人は、まわりがどれだけ繁雑だろうと自分のペースを変えないんだよ。それでいて、一年に何本も論文書いて。講義やって、会議出て。まるで時間に支配されてないんだ。……謎だね。じつは三人いるんじゃないかって噂があるくらい」
「すごいね。なんか想像できない」 
 直は、丸汐についてほとんどなにも知らないと気がつかされた。
「じゃぁ健次郎さんは? 一緒に大学院決まったでしょ?」 

 大学院入試に合格している真は進学が内定している。健次郎もまた同じく。健次郎について、真が「ほんとうは、他の追随を許さない秀才」などと語ると、直は意表を突かれる思いがした。人を見た目で判断してはならないとよくいうが、真が手放しで認めたことが意外だった。
「あぁ見えて彼は苦労人でね。能力があっても発揮する場を与えられなければ、それはないのと同じことさ。特に排除主義者に目をつけられると、活躍する機会を根こそぎうばわれるんだよね」
 その時の真の表情が、いわくありげだったので、直はそれ以上グイグイ聞きだそうとしなかった。

「また、研究室に行きたいな。行ってもいいと思う?」
「あぁ、学会シーズンが終わったから。当面、あそこは気合いが抜けてるよ」
 真は、またおいでと教えてくれた。直は、夏休みが明けてから一度も丸汐の研究室を訪れていなかった。
 
 
 海が目前にせまる柵にもたれて、直は水面を眺めていた。姿勢を起こして、ふと右のほうを見る。ひと組の男女が身を寄せ合っていた。
 小柄な女性の肩を抱きしめていた男性は、彼女のノドに触れた。それを見た直の心臓はまるで鞭に打たれた。緊迫感が全身を襲う。 
 その男女はキスをした。
 彼らは、人目もはばからず、官能的な口づけを交わし合って、それはいつまでたっても終わりそういない。直は凝視したまま、その男女の性的接触を瞳に焼きつけていた。

 ——「直」

 ハッと、して声のするほうへ頭を向けた。すぐに真の顔が視界に入ったので、直はとっさに離れた。
 その反射的な行動を見逃さなかった真は「大丈夫?」と落ち着いた声でいった。
 
「君の名前を、三回も呼んだ」
「ご、ごめん」
  呼吸が整っていない直は、黒目を右往左往させている。同時に、真を警戒したことに罪悪感を抱いていた。直がカップルへ目を向けると、もう彼らは仲睦まじく手をつないでいるだけだった。

「直、気分わるいの?」
「……だいじょうぶだよ」
「うそつけ」
「びっくりしただけ。さっきは、ごめんね」と、あとずさったことについて謝った。
「そんなこと気にしてない」
「あのね、真。質問がある」 

 直は真との距離を戻した。彼は柵によりかかって、「なに?」とつぶやいた。
「真は、映画とかドラマとかで性的なシーンとか観るの平気?」
 彼は、少し考えて答えた。
「うーん。いや。むりだね。むり」
「そうだったの!?」
「そんなにびっくりすること?」
「無性愛の人ってみんなそうなのかな」
「そんなことない。人それぞれだよ。セックス・ポジティブか、ネガティブかは、無性愛を決める尺度じゃない」
「そっか」 

 直は、うっすら青空を残した夕暮れ前の空を眺めた。雲の隙間から光が伸びている。防護柵の手すりにひじをおいて、神々しい夕陽をながめている真の横顔を直はじっと見ていた。

 あのカップルと同じことができなくとも。こうして肩を並べて瞳を合わせるだけでいい。直はそう思った。
  

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