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一騎と雪乃の攻防

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 雪乃は知寿と二人、意地悪な姑のように一騎をこき使い倒したのだが……
 
「千明、アーチの制作が少し遅れているようだ。何人か漫研からも絵の描ける者を出してもらおう」

「う、うん……」

「大西、こことここに誤字がある。しっかりしろよ、書記さん」

「ぐっ……」

「鈴木先輩、この発注の件なんですが――」

「む、むぅ」

 テキパキと仕事をこなし、逆に雪乃達に指示を飛ばす事すらあった。
 
「はははっ、なかなか使えるじゃないか。私の目に狂いはなかったな」

「ありがとうございます、会長」

「「ぐぐぐぐぐ……」」

 ミチルは上機嫌だったが、雪乃と知寿は全く面白くない。
 
 だが一騎が生徒会に加わった事によって、その日の仕事はかなりはかどった。
 
「よし、今日はこのくらいにしておこう。みんなご苦労だったな」

 ミチルがそう言い、生徒会業務は終了となる。
 
「「お疲れ様でした」」

 片付けを終え、皆で一団となって駅まで歩いた。
 
 別れの挨拶を交わし、ミチルと大樹が二番ホーム、知寿が一番ホーム、雪乃と一騎が三番ホームに分かれる。
 
「さて、だいぶ暗くなってきたし、昨今は物騒だからな。家まで送っていこう」

 電車に乗り込みながら、一騎は雪乃にそう申し出る。
 
「結構よ」

 雪乃はそっぽを向いたまま答えた。
 
「遠慮する事はないぞ」

「あのね、私はあなたに家の場所を知られたくないの。それにあんたが送り狼になるんじゃないかしら」

「心外だな。俺のような紳士を捕まえて」

「とにかくついてこないでよねっ」

 そう念を押した雪乃だったが、絶対に一騎はついてきそうだ。
 
 最寄り駅の一つ前に着いた雪乃は、電車から降りる人波が途絶え、代わりに乗車客が乗り込んでくる瞬間を狙って素早くホームに躍り出た。
 
「ち、千明!?」

 一騎も慌てて電車から降りようとするが、人波に押し流される。
 
「くっ」

 一騎の眼前で電車の扉が閉まった。
 
 悔しそうな顔をする一騎にあかんべーを送り、雪乃は電車を見送る。
 
 一つ前の駅で降りたのは、少しでも家の近くに近寄らせまいとする考えからだ。
 
 一駅分の距離を歩く事になってしまうが、いい運動だと前向きに考えて家路についた。
 
「ただいま」

 玄関を開けて靴を脱ぐと、リビングから妹たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。
 
 中学三年生の夏月なつきと一年生の円花まどかが雪乃の妹だ。
 
 二人共学校から帰ればゲームで遊んでばかりである。最近ハマっているのは忍天堂witchの『ルリオカート∞デラックス』だった。
 
「まったく……」
 
 雪乃はため息をつきながらリビングへと向かった。夏月は今年高校受験なのに大丈夫なのだろうか。
 
「ああ! 今の避ける!?」

「お兄ちゃん上手いね!」

 ……お兄ちゃん?
 
 円花の台詞に雪乃は眉をひそめた。雪乃達は三姉妹、男の兄弟などいない。
 
「ただい――ま!?」
 
 怪訝に思いながらもドアを開けた雪乃の目に飛び込んできたのは……
 
 妹たちに囲まれてゲームに興じる一騎の姿だった!?
 
「な、な、な、ななっ」

 一騎を指差しながら口をパクパクさせる雪乃。驚きのあまりまともに言葉が出てこない。
 
「あ、お帰りお姉」

「お帰り、雪姉」

「なんであんたがウチに居るのよ!!」

 妹たちの挨拶を無視し、やっとの事で言葉を放つ。
 
「お帰り、遅かったな千明」

 雪乃の言葉を平然と受け流し、一騎は涼しい顔を向ける。
 
 雪乃はズカズカと一騎に歩み寄ると、その胸ぐらを掴みあげた。
 
「答えなさい。なんで私の家にいるの?」

 その声には殺意が滲んでいる。
 
「ふっ、お前と出会ってから一週間。その間俺が何もしなかったと思うのか?」

「あんたって奴はぁ~~~~~」

 おそらく、すでに雪乃の後をつけて家を確かめていたのだろう。
 
「なんでこいつを家に上げたのよ!」

 雪乃の怒りの矛先が妹たちに向けられる。
 
「だってお姉の友達でしょ?」

「同じクラスで一緒に生徒会の仕事もしてるって」

 二人はきょとんとしながら答えるのだった。
 
「友達になった覚えはないわ。いい、こいつは悪質なストーカーなの。姿を見たら逃げなさい」

「えー、首藤さんいい人だよ」

「ロッシュのチョコも貰ったしね」

「ゲームも上手いしね」

「「ねー」」

 二人はそう言いながら顔を見合わせるのだった。
 
 ……くっ、妹たちが籠絡されている。
 
「とにかく出て行きなさい。警察に通報するわよ」

 雪乃はスマホを取り出して、一騎をさらに締め上げた。
 
「あらあら、騒がしいわね」

 そこへキッチンから雪乃の母――美雪がやって来くる。
 
「あら雪ちゃん。お友達に乱暴はだめよ」

「だから友達じゃないんだってば!」

「さて、友達と友達以外の線引きはどこだろうな。クラスも同じで生徒会の仲間、これはもう友達だろう」

「そうよねえ」

 一騎の言葉に頷く美雪だった。
 
「ああっ、もう!!」

 雪乃はヒステリックに頭をかきむしる。
 
「いいからもう出てけーーー!!」

「……そうか。お前の事を友達だと思っていたのは俺だけだったのだな」

 一騎は悲しげに瞼を伏せ、すっと立ち上がる。

「お邪魔しました。ではこれで失礼させて頂きます」

 美雪に頭を下げると、一騎はドアへと向かった。
 
「お姉ひどーい」

「お兄ちゃんがかわいそうだよ」

「雪ちゃん、お母さんは悲しいわ」

 妹たちに加えて、母親からも非難の視線が向けられる。
 
「う……わ、分かったわ。友達にしてあげようじゃない」

 雪乃に背中を向けた一騎はニヤリと唇をつり上げた。
 
「そうか。なら友達らしく携帯番号とメアドを交換しよう」

 一騎は顔から笑みを消して振り返り、スマホをかざす。
 
「くっ……」

 雪乃は悔しげに顔を歪ませながらも、連絡先の交換をする。
 
「あらあら、良かったわ。じゃあご飯にしましょうか。首藤くんも食べていきなさい」

「ちょっ、お母さん!?」

「はい。ご馳走になります」

「あんたどこまで図々しいのよ!」

 そんな雪乃の叫びを無視し、美雪の後に続いて一騎と妹たちはキッチンへと入っていく。
 
 なんと言うか、着々と外堀を埋められていく気分だ。
 
 今回の攻防は雪乃の完敗に終わるのだった。
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