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追放された聖女の物語

第76話 悪魔へと至る道程 8 B

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 国王ピレールが戦死したピレンゾルは、分裂状態に陥る。

 国王が即位したばかりで出兵し、明確な後継者を選定する前に戦死したため、跡目争いが勃発し、四つの勢力が相争う深刻な内乱状態となった。


 ピレンゾル正規軍は、リーズラグドに侵攻中で、ダルフォルネの国境の砦に釘付けになっている。

 私が支配下に置いている前王妃に、この混乱を収める政治力も軍事力もない。

 私の手駒の眷族たちも、随分と数が減っている。



 ――仕方がない。

 新しい『戦力』を作るしかないか……。
 私はベルゼブブを呼び出して、新しい『戦力』を作ることにした。

 眷族たちが生まれてくるまでは、王都の安宿に潜伏する。


 

 私が居なくなった王城は、内乱を起こした勢力の一つが占拠した。
 王城にいた前王妃は、捕らえられて公開処刑された。


 ――まあ、いい。

 誰が表のトップに立とうと、裏の支配者はこの私だ。

 数日で、私は『戦力』を生み出した。


 さてと――
 これを使って、王城を支配している勢力を乗っ取るか……。
 
 私は城を目指して、歩き出そうとするが――
 妙に体が重い。



 おかしい。

 視点が低くなっていて、見える景色が違う。

 なんだ?
 ――どうなってる?

 身体を動かすのが辛い。

 違和感に気付く。
 私の手が小さく、皺くちゃになっていた。

 手だけではない、急いで確かめると体が縮んで、皺だらけになっている。

 これでは、まるで――



「そうやで、今の聖女はんの見た目は、年取ったお婆ちゃんになってるんよ。――そろそろかなぁ、と思っとったけど、ついに来てしもうたか、この時が――」

「な、何よこれ? ついに来たって、何が!! 答えなさいベルゼブブ!! なんで私がこんな、老婆に……」


 私は急激に老いていた。
 ベルゼブブの奴は訳知り顔で、こうなった理由を話し出す。

「最初の頃に言いましたがな。契約者の『肉体』と『生命力』を提供して貰うて――わいと聖女はんの間で『戦力』を作るには、聖女はんの生命力もぎょうさん必要になるんですわ」


 じゃあ、なに――?
 このハエの呪いを大量に作る度に、私の生命力が大幅に減っていたというの?
 
 でも、そんな。
 昨日まで肉体には、なんの変化もなかったのに――

 突然、こんな……。

「それは、わいが老化を止めてたからや。聖女はんの身体が老化せんように、わいが必死に――聖女はんはその美貌が自慢やさかい、呪いを生む度に年老いてくと、モチベーションが下がりますやろ? せやから、老化の進行を食い止めてたんですわ。けど、それも限界に来てもうて、聖女はんは皺くちゃの婆さんになってもうた。――という訳でんねん」


「『でんねん』じゃないわよ!! ふざけないで!! こんなことになるくらいなら、あんなことしなかったわ!! どうしてくれるのよ! ハエ男!! 私の美しい顔を返しなさい!! 今すぐ私を元の姿に戻しなさいっ!!!」


「……ええよ。ほな――聖女はんの、その願い。叶えさせて貰いますわ」


 ――えっ?

 いいの??


 私が少し驚いて、悪魔を見ると――
 ベルゼブブの身体から、黒い煙のような霧が立ち込めていた。

 その霧は私の方へとやってきて、口の中から体内へと入り込む。


 そして――

 悪魔ベルゼブブは、私の願いを叶えた。
 私の姿は一瞬で元通りの、若く美しい姿へと変化した。

 顔の傷も治っている。


 代わりに――
 私の目の前には、皺くちゃの老人が座り込んでいた。

 老人は私を見つめて、満足そうに話し出す。

「あー、上手く行きましたな。これであんさんが、今日から『ベルゼブブ』や。一応忠告しといたるけど、あんまり長く、その姿でおらん方がええよ。――契約者がおらん状態で力を使い過ぎると、強制的に魔導書に封印されるさかい、普段はもっと力を抜いとき――ほんじゃあ、わいは一足先に地獄で待ってるさかい、あんさんも誰か適当なのに、『ベルゼブブ』を擦り付けて、地獄においで」


 男はそう言うと、愉快そうに笑った。

 男の言うことは嘘ではない。
 そう感じ取った私は、慌てて力を抜いた。
 
 私の顔が変形するのがわかる。
 私は宿の窓の鏡に映った、自分の姿を見た。

 そこには顔だけがハエの、成人女性の身体があった。

 
 私は自分の身に、何が起きたのか理解した。


「いやーそれにしても、聖女はん――あんさん、えらいチョロかったで、あんさんも契約者をはよー見つけて、抜けれるとええな――じゃあ、ワイはそろそろ行くわ。ほなな!」


 私は目の前の男が、老衰で死ぬ前に――
 ハエの呪いを使って、そいつを殺した。

「どうして、私がこんな目に……」

 この部屋の中には、もう――
 私の問いに答える者は、誰もいない。
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