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聖女暗殺事件
第55話 リーナの諦観 1
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「――動くな」
私は給仕服を着たその女の首筋に、クナイをあてがい警告を発する。
それと同時に――
その女の首筋に、少しだけクナイを食い込ませる。
女の傷口から血が一滴、溢れて流れる。
給仕服を身に着けているが、こんな奴はこの城のメイドに居なかった。
女は警告を無視して、隠し持ったナイフで私を攻撃しようとする。
――やはり素直には、降伏しないか。
仕方ない。
行動不能にして、捕らえることにする。
その女が私を攻撃しようと、僅かに動いた時にはすでに、私のクナイは女の肩口に深く刺さっている。
後はロープで女の口を塞いで、捕獲完了だ。
クナイには痺れ薬が塗ってある。
首筋の傷と、肩口から薬は全身に回るだろう。
本当はもう、この時点で始末してしまいたいが――
ここは外国だ。
万が一にも、手違いがあると困る。
ピレンゾルとの外交交渉を行うための、全権大使となったアレス王子に随伴し、私は警護任務にあたっている。
外交交渉は、『ローゼリアなどという聖女のことなど知らない』と、白を切るピレンゾルの言い分を前提として進めている。
アレス王子は話を早くまとめて、捕虜をさっさと返還したい。
相手の言い分を、そのまま飲むのはムカつくが――
捕虜返還を優先させた。
――この国の第一王子とローゼリアは婚約していたはずだが、そのことを外国には周知していなかった。
聖女を確保したことを、外国に知られるのはマズい。
リーズラグドから『聖女を返せ』と言われることを防ぐためだろう。
そのため、『ローゼリアなど知らない』と言い逃れる余地があった。
そこで言い争っていては時間がかかるので、こちらが折れた格好だ。
しかし、ピレンゾル兵による侵略行為は、きっちり認めさせた。
ローゼリアの件でアレス様が折れたので、略奪案件も白を切れると思ったのか、最初はゴネていたが、アレス様が本気で『ならば、戦場で相まみえましょう』と言って脅してから、急に下手に出て、自分たちの非を認めた。
アレス様はやると言ったら、本気でやる御人だ。
ピレンゾル側の交渉担当も、それを感じ取ったのだろう。
めちゃくちゃビビってた。
私でも、臨戦態勢に入ったアレス様は怖い。
会議室にいたピレンゾル側の国王や外務大臣も、真っ青になっていた。
後で私が『最初からそれをやっていれば、ローゼリアのことも言い逃れ出来なかったのに……』、と不満を口にするとアレス様は――
「国を代表して交渉に来たのに、いきなり脅したら駄目だろう」
といって、私に呆れていた。
……言われてみれば、そうかもしれない。
アレス様は無茶苦茶な人だが、ちゃんと物を考えている人でもある。
私も暗殺者をすぐに殺すのではなく、捕まえて引き渡すようになった。
捕獲した給仕服の暗殺者を、ピレンゾル側に引き渡し――
私の仕事は、一段落した。
この一か月で、五人の暗殺者と戦った。
いずれも暗殺を未然に防ぎ、実行犯を確保もしくは殺害している。
だが、依頼主は確定していない。
捕獲した暗殺者も、口を割らないだろう。
だから、確証はない。
だが、推測は出来る。
暗殺者を仕向けてきているのは、恐らく――
西の大国チャルズコート、大神殿お抱えの暗殺組織だろう。
「――チャルズコートか、……この国の暗殺組織ではないのか?」
「可能性は否定できない。けれど、数が多すぎる。――この国の暗殺組織は、小さいし疲弊している。周辺の小国には独立した組織は無い」
「多数の暗殺者を派遣できる組織となると、候補は限られるか……。この国は、隣国との紛争があったり、前王妃の息のかかった青年将校による軍事クーデターがあったりで、立て続けに荒事が続いたからな――暗殺者も引っ張りだこだったろう。疲弊した組織では、これだけの攻撃は出来ないか……」
私の説明でも、アレス様はしっかりと意図を把握してくれる。
――説明が楽でいい。
「それに、外交交渉中に俺を殺せば、戦争になりかねない。この国にそんな余裕はないか――なんか、疫病も流行ってたしな」
「……私に政治的なことは、判らない。けど、言われてみればそうかも」
そういう推測の仕方もあるのか、勉強になる。
「……それで、捕まえた奴らは――何か喋ったか?」
「犯人はピレンゾルに引き渡してる。尋問できないし、しても多分喋らない……目的は不明――」
「ああ、それもそうか。だがまあ、俺を殺して政治的な混乱を引き起こしたいとか、そんな所だろう。リーズラグドの力を削ぎたい……か――」
アレス様はそう言って、しばらく考え込む。
「チャルズコートは東の平原の周辺国のどこかに攻め込むつもりかな? リーズラグドが力を落としていれば大規模な援軍は来ない。もしくは、このピレンゾルを攻めて、完全な属国にしたいのか……?」
ピレンゾルは中規模の国で、大国のチャルズコートからは子分扱いされている。
「しかし、確かなことは分からないな。まあ、俺が死ななければ敵も目的を達成できないわけだし、死ななければいいだけか――」
私が護衛している。
絶対に守る。
それに――
アレス様なら襲われても、暗殺者などどうとでも出来るだろう。
「――そうだな。じゃあこの機会に、敵の戦力を減らしておくか。隙を作って敵の攻撃を誘うぞ」
また、無茶なことを言い出す。
――だが、それでこそアレス様だ。
アレス様は昔から、危険な魔物退治や戦争に率先して参加している。
『死にたがり』と言われる所以だ。
危険と分かっていても、先頭を駆ける。
しかし、怖くは無いのだろうか?
――未然に防いだとはいえ、今も暗殺者に命を狙われているのに?
いや、愚問だな。
この方は元々――
私はアレス様と出会ったばかりのことを思い出す。
私は給仕服を着たその女の首筋に、クナイをあてがい警告を発する。
それと同時に――
その女の首筋に、少しだけクナイを食い込ませる。
女の傷口から血が一滴、溢れて流れる。
給仕服を身に着けているが、こんな奴はこの城のメイドに居なかった。
女は警告を無視して、隠し持ったナイフで私を攻撃しようとする。
――やはり素直には、降伏しないか。
仕方ない。
行動不能にして、捕らえることにする。
その女が私を攻撃しようと、僅かに動いた時にはすでに、私のクナイは女の肩口に深く刺さっている。
後はロープで女の口を塞いで、捕獲完了だ。
クナイには痺れ薬が塗ってある。
首筋の傷と、肩口から薬は全身に回るだろう。
本当はもう、この時点で始末してしまいたいが――
ここは外国だ。
万が一にも、手違いがあると困る。
ピレンゾルとの外交交渉を行うための、全権大使となったアレス王子に随伴し、私は警護任務にあたっている。
外交交渉は、『ローゼリアなどという聖女のことなど知らない』と、白を切るピレンゾルの言い分を前提として進めている。
アレス王子は話を早くまとめて、捕虜をさっさと返還したい。
相手の言い分を、そのまま飲むのはムカつくが――
捕虜返還を優先させた。
――この国の第一王子とローゼリアは婚約していたはずだが、そのことを外国には周知していなかった。
聖女を確保したことを、外国に知られるのはマズい。
リーズラグドから『聖女を返せ』と言われることを防ぐためだろう。
そのため、『ローゼリアなど知らない』と言い逃れる余地があった。
そこで言い争っていては時間がかかるので、こちらが折れた格好だ。
しかし、ピレンゾル兵による侵略行為は、きっちり認めさせた。
ローゼリアの件でアレス様が折れたので、略奪案件も白を切れると思ったのか、最初はゴネていたが、アレス様が本気で『ならば、戦場で相まみえましょう』と言って脅してから、急に下手に出て、自分たちの非を認めた。
アレス様はやると言ったら、本気でやる御人だ。
ピレンゾル側の交渉担当も、それを感じ取ったのだろう。
めちゃくちゃビビってた。
私でも、臨戦態勢に入ったアレス様は怖い。
会議室にいたピレンゾル側の国王や外務大臣も、真っ青になっていた。
後で私が『最初からそれをやっていれば、ローゼリアのことも言い逃れ出来なかったのに……』、と不満を口にするとアレス様は――
「国を代表して交渉に来たのに、いきなり脅したら駄目だろう」
といって、私に呆れていた。
……言われてみれば、そうかもしれない。
アレス様は無茶苦茶な人だが、ちゃんと物を考えている人でもある。
私も暗殺者をすぐに殺すのではなく、捕まえて引き渡すようになった。
捕獲した給仕服の暗殺者を、ピレンゾル側に引き渡し――
私の仕事は、一段落した。
この一か月で、五人の暗殺者と戦った。
いずれも暗殺を未然に防ぎ、実行犯を確保もしくは殺害している。
だが、依頼主は確定していない。
捕獲した暗殺者も、口を割らないだろう。
だから、確証はない。
だが、推測は出来る。
暗殺者を仕向けてきているのは、恐らく――
西の大国チャルズコート、大神殿お抱えの暗殺組織だろう。
「――チャルズコートか、……この国の暗殺組織ではないのか?」
「可能性は否定できない。けれど、数が多すぎる。――この国の暗殺組織は、小さいし疲弊している。周辺の小国には独立した組織は無い」
「多数の暗殺者を派遣できる組織となると、候補は限られるか……。この国は、隣国との紛争があったり、前王妃の息のかかった青年将校による軍事クーデターがあったりで、立て続けに荒事が続いたからな――暗殺者も引っ張りだこだったろう。疲弊した組織では、これだけの攻撃は出来ないか……」
私の説明でも、アレス様はしっかりと意図を把握してくれる。
――説明が楽でいい。
「それに、外交交渉中に俺を殺せば、戦争になりかねない。この国にそんな余裕はないか――なんか、疫病も流行ってたしな」
「……私に政治的なことは、判らない。けど、言われてみればそうかも」
そういう推測の仕方もあるのか、勉強になる。
「……それで、捕まえた奴らは――何か喋ったか?」
「犯人はピレンゾルに引き渡してる。尋問できないし、しても多分喋らない……目的は不明――」
「ああ、それもそうか。だがまあ、俺を殺して政治的な混乱を引き起こしたいとか、そんな所だろう。リーズラグドの力を削ぎたい……か――」
アレス様はそう言って、しばらく考え込む。
「チャルズコートは東の平原の周辺国のどこかに攻め込むつもりかな? リーズラグドが力を落としていれば大規模な援軍は来ない。もしくは、このピレンゾルを攻めて、完全な属国にしたいのか……?」
ピレンゾルは中規模の国で、大国のチャルズコートからは子分扱いされている。
「しかし、確かなことは分からないな。まあ、俺が死ななければ敵も目的を達成できないわけだし、死ななければいいだけか――」
私が護衛している。
絶対に守る。
それに――
アレス様なら襲われても、暗殺者などどうとでも出来るだろう。
「――そうだな。じゃあこの機会に、敵の戦力を減らしておくか。隙を作って敵の攻撃を誘うぞ」
また、無茶なことを言い出す。
――だが、それでこそアレス様だ。
アレス様は昔から、危険な魔物退治や戦争に率先して参加している。
『死にたがり』と言われる所以だ。
危険と分かっていても、先頭を駆ける。
しかし、怖くは無いのだろうか?
――未然に防いだとはいえ、今も暗殺者に命を狙われているのに?
いや、愚問だな。
この方は元々――
私はアレス様と出会ったばかりのことを思い出す。
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