上 下
20 / 126
聖女を追放した国の物語

第20話 案内状

しおりを挟む
 邪竜王ガルトルシアの討伐に成功した。


 討伐成功の際の合図である狼煙を上げ、脅威の終わりを知らせる。

 知らせを受けた親衛隊は、現場へと急行して疲労困憊の俺を回収する。

 疲労と痛みで動けない俺に代わって、親衛隊長リスティーヌが新生ゾポンドート軍を使い、邪竜王ガルトルシアの亡骸をイーレス城へと運んだ。

 邪竜王の亡骸の移送は、大々的に行われた。
 それを民衆に公開して混乱を収め、討伐した俺の名声を高めるためだ。


 イーレス城に邪竜王の亡骸が運ばれた時には、集まった民衆から歓声が上がった。
 巨大な竜の亡骸は、さながら祭りの山車のようなものだ。

 イーレス城の中庭まで運ばれた邪竜王は、解体されて俺が懇意にしてきた商人たちに優先的に売り払われた。
 これで俺個人の活動資金を、大量に確保出来た。



 それからの領地経営は順調に進んだ。
 早期に恭順した貴族の中から役に立つ奴を選び、側近や重役に据えて優遇した。

 特にゾポンドート弟の息子は優秀だったので、仕事を多く割り振ってこき使っている。順調にいけばそいつがこの領地を相続するのだから、遠慮の必要はない。
 周りから悪辣眼鏡と呼ばれていて、人格面で問題でもあるのかと危惧したが、今のところは大丈夫だ。



 前領主と仲が良く、俺に対して反抗的だった者に対しては、減俸したり、改易したり、当主をすげ替えたりして力を削いでやったが――

 反乱を起こす根性のある者はいなかった。

 これも、邪竜王を討伐した賜物だろう。



 邪竜王を討伐した俺の身体には、二つの異変が生じた。

 良い変化と、悪い変化が一つずつ。

 良い変化は、レベルが急激に上がった。
 邪竜王と戦い倒した俺は、とんでもない経験値を獲得することになった。
 レベルが上がったことで、身体能力が大幅に強化された。
 

 悪い変化は、邪竜王から受けた呪い。

 呪いを受けた時の痛みと熱は、数日で収まったのだが――
 左腕に漆黒の紋様が刻まれて、邪竜王の力が蓄積し続けている。

 力が強くなるのはいい事のように思えるかもしれないが、強すぎて日常生活がまともに送れない。
 しかも気を抜くと、邪竜王の黒の炎が溢れ出てくる。

 危なくて仕方がない。

 ――これじゃあ女の子を、抱きしめられないじゃないか。



 しばらくは左手を一切動かさず、人も寄せ付けずにいた。
 ロザリアを中心とした頭脳チームが、邪竜王の呪いの力を抑える封呪の包帯を作成してくれて、現在はそれを巻いている。

 日常生活でも左腕を使えるようになったし、黒い炎も出てこない。


 農業知識やノウハウの伝達も行われ、新設した軍隊と傭兵団とで連携して魔物討伐にも力を入れる。
 まだしばらくは苦しいだろうが、この東の地もこれで安定していくだろう。

 


 俺が新領主となり一年が経過した。

 凶作や長年の圧政、魔物被害や戦乱で荒れた領地も少しずつ回復し、農作物の収穫量も持ち直してきている。
 商人の流通網も正常化してきている。
 


 ようやく一息ついたなと、ほっとしていたが……『嫌われ役王子』の人生は、そう上手くはいかないらしい。

 ゾポンドート城の書庫にあった古文書を解読してる調査チームから、嬉しくない研究結果が報告された。


 このリーズラグド王国が今の体制になる前の時代。

 ゾポンドートがまだ独立勢力として王国の傘下に入っていなかった昔の記録。
 破壊神が封印されているとされるダルフォルネ領を中心に、現在のリーズラグド王都までが作物の一切育たない、死の荒野だった。


 ここまでは、これまでの研究でも解っていることだったが、さらに具体的な記録が発見された。 

 古文書の記録では――
 ゾポンドート王国およびその周辺国に、聖女の加護が無い期間が二十年続き、国土の半分以上が死の荒野になってしまった、とあった。

 今現在は一時的に農作物の生産能力を向上させることが出来ても、聖女の力無しではこの国の領土の大半が――
 数十年後に作物の育たない、不毛の地になることが予想される。

 そうなっては、小手先の農業技術ではどうにもならない。



 では、どうするか?

 一次産業がダメなら、二次産業で稼ごうじゃないか!
 だが俺には産業革命を起こす頭脳はない。
 蒸気機関車なんか、どうやって作ればいいんだ?

 とりあえず日用品を大量生産する機械を作って、工場を整備すればいいのか?
 出来る奴がいればいいんだが――



 
 この国は周辺国と比べて人口が多い――
 傭兵事業を拡大して、魔物討伐や戦争で稼ぐ。

 

 土地がほぼ使えなくなるのなら、他国への金貸しで金融業で稼ぐか――
 でも金貸しは嫌われるよな。




 いずれかの手段が成功しても――
 自国でほとんど食料が生産できないのは致命的だ。

 他国を侵略して食料を奪うか?
 食料が尽きればそういう選択もせざるを得ないだろうが――
 そこまで追い詰められた時点でもう、色々とおしまいな気がする。


 開墾作業が困難で、どの国の領土にもなっていない手付かずの土地を開拓するか?
 
 上手くいった後で欲張りな奴が、自国領だと言って領有権を主張してきそうだ。



 困難が予想される未来にどう対処すべきか、俺が頭を悩ませていると――
 耳を疑うような知らせが届いた。

 




 手紙の送る主はダルフォルネで……

 ダルフォルネ侯爵領にて『偽聖女ソフィ』の公開処刑を執り行う――
 という案内だった。
 


 ダルフォルネは偽聖女を擁立し聖女を追放を主導したことで、三年前に国務大臣の任を解かれ、現在は自身の領地で謹慎している。


 聖女を追放した割に軽い罰で済んでいるのは、それまでの功績を考慮したことと、大貴族という地位に配慮してのことだ。

 国王といえども大貴族に、重い罰を科すのは難しいらしい。


 だがそれでも、やりたい放題していいわけでもない。
 ソフィを処刑するとなると、放置するわけにはいかない。



 彼女が偽聖女だということは、状況証拠からもうすでに国中に知れ渡っている。
 しかし……それでもまだソフィは、俺の婚約者なのだ。


 次期国王の正妻となることが決まっているソフィを、現国王や俺に何の断りもなしに処刑する。

 そんなことを見過ごせば――
 俺の権威は失墜し、王国の秩序は崩壊する。

 そんなことは……ダルフォルネなら解っているはずだ。
 解っていて、こんな案内を寄こしやがった。

 俺を挑発しているのか?


 ――なめやがって。

 邪竜王に呪いを受けた左腕が、ひどく疼く……。




 なんとしてもダルフォルネは、俺の手で粛清しなければならない。


 俺はダルフォルネへの使者の用意と――
 親衛隊の出撃準備を命じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

偽神に反逆する者達

猫野 にくきゅう
ファンタジー
 ・渓谷の翼竜  竜に転生した。  最強種に生まれ変わった俺は、他を蹂躙して好きなように生きていく。    ・渡り鳥と竜使い  異世界転生した僕は、凡人だった。  膨大な魔力とか、チートスキルもない──  そんなモブキャラの僕が天才少女に懐かれて、ファンタジー世界を成り上がっていく。  ・一番最初の反逆者  悪徳貴族のおっさんに転生した俺は、スキルを駆使して死を回避する。  前世の記憶を思い出した。  どうやら俺は、異世界に転生していたらしい。  だが、なんということだ。  俺が転生していたのは、デリル・グレイゴールという名の悪徳貴族だった。  しかも年齢は、四十六歳──  才能に恵まれずに、努力もせず、人望もない。    俺には転生特典の、スキルポイント以外何もない。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...