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16.レオナルド
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ラ・コルネ。
前回の下見ではルナとの食事が長引いて、さすがに時刻が遅すぎて閉店していたが、改めて見ると素晴らし店構えだ。
多くの人が賑わう街のど真ん中に据えられた宝石店。清掃が行き届いた店先。曇り一つないガラス扉。魅惑的な宝石を使用した装飾品の数々が店を彩る。
よし、行くか。
ケースを持って入店すると、長く伸びた灰色髪で金縁眼鏡をかけ、漆黒のスーツを着た男が気品のある作法で迎え入れた。
「お待ちしておりました、レオナルド様」
お待ちしておりました、だと……?
俺がラ・コルネのケースを無断で奪ったも同然のことをしたのにも関わらず、それを前にしても慌てる様相を見せない落ち着き具合。これは侮れないな。
「予約もしてないのに待っていたとは、おかしなことを抜かす店だな」
「貴方様がご来店されるのは、予測しておりましたので……」
こいつがラ・コルネの店長、サイファー・アルベルティか。思っていたよりも身長高いな。それにしても“紅い瞳”とは珍しい。
店内を見渡して、他に客がいないことを確認してから返した。
「今日ここに来たのは他でもない。ラ・コルネに掛けられている、ある疑惑について話をしたい」
「かしこまりました。それでは応接室へご案内致します」
何だこいつ?
まるで機械の人形みたいだ。
予想に反して全く動じなかったサイファーに案内された先は、閑静な応接室だった。壁に窓のない密閉された空間に、こんな部屋が応接間なのかと、すぐさま違和感を覚える。
とはいえ、人に聞かれたくない話をするには好都合な場所か――。
「こちらへどうぞ」
サイファーがソファへ腰掛けるよう勧めてきたので、俺はソファの隣にケースを置いた。少し上目遣いでサイファーを睨みつつ腰を下ろし、
「従業員は誰もいないのか?」
と尋ねると、彼は立ったまま口角を緩めて薄気味悪く微笑んだ。
「今日はお客様の来店予約もないので、私一人なのですよ。今、紅茶を淹れます」
「いや、長話するつもりは毛頭ないから、そんなものはいらない」
冷たく遇らうと、彼は振り返って背中を向けてきた。
「クククク、私のですよ」
「何?」
まさか、俺を挑発してるのか……?
サイファーが棚からティーセットを取り出して準備を始める。すると、おもむろに横を向いて肩越しに訊いてきた。
「……ご用件は、麻薬の件ですよね?」
「やはり知っていたか。対応があまりにもスムーズ過ぎて変だとは思っていた」
「レオナルド様が当店の内情をお調べされているのは、存じておりましたよ。先日も下見に来られてましたね」
は?
辺りを探っても、誰一人としていなかったはずなのに。
「……気付いてたのか?」
「貴方様の外見的特徴も存じておりましたのでね。そのうちご来店させるだろうと、その時はお声掛けすることは控えておきました」
そう述べたサイファーは、ソーサーに乗ったティーカップを2つ持ってソファに戻り、それをテーブルの上にそっと置いた。何だかんだで、俺の分も用意していたようだ。
そして対面のソファへ座ったサイファーは、紅茶を一口飲むと優雅に脚を組んだ。
「それで、証拠が見つかったということでしょうか?」
「ああ、ラ・コルネが輸出入用に使用しているケースから、国内で所持が禁止されている麻薬が発見された。これは動かぬ証拠だ」
勝ち誇るようにフッと微笑み、ケースをテーブルに乗せてフタを開いてみせる。サイファーは目を細めつつ、背もたれに上体を預けた。
「まさか荷物が入国してから今に至る間に、暗証番号を解かれたので?」
「苦労したがな。だが、あんたらを当初俺は“元締めを担う麻薬密輸組織”として想定していたが、どうやら違うようだ」
「……と、申しますと?」
「密輸量が少なすぎるのさ」
麻薬の密輸はリスクがバレるかバレないかしかない中で、どうせやるなら多く運びたいと考えるのが普通。
他国で大規模な組織を形成するマフィアなどは、貿易運航会社を丸ごと汚職させて一度に大量の麻薬を密輸する。しかし、ケースには二重底で充分なスペースがあるにも関わらず、ごく少量しか麻薬が発見されなかった。これは効率的な視点から見ても、明らかにおかしい。
「元締めではなく、ただ単に“個人で使用”する目的だとしたら? それならば少量でも辻褄は合うかと」
「ならば国内各地に潜む売人から買えば済む話だろ。わざわざ密輸するリスクを背負う必要はない。そもそも宝石商として莫大な利益を出しているラ・コルネが、麻薬密輸なんかで儲けようとする理由も見当たらない。そこで俺は、思い描いた仮説を2つに絞ったんだ」
「ふむ……仮説ですか」
下唇を指で摘んだサイファーの視線が俺の紅茶へと向かう。一向に口を付ける気配のない俺に苛ついているのか。自慢の茶葉でも使っているのだろう。
が、それに構わず俺は続けた。
「1つ目は、他人から仕込まれて知らぬ間に運ばされている可能性だ」
「2つ目は?」
「濡れ衣さ。つまり、ラ・コルネの信用を陥れるよう他の誰かから狙われている可能性がある、ということだ」
途端、サイファーは目を瞑って腕を組むと、片方の口元を上げてニヤリと不気味な笑みを浮かべ出した。
「お見事、としか言い様がございませんね。貿易商にしておくのは勿体無いお方だ」
「褒め言葉として受け取ってやる。だが、俺は今の仕事に誇りを持っている。次にまた余計なことを口走れば、即座に拘束するぞ」
「クククク」
「何がおかしい……!」
陰惨染みた笑い方をするサイファーに対して怒り気味に問うと、彼はゆっくりと瞼を開け、紅い瞳を俺に向けてきた。
「私が分析していた人物像より激情家のようですね。こちらの調べでは冷静沈着な方だと予想しておりましたが。多分、貴方様の御心にルナ様が居られるからでしょう」
「ルナ? な、なぜそう思う?」
「貴方様が付けていらっしゃる香水は、ブルガモのアクヴァコーラルXIIIですよね?」
「……何?」
付けていた香水の名前をメーカーごとドンピシャで言い当てられた俺は、一瞬たじろいだ。
「そうだが……それが何だと言いたいんだ?」
「男性からの人気はそれほど高くない香水ですが、フルーティーな香りが魅力のある、ルナ様が一番好まれておられる商品です。意中の女性が好む香水をつける男性も一定数おり、過去の経歴から見てお2人が親密な関係であることは存じております。そこから、貴方様が敢えてその香水をご使用されているのではないかと推測致したまでですよ」
「……べ、別にそんなつもりは……!」
「ちなみに、レオナルド様は私を恋敵と勘違いされておられるようですが、ご安心ください。私には心に決めた女性が他におりますから」
「チッ……」
全てを見透かしているようなサイファーの論述を前に、思わず舌打ちが漏れる。
クソ、ダメだ、本当に何なんだこいつ……!
恐ろしくやりずらい奴だ……!
こういう言葉巧みに相手の心理を揺さぶるタイプは、好きに喋らせるといつの間にかペースを持っていかれてしまう。
まずいぞこれは……。
よりにもよって俺の一番苦手とする相手。
しかし、ここで退くわけにはいかない――。
前回の下見ではルナとの食事が長引いて、さすがに時刻が遅すぎて閉店していたが、改めて見ると素晴らし店構えだ。
多くの人が賑わう街のど真ん中に据えられた宝石店。清掃が行き届いた店先。曇り一つないガラス扉。魅惑的な宝石を使用した装飾品の数々が店を彩る。
よし、行くか。
ケースを持って入店すると、長く伸びた灰色髪で金縁眼鏡をかけ、漆黒のスーツを着た男が気品のある作法で迎え入れた。
「お待ちしておりました、レオナルド様」
お待ちしておりました、だと……?
俺がラ・コルネのケースを無断で奪ったも同然のことをしたのにも関わらず、それを前にしても慌てる様相を見せない落ち着き具合。これは侮れないな。
「予約もしてないのに待っていたとは、おかしなことを抜かす店だな」
「貴方様がご来店されるのは、予測しておりましたので……」
こいつがラ・コルネの店長、サイファー・アルベルティか。思っていたよりも身長高いな。それにしても“紅い瞳”とは珍しい。
店内を見渡して、他に客がいないことを確認してから返した。
「今日ここに来たのは他でもない。ラ・コルネに掛けられている、ある疑惑について話をしたい」
「かしこまりました。それでは応接室へご案内致します」
何だこいつ?
まるで機械の人形みたいだ。
予想に反して全く動じなかったサイファーに案内された先は、閑静な応接室だった。壁に窓のない密閉された空間に、こんな部屋が応接間なのかと、すぐさま違和感を覚える。
とはいえ、人に聞かれたくない話をするには好都合な場所か――。
「こちらへどうぞ」
サイファーがソファへ腰掛けるよう勧めてきたので、俺はソファの隣にケースを置いた。少し上目遣いでサイファーを睨みつつ腰を下ろし、
「従業員は誰もいないのか?」
と尋ねると、彼は立ったまま口角を緩めて薄気味悪く微笑んだ。
「今日はお客様の来店予約もないので、私一人なのですよ。今、紅茶を淹れます」
「いや、長話するつもりは毛頭ないから、そんなものはいらない」
冷たく遇らうと、彼は振り返って背中を向けてきた。
「クククク、私のですよ」
「何?」
まさか、俺を挑発してるのか……?
サイファーが棚からティーセットを取り出して準備を始める。すると、おもむろに横を向いて肩越しに訊いてきた。
「……ご用件は、麻薬の件ですよね?」
「やはり知っていたか。対応があまりにもスムーズ過ぎて変だとは思っていた」
「レオナルド様が当店の内情をお調べされているのは、存じておりましたよ。先日も下見に来られてましたね」
は?
辺りを探っても、誰一人としていなかったはずなのに。
「……気付いてたのか?」
「貴方様の外見的特徴も存じておりましたのでね。そのうちご来店させるだろうと、その時はお声掛けすることは控えておきました」
そう述べたサイファーは、ソーサーに乗ったティーカップを2つ持ってソファに戻り、それをテーブルの上にそっと置いた。何だかんだで、俺の分も用意していたようだ。
そして対面のソファへ座ったサイファーは、紅茶を一口飲むと優雅に脚を組んだ。
「それで、証拠が見つかったということでしょうか?」
「ああ、ラ・コルネが輸出入用に使用しているケースから、国内で所持が禁止されている麻薬が発見された。これは動かぬ証拠だ」
勝ち誇るようにフッと微笑み、ケースをテーブルに乗せてフタを開いてみせる。サイファーは目を細めつつ、背もたれに上体を預けた。
「まさか荷物が入国してから今に至る間に、暗証番号を解かれたので?」
「苦労したがな。だが、あんたらを当初俺は“元締めを担う麻薬密輸組織”として想定していたが、どうやら違うようだ」
「……と、申しますと?」
「密輸量が少なすぎるのさ」
麻薬の密輸はリスクがバレるかバレないかしかない中で、どうせやるなら多く運びたいと考えるのが普通。
他国で大規模な組織を形成するマフィアなどは、貿易運航会社を丸ごと汚職させて一度に大量の麻薬を密輸する。しかし、ケースには二重底で充分なスペースがあるにも関わらず、ごく少量しか麻薬が発見されなかった。これは効率的な視点から見ても、明らかにおかしい。
「元締めではなく、ただ単に“個人で使用”する目的だとしたら? それならば少量でも辻褄は合うかと」
「ならば国内各地に潜む売人から買えば済む話だろ。わざわざ密輸するリスクを背負う必要はない。そもそも宝石商として莫大な利益を出しているラ・コルネが、麻薬密輸なんかで儲けようとする理由も見当たらない。そこで俺は、思い描いた仮説を2つに絞ったんだ」
「ふむ……仮説ですか」
下唇を指で摘んだサイファーの視線が俺の紅茶へと向かう。一向に口を付ける気配のない俺に苛ついているのか。自慢の茶葉でも使っているのだろう。
が、それに構わず俺は続けた。
「1つ目は、他人から仕込まれて知らぬ間に運ばされている可能性だ」
「2つ目は?」
「濡れ衣さ。つまり、ラ・コルネの信用を陥れるよう他の誰かから狙われている可能性がある、ということだ」
途端、サイファーは目を瞑って腕を組むと、片方の口元を上げてニヤリと不気味な笑みを浮かべ出した。
「お見事、としか言い様がございませんね。貿易商にしておくのは勿体無いお方だ」
「褒め言葉として受け取ってやる。だが、俺は今の仕事に誇りを持っている。次にまた余計なことを口走れば、即座に拘束するぞ」
「クククク」
「何がおかしい……!」
陰惨染みた笑い方をするサイファーに対して怒り気味に問うと、彼はゆっくりと瞼を開け、紅い瞳を俺に向けてきた。
「私が分析していた人物像より激情家のようですね。こちらの調べでは冷静沈着な方だと予想しておりましたが。多分、貴方様の御心にルナ様が居られるからでしょう」
「ルナ? な、なぜそう思う?」
「貴方様が付けていらっしゃる香水は、ブルガモのアクヴァコーラルXIIIですよね?」
「……何?」
付けていた香水の名前をメーカーごとドンピシャで言い当てられた俺は、一瞬たじろいだ。
「そうだが……それが何だと言いたいんだ?」
「男性からの人気はそれほど高くない香水ですが、フルーティーな香りが魅力のある、ルナ様が一番好まれておられる商品です。意中の女性が好む香水をつける男性も一定数おり、過去の経歴から見てお2人が親密な関係であることは存じております。そこから、貴方様が敢えてその香水をご使用されているのではないかと推測致したまでですよ」
「……べ、別にそんなつもりは……!」
「ちなみに、レオナルド様は私を恋敵と勘違いされておられるようですが、ご安心ください。私には心に決めた女性が他におりますから」
「チッ……」
全てを見透かしているようなサイファーの論述を前に、思わず舌打ちが漏れる。
クソ、ダメだ、本当に何なんだこいつ……!
恐ろしくやりずらい奴だ……!
こういう言葉巧みに相手の心理を揺さぶるタイプは、好きに喋らせるといつの間にかペースを持っていかれてしまう。
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