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第5幕 霊界武闘大会編

VSゴウチ

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 ゴウチの開始の合図とも取れる最初の一撃以降、リング上には嵐が吹き荒れ、他のモノを全く寄せ付けない凄まじい威圧感を会場全体に放っていた。


 〔ドゴンッ!ズガンッ!!ボゴンッ!〕
 リング上を動き回る善朗を的確に追う様にゴウチの大木槌が襲い掛かる。


 しかし、その大木槌が善朗を捉える事無く、善朗が巧みに寸前でゴウチの攻撃を交わして距離をとり、その距離を詰めて、ゴウチが再び大木槌を善朗に向けて叩き込む。幽霊だけあって、疲れはなく、ただただひたすらに一撃必死の死の鬼ごっこを繰り広げるように二人が動き回っていた。

「・・・・・・。」
 会場の殆どの人間にとってはその二人の行動が、想像を超える速さで行われており、ついて行ける者は声を出さずに生唾を飲み、ついていけない者は、ただただリングがゴウチに破壊されていく様を見ているだけだった。そんな光景に言葉も出るはずがなく、自然と会場は静寂に支配されている。

(・・・なんなんやこれは・・・どないなっとんねん・・・。)
 賢太は目前で繰り広げられている善朗達の戦いを見て、腕組みをする手にこれでもかと力を入れて、歯を食いしばっている。

 理解が追いつかない99%の人間ではなく、もちろん1%側の賢太だったが、善朗がゴウチの攻撃をただ交わしているだけではないと理解しているからこそ、あまりの歴然とした自分との差に苛立ちが賢太自身を蝕《むしば》んでいた。

(・・・善朗君・・・。)
 賢太とは別の角度で善朗を見る秦右衛門も賢太と同じようにその拳に力を込める。

 善朗は大前を鞘からは抜かずに納刀《のうとう》した状態で、左手に持っていたもののそれを一切攻撃に使わずに、自身のバランスを取る為に器用に杖のように使っていた。そして、ゴウチの攻撃を全て、その驚異的なバランス感覚を使って、紙一重で交わしている。が、ゴウチも達人の武芸者。巧みに攻撃のパターンを代えて、その大木槌を善朗に叩き込まんとしてくる。

(善朗さん、どうか無事で。)
 乃華には善朗達の戦いは会場の人間たちと同じように目では捉えられない。しかし、一心に善朗の無事な姿だけに一喜一憂して、そして、ゴウチの追撃にキモを冷やす。

(・・・善朗ッ・・・。)
 金太は歯痒い気持ちで善朗の戦いぶりを見て、その凄まじい善朗の健闘よりも申し訳なささに苦い顔をしている。

 善朗に近い者達が各々の感情に左右される中、
「・・・・・・。」
 ササツキもまた、自身の思惑の中から善朗をジッと見ていた。腕組みをして、左手をアゴに伸ばして、アゴを触りながら分析するように善朗を見詰めている。まるで、今度は自分が善朗と闘うという想定をしているように。

 〔ドガンッ!ボゴンッ!〕
 リング上は相変わらず、ゴウチの大木槌によって、巻き起こる爆音がコロシアム全体を覆いつくす。リングは最早、平らな面がほぼなくなるように破壊に破壊されて、攻撃を交すだけの善朗にとっては段々と不利なように見えた。まさにその時だった。



 ゴウチが攻撃を放った後、善朗が繰り返すように寸前でその攻撃を交わして、再度、距離を取る。その繰り返しに見えた次の瞬間。
 〔ゴヒュンッ〕
 ゴウチが突然、リング上にあったゴウチの攻撃により破壊されたことによって出来た少し大きめなリングの破片の石を素早く掴んで、善朗が移動しようとしたその先に先回りさせるように猛スピードで投げつけた。



「ッ!?」
 善朗は自身の行動の先に先回りされた大きめな石の突然の出現に一瞬身体が固まる。

(取ったッ!)
 ゴウチは目を今までで一番カッと見開き、一瞬動きを止めた善朗を確実に大木槌の攻撃範囲に納め、善朗を仕留めたと確信する。

「ッ?!」
 〔ドギャンッ!〕
 攻撃が善朗に降りかかった瞬間、ゴウチは驚愕する。

「・・・・・・。」
 ゴウチは自身の渾身の一撃を叩き込んだ状態で目を丸々とさせて固まる。

 そのゴウチの背後で悠然と善朗が立っている。
「・・・・・・。」
 善朗は納刀したままの大前を左手で持ち、ゴウチをジッと見ている。

 ゴウチは試合開始直後からただ善朗を攻撃しているように見えたが、実際はリング上を巧みに破壊し、善朗の動きを制限するようにその作業を続けることにより、リング上全体に善朗を絡め取るための蜘蛛の糸を張り巡らせていった。リング上はゴウチの思惑に沿う形でデコボコになり、ただひたすら交すだけの善朗には足場が次第に悪くなっていく。その結果、ゴウチは善朗の動きがどんどん予想できるようになっていっていた。そして、ゴウチの最後の渾身の一撃。ゴウチはさらに善朗の動きを制限するべく、リング上に現れた大きな石を善朗の移動先に予め投げて、善朗の動きを完全に封じ込めた。


 糸で完全に絡め取った・・・はずだった。


 だが、リング上には確実に、ゴウチの予想とは相反する結果を残して勝敗を決するお互いの立場が明確に横たわる。

(・・・最後の一撃・・・貴方に刀を使わせたということが・・・私の誇りとしましょうか・・・。)
 ゴウチはゆっくりと上体を起こし、直立して、善朗の方を向き、にこりと微笑む。

 最後のゴウチの渾身の一撃。善朗は今まで、バランスを取るためだけに使っていた大前の柄を使い、ゴウチの大木槌の軌道を変えさせていた。自分に迫る大きな木槌のちょっとした面に柄を当て、そこを支点に身体を流し、さらにその大木槌の軌道を自分からズラしたのだ。極め付けは、ゴウチの体に鞘を当てて、そこを支点に善朗は川をゆったりと流れる木の葉のように、それがあたかも自然な如く身体を動かし、ゴウチの背後にフワリと回りこむ。



「すばらしい・・・その一言に尽きます。」
 ゴウチは大木槌を地面から担ぎなおして、善朗に向けて笑顔を向ける。



「・・・・・・。」
 善朗は立ち尽くしたまま、ゴウチを見るだけだった。が、全身からはすでに戦意が掻き消え、力が抜けていた。

「どうですか?心は高ぶりましたか?」
 ゴウチは戦意を完全に消して、善朗に歩みより、そう尋ねる。

「・・・・・・。」
 善朗は試合が終わっていないにもかかわらず、ゴウチの言葉に導かれるように自分の右手に目を向けて、自分自身を見つめる。

 ゴウチとの戦いは確かに自分を高ぶらせて、久々に自分が幽霊とは言え、生きているという実感が、この世に存在しているという確信が、全身を駆け巡った。

「・・・何も貴方が向き合っているのは荒御魂《あらみたま》だけではありません・・・ほら、貴方を心配そうに見ている仲間達がいます・・・冥という少女の事は今はしかたありませんが、その事を理由にうつむいている事が、貴方が立ち止まっている理由になりませんよ。」
 ゴウチはそう話しながら、善朗の隣をスルリと通り、通り際に善朗の肩を優しく触る。

「・・・・・・。」
 ゴウチの言葉に再度導かれるように、善朗の目は自然とリング下にあるリングサイドの辰区の面々が居る方へと向けられる。

 そこには、今も自分を心配そうに見ている乃華を筆頭に、賢太達もジッと善朗の様子を見ていた。


「そうそう・・・現世には今もまだ蠢くうごめく闇があります・・・貴方が少女を思い、戦えないとしても、向こうはそんなことお構い無しです・・・しかし、今回の事で分かって頂ければ、幸いですが・・・向き合い方、往なし方は色々あります。」
 ゴウチはそう言いながら、善朗から離れて、リングアナの方に歩いていく。

「・・・・・・。」
 善朗はそんなゴウチの背中がなぜか大きく見えた。





 〔・・・・・・あっ、あの~~っ・・・。〕
 リングアナは突然近付いてきたゴウチという存在に完全に萎縮《いしゅく》している。

「すみませんが、私は降参しますので。」
 〔へっ?〕
 ゴウチはリングアナにニコニコと微笑みながら近付いて、そう一言残してリング下の猪区のリングサイドへと歩いていく。リングアナは恐怖の象徴からの突然の敗北宣言に呆然としていた。



 ゴウチがリング下の猪区の仲間達の元に戻ってくると猪の一番に出迎えたのはムカイ。
「・・・満足できたか?」
 リング上の佇む善朗をジッと見ながら、ムカイがゴウチにそう尋ねる。

「・・・・・・貴方の悔しがり方を見れましたので・・・ね。」
 ゴウチはニコニコとしながら、ムカイにそう告げる。

 ゴウチの視界には、ムカイの腕組みをして強張っているものの小刻みに震える身体が明け透けなく入り込んでいた。それは同じ武芸者として、恐怖ではなく、好奇心が深層から自身をたぎらせる反応だった。そのムカイの反応が、ゴウチに少しの優越感を与えた。



 〔ざわざわ・・・。〕
 突然始まり、会場のほぼ全員を置いてけぼりにした戦いが、またも突然に終わりを告げ、完全に観衆を困惑の海に飲み込んでいる。



 〔ええっ・・・えぇ~~・・・ゴウチ選手の棄権によりまして・・・しょっ、勝者辰区善朗ォーーーーッ・・・。〕
 リングアナがゴウチに告げられたとおり、ゴウチの棄権を観衆に告げて、それにより善朗の勝利が確定した事を高らかに、戸惑いながらも宣言した。

 〔・・・ざわざわざわざわ・・・。〕
 当然の反応だった。観衆が求めていたのは、い組の悪霊を倒した善朗の派手な戦いぶり。しかし、フタを開けてみれば、そこにはなんともあっさりとした鬼ごっこの末に、鬼が降参するという呆れたストーリーだったのだから無理もない。


「善朗――――っ、よくやったぞーーーーーっ!」
「善朗――――っ、胸を張りなさいっ!」
 会場が静まり返る中で、吾朗とノブエの善朗を讃える声が鮮やかに木霊す。


 善朗の胸は熱くなる。
「・・・・・・。」
 ゴウチが残した『仲間』という言葉が、善朗を温かく包み込む。

「善朗君っ!」
「善坊ッ!」
「善朗さんっ!」
 善朗がリング下の乃華達が待つリングサイドに戻ってくると、乃華達が涙交じりの笑顔で出迎える。

「・・・・・・。」
 賢太は腕組みをして、釈然としない表情で善朗を見るだけだった。

 そんな賢太の脇を抜けて、ササツキが猪の一番に善朗に近付く。
「素晴らしい戦いでしたね・・・さすがはい組を手玉に取っただけはあるっ。」
 ササツキは秦右衛門達をスルリと交わして、善朗に近付き、親しそうに善朗の肩に手を回して、微笑む。

「あっ、いえっ、そんな・・・ありがとうございます。」
 少し現状と向き合えるようになった善朗がササツキの言葉に少し恥ずかしさを出してそう答える。





 辰区の勝利が会場に告げられる中で、特別に用意された会場の展望台にあるVIPルームにいる曹兵衛がそんな善朗達を見下ろしている。
「・・・ササツキの動向も気になりますね。」
 曹兵衛は善朗と仲が良さそうに肩を抱いて笑っているササツキを鋭い眼差しで観察している。

「あいつは大体何かを隠してる風だからな・・・。」
 曹兵衛の後ろにあるソファに寝転がりながら武城がそう話す。

 武城がいるならば、この男も居る。
「・・・しかし、あの一件以来素性が掴めなかった男が突然、表舞台に顔を出したのだ・・・これ以上、不自然なことはあるまい。」
 ノムラが神妙な面持ちで曹兵衛のすぐ後ろに立ち、曹兵衛と同じようにササツキを見ながら、武城にそう答える。

「ノムラさんは次、ナルキとの試合でしたね・・・十分用心して下さい。」
 曹兵衛が視線をノムラの方に移して、真剣な目を向ける。

「はっ・・・皆にも気を引き締めるように言ってありますっ。」
 ノムラは直立から曹兵衛に軽く会釈をして、そう答える。



 〔それでは、次の試合。丑区VS未区を開催いたしますっ!〕
 気を取り直したリングアナが次戦を会場に告げる。



 〔ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!〕
 会場は先ほどの消化不良な善朗の戦いを吹き飛ばすように、改めて盛り上がる。

 会場が盛り上がる中、試合会場から控え室に続く廊下を歩く善朗。
(・・・そういえば、荒御魂って・・・なんのことだろう・・・。)
 善朗は秦右衛門達の後ろを歩く中で、ふとゴウチが残した言葉を心の中で復唱した。





「残念だったね・・・もうそろそろでおしまいかな?」
 暗い闇の中で、善朗に似た柔らかな声が響く。

「・・・・・・チッ、調子に乗るなよ、和《ににぎ》ッ・・・。」
 善朗に似た棘のある鋭い口調の声も響く。

「・・・消えるのは、君か善朗君じゃない・・・君か僕だ・・・でも、どうやら、その答えはもうすぐ分かりそうだね・・・。」
 柔らかな声の口調のテンポが少し速くなり、心なしか声が跳ねる。

「へへへっ・・・どうかな・・・あいつは俺を選ぶかもな・・・。」
 鋭い口調の声が負けじと跳ね返す。

 そんな二人の言い合いの中で、少し後方に目をつむり、小さく丸まって静かに眠っている少女がいる。


 冥だ。


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