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幕間4 前夜祭

遊園地の怪

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「・・・さてと・・・そろそろ、始めないとな・・・。」
 遊園地を囲む森の中から、男の低い声が聞こえてくる。

 男の周りは日が落ち始めた事により、闇が一層深くなっている。人など、好き好んでこんな暗い森には立ち入らないだろう・・・人ならば。

 男は森の中を遊園地に向かって歩いているが、足音などは一切しない。しかし、男が歩く度にどんよりとした重い空気が辺りを包み込んでいく。


「ワンワンッ!ワンワンワンッ!」
 男が近付こうとしていた遊園地の方から犬の鳴き声が男の耳に届いた。


「・・・なんだ・・・野良犬か?」
 男は犬の鳴き声に反応して、そちらの方へと歩く向きを変える。

 男が犬の方へと近付くと思わぬ光景が目に入る。
「そこの者っ、これ以上こちらに近付くなっ!」
「っ?!」
 先ほどまで、犬の鳴き声を発していた犬が目に入るが、その犬があろう事か男に対して、人の言葉で話し出したのだ。男はさすがに目を丸くする。

「こちらはお前の住む世界とは違うっ!何をしようとしているか分からぬが、これ以上近付けば、拙僧も黙っておらんぞっ!」
 犬は異様な雰囲気を運んでくる男に対して、そう警告した。



「ほほぉ~~・・・式霊付きか・・・。」
「なっ?!」
 男はしばらくしていると犬の後方から現れた人物を恍惚と見入る。
 犬は男とは違い、その人物を見て、焦り出した。



「美々子殿いけませんっ!ここから早く離れてっ!」
 太郎は自分のすぐ後ろにジッと立っている美々子に対して、離れるように大きな声で促す。

「・・・・・・。」
 美々子は黙って、男を見たまま動かない。

「・・・俺はデザートから食べる主義ではないが・・・出されたものは残さず食べる主義だ・・・食事の順番は考慮しよう。」
 美々子を見て、男がにこりと笑う。



「美々子――――――っ、太郎――――っ、お前ら少しはこっちに気ぃ使わんかいっ!!」
 そうこうしていると、少し離れた所から賢太の悲痛な怒りの声が太郎達の耳に届く。



「・・・まだいるのか?」
 男は穏便に事を進めていたのにも関わらず、遭遇する人間が多すぎる事に少し驚いた。

「オヌシ、ここに何しに来たっ?」
 太郎が臨戦態勢で身を低く構えながら、男に問う。

「何しに来た?・・・言わなければ分からんのか・・・。」
「ッ?!」
 男は太郎の問いに不敵に口角を上げながら、言葉を発する。
 太郎は男が言葉と共に放ってきた重く身体にまとわりつく黒い衝動に毛を逆立てる。


「お前こらっ、美々子ッ!・・・お前、なにし・・・とん・・・ん?」
 やっと美々子達に追いついた賢太が、ボ~ッとしている美々子に怒鳴るが、美々子の目の前に立つ男の異様な存在に目を奪われる。

「・・・少女の次は、少年か・・・なんとも、不思議な組み合わせ・・・・・・いや、場所だけに兄妹で遊びに来ていたのか?・・・それは残念だったな・・・楽しんでいた最後が悲劇に終わるとは・・・。」
 男はどこか悲しげな目をして、賢太と美々子を見ながら、ブツブツと語り出す。

「・・・何ゆうとんねんっ、おっさん・・・気色悪いのぉ~~・・・幽霊と人間が兄妹なわけあるかいっ・・・・・・いや・・・俺が死んでて、美々子の守護霊っていうんやったら、言えん事もないか・・・。」
 賢太は賢太で男の語りに変にツッコみだした。

「賢太よっ、のん気にしている余裕などないぞっ!・・・こやつは危険すぎるっ。美々子殿だけでも逃がさなくてはっ!」
 賢太の関西人らしい暴走を太郎が冷静に処理して、方向を正そうとする。

「あわてんなやっ、太郎ちゃんっ・・・よう見てみい・・・こっちとそっちを分けとる結界があるやんか。」
 賢太はやけに落ち着いていると思ったら、チャッカリと遊園地を囲む結界に気付いて、それを太郎に自慢げに話す。

「・・・確かに少年の言うとおりだ・・・この結界は強力で強い悪霊でもそうそう簡単には入れまい・・・。」
「ほらのっ?」



「完璧な結界ならばな・・・。」〔パキーーーーーーンッ〕



「えっ?!」
 男は賢太の言うとおりだと最初は主張するが、賢太の余裕を打ち砕くように、結界もまた、賢太達の目の前で脆く崩れ去る。その光景に、その場にいた賢太と太郎が度肝を抜かれた。

「・・・結界崩壊から運営が動き出すまで5分・・・救霊会に連絡が入り、急造の部隊が到着するまで15分・・・それを片付けて、増援が来るまで30分・・・お前たちは何分持つかな?」
 男の闇は結界崩壊と共に爆発的に大きくなり、鋭く光る眼光がその存在感を増していた。

 膨れ上がった男の存在と共に傾いていた日がいよいよその姿を隠そうとする。男の行動で起きた重苦しい静寂。そんな静寂を破るように森を駆け抜ける音がする。



 〔パーーーンッ!〕
「ナッ?!」
 美々子が突然柏手を打つ。すると、男はその衝撃で身体動かなくなった。



 〔ゴキーーーーーーーンッ!〕
 男が動けなくなった隙をついて、賢太が右ストレートを男の顔面に力一杯入れる。ものすごい金属を打つ音が森中に響き渡る。賢太の両腕にはそれぞれ一つずつ腕輪が。太郎が姿を変えた皇峨輪《こうがりん》がちゃんと巻かれていた。

「かってええええええっ?!」
 幽霊である賢太に痛みはない。だが、その余りにも固い男の顔面に対しては驚きを隠せない。

「なかなかいい攻撃だな・・・だが、まだまだ強度が足りん・・・。」
 ビクともしなかったものの男は賢太の果敢な攻めを素直に褒める。

「固いからって、中身まで丈夫とはかぎらんやろ・・・どこまで、耐えれるか我慢比べや、おっさん・・・。」
 賢太は余りにも固い男に驚くも、それはそれと割り切って、自分の出来ることだけをやることを高々と男に宣言する。

「よかろう・・・かかってこい・・・。」
 男は全身に力を入れて、真正面から賢太を受けとめると言わんばかりに、堂々と構える。

「オラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
 賢太は雄叫びを上げて、地面を蹴る。

 〔ゴキーーンッ、ゴゴゴンッ、ガキンッ、ガガキンッ!〕
 賢太の鉄拳が男の急所という急所に入っていく。
 その賢太の拳が如何に堅く重いかを知らしめるように森中に打撃音が響き渡っていく。

「いいぞ、少年・・・なかなか良い拳だ・・・。」
 男は平然としている。賢太の攻撃を一切交わしもせず、手で払う事もせず、その身一つで賢太の渾身の一撃を受けていく。


(なんちゅうやつや・・・固いっちゅーもんやあらへんやろっ。)
 賢太は一旦男から離れて、気合を入れなおす。


「私の名は、蛇虻《だぼう》・・・少年、名を聞いておこうか・・・。」
 蛇虻と名乗った悪霊は仁王立ちで余裕を持って名乗りを上げた。

「雅嶺賢太《がりょうけんた》やっ・・・おっさん、良い度胸しとるな・・・気に入ったでっ!」
 蛇虻の正々堂々とした態度に素直に感心する賢太。すると、

「むっ?」
「おっ?」
 賢太と蛇虻が男と男の会話をしていると、スッと美々子が黙って、その空気の中に入ってきて、賢太の右腕を握る。その光景に二人の男は驚き動きを止めた。

「なっ・・・なにしとんねん、美々子っ。」
 賢太は黙って、自分の右腕を掴む美々子に当然のようにその行動の真意を問いかける。



「・・・おまじない。」
 美々子はそうポツリと呟いて、今度はサッと離れた。



「フッフッフッフッ・・・さしずめ女神の抱擁か?・・・すばらしい・・・。」
 蛇虻は仁王立ちから一歩も姿勢を崩さず、二人の行動を悠々と眺めている。

「・・・・・・。」
 賢太は美々子が掴んでいた右腕を黙って眺めている。
 心なしか、右腕が少しぼんやりと光を放っているように見えた。

「賢太っ・・・もう終わりか?」
 蛇虻が腕組みをして、賢太の次の行動を促す。

「おっさん・・・ようゆうたっ・・・続きといこかっ?」
 賢太は蛇虻にそう返答して、ニヤリと笑う。



 〔パキーーーーンッ・・・ピシッ〕
「ぐわああああああああああああああああああああっ!!!!」



 賢太が地面を蹴って、渾身の右ストレートをあいも変わらず蛇虻に放つと、賢太のその拳を耐えたかに見えた蛇虻が突然ノタ打ち回った。

「いてえええええええええええええええっ!ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおっ!いてえじゃねえかっ、くそがきいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
 蛇虻はノタ打ち回りながら、子供のように痛がり、賢太を罵倒する。今まで、悠然と男の中の男のような落ち着いた兵《つわもの》はもうそこにはいない。

「・・・・・・。」
 余りの蛇虻の変貌振りに右ストレートを打ったそのままの姿勢から固まって動けない賢太。

「ちきしょおおおおおおおおおっ!ちきしょおおおおおおおおおおおおおっ!マジいてええええええええええええっ!!」
 蛇虻は賢太に殴られて、少しヒビがはいった左頬を押さえながら叫び散らしている。

(おいおい、気持ち悪すぎるやろっ・・・。)
 賢太は先ほどまで男らしいと思っていた蛇虻の豹変振りにドン引きしていた。

 幽霊だけに痛みも外傷も即座に消え去り治るはずなのだが、蛇虻はそれでも痛がりながら、さっきまでの冷静な表情とは裏腹に、自分を傷つけた賢太を鬼の形相でにらみつける。

「ふーーーーーーっ、ふーーーーーーーっふーーーーーーーーっ。」
 蛇虻は赤色に刺激された闘牛のように荒々しく鼻息を上げて、臨戦態勢をとる。

「・・・・・・。」
「あっ?!」
「ぐぅっ?!」
 事態の変貌振りなど、全く意にかえさない美々子が今度は賢太の左腕を先ほどと同じように掴んでいる。



「ズルダアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
 美々子の行動を見て、大声で叫んだのは蛇虻だった。



 日もすっかり隠れた暗い森の中で、男の絶叫が木霊した。







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