捕獲されました。

ねがえり太郎

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結婚するまでのお話 <大谷視点>

18.紹介します。

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扉を背にして奥に座っているのは、眼光の鋭い堂々とした男性。その隣に桂沢部長、それから鞍馬課長。私達は彼等三人に向き合うように座っている。
これはもしかして面接か何かですか?―――何故私はこの場にいるのでしょう。三角関係の修羅場じゃないなら派遣の私がこの場にいる意味、無いような気がする。どうみても丈さんの真正面に座る威圧感のある男性、かなり地位のある人だよね……。

「亀田、そちらのお嬢さんを紹介してくれないか」

わっ、呼び捨て。やっぱりこの男性、丈さんの上司……なんだろうな。でも会社で見掛けた記憶が無い。

「大谷卯月さんです。私の婚約者の」

おぉう!『婚約者』……!改めてそうやって紹介されると照れますな。居心地悪くモジモジしていると、丈さんは私にもその男性を紹介してくれた。

「卯月、こちらは専務取締役のあずまさん、それから仙台支店の営業企画部長の桂沢さんだ」

専務さん?!ひゃあ、思っていた以上に偉い人だった……!

「初めまして!大谷卯月です、よろしくお願いします」

私は慌てて頭を下げた。

「ああ、よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

東専務が鷹揚に頷き、桂沢部長は微笑んで丁寧に頭を下げてくれた。

「挨拶も終わったし、取りあえず始めようか。大谷さん、白ワイン大丈夫?」
「あ、はい!」

鞍馬課長がニコニコと微笑みながらその場を仕切る。ボトルで運ばれて来た白のスパークリングワインをソムリエバッチを付けた給仕の男性が注いでくれて、五人で乾杯した。ちなみに桂沢部長はお酒が飲めないと言う事でオレンジジュースを貰っていた。料理はコースになっていて、先ずはアミューズの冷製スープ。枝豆?パステルグリーンが綺麗だ。

「うっ……」

一口食べて、思わず呻く。

「どうした?」
「……美味しい……」

呻いた私を心配して顔を覗き込んで来た丈さんが、ホッと息を緩めた。するとクスクスと目の前に座る桂沢部長が楽しそうに笑う。彼女の柔らかい笑顔を目にした私は、思わず恥ずかしくなって頬を染める。うう……いたたまれない。たいして話していないのに、彼女の些細な仕草やリアクションからその人柄が伝わってくる。財力だけじゃない部分でも負けが濃厚になってきた……!何だかとっても良い人そうだよ……恋敵に好意なんか持ちたくないんだけどなぁ。本当に『若さ』しかアドバンテージが無いのかもって黒魔女・川北さんの意見に同意する事になってしまう。

「昨日は悪かったな、せっかく時間を取らせたのに」
「いえ」

ん?『昨日』って?

「こちらこそ、ご馳走になって申し訳ありません」
「貴重な時間を潰させたのだから、それくらい当然だ」

東専務と丈さんの遣り取りで何となく見えて来る。もしかして……桂沢部長と丈さんが二人で会っていたのって、東専務も立ち会う予定だったって事?むしろ東専務が二人に声を掛けた……とかそう言う経緯?

「……」

アハハ、うん。そうだと思った……!いや~そんな事じゃないかと思ってはいたよ?川北さんが私のメンタルゆさゆさするような変な言い方するから、不安になったってだけで……!

自分のチョロさが恥ずかし過ぎて思わず頬に血が昇った。何でも無い様な顔をして皆さんの会話を聞き流しながら、一人悶える。これだもん、付け込み易いって川北さんに目を付けられるわけだ……。

あーホント恥ずかしいわ……!このパターン二度目だよ。以前も彼が三好さんと二人で焼き鳥屋に入った所を目にして誤解した経験がある。結局目黒さんも一緒だったと分かって、胸を撫でおろしたんだっけ。本当、丈さんを問い詰める前に分かって良かった。って言うか、むしろ直ぐに聞けば良かったんだよね。そしたらこんなにウンウン悩んだりすることも無く、解決したんだから。

いや、でもなぁ。彼と三好さんの間には、男女の関係は無い。少なくとも丈さんの気持ちの上では潔白だった。だけど桂沢部長は、丈さんの元カノ。彼にとって過去、大切な女性だった訳で……。

「―――ね、大谷さん」

そんな事をグルグル考えていた私は不意に声を掛けられて顔を上げた。声を掛けて来たのは目の前にいる桂沢部長。何故かその場所にいる全員の視線が私に向けられている。

「え、あっはい……!」

しまった!全然周りの話を聞いていなかった……!

「貴女はどう思う?」
「えっと」

意見を求められて、どうして良いか分からない私はキョロキョロ視線を彷徨わせてから、助けを求めるように丈さんを見上げた。丈さんは困ったように僅かに眉を下げて、桂沢部長に取り成すように口を開いた。

「すみません。彼女も突然の事で戸惑っていると思います。……二人で後ほど話し合いますので」
「そうよね……その方が良いわ」

ハッとしたように桂沢部長は肩の力を抜いた。それからフッと微笑んで隣に座る東専務を見る。するとそれまでずっと、その場所の王様みたいに一番堂々としていた東専務が僅かに怯んだような気がした。

あれ?この二人……。

そんな隙を見せたのは一瞬の事で。
東専務は直ぐに自分を取り戻し、張りのあるよく通る声で私達にこう言った。

「まだ内々の話だ。だが、余程の事が無ければこのまま進むと考えて構わない。―――一週間だけ猶予をやる。断るつもりなら、それまでに連絡を寄越せ」
「その場合は誰が代わりになるんですか」
「樋口だな、それ以外無理だろう」
「―――樋口さんはお子さんが……」
「じゃあ、自ずと答えは決まって来るな」

いっそ楽し気に聞こえるくらい断定的な物言いに、丈さんは黙り込む。

何?なんのこと?!全然分からないんですけどっ……!

俯いて考えに沈むような丈さん。私は助けを求めるように今度は桂沢部長と鞍馬課長を交互に見つめる。すると桂沢部長は困ったように眉を下げ、鞍馬課長は苦笑しつつも口を開いた。

「東……言い方に気を付けろ。若いお嬢さんもいるんだぞ」

すると何故か桂沢部長が私に申し訳なさそうに謝った。

「ごめんなさいね。少しでも早く大谷さんにも伝えた方が良いと思ったのだけれど……この人の言う事はあまり気にしないで、自分達の事情だけ考えて。こちらの都合の所為で出た話だけど、悪い話では無いと思ったから―――でも、大谷さんは戸惑うわよね」

え……ええと……。

そんなに気遣われるような、どんな話が出ていたのか。
この深刻な雰囲気の中で、今更『話、聞いてません』なんて言い出せない。私は曖昧に笑って「いいえ、大丈夫です」と言って首を振った。

でも何が大丈夫なんだか、自分で言っていて全く分からないんですけど……。






そんなこんなで、取りあえず『この話はこの辺でやめとこう』と鞍馬課長がまたしてもやんわりと締めたので、その話題の核心には触れないまま、主に鞍馬課長と桂沢部長が話題を出して時折東専務や丈さんに話を振り、重い空気に耐えられない私が合の手を入れる……と言うような流れで比較的和やかにその宴席は幕を閉じた。

あれ?

結局何だったんだろう。女同士の争い―――には結局至らなかった。
むしろあの場で一番話し易かったのは、桂沢部長だったと言う……。

帰り道、並んで帰る丈さんは言葉少なで、自分の考えに沈み込んでいるように見えた。何だか不安になって彼の手に手を伸ばす。するとハッとして彼は立ち止まった。

「丈さん」
「……」
「あの私……」

『話を聞いて無くて』と続けようとして、思わず息を飲む。

私を見下ろす背の高い彼の顔が―――ものすっごく怖い。

うん、久々に見たけど真剣に悩めば悩むほどこんな風に眼光鋭くなっちゃうんだよね。最近職場で一緒じゃないから、彼の緩んだ表情しか目にしていなかったのだと気付かされる。威圧感満載なその表情が恐ろしくて、彼の事が苦手だった。本当に怖くて―――腹が立って彼の事、心の中で罵倒していた時期もあったなぁ。それが今ではその凶悪な表情でさえ、余裕を持って見つめていられるようになるなんて。

恋ってスゴイ。

そんな余計な事を考えつつなんと切り出そうか迷っている私から、彼は辛そうに視線を逸らした。

「やはり……無理だろうな」
「え?」
「樋口さんの所はやっと落ち着いたんだ。通常通り仕事が出来るようになったとは言え―――新しい環境でやって行けるとは思えない。鬼東おにあずまの思い通りになるのは癪だが、俺は申し出を受けるしかないと思う」

彼は私の両手を握り、改めて私の顔をヒタリと見つめた。
真剣な表情に思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。

「でも俺は諦める気はないから。いつ帰れるか分からないけど、待っていてくれないか」
「ええと……私、その、わっぷ」

話聞いて無かったんですけど!と言おうとして、グッと抱き寄せられた。
く、くるしい……。

「仙台はそんなに遠く無い。異動したては忙しくて東京へ通えないから、遊びに来てくれると嬉しいが……親父さんの事もあるし出来る限りで構わない。いや、でも出来るだけ来てくれると嬉しい。落ち着いたら俺も東京に通うし。新幹線なら二時間も掛からないから、それほど遠いって訳でもない」

え?仙台?

私はギュッと抱き込まれた腕の中でジタバタ暴れた。それからぷわっと顔を出して、改めて丈さんに掴みかかった。

「仙台?異動?!―――丈さん、仙台に引っ越すの?!」
「は……?」

丈さんはポカンと口を開けて、私を見下ろしている。私は慌てて説明を加えた。



「ゴメン!考え事していて皆の話、全く聞いて無かったの―――それで、どういう事?もう一回説明して!それに何で一人で行く事前提?!丈さんが仙台に行くなら私も一緒に行く!当り前じゃない……!」



彼はパチパチと瞬きをして、首を振った。そして「ああ……」と気の抜けたような返事をして安心したように力なく笑うと、改めて私を引き寄せてグッと抱き込んだのだった。


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