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プロポーズの後のお話 <大谷視点>
9.待合わせます。
しおりを挟む待合わせはビル一階のロビー。丈さんが直ぐに席を立てるとは思えないけど、彼に会えるのが嬉しくて仕方が無い私は、就業三十分前には机周りを片付けてスタンバイしていた。勿論就業時間中は仕事を続けるけど、ソワソワと時計を確認しつつ直ぐ止められる作業をしていた。
そして待ちかねた時刻になった直後、机を立ち上がりロッカーへ。
「いってらっしゃい」
同じく就業と同時に席を立った吉竹さんが、小さくガッツポーズを作る。
「行ってきます」
私もムン!とガッツポーズを返して見せた。吉竹さんがこんなにテキパキ帰り支度をするのは珍しい。私は口に手を当ててコッソリ確認した。
「吉竹さんも……待合わせ?」
「あ、うん。そうだよ」
ニッコリとそれはそれは嬉しそうに笑うのを見て、ちょっとホッとした。他人の恋愛詮索にばかりイキイキと瞳を輝かせる吉竹さんが、ちゃんと自分の好きな相手にも興味を持っているんだって分かったからだ。だって中務さん、お守ばかりじゃ可哀想だもんね。
「じゃあお互い頑張ろう」
適切な言葉じゃないかもしれないけれど、何となく同士のような気分になった。するとフッと吉竹さんは微笑んでクスクス笑った。
「そうだね……頑張ろうね」
それから手を振って別れた。私ははやる気持ちを押さえて早歩きでズンズンとエレベーターに向かったのだった。
丈さんが連れて来てくれたのは東中野駅付近のビストロ。鉄板焼きのお店だ。
何だかとってもお洒落な場所で驚いてしまった。今まで丈さんが連れて行ってくれたお店と雰囲気が違い過ぎて目を丸くしていたら、知合いに聞いたんだと説明してくれた。それを聞いて体がカッと熱くなった。デートの為に聞いてくれたのかな……と想像とニマニマが止まらない。
『温野菜のサラダ』は色鮮やかな野菜がゴロゴロ盛り付けられていて、クスクスがポロポロ掛かっているのがまた良い。で、少しカレー風味。うん、食べれば食べるだけ食欲を益々そそられますな~。『海老と筍の焼きテリーヌ』も美味しい!筍のシャキシャキ感と海老のプリプリ感を同時に味わえて、グルリと回ったベーコンがぐんっと味を引き立たせてくれる。次は『ミートソースのペンネ』お肉がスッゴく美味しいのはステーキ肉の切れ端を使っているからなんだって!
「お、美味しいです……」
感動に打ち震えながら顔を上げると、丈さんがフッと笑って私を見ていた。またしてもカっと胸が熱くなってしまう。うーん、私の彼氏、カッコ良いな……何で私、こんな人と付き合っているんだろう?記憶もしっかりしているし、経緯は聞かれれば説明できる。でも不意に丈さんに見惚れてしまう瞬間があって、そういう時「あれ?」って思うんだ。二十六年生きて来て、こんな棚ボタがあって良いのだろうかって。
「親父さんはどうだ?」
あ、現実に戻って来た。うん、ボンヤリ見惚れている場合じゃない。我が家に居座るお父様のご機嫌を何とか上向かせなきゃならないんだった。あと……そうだ!謝らなきゃ!私は慌ててフォークを置いて頭を下げた。
「丈さん、ゴメンなさい……あんな風に追い出してしまって。しかもウチの父親、失礼な訳の分からない事ばかり言って。それに家に荷物持って来たってメールで伝えましたけど、いつ引っ越すのかも全然言ってくれないし、暫く私の部屋に居座るつもりかもしれません」
本当に申し訳ない。丈さんが優しいから余計そう思う。
すると丈さんは真面目な顔で首を振った。
「親父さん、吃驚したんだろ」
声の調子で、彼がパパを気遣ってくれているのが痛いほど伝わって来た。
本当は分かっている。パパがスッゴく吃驚したんだってコト。パパは帰ってきたらきっと私と一緒に会えない時間を補おうって楽しみにしてくれていたんだと思う。
なのにせっかく日本に帰って来たパパとの生活は気まずいままだ。一応話はするけど会話は弾まないし、寝る時もお互い背を向けて寝る。
パパのコト大好きなのに。パパだって私の事好きなのに。何だか上手く行かないなぁ……。
「俺だってきっと娘がいたら同じ反応する。―――暫く親孝行してやれ」
丈さんは早くに両親を亡くしている。だから余計にパパの事、気遣ってくれるのかもしれない。丈さんだって……うータンに会えない今の状況は、とても寂しいのじゃないだろうか。
何だか色んな感情がごちゃ混ぜになって……切なくなって、ポロリと涙が零れてしまった。すると丈さんが指で私の頬を拭ってくれる。
「……でも俺はあきらめるは気はないから。そしたら卯月は親父さんと一緒に暮らせるのは最後になるかもしれないぞ。だから存分に甘えたらいい。結婚したら俺達はずっと一緒だろう?今のうちだぞ」
また泣けた。
次から次へとポロポロ涙が零れ落ちて、拭うどころじゃ無くなった丈さんが慌ててテーブルの上のナプキンを取って渡してくれた。
それからちょっと時間はかかったけど、気を取り直して、運ばれてきたメイン料理のジューシーな『青森産和牛ステーキの鉄板焼き』を味わった。美味しいご馳走ですぐに機嫌が上向く私って本当に単純だな……と自嘲気味に考えていた時、聞き覚えのある声が私の名を呼ぶのが聞こえた。
「大谷さん、偶然ね~」
声の主は私にとってはあまり偶然したくない相手―――同じ総務課の川北さんだったのだ……!
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