捕獲されました。

ねがえり太郎

文字の大きさ
上 下
148 / 375
プロポーズの後のお話 <大谷視点>

9.待合わせます。

しおりを挟む

待合わせはビル一階のロビー。たけしさんが直ぐに席を立てるとは思えないけど、彼に会えるのが嬉しくて仕方が無い私は、就業三十分前には机周りを片付けてスタンバイしていた。勿論就業時間中は仕事を続けるけど、ソワソワと時計を確認しつつ直ぐ止められる作業をしていた。
そして待ちかねた時刻になった直後、机を立ち上がりロッカーへ。

「いってらっしゃい」

同じく就業と同時に席を立った吉竹さんが、小さくガッツポーズを作る。

「行ってきます」

私もムン!とガッツポーズを返して見せた。吉竹さんがこんなにテキパキ帰り支度をするのは珍しい。私は口に手を当ててコッソリ確認した。

「吉竹さんも……待合わせ?」
「あ、うん。そうだよ」

ニッコリとそれはそれは嬉しそうに笑うのを見て、ちょっとホッとした。他人の恋愛詮索にばかりイキイキと瞳を輝かせる吉竹さんが、ちゃんと自分の好きな相手にも興味を持っているんだって分かったからだ。だって中務さん、お守ばかりじゃ可哀想だもんね。

「じゃあお互い頑張ろう」

適切な言葉じゃないかもしれないけれど、何となく同士のような気分になった。するとフッと吉竹さんは微笑んでクスクス笑った。

「そうだね……頑張ろうね」

それから手を振って別れた。私ははやる気持ちを押さえて早歩きでズンズンとエレベーターに向かったのだった。






丈さんが連れて来てくれたのは東中野駅付近のビストロ。鉄板焼きのお店だ。
何だかとってもお洒落な場所で驚いてしまった。今まで丈さんが連れて行ってくれたお店と雰囲気が違い過ぎて目を丸くしていたら、知合いに聞いたんだと説明してくれた。それを聞いて体がカッと熱くなった。デートの為に聞いてくれたのかな……と想像とニマニマが止まらない。

『温野菜のサラダ』は色鮮やかな野菜がゴロゴロ盛り付けられていて、クスクスがポロポロ掛かっているのがまた良い。で、少しカレー風味。うん、食べれば食べるだけ食欲を益々そそられますな~。『海老と筍の焼きテリーヌ』も美味しい!筍のシャキシャキ感と海老のプリプリ感を同時に味わえて、グルリと回ったベーコンがぐんっと味を引き立たせてくれる。次は『ミートソースのペンネ』お肉がスッゴく美味しいのはステーキ肉の切れ端を使っているからなんだって!

「お、美味しいです……」

感動に打ち震えながら顔を上げると、丈さんがフッと笑って私を見ていた。またしてもカっと胸が熱くなってしまう。うーん、私の彼氏、カッコ良いな……何で私、こんな人と付き合っているんだろう?記憶もしっかりしているし、経緯は聞かれれば説明できる。でも不意に丈さんに見惚れてしまう瞬間があって、そういう時「あれ?」って思うんだ。二十六年生きて来て、こんな棚ボタがあって良いのだろうかって。

「親父さんはどうだ?」

あ、現実に戻って来た。うん、ボンヤリ見惚れている場合じゃない。我が家に居座るお父様のご機嫌を何とか上向かせなきゃならないんだった。あと……そうだ!謝らなきゃ!私は慌ててフォークを置いて頭を下げた。

「丈さん、ゴメンなさい……あんな風に追い出してしまって。しかもウチの父親、失礼な訳の分からない事ばかり言って。それに家に荷物持って来たってメールで伝えましたけど、いつ引っ越すのかも全然言ってくれないし、暫く私の部屋に居座るつもりかもしれません」

本当に申し訳ない。丈さんが優しいから余計そう思う。
すると丈さんは真面目な顔で首を振った。

「親父さん、吃驚したんだろ」

声の調子で、彼がパパを気遣ってくれているのが痛いほど伝わって来た。

本当は分かっている。パパがスッゴく吃驚したんだってコト。パパは帰ってきたらきっと私と一緒に会えない時間を補おうって楽しみにしてくれていたんだと思う。
なのにせっかく日本に帰って来たパパとの生活は気まずいままだ。一応話はするけど会話は弾まないし、寝る時もお互い背を向けて寝る。

パパのコト大好きなのに。パパだって私の事好きなのに。何だか上手く行かないなぁ……。

「俺だってきっと娘がいたら同じ反応する。―――暫く親孝行してやれ」

丈さんは早くに両親を亡くしている。だから余計にパパの事、気遣ってくれるのかもしれない。丈さんだって……うータンに会えない今の状況は、とても寂しいのじゃないだろうか。
何だか色んな感情がごちゃ混ぜになって……切なくなって、ポロリと涙が零れてしまった。すると丈さんが指で私の頬を拭ってくれる。



「……でも俺はあきらめるは気はないから。そしたら卯月うづきは親父さんと一緒に暮らせるのは最後になるかもしれないぞ。だから存分に甘えたらいい。結婚したら俺達はずっと一緒だろう?今のうちだぞ」



また泣けた。
次から次へとポロポロ涙が零れ落ちて、拭うどころじゃ無くなった丈さんが慌ててテーブルの上のナプキンを取って渡してくれた。
それからちょっと時間はかかったけど、気を取り直して、運ばれてきたメイン料理のジューシーな『青森産和牛ステーキの鉄板焼き』を味わった。美味しいご馳走ですぐに機嫌が上向く私って本当に単純だな……と自嘲気味に考えていた時、聞き覚えのある声が私の名を呼ぶのが聞こえた。



「大谷さん、偶然ね~」



声の主は私にとってはあまり偶然したくない相手―――同じ総務課の川北さんだったのだ……!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】夫は王太子妃の愛人

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵家長女であるローゼミリアは、侯爵家を継ぐはずだったのに、女ったらしの幼馴染みの公爵から求婚され、急遽結婚することになった。 しかし、持参金不要、式まで1ヶ月。 これは愛人多数?など訳ありの結婚に違いないと悟る。 案の定、初夜すら屋敷に戻らず、 3ヶ月以上も放置されーー。 そんな時に、驚きの手紙が届いた。 ーー公爵は、王太子妃と毎日ベッドを共にしている、と。 ローゼは、王宮に乗り込むのだがそこで驚きの光景を目撃してしまいーー。 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

処理中です...