捕獲されました。

ねがえり太郎

文字の大きさ
上 下
123 / 375
捕まった後のお話 

33.お茶を飲みます。 <大谷>

しおりを挟む
「三好さん、気にしないでください。私も気にしてないですから……」

何とかそれだけ絞り出した。

そう、本当にそうなんです。

浮かれて三好さんに遠慮する事も忘れていた……色ボケ野郎なんですから。と言うかむしろ、あの週末なんかたけしさんと連れ立って焼き鳥屋に入って行った三好さんに嫉妬しちゃったくらいで―――三好さんから絡まれた事に対する気持ちなど、すっかり吹き飛んでしまっていた。
そして何となく三好さんが丈さんに好意を持っている事は気付いていたのに、意図的では無いにせよ、結果的に出し抜く形になってしまった。

謝らなけれなならないのは、むしろコッチかもしれない。でも「三好さんの想い人と付き合ってしまってごめんなさい!」なんて頭の湧いたような台詞は、こちらも死んでも口に出せない。何様だっ!てハリセンで頭を叩かれるだろう。

「ありがとう、本当に大谷さんって良い人ね。だから……」
「え?」
「ううん、何でも」

そう言って首を振り、手にしたカフェラテに口をつける三好さん。そんな所作もサラリと涼やかで……あれ?この人を差し置いて、何で私、あの『亀田課長』と付き合えたんだろうって自問してしまう。どう考えても勝ち目ナシですよ。本当に彼女に対するアドバンテージってうさぎを飼っている事ぐらいだ。……やっぱ、おまけか。うん、子供のオモチャに申し訳程度についているお菓子。昔欲しかったあの子供用オマケ付きお菓子のガムとかチョコとか。それが私だ。

それに『良い人』なんて滅相も無い。オプションが『うさぎ』のみの悪役だし……多少のホラー要素とか突っ走りがあっても、そんな風に自分の過ちをサラッと認められる三好さんの方が断然素敵です、うん。

「それで―――木下さん達に何か言われたの?」

唐突に話題が変わって、口を付けて飲みかけていたソイラテを多めに飲み込んでしまった。

「―――っ」
「だ、大丈夫?」
「う……あ、はい。大丈夫です」

もう色々考え過ぎて、どうにも力が入らない。少し躊躇ったものの、結局キラキラ女子達に初めに言われた『お仕事大好きなんでしょ?』云々と言う嫌味についてツルっと漏らしてしまった。流石に辻さんの事は丈さんの事もあるし説明しづらくて、かろうじて避けた。

私の言葉を聞いて、三好さんは腕組みをして苦々しい顔をした。

「あー、分かるわ。私もそういうの、しょっちゅう言われてきたかも」
「え?三好さんがですか?正社員なのに……?」

意外だ。何となく私の中で、正社員が仕事に向上心を持って取り組むのは当り前で批難される事ではないって言う固定観念があったのだ。営業課の人達の働きぶりを見ていて、そんな印象を受けていた。あ、一人例外がいた。そういえば湯川さんってニコニコしているけどあんまり頑張っているってイメージないなぁ。でも彼は他のバリバリ働いている人に嫌味を言ったりしないしな。

「うん、ウチの課では無いけど……企画課に入る前かな?私お菓子の商品開発したくて結構アピール頑張ってたんだ。それが鼻につくって言う人がいてね、よく遠巻きに嫌味言われたものだわー」
「大変でしたね」
「うん、その人は全っ然仕事適当だったからね。要領は良いけど突き詰めないって言うか……あんまりお仕事好きじゃなかったみたい。でも取り巻き作るのは上手でね、私よりずっと人付き合いが上手くって。一時期ちょっと孤立気味だったかな?でも企画課に異動できて―――日常目にしなくなったら、気にならなくなったな。念願の仕事に付けて、夢中でそれどころじゃなくなっちゃった」

そう言って笑う三好さんの笑顔に屈託は無い。

「何故か異動した後、馴れ馴れしくなってビックリしたけど。私の事嫌って、コソコソ悪口吹聴してたくらいなのに―――何で擦り寄って来るのか不思議だった。どう考えても好かれているって思えなかったから」
「何か目的があったんですかね」

そんな掌返し、疑ってしまうのは当然だ。

「私もそう思ったんだけど―――今改めて考えると、彼女、私の事羨ましかったのかなって思うんだ」
「『羨ましい』って……羨ましかったら、自分も三好さんの真似して頑張れば良いのに」

ポロリと疑問が口に出た。
すると三好さんがニッコリして、頷いた。

「そう、大谷さんはそう考えるよね。だから人が羨ましかったら、自分も頑張ろうって前向きに考えられる。でもそれがどうしてか出来ない人は―――羨ましい対象を攻撃して足を引っ張るの。羨ましい感情を自分に起こさせる相手を目障りだから躓かせて排除してやろうってね」
「えー……」

思いっきり引いてしまう。目障りだったらソッポを向けば良いんじゃないか?と思う。私ならは嫌な事にあったり嫌な人に会ったら、すぐにうータンの方に目を向けて逃げ出しちゃう。

「……迷惑な考え方ですね」
「うん、私も思った。迷惑だなぁって、嫌なら私に構わなければ良いのにって。だから、大谷さんは木下さん達の嫌味は真に受けなくて良いと思う。本当に直すべき所なら、もっと大きな声で指摘するでしょう?うっすら聞こえるように言っていても率直に言わないのは、きっと自分が間違っているって彼女達も十分承知しているからだと思う。大谷さんは間違ってない。彼女達が勝手に大谷さんを羨ましがって―――でも自分は同じことする勇気も根気もなくって、イライラを的外れに貴女にぶつけて解消しているだけなんだから」

目の前の視界がクリアになったような気がする。
三好さんってスゴイな。きっとこんな風に割り切れるようになるまで、色々な苦労をしてきたのじゃないだろうか。

「三好さん、有難うございます。何だか―――とても肩の荷が下りたような気がします」

本当に肩が軽くなった。もしかして今まで木下さん達の生霊みたいなものが憑いていたのかもって思うくらい。いや、呪いか。『呪い』って……人の不幸を願って、その事を言葉にする事なのかもしれない。とすると、私は呪いの影響を正面から真面まともに受けとめちゃった訳で。三好さんは差し詰め、陰陽師か神社の神主さん……いや、巫女さんか?お祓いでもして貰った気分だ。

私が両手を握って感謝の思いで彼女を見つめると、三好さんは居心地悪そうに身じろぎした。

「でも結局私も彼女達と一緒だったの。それに気付いてやっと、そう言う気持ちを理解する事が出来たんだ」
「三好さんは全然……」
「私、亀田課長の事が好きだったの」

ドキン!と心臓が跳ねた。

み、みよしさん……今日はホラーと言うよりガチンコ勝負?!それともドッキリ??
私はいきなり話題に投下された、確信に触れる台詞に胸をズキュンと撃ち抜かれてしまった。

だけど三好さんが私に向ける視線はとても穏やかで真摯で……怖がりな私は一瞬逃げ出したいと思ったのだけれども、何とかそれを受け止めて居住まいを正した。

「それで嫉妬しちゃって暴走して……セクハラがどうとか、道徳的な言い訳してたけど、単に羨ましかっただけなの。大谷さんの事が」

何と言って良いか分かららず、私は押し黙ってしまう。
そんな気はしたけれども。していたんだけれども―――実際に面と向かって告白される衝撃はスゴイ。と言うかやらかしちゃった自分を認めて、口に出せる三好さんがスゴイ。

「……私もその、」

私は勇気を振り絞って口を開いた。真っすぐ私を見ている、三好さんを正面から見据える。



「亀田課長の事が、好きです」
「うん」



三好さんはニコリと笑って頷いた。



「だと思った……!なのに、否定するからますます腹が立ったのよね!」



そしてあっけらかんと言い放った。

図星過ぎて、言葉にならない。
そう、迷惑そうな顔をしながら―――私だって丈さんとの交流を楽しんでいたのだ。そしてハッキリ意識はしていなかったけれど、きっともうあの時は既に彼の事を慕わしく思っていたのだと思う。

だからそんな私の矛盾や嘘に、三好さんは反発したのだろう。お互い意識してそうした訳ではないのだけれど。



思わず目を合わせて―――二人で笑ってしまう。



三好さん―――カッコ良すぎます……!!



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2017.3.25誤字修正(時雨様へ感謝)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました

紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。 ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。 ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。 貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

処理中です...