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新妻・卯月の仙台暮らし
58.鳥居の前です。
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「せーの、えい!」
勢いよく私の手から放たれた小石は、空を舞い―――鳥居の横木の下を、スッと通り抜けた。
「ああっ! 全然届かない……」
ガクッと肩を落とすと、鳥居の向こうに落ちた小石を丈さんが拾って持って来てくれた。
「字が刻まれているんだな」
白い小石には、朱い字で『縁』と刻まれている。袋に入っているのは五つ、それぞれにその文字が刻まれていて、よくよく見るとうさぎの石像にお供えされている石それぞれにも朱い印が残っているものがある。
「丈さんも投げてみて」
手の中の小石を私の手に戻そうとしてくれるのを、押しとどめて次を譲った。すると彼は何気ない感じで、一度小石を軽く上に投げるとパシッと捕らえて。そのまま腕を体の脇に垂らしたかと思うと、あまりやる気の感じられないゆったりとした動作で、スルリと腕を上に振り上げた。
ピュー……ストン。と、まるでそうなるのが最初から決まっていたみたいに、難なく小石は鳥居の上に乗ってしまったのだ。
「わっ……乗った!」
えええ! あんな軽~い感じで乗せちゃうの?
「スゴイ、丈さん!」
「何とか引っ掛かったな。流石に一度で乗るとは思わなかったが」
「もしかして、何かやってた? スポーツとか……」
「高校は野球部だったな。もうずいぶん長いことボールは手にしてないが」
「えっ……意外……」
「そうか?」
何となく運動神経は良さそうな気がしたけれど、個人競技の人かと思っていた。ほら、丈さんって、孤高って感じで、周りと交わらないイメージがあるんだよね。陸上競技とか……あ! あとクレー射撃とか似合いそう! 殺し屋みたいな眼光で的を狙う丈さん……似合い過ぎる。
これまで学生時代のこととかあまり尋ねたことが無かったから、本当に勝手なイメージなんだけれど。でも確かに野球部だったのなら、投げ方のコツを分かっているんだろうな。是非経験者の視点で、アドバイスをいただきたい。
「どうしたら、乗っかると思う?」
「そうだな」
フム、と丈さんは顎に手をやり鳥居を見上げた。それから視線を私に戻し、おもむろに口を開く。
「まず、目標から目を離さないことだな。卯月は投げる前に視線が落ちている」
確かに、そうかもしれない。投げた瞬間なんか、思いっきり目を瞑っていたかも。
「手を離す瞬間まで、目標をしっかり見据えることが大事だ。後は……そうだな。高い所に物を投げ上げるなら、振りかぶるより下から放り投げる方が安定するんじゃないか?」
私は丈さんの教えに沿って、しっかりと鳥居を見て石を下から放り投げた。
すると―――今度は高く投げることが出来た!
「あっ! 届い……」
鳥居の頂上まで届くぐらい高く上がった。だけどそのまま、小さな石は鳥居の二つの横木の間を潜り抜けて、地上に落ちてしまった。
けれど、さっきよりずっと近い!
私はバッと丈さんを振り返る。
「丈さん! 行けるかも!」
「ああ、惜しかったな」
ちょっとしたアドバイスで、ここまで変わるとは思わなかった。行ける気がする……! と盛り上がったものの、だけどそこからがなかなか難しい。十回ほどチャレンジした時、かなり良い所まで行った。けれども鳥居にカツンとぶつかり、小石は弾かれるように落ちてしまう。
「うーん……悔しいけど、これが限界かなぁ。飛行機の時間もあるし、帰らないと」
本当は乗せたかった……でも、出来ないものは仕方がないし。時間も押しちゃうし諦めるしかない。
しょげる私の肩を、丈さんが励ますように優しく叩いた。
「まだ大丈夫だから、もう少し投げてみないか」
「そう?」
「気軽に来れる距離じゃないからな。座席指定も済ませているし、まだ何とかなるだろ」
「うん。じゃあ、あと三回だけ」
「頑張れ」
「うん、頑張る……!」
甘い新婚旅行と言うより、何だかスポコンみたいなノリになってしまったけれど、そんなことも忘れてしまうほど私は燃えた。
そしてその後結局粘って五回ほど投げて、これが本当に最後と決めた一投が―――ギリギリ鳥居に引っ掛かった……!
「やった……!」
思わず両手を上げて、飛び上がった。クルリと振り返り、笑顔の丈さんに思いっきり飛び付く。
「やったよ! 丈さん!!」
「良かったな」
丈さんは突進した私を抱き留めて、背を撫でてくれた。
しかし直ぐに私の両肩に手をあて、体を引き離す。
その時ちょっと寂しくなってしまったけれど、再び彼の視線を追った私はその訳に気が付かされた。
すぐ後ろで、私達の様子をジッと見ている女性達がいた。その人達も手に結び石の袋を持っている。私達が終わるのを待っていたのだろう。おそらく私がスポコンモードに突入した時に、ここまで辿り着いていたのだろうと思われた。だってそれまでそこに人はいなかったような気がするもの。
しかも更に気まずいことに、その人達は、さきほど拝殿でお待たせした人達だったのだ……!
「あのっ……お待たせしてスミマセン!」
「いいえ、大丈夫ですよ」
うっすらと笑顔を見せてくれたものの、申し訳なさ過ぎて頭が真っ白になってしまった。再び私は勢いよく頭を下げ、それから丈さんの腕を少し強引に取って、一目散に鳥居を後にしたのだった……!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次話、『新妻・卯月の仙台暮らし』最終話となります。
勢いよく私の手から放たれた小石は、空を舞い―――鳥居の横木の下を、スッと通り抜けた。
「ああっ! 全然届かない……」
ガクッと肩を落とすと、鳥居の向こうに落ちた小石を丈さんが拾って持って来てくれた。
「字が刻まれているんだな」
白い小石には、朱い字で『縁』と刻まれている。袋に入っているのは五つ、それぞれにその文字が刻まれていて、よくよく見るとうさぎの石像にお供えされている石それぞれにも朱い印が残っているものがある。
「丈さんも投げてみて」
手の中の小石を私の手に戻そうとしてくれるのを、押しとどめて次を譲った。すると彼は何気ない感じで、一度小石を軽く上に投げるとパシッと捕らえて。そのまま腕を体の脇に垂らしたかと思うと、あまりやる気の感じられないゆったりとした動作で、スルリと腕を上に振り上げた。
ピュー……ストン。と、まるでそうなるのが最初から決まっていたみたいに、難なく小石は鳥居の上に乗ってしまったのだ。
「わっ……乗った!」
えええ! あんな軽~い感じで乗せちゃうの?
「スゴイ、丈さん!」
「何とか引っ掛かったな。流石に一度で乗るとは思わなかったが」
「もしかして、何かやってた? スポーツとか……」
「高校は野球部だったな。もうずいぶん長いことボールは手にしてないが」
「えっ……意外……」
「そうか?」
何となく運動神経は良さそうな気がしたけれど、個人競技の人かと思っていた。ほら、丈さんって、孤高って感じで、周りと交わらないイメージがあるんだよね。陸上競技とか……あ! あとクレー射撃とか似合いそう! 殺し屋みたいな眼光で的を狙う丈さん……似合い過ぎる。
これまで学生時代のこととかあまり尋ねたことが無かったから、本当に勝手なイメージなんだけれど。でも確かに野球部だったのなら、投げ方のコツを分かっているんだろうな。是非経験者の視点で、アドバイスをいただきたい。
「どうしたら、乗っかると思う?」
「そうだな」
フム、と丈さんは顎に手をやり鳥居を見上げた。それから視線を私に戻し、おもむろに口を開く。
「まず、目標から目を離さないことだな。卯月は投げる前に視線が落ちている」
確かに、そうかもしれない。投げた瞬間なんか、思いっきり目を瞑っていたかも。
「手を離す瞬間まで、目標をしっかり見据えることが大事だ。後は……そうだな。高い所に物を投げ上げるなら、振りかぶるより下から放り投げる方が安定するんじゃないか?」
私は丈さんの教えに沿って、しっかりと鳥居を見て石を下から放り投げた。
すると―――今度は高く投げることが出来た!
「あっ! 届い……」
鳥居の頂上まで届くぐらい高く上がった。だけどそのまま、小さな石は鳥居の二つの横木の間を潜り抜けて、地上に落ちてしまった。
けれど、さっきよりずっと近い!
私はバッと丈さんを振り返る。
「丈さん! 行けるかも!」
「ああ、惜しかったな」
ちょっとしたアドバイスで、ここまで変わるとは思わなかった。行ける気がする……! と盛り上がったものの、だけどそこからがなかなか難しい。十回ほどチャレンジした時、かなり良い所まで行った。けれども鳥居にカツンとぶつかり、小石は弾かれるように落ちてしまう。
「うーん……悔しいけど、これが限界かなぁ。飛行機の時間もあるし、帰らないと」
本当は乗せたかった……でも、出来ないものは仕方がないし。時間も押しちゃうし諦めるしかない。
しょげる私の肩を、丈さんが励ますように優しく叩いた。
「まだ大丈夫だから、もう少し投げてみないか」
「そう?」
「気軽に来れる距離じゃないからな。座席指定も済ませているし、まだ何とかなるだろ」
「うん。じゃあ、あと三回だけ」
「頑張れ」
「うん、頑張る……!」
甘い新婚旅行と言うより、何だかスポコンみたいなノリになってしまったけれど、そんなことも忘れてしまうほど私は燃えた。
そしてその後結局粘って五回ほど投げて、これが本当に最後と決めた一投が―――ギリギリ鳥居に引っ掛かった……!
「やった……!」
思わず両手を上げて、飛び上がった。クルリと振り返り、笑顔の丈さんに思いっきり飛び付く。
「やったよ! 丈さん!!」
「良かったな」
丈さんは突進した私を抱き留めて、背を撫でてくれた。
しかし直ぐに私の両肩に手をあて、体を引き離す。
その時ちょっと寂しくなってしまったけれど、再び彼の視線を追った私はその訳に気が付かされた。
すぐ後ろで、私達の様子をジッと見ている女性達がいた。その人達も手に結び石の袋を持っている。私達が終わるのを待っていたのだろう。おそらく私がスポコンモードに突入した時に、ここまで辿り着いていたのだろうと思われた。だってそれまでそこに人はいなかったような気がするもの。
しかも更に気まずいことに、その人達は、さきほど拝殿でお待たせした人達だったのだ……!
「あのっ……お待たせしてスミマセン!」
「いいえ、大丈夫ですよ」
うっすらと笑顔を見せてくれたものの、申し訳なさ過ぎて頭が真っ白になってしまった。再び私は勢いよく頭を下げ、それから丈さんの腕を少し強引に取って、一目散に鳥居を後にしたのだった……!
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次話、『新妻・卯月の仙台暮らし』最終話となります。
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