捕獲されました。

ねがえり太郎

文字の大きさ
上 下
364 / 375
新妻・卯月の仙台暮らし

50.新婚旅行一日目ですが。

しおりを挟む
 漂う気まずい空気に、不安を覚える。

 そして余計なことを思い出してしまった。
 ネットでいろいろ調べていた時『新婚旅行』って文字で検索して、たまたま開いたお悩み相談。新婚旅行で気持ちがすれ違って喧嘩してしまったり、それで下手をすると離婚まで至ってしまうカップルがいたとかいないとか、そのお悩みの多いこと……!
 その時は他人事だったから「へー、そんなカップルもいるんだなぁ」って思っただけだった。だって、丈さんは仕事に絡まなければ厳しいことは言わない人だし、いっしょに暮らしてだいぶん経つから今更旅行で揉めるとか、相手の行動で幻滅するとかありえないしって。

 でも、お悩み相談でこういう状況あったよね? ほら、Dランド好きのカップルで、奥さんが本拠地のフロリダに拘り過ぎて旦那さんと険悪な雰囲気になったとか、そういうの。
 そう言えばこの新婚旅行も、丈さんは私に任せるって言ってくれたけど……全部私が自分の行きたい所ばかり選んでしまっている。丈さんの希望、全然聞いていなかったかも。聞く時間も無かったし。だけど、うさぎに絡めれば丈さんだって満足に違いない、なんて勝手に考えていたんだ。

 隣を歩く丈さんも、何事かを考えるように無言だ。
 そして歩く道端に現れるのは廃墟ばかり。偶にうさぎを見つけても、さっきよりずっと警戒心の強い子が多いのか廃墟の柵の向こうに遠ざかってしまう。

 この無人島に今も残っているコンクリートやレンガで作られた古い遺構は、五十年以上前からあるものらしい。
 今ではここは、環境省の持ち物で国立公園になっているそうだ。けれども終戦の時までここには、毒ガス兵器の研究所が密かに設置されていた。その痕跡は島のところどころにあって、ボロボロの古い発電所や貯蔵所、砲台跡が森の中や遊歩道の脇に、まるで異世界の入口みたいに佇んでいる。

 ツタが這っていて窓ガラスなんかも当然無くて、まさに廃墟! って感じの建物が森の中から突如現れると、その佇まいを見ているだけで背筋がヒヤリとする。
 こういう場所を夜訪れるのは、肝試しか罰ゲームみたいなものだ。やっぱり島の中を不用意に歩きまわるのは怖いな。夜の方がうさぎ達の活動は活発になるとは言え、宿泊所の周り以外は足をのばすのは私には難しそうだ。

 いつの間にか島を一周し終えてしまったらしい。宿泊所の近くまで辿り着いて、右手にある『毒ガス資料館』が目に入った。宿泊所以外の建物と言えばビジターセンターとそれくらいだ。
 気まずさを振り払いたい私は、丈さんを誘ってそこに飛び込んだ。



―――が、今では少し後悔している。
 いま、資料館を出たばかりの卯月です。今私は、トボトボと無言で宿泊所に向かっているところ。隣の丈さんをチラ見すると、少し硬い表情で同じく無言だ。

 今はうさぎで一杯の長閑のどかな島の、長閑とは言い切れない歴史に、資料館を出たあと暗い気持ちになってしまったのだ。これでは新婚旅行の雰囲気を取り戻すどころか、逆効果になってしまったかもしれない。一緒に資料を見学していた丈さんも、厳しい表情―――つまり丈さんの仕事場での凶悪な表情を纏ったまま、真剣な面持ちで資料を眺めていた。

 うっ……分かっていたのに。
 事前の情報収集でうさぎ島の歴史は知っていた。だけど現地の雰囲気たっぷり漂う建物群を見た後で、資料館で詳しい過去の歴史を学んでいくうち……いろんなことが胸に迫って来て辛くなってしまった。

 現在ここにいるうさぎの大半は、無人島になってしまったこの島に放たれた小学校で飼われていたうさぎ達の子孫であるらしい。だから直接あの子達は戦争の頃とは関係ないのかもしれない。
 でもそのうさぎ達が子孫を増やして暮らすこの場所で、以前たくさんのうさぎ達が実験に使われたし、ここで秘密裡に作られた毒ガスが戦争で人にも使われたのだ。

「卯月? 具合が悪いのか」

 資料館を出た後、暗い表情でのろのろと歩く私に気が付いた丈さんが、歩みを止めた。私は首を振った。

「ううん。ただ気持ちが落ちこんじゃって」

 何処か遠くの出来事のように感じてもいたんだ。実際に島に来ると、のんびりと寝そべったり、ボーっとしている島の妖精みたいなうさぎ達の長閑さとのギャップがあって……胸が痛い。

「ごめんね、せっかくの新婚旅行なのに……」

 勝手に卯崎島を旅行先に選んで、自分から誘って入った資料館なのに勝手に落ち込んだりして。私って、駄目だなぁ……。
 せっかくの新婚旅行だから。久し振りに休みをとることが出来た丈さんを楽しませたい、喜ばせたいって思っていた。なのに暗い顔したりして。

 丈さんは、落ち込みから抜けきれない私を宿泊所の広場にある、ベンチまで連れて行って座らせた。

「大丈夫か」

 心配気に顔を覗き込んで来る丈さんに、私はポツリポツリと今思っていることを打ち明けた。すると、丈さんは驚いた顔をした。

「俺は嬉しいよ、ここに来れて。むしろ旅行の手配も全部任せてしまって申し訳なかったと思ってる。本当にありがとうな」

 丈さんが慰めるように、私の手を握ってくれる。
 温かいな。とボンヤリ思う。

「それに、うさぎ目当てで来たから、あまり公には知られていない歴史にも目を向けることが出来たんじゃないか。そうでなければ、こういった事実も知らないままだった筈だ。だから、そう言うことも含めてこの旅行で、良い体験が出来ていると思う」

 丈さんの言葉には、何やら有無を言わせぬ説得力があった。私のふやふやした、曖昧な不安を払拭するくらいの力強さが。お陰で少し、気持が軽くなった気がする。
 うん、さすが亀田部長……! と慰められつつも、内心賞賛の声を送る。

「勝手に全部決めて……いやじゃなかった?」
「いやなワケないだろう」

 それでも心配になって心の隅に引っ掛かる心配ごとを尋ねると、しっかりと否定してくれた。力強い言葉は、私の気持ちはもっとクリアにしてくれる。
 そして丈さんの手の温かさが、じんわりと私の胸を温めた。

 すると……あれれ?
 不思議と胸のつかえも、少し蟠っていた不安もスルスルと溶けて行ったみたい。何より丈さんの愛情が伝わって来て、見放されていないなって実感できて、嬉しかった。
 そっか、大丈夫なのか。丈さん、全然怒ったりしていなかった。なんだ、大丈夫だった。

「良かった」

 ホッとした―――ついでに。
 体の力が抜けて、ポテンと丈さんの肩に頭を寄せてしまう。

 すると手を握ってくれていた丈さんの大きな掌が、私の肩を抱き寄せるように包み込んだ。
 その時不謹慎にも、こう思ってしまった。



 これ、とっても新婚旅行っぽいシチュエーションじゃあ、ありませんか……?!



 単純な思考回路でゴメンなさい。
 その瞬間から、暗い気持ちも歩いている間、体の中でモヤついていた気まずさも、全部吹き飛んでしまいました!

 落ち込んだ気分はすっかり消えたと言うのに、暫く余韻を楽しみたくて私はにやけそうになる口元を堪えながらも、ピタっと丈さんに頭を預けたまま口を噤んだのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


※『毒ガス資料館』の記述について


現実のうさぎ島にも『毒ガス資料館』やその時代の遺構が存在します。
ラブコメの本編で触れるべきかどうか、また戦争の遺構について軽く扱い過ぎていないか、などフィクションの卯崎島の設定や、あらすじの進行に悩みました。このため、新婚旅行編に手を付けることに迷いがあり、43話以降に手を付けるのが非常に遅くなりました。
が迷った末、うさぎ島が出来た経緯は無視できないと考え、少しだけ触れることにしました。

このため戦争に関して軽く扱い過ぎている、と不快感を感じてしまう読者様がいたら申し訳ありません。
もしご意見が多ければ、記述の訂正も検討するかもしれません。

迷いつつ手探りの投稿ですが、続きも覗いていただけると嬉しいです。
なおネタバレになりますが、この先の新婚旅行編はまったり新婚満喫展開で進む予定です。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

義娘が転生型ヒロインのようですが、立派な淑女に育ててみせます!~鍵を握るのが私の恋愛って本当ですか!?~

咲宮
恋愛
 没落貴族のクロエ・オルコットは、馬車の事故で両親を失ったルルメリアを義娘として引き取ることに。しかし、ルルメリアが突然「あたしひろいんなの‼」と言い出した。  ぎゃくはーれむだの、男をはべらせるだの、とんでもない言葉を並べるルルメリアに頭を抱えるクロエ。このままではまずいと思ったクロエは、ルルメリアを「立派な淑女」にすべく奔走し始める。  育児に励むクロエだが、ある日馬車の前に飛び込もうとした男性を助ける。実はその相手は若き伯爵のようで――?  これは若くして母となったクロエが、義娘と恋愛に翻弄されながらも奮闘する物語。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。 ※毎日更新を予定しております。

宇宙航海士育成学校日誌

ジャン・幸田
キャラ文芸
 第四次世界大戦集結から40年、月周回軌道から出発し一年間の実習航海に出発した一隻の宇宙船があった。  その宇宙船は宇宙航海士を育成するもので、生徒たちは自主的に計画するものであった。  しかも、生徒の中に監視と採点を行うロボットが潜入していた。その事は知らされていたが生徒たちは気づく事は出来なかった。なぜなら生徒全員も宇宙服いやロボットの姿であったためだ。  誰が人間で誰がロボットなのか分からなくなったコミュニティーに起きる珍道中物語である。

【短編集】エア・ポケット・ゾーン!

ジャン・幸田
ホラー
 いままで小生が投稿した作品のうち、短編を連作にしたものです。  長編で書きたい構想による備忘録的なものです。  ホラーテイストの作品が多いですが、どちらかといえば小生の嗜好が反映されています。  どちらかといえば読者を選ぶかもしれません。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

悪役令嬢ですが婚約破棄されたこともあって異世界行くには妥協しません!

droit
恋愛
婚約破棄されて国を追放され失意の中、死んでしまった令嬢はそのあまりにみじめで不幸な前世から神により次の転生先と条件をある程度自由に決めてよいと言われる。前回さんざんな目にあっただけに今回の転生では絶対に失敗しない人生にするために必要なステータスを盛りまくりたいというところなのだが……。

【短編集】ゴム服に魅せられラバーフェチになったというの?

ジャン・幸田
大衆娯楽
ゴムで出来た衣服などに関係した人間たちの短編集。ラバーフェチなどの作品集です。フェチな作品ですので18禁とさせていただきます。 【ラバーファーマは幼馴染】 工員の「僕」は毎日仕事の行き帰りに田畑が広がるところを自転車を使っていた。ある日の事、雨が降るなかを農作業する人が異様な姿をしていた。 その人の形をしたなにかは、いわゆるゴム服を着ていた。なんでラバーフェティシズムな奴が、しかも女らしかった。「僕」がそいつと接触したことで・・・トンデモないことが始まった!彼女によって僕はゴムの世界へと引き込まれてしまうのか? それにしてもなんでそんな恰好をしているんだ? (なろうさんとカクヨムさんなど他のサイトでも掲載しています場合があります。単独の短編としてアップされています)

処理中です...