捕獲されました。

ねがえり太郎

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新妻・卯月の仙台暮らし

おまけ・はしゃぐ妻を眺めます。 <亀田>

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 昼食後、島内をぐるりと散策していると、突き当りにひと気のない砂浜があった。そこを見つけた途端、卯月が「きゃー!」と歓声を上げて駆け下りて行く。



「……」



 子供みたいだな。
 と、はしゃぐ妻に目を細めながら、知らず頬が緩む。

 が、そんな自分に気が付いて、慌てて口元を引き締めた。

 イカンな。これじゃあ、若い女の子を眺めてニヤついているオッサンそのものだ。
 幻滅されてはたまらない、と意識して表情を取り繕う。

 しかし……なんとも平和だ。

 ここ一ヵ月ほどの喧噪も混乱も、遠い世界のことのように思える。心に降り積もって出口を失ったおりが、サラサラと透き通って消えていくみたいに。体の中に溜まりに溜まったイライラや鬱屈がスーッと消えて行く感覚に、戸惑いを禁じ得ない。

 今回の新婚旅行の手配は俺が仕事に掛かり切りなこともあって、全面的に卯月に頼ってしまった。卯月は喜々として作業に取り組んでいて、なんと旅行計画書のようなものまで作成してしまった。なんとも見易く簡潔にまとめられたそれを目にして、脳裏に浮かんだのは―――

 勿体ない。

 卯月のような真面目で仕事熱心な社員がいれば、きっと仙台支店の業務ももっとスッキリ整うことだろう。富樫の抜けた穴だって直ぐ埋まる……いや、それでは意味がない。誰か一人に頼る体制の危うさは今回で証明済みだ。いずれ補充もあるだろうし、総務課は多少効率が悪くても今の体制で回していくことが大事なのだ。

 それに卯月に遠藤課長や、あの総務課のホヤっとした適当な課長の尻拭いをさせることを想像すると、血管が切れそうだ。卯月が是非働きたい、と訴えてくるならいざ知らず。
 まぁ、当面俺のほうから再就職を勧めることは無いだろう。他の職場に就職して、更に夫婦のすれ違いが多くなっても困る。

……などと身勝手なことを考える俺は、男女平等とか雇用機会均等法とか、そう言ったことに配慮して公平な職場を作るべき上司としては失格なのだろう。

 卯月と一緒になるまでは、基本、公平な視点を維持していられたんだがな。
 他人と身内に対する考えに、これほど温度差が出るものだとは……それまでは、想像も出来なかった。これまで付き合った女性達が何故怒っていたのかやっと身に染みて分かるようになった、とも言える。これは良い変化……と果たして言えるのだろうか?

 それはひょっとして、ある意味仕事に関して言えばマイナスをもたらす変化なのかもしれない。
 だがもう二度と、以前の自分に戻りたいなどとは思えない。



 幸せ、と言うありきたりな言葉がポカリと胸に浮かぶ。



 水平線に浮かぶ大小の島々、キラキラと輝く波頭をバックに卯月が波と戯れる。波を追いかけて、追いかけられてはしゃぐ彼女の何と眩しいことか。
 むしろ父親のような気持ちで、腕組みをしてその光景を見守っていた。すると、卯月が焦れたようにこう叫んだのだった。

「うー、水着持ってくればよかったかなぁ?」

 水着……。

 哀しいかな、その単語を耳にした途端、保護者気分が吹き飛んでしまった……!
 反射的に卯月の水着姿が、頭に浮かぶ。
 なんとなく、ビキニだ。ステレオタイプか? 想像力が貧困だと責められても仕方がない。

 しかし勿論……俺はそんな邪な思考は、表情には出さない。いや、出してはいけない! 本気で『やらしいオッサン』そのものになってしまうからだ……!!

 なのに俺の、そんな涙ぐましい努力を破壊するような台詞を、続けて彼女が叫んだのだ。



「そうだ! 脱いじゃおう!」



 なっ……?!!
 水着どころか『脱ぐ』?!

「丈さんも! 脱ごう! せっかくの旅行だし!」
「……は?……」

 お、俺も脱ぐのか……?!

 カーっと体が熱くなる。
 いや、駄目だぞ。ここが通常のルートから離れていて、ひと目が無いと言ったって、誰が来るか分かったもんじゃない! 外国のそう言うビーチならともかく、ここは日本だ。見つかったら公然わいせつ罪だぞ?! いや『見つかったら』も何も、外国のヌーディストビーチでも駄目だ! 

―――と、しようもないオヤジ思考に頭を占拠されたのは、ほんの二、三秒のことだ。



「靴脱いで、海に入ろうよ。大丈夫、そのリュックにタオル入れてあるし!」



 その愚かな妄想は、キラキラと瞳を光らせる卯月の、無邪気な言葉で瞬時に打ち砕かれる。



「え、ああ……靴ね、靴……そうだな」



 屈託の無い妻の笑顔が、眩し過ぎる。

 邪な妄想ばかりのオッサンと結婚したことを、万が一にも後悔されないように。
 この時の、俺のどうしようもない誤解については、心の奥に深くに封印することに決めたのだった……!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


前話をお読みいただいた読者様のうち大半の方々が、既に予想していたと思われる年上夫の恥ずかしい誤解と妄想でした(笑)

意外性、皆無でスミマセン!<(_ _)>

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