捕獲されました。

ねがえり太郎

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新妻・卯月の仙台暮らし

44.冷かします。

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 フェリーの時間まで売店を冷かすことにした。袋入りのラビットフードは島の中では売っていないので、こちらで購入するつもりだ。
 家にあるのを持ってくればもっと安いのかもしれないけれど、旅行気分を味わいたくて紙袋入りのものを選ぶ。袋を持ち帰るとポストカードと取り換えてくれるんだって。国立公園の卯崎島で、空き袋をその辺りにポイっと捨てて来る人を減らす、そのための工夫らしい。

「そんなに買うのか?」

 丈さんが怪訝そうに眉を顰めた。

「五つ買うと一つおまけしてくれるんだって」
「でも来る途中でキャベツも買っただろう」

 タクシーの運転手さんに寄り道して貰って、キャベツ半玉を二つ購入したのだ。

「うん、だって卯崎島には餌は売ってないからね」
「……野生のうさぎは、本来島の落ち葉や草を食べるべきなんじゃないのか」

 どうやら丈さんも卯崎島については、無関心ではいられなかったらしい。あんなに忙しくて十分に睡眠をとる時間も無かったというのに、少し調べていたようだ。



 卯崎島がSNSで取り上げられるようになってから、国内外からたくさん観光客が訪れるようになった。注目されることで起こる問題もいろいろとある。観光客がうさぎが食べきれなかった餌を放置して腐っちゃったり、それを食べる鼠が増えてしまったり、子うさぎのいる穴に餌を置くことで天敵に場所がバレちゃったり。
 中には可愛いからってうさぎを持ち帰る人がいたり、逆に育てられないうさぎを持ち込む人もいるらしい。でも野生の序列が決まっている群れに入り込んで生きていくのは飼いうさぎにはなかなかハードだし、持ち帰ったうさぎだって急に環境が変わったら体調を壊してしまうだろう。野生のうさぎ自体が、飼いうさぎにはない病気を持っていたりするかもしれないし、そんなことをしてもお互い良い事はないと思う。
 最近はなんと猫を持ち込む人もいたらしくて―――ちょっとこの辺りまでくると、その人が何を考えているのか、私には全く理解できない。だから本当に注目されたり人気が出たりって、良い事ばかりではないんだなって、思ってしまう。

 丈さんが渋い顔をする気持ちも分かる。そもそも餌を与えるのはどうなのかって問題もあるのだ。道路で餌を上げる人がいて、うさぎが夢中になってしまい車や自転車にうさぎが轢かれるとか、そう言う痛ましい事件も起こっているらしい。
 そう、彼が言うように自然の中で食べられるものを食べるのが一番良いのだろう。卯崎島に行くなら、野性のうさぎが自然の中で暮らすのを遠くから眺める、と言うスタイルが望ましいのではないか。餌などを上げるべきではないのではないか?……私もそう思わないでもない。



「丈さん。丈さんはとっても忙しいよね」
「は? ああ、まぁ……そうだな」

 私は丈さんに向き直って、真っすぐに彼の瞳を見つめた。

「今回新婚旅行も、頑張って仕事を片付けてやっと行けることになった」
「う……それは、本当にすまない」

 怯んだ丈さんに、私は首を振った。仕事が忙しいのを責めたい訳じゃない。だってそれって丈さんの所為じゃないし……いや、確かに丈さんが仕事に手を抜けない所為もあるかもしれないけれど……って今はそれは置いといて。

「責めてるんじゃないの」

 私は首を振って、丈さんの手を取った。

「あのね、だから今日は卯崎島に来れる、最初で最後のチャンスかもしれない。だから私は後悔したくないの。モチロン今、島の規則で餌をやれないって決まったなら持って行かない。今後、そう言う規則になるかもしれないよね、ひょっとすると。でも今は駄目ってワケじゃないよね」

 丈さんは黙って私の話を聞いてくれた。

「実際に卯崎島に渡ってから、丈さんが言うように『餌を上げるべきじゃない』って感じるかもしれない。そしたら買った餌はちゃんと持って帰るよ。でも―――島に渡ってから餌を上げたくなっても、島では餌を売ってないんだよ! そうなったら後悔先に立たず! せっかくのお泊まりなのに……! お願い! ここは買わせてください!!」

 私の勢いに押されるように、丈さんはコクリと頷いた。

「あとソフトクリームも食べたいの! 今買っても良い?」

 コクコクと、丈さんは無言で頷く。

「良かったぁ! ありがとう!! 丈さん!!!」
「分かったから……その、早く買おう」

 居心地悪そうに丈さんが、目線でレジを見る。
 割と狭い店内だ。揉め始めたカップルに、視線が集まりつつあった。そのことに漸く気が付いた私は真っ赤になって、そそくさとレジに向かう。





 後で聞いたら、別に丈さんは餌を買うのに反対しているって訳でもなかったらしい。ただ、ちょっと買い過ぎじゃないか……くらいの気持ちで言葉を口にしたら、私が妙に熱く語り始め、更に揉めている様子に周りから関心が集まりつつあるのを感じて、私の語りが落ち着くのを、今か今かとジリジリと待っていたらしい。口を挟むと話が長くなるかもしれない、と。

 フェリーで移動中、そう説明を受けて私はますます恥ずかしくなった。

 あの……私、興奮し過ぎ?
……かもしれない。

『いよいよ卯崎島……!』って思ったら、居ても経ってもいられなくて情緒不安定になってしまった。

 深く反省します……まだ本番前だと言うのに! 落ち着こう!
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