捕獲されました。

ねがえり太郎

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新妻・卯月の仙台暮らし

43.いよいよです。

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卯月視点に戻ります。



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 広島空港からタクシーで二十分ほど、『卯崎島うさぎしま』の玄関口となる多々海ただみ港に到着した。

「なっ……これ……たけしさん!」
「……ああ……」

 ショックのあまり思わず縋りついた私に、丈さんは溜息で応えた。



「……っ……可愛すぎるでしょっ!」



 正直この地点ではまだ、それほど期待はしていなかった。事前にフェリー乗り場のホームページで売店の正面からの写真はチェックしていたので、うさぎをモチーフにした焦げ茶と白のツートンの可愛らしい売店が併設されているなぁ、とは思っていた。

 しかし実際目にすると……其処此処に、うさぎシルエットが散りばめられていて、発見するたびに思わずテンションが上がってしまう。

「あっ! あそこにも! ここも! うさぎがたくさんっ……た、丈さん!」

 目移りし過ぎて、つい忙しなくキョロキョロしてしまった。まだ本命の『卯崎島うさぎじま』に辿り着く前哨戦だと言うのに……もう興奮し過ぎて、どうにかなってしまいそうだ。血圧が上がりそう!

卯月うづき、落ち着け」

 と、当人は落ち着き払っているかのように言う丈さんの声も……実は若干上ずっている。

 しかし『亀の甲より年のこう』―――いや、やっぱり『亀(田)の劫』! え? そんな諺は無い?……とにかく年上の経験やら落ち着きなんやらを駆使して、丈さんは何とか体裁を保ちつつ挙動不審になる私の背中をさすってくれた。

 それに見た目自体は、ポーカーフェイスなんだよね。丈さんって。だから知らない人から見たら、挙動不審な妻を御する夫に見えるんだろうなぁ……。さすが『コワモテ冷徹銀縁眼鏡』の異名を持つ男……!

 そうそう『銀縁眼鏡』と言えば。
 あの事件のあとから丈さんは黒縁眼鏡を外し、再び銀縁眼鏡に戻ってしまった。会社で起こってしまったゴタゴタの後始末に取り組んでいる内に、職場ではそっちの方がやっぱり落ち着くって結論に達したらしい。丈さんは『せっかく選んでくれたのに、ゴメンな』なんて、私に申し訳なさそうに謝ってくれた。

 だけど、私は内心ホッとしたのだ。

 だって、黒縁眼鏡で印象が柔らかくなった丈さんは女性社員に騒がれていたらしい。阿部さんがそう言っていたのだ。戸次さんもそれを否定しなかったし……なんて、心の片隅のいやぁなウジウジが消えてくれなかった。それがほんのチョッピリ、私の中の小さな嫉妬心を刺激する。だから浮気疑惑は晴れたものの、何となく心配だったんだ。
……ホント面倒臭い女でゴメンなさい。新しい眼鏡を勧めたのは私なのにね。……我ながら、身勝手にもほどがあると思う。

 しかしなんと! この新婚旅行中の丈さんは黒縁眼鏡なのです……!

 銀縁眼鏡の方が緊張感が保てるけど、今はプライベートだし、気を抜いて楽しめるからって。何だか胸がいっぱいになった。優越感って言うのかな? 特別に扱って貰えてるって実感できてしまう。そして単純に、似合っているからカッコイイし! いつもと違う、ちょっと柔らかな魅力を放つ丈さんを見ていると、嬉しさが込み上げて来る。
そんな余計なことを隣の私が考えているなどとはつゆ知らず、丈さんは売店の一部に早速注目している。

「あの時計か?」

 丈さんが売店の正面上にある、大きな時計を指差した。時計の文字盤の一カ所だけ、うさぎのシルエットのイラストになっている。

「確かに四時の位置にうさぎがいるな……卯の刻は六時頃の筈だが」
「うふふ、いるねぇ!」

 話題を振られて、思わず口元がニンマリしてしまう。
 するとニマニマしている私の得意げな様子に気付いた丈さんが、少しつまらなそうに眉を顰めた。

「なんだ、もしかしてもう調べたのか?」
「調べたよー、答えもばっちりね! 時間はたっぷりあったもの。丈さんが忙しく働いている間に……私は目いっぱい下調べしましたよ? フフフフ!……ゴメンね?」

 胸を張って、悪役っぽく高慢に笑ってみせる。

 実はフェリーターミナルのホームページに『この時計の四時の位置にうさぎがいるのはどういう意味でしょう?』と言う問題が一つ掲載されているのだ。だけどそこに答えは載っていない。
 丈さんは休みを確保するのが最重要課題だったので、仕事に専念して貰っていた。だからその答えを考える暇なんてない。何せギリギリまで雑事を片付けていて、前日遅く帰って来た丈さんは慌てて自分の分を荷造りしたのだから。反対に丈さんが帰ってこない家で暇な時間を持てあましていた私は、モチロンその問題の答えを調べ終えている。

 どうだ! すごいでしょ? と鼻高々な私。
 全く威張るようなことじゃないし、むしろ仕事を頑張っていた丈さんに謝った方が良いような状況かもしれないけれど。
 そんな私のいかにも得意げな様子に、丈さんがやれやれ、と言った様子で苦笑を零す。






 以前、暇で暇で仕方がない! って愚痴っていたのが嘘のように、近頃の私は充実した時間を過ごさせて貰っている。
 何を隠そう多忙な丈さんに代わり、新婚旅行の日程や手順を考えたのは私だ。簡単なものだけど『旅のしおり』らしきプリントも作成した。ママが家に置いて行ったおさがりのパソコンを使わせて貰った。キーボードに向かうと久し振りに事務仕事をしたって感じがするし、旅行の手配のような雑務も、久し振りだと本当に楽しい。

 好きなことを仕事にしたらこんな気分なのかな? って想像した。例えば伊都さんなら、こんな風に夢中で仕事をしているんじゃないだろうか。なんて考えてみたり。

 だからこの日が来るのが何と早かったことか! 本当に、アッと言うまに時間が過ぎてしまった。

 ああ……胸がワクワクして止まらない。
 ずっと来たかった『卯崎島うさぎじま』は、もう目前なんだ!
 楽しみだなぁ!!


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注)本編で新婚旅行の舞台のモデルとしている『うさぎ島』と呼ばれる大久野島には、残念ながら作者はまだ訪問出来ていません。色々と情報を集めましたが、そのため既にうさぎ島をご訪問された方が受ける印象と違う表現があるかもしれません。

今回の亀田夫妻の新婚旅行先である『卯崎島うさぎじま』はあくまで架空の島ですが、もし現実のうさぎ島との乖離についてご指摘があれば本文を修正するか、話の流れで外せないものがあれば欄外に注意書きでの対応も検討しようと考えています。

あと上記のような重たいご指摘ではなく、単に『行ったことあるよ!』『楽しかったよ!』『ここがイマイチだった』と言うご報告をいただいた場合は、個人的に羨ましがったり悔しがったり、メモ帳に書き止めて今後の参考にすると思いますので、是非感想をいただけると嬉しいです( ^ω^ )

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