捕獲されました。

ねがえり太郎

文字の大きさ
上 下
355 / 375
新妻・卯月の仙台暮らし

ことの顛末(10) <戸次>

しおりを挟む
「伊都!」

 大きな背中が運動場の扉を開けて、少し横柄な感じで声を掛ける。
 しかしその背中の隙間からパッと見た感じでは、そこに人影は見止められなかった。

「はぁーい」

 すると一瞬空白があって奥の部屋から、呑気な声が響いて来る。半分開け放たれた扉の影から、小柄な伊都さんがヒョコリと上半身を表した。

「お前にお客様だぞ」
「お客さま……?」

 見当の付かない口調で、伊都さんがボヤっと呟いた。「どうぞ」と道を譲られて俺が顔を覗かせると、黒縁眼鏡の奥の零れそうな大きい目をまぁるくして彼女は素っ頓狂な声を上げた。

「戸次さん!」
「伊都、お茶でも差し上げて。では店があるんで。失礼します」

 店長はスマートに俺を中に導くと、甘い笑みを浮かべペコリと頭を下げて戻って行く。何とも卒ない仕草に、またしてもちょっとばかし敗北感を感じてしまうのは何故なのか。
 伊都さんは彼に呼び捨てにされることに慣れているようだった。ラフな遣り取りに、距離の近さを感じてしまう。二人の間にはそこはかとなく、ただの店長と店員の枠に収まらない気安さが漂っている。何となくモヤっとしたけれども、それを顔に出すほど幼くはないつもりだ。俺は努めて朗らかな笑顔で挨拶をした。

「こんにちは。餌を買いに来たついでに挨拶でも、と思って」
「わぁ! スゴイ!!」

『スゴイ』?
 ヘンテコな返答だと思った。

「ちょうど卯月さんとメッセージのやり取りをしてた所なんです!『戸次さんのお土産どうしよう?』って聞かれていて……ちょうど良かった! ホントにスゴイです! グッドタイミング……!!」
「卯月さんと?」

 伊都さんはトタトタと、スマホを手に俺に駆け寄って来た。
 その気安い仕草にちょっとドキッとしてしまう。そう、まるで昨日までケージに籠っていたうさぎが、帰宅したらフレンドリーに駆け寄って来た、みたいな。

 いつの間にか、伊都さんの俺に対する壁がすっかり失われている。それを意識させられた。
 そう言えば先日相談と称して呼び出された時も、既にそうだったよな。伊都さんの中で何か大きな心境の変化でも、あったのだろうか。伊都さんが装備している強力な人見知りセンサーから、もう俺と言う存在は適用除外で分類されているらしい。

「見てください! これ!」

 ずいっとスマホの画面に映し出されているのは……なんと。

「『うさぎ島』ですよぉ!! 良いですよねぇ! 羨ましい!!」

 そこには目を疑うような画像が映し出されていた。

 雑草の生えた土の地面に腰を下ろした男性が、うさぎに群がられている。
 その表情は蕩けるように甘い。
……つーか、あっまあま、だ……!

「遠いですものねぇ……はぁ、亀田さん、羨まし過ぎる……うさぎまみれ……いいなぁ……」

 亀田部長の笑顔を見たことは、ある。大声で笑った所も。ほんの一瞬のことだけど。
 それはビックリするくらい爽やかで、いつもの厳しい……厳し過ぎる凶悪な表情とギャップがあり過ぎて。思わず心臓がキュンと疼いてしまったくらいだ。男に対してそんな気持ちを抱いたことは初めてで、激しく動揺してしまったものだ。

 こんな表情も会社で見せてやれば良いのに。そうすれば会社の連中の文句も減るだろうに。特に女性陣なんて、イチコロだろう! もう少しプライベートの部分、うさぎ好きな面もアピールしても良いのでは? なんてかつて考えたこともあった。―――しかし。



「……やつらには、これは見せられないな」



 思わずボソリと本音が漏れた。

「え?」
「いや、何でも!」 

 それは亀田部長の威厳も権威も、全て吹っ飛んじまうような写真だった。
 愛しい新妻の卯月さんがカメラを向けたから、と言うより……どちらかと言うと、キャバクラでおねえちゃん達に囲まれてやに下がっているオヤジ……いや、コホン。それは言い過ぎか?
 確かにイケメンだからデレデレしていても絵になるし、ひょっとすると女性陣なら『かわいい!』なんて喜ぶヤツもいるかもしれない。

 しかし日頃、鬼軍曹もかくや、と言った存在感を見せつけられて、恐怖心と一体となった畏敬の念を抱きつつある今日この頃……あまり、その……こういう娘にデレつく親バカみたいな状態は見たくないと言うか……。
 何と言うか、あがめていた軍神のイメージが崩れると言うか、リーダーには常に手の届かない存在で居て欲しいというか……男女で感じ方が違うかもしれないが。俺としては、その。―――この亀田部長の在りようを、あまり会社内で広めたくない。

「その……ところで『うさぎ島』ってナニ? 海外?」
「えええ! 戸次さん?! うさぎ島を知らないんですかっ!!」
「うん」
「もちろん日本です! 瀬戸内海の小島のっ! えええ、ホントに知らないんですか?! あの有名な小島を……世界に一つのオアシスを……」

 話を逸らした俺は、とりあえず伊都さんが語る『うさぎ島』と言う『うさぎ好きのメッカ』? についての説明に耳を傾けた。

 フンフンと頷きつつ、実は頭の端ではこう考えていた。

 うん、亀田部長のうさぎ趣味については、なるべく周りには内緒にしとこう!
 それが良い。それで今ゴタゴタしまくっている支社の秩序を保つことに、繋がるハズだ。いずれバレることが避けられないにしても、とりあえず当分そうするべきなんだ……! と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました

紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。 ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。 ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。 貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

処理中です...