捕獲されました。

ねがえり太郎

文字の大きさ
上 下
257 / 375
番外編・うさぎのきもち

60.ヨツバのふさふさ

しおりを挟む
「前足はっと……うん、大丈夫ですね」

 撫でられまくって気持ち良くなったのかウトウトしているヨツバの前足を手に取り、伊都さんは頷いた。

「足裏も見るんですね」
「はい」
「どういう所をチェックするんですか?」
「ソアホックになりかけてないかとか……」
「『ソアホック』?」

 聞き覚えの無い単語に思わず首を傾げる。

「以前も言いましたが、うさぎの足の裏には犬や猫のような肉球が無いんです」

 伊都さんはヨツバの体を撫でながらそっとその後ろ脚に触れ、俺に足裏を見えるように持ち上げた。そうして親指でそのふさふさの足裏をスルスルと擦って見せる。そう言えばそんな事を以前伊都さんから聞いた覚えがある。フローリングは滑りやすいから運動場に柔らかい敷物を敷いた方が良いと、使い古しのカーペットを譲ってくれたのだ。

「後ろ足もふさふさなんですね」

 前足は毛繕いの時に眺めていたから分かっていたけど、後ろ足も話に聞いていた印象以上にふさふさしていた。確かにこれじゃあ、ヨツバにとってはフローリングはツルツルし過ぎて居心地が悪いだろう、と改めて納得してしまう。

「そうなんです、足裏を守るクッションは肉球じゃなくてこの『ふさふさ』なんですよ。もともと飼いうさぎの祖先であるアナウサギは草原で暮らしていたので、ケージの中の硬い床だと擦り切れてしまう場合があるんです。足の裏の皮膚が露出してしまったり……」
「つまり足の裏が禿げるってことですか?」
「そうです。禿げちゃうと……無防備になった皮膚が直接床に接して傷ついたり、血行の循環が悪くなって壊死してしまう事があります。これが足底皮膚炎―――『ソアホック』です」

 ケージで飼う、なんて一般的なごく普通の飼育環境だ。普通に飼っているだけでも、うさぎにとってはピッタリの環境とは言えないなんて、考えても見なかった。

「このふさふさが擦り切れると言うのは、例えばそうですね……人間だったら毎日使っていた靴を奪われて外に放りだされると言う状況を想像していただけると、イメージしやすいと思います」
「うわぁ」

 一気に現実的になって、再び背中がゾワリと震えた。

「痛そうですね……」
「ええ、だからそんな痛い目にうさぎさんを会わせないためにも、悪くなる前に未然にその目を摘んで行きたいんです」
「なるほど、その為の『健康チェック』ですか」

 痛そうな話ばかりで居心地が悪い……なんて思ってしまって申し訳ない。その痛そうな状況に陥らないように、伊都さんのこういった話をワザとしたのかもしれない。言わば自動車運転の教習場で見せられる事故映像みたいな物で、危機感を煽る為と言うか。

 いつまでヨツバと一緒にいられるか分からないが、俺が世話をしている間はせめてヨツバの些細な変化を見逃さないように、健康でヨツバが過ごせるように努力してみよう。伊都さんに向かってその決意を込めて俺はしっかりと頷いた。すると伊都さんはニッコリと満面の笑顔で頷いた。

「そうなんです!」

 あ、良い顔で笑うな。……なんて少し場が和んだのも束の間。



「……と言う訳で次行きますね!一番うさぎの病気の原因になりやすい歯の噛み合わせについてなんですが……」



 と続けた話が、先ほどの痛い話などまだ些細なものに感じるほど最高に生々しくて痛そうで―――思わず血の気が引きかけたのだが。
 男の沽券に掛けて意地でも倒れるものかと何とか踏みとどまったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】夫は王太子妃の愛人

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵家長女であるローゼミリアは、侯爵家を継ぐはずだったのに、女ったらしの幼馴染みの公爵から求婚され、急遽結婚することになった。 しかし、持参金不要、式まで1ヶ月。 これは愛人多数?など訳ありの結婚に違いないと悟る。 案の定、初夜すら屋敷に戻らず、 3ヶ月以上も放置されーー。 そんな時に、驚きの手紙が届いた。 ーー公爵は、王太子妃と毎日ベッドを共にしている、と。 ローゼは、王宮に乗り込むのだがそこで驚きの光景を目撃してしまいーー。 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

処理中です...